魔族の少年、倒れる
深い森の中。風が木々を揺らす音に混じって、微かに誰かのうめき声が聞こえた。
それを聞き取ったのは、薬草を探していた和真だった。
「……誰か倒れてる?」
近づくと、朽ちた木の陰に、小さな影がうずくまっていた。薄汚れたマントに、青白い肌。黒い髪が顔にかかっている。
和真は一歩、踏み出して言った。
「大丈夫か? ――あっ」
その少年が、顔を上げた。
赤い瞳。鋭く尖った耳。そして、背後から伸びた影が、不自然にゆらめいている。
魔族だった。
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「なんで連れてきたんだ!」
フレア村の集会所で、和真は数人の村人に囲まれていた。
「魔族は、数年前の戦で我々を襲った! 今さら信じろと言うのか!」
「いや、彼はただ……」
「黙れ! 村に災いを持ち込む気か!」
険しい視線と怒号が飛び交う中、和真は少年――ヨルの傍に立ち、ゆっくり言った。
「……彼は、森で倒れてた。高熱で衰弱してたんです。敵か味方か、その前に命でしょう?」
「けど……」
村人たちの視線が揺らぐ。
そのとき、ミーナが前に出た。
「もし何かあれば、私が責任を取る。だから……彼に休む場所を」
「お前、元騎士だろ……?」
「だからこそ、無抵抗の子どもに剣を向けることはできない」
静かに、しかし確かに言い切ったその言葉に、誰も反論できなかった。
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癒し屋に戻った和真は、ヨルの額を拭きながら、回復薬を口元に運ぶ。
「……飲んで。苦いけど、体には効くから」
「……なんで……俺を……」
かすれた声が漏れる。
「助けられる命を助けない理由は、どこにもないから」
ヨルは目を閉じたまま、何も答えなかった。
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三日後。
ヨルの熱は引き、少しずつ食事を取れるようになった。
「影を動かす力……すごい能力だね」
「……便利だからって、好かれたことはない」
ぽつりとつぶやくヨルに、和真はハーブティーを差し出す。
「これ、落ち着く効果がある。飲んでみて」
「……?」
カップを受け取り、一口すすると――その瞳に、わずかな驚きが浮かぶ。
「……なんか、あったかい……」
「うん、それが癒しの力だよ」
和真は静かに笑った。
「俺もね。昔、ずっと一人だった。自分が壊れるまで気づけなかったんだ。誰かに頼っていいってことに」
ヨルは、しばらく黙っていた。だがやがて、かすれた声でつぶやいた。
「……おれも、戦で……家族いなくなった」
「そっか……」
「だから、人間は怖い。けど、和真はちょっと……違うかも」
和真はその言葉に、深く息をついた。
(よかった……ほんの少しでも、心を開いてくれた)
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その夜、和真が寝室に入ろうとしたとき、ミーナがそっと声をかけてきた。
「……和真。あの子、これからどうする?」
「正直、まだわからない。でも、癒し屋で過ごす時間の中で、彼が生きたいと思えるようになればいい」
ミーナは少し考えたあと、静かに頷いた。
「じゃあ、私も支える。あの子の居場所になるために」
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翌朝。
ヨルは、小さな箒を手にして店の入口を掃いていた。慣れない手つきで、時折バランスを崩しながらも、どこか楽しげに。
「……お前、箒なんて持ったことないだろ」
「うん。でも、ここ……ちょっとだけ、悪くないから」
初めて見せた、微笑みのような表情。
和真はその光景に、確かな希望を見た。