癒し屋に、新しい助手
朝のフレア村に、パンの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
「……うん、悪くない。いや、普通にうまいな……」
和真がそうつぶやいたのは、自分の作った朝食ではなかった。厨房に立っていたのは、ミーナだ。
彼女が作ったのは、干し肉と香草を練りこんだスープ、雑穀パン、そして素朴なベリーのコンポート。
「野戦食って言ってたけど、完全に家庭料理なんですが……?」
「……うるさい。妹に昔、無理やり仕込まれただけだ」
顔を背けつつも、どこか誇らしげな彼女に、和真は笑みをこぼす。
数日前まで剣しか頼るものがなかった彼女が、今はこうして癒し屋の台所に立っている。その変化は、店の空気を柔らかくしていた。
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「うん……ミーナちゃんのごはん、あったかい!」
「このスープ、腰にしみるのう」
朝から訪れた村の子どもや年配の常連客たちが、食堂スペースで和やかに笑う。
「和真さん。これ、香草クッキーにしてみた。お茶請けに使えるかと」
「あっ、いい香り……あれ、これカモミール?」
「うむ。昨日の余りのハーブティーを煮詰めて、生地に混ぜた。無駄なく使うのが癒し屋の基本だろ?」
和真は感心したように頷いた。
かつての戦士とは思えない几帳面な手際、味のセンス。
そして、なにより『癒したい』という意志がミーナの行動からにじんでいた。
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その日の昼過ぎ、珍しい客が訪れた。体の大きな農夫の男性が、肩を押さえながら言った。
「なんか……肩がずっと重くてなあ。昨日、荷車が壊れてな……」
「了解です。ミーナさん、香草湯の準備お願いできますか?」
「任せておけ。あ、あと、湯上がりにはこれも出していいか?」
ミーナが差し出したのは、特製しょうが湯。
「血流を促す作用がある。あと、ちょっと甘めにしてるから、疲れた体には丁度いいはず」
「うわ、完璧……」
和真は思わずこぼした。
(俺、一人で癒し屋やってたときより……格段に癒しの幅が広がってる)
肩こりが楽になり、しょうが湯でほっとした農夫は、「明日も来ていいか?」と照れくさそうに聞いた。
「もちろん。癒されたい人は、いつでも歓迎ですよ」
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閉店後、テーブルを片付けながらミーナがぽつりと聞いた。
「私がここにいること、迷惑じゃないか?」
「え、どうして急に?」
「……剣を捨てて、料理作って、湯を沸かして。こんなの、私に向いてるのかって、ふと……」
和真は、洗ったマグカップを拭きながら答える。
「剣を捨てたじゃなくて、新しい武器を手に入れたって考えません?」
「……新しい武器?」
「癒しって、意外とタフな仕事なんです。だって、誰かの痛みを受け止めるんだから」
ミーナは、ふっと笑った。今まで見せたことのない、やわらかな笑顔だった。
「……ああ、なるほど。料理やお湯は、剣よりも厄介な相手に挑む武器なのかもな」
「ですね。あと癒しの言葉っていう、最終奥義もありますよ」
「それは、お前が得意そうだな。私は不器用だ」
「じゃあ、一緒に練習しましょう。俺も、まだまだですから」
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そして翌朝。
癒し屋カズマの看板に、もうひとつの札がかけられていた。
《助手募集中 → 決まりました!》
新たな仲間。
新たな癒し。
それは、戦場では決して得られなかったミーナにとっての、新しい居場所の始まりだった。