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癒し屋に、新しい助手

 朝のフレア村に、パンの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。


「……うん、悪くない。いや、普通にうまいな……」


 和真がそうつぶやいたのは、自分の作った朝食ではなかった。厨房に立っていたのは、ミーナだ。


 彼女が作ったのは、干し肉と香草を練りこんだスープ、雑穀パン、そして素朴なベリーのコンポート。


「野戦食って言ってたけど、完全に家庭料理なんですが……?」


「……うるさい。妹に昔、無理やり仕込まれただけだ」


 顔を背けつつも、どこか誇らしげな彼女に、和真は笑みをこぼす。


 数日前まで剣しか頼るものがなかった彼女が、今はこうして癒し屋の台所に立っている。その変化は、店の空気を柔らかくしていた。


====


「うん……ミーナちゃんのごはん、あったかい!」


「このスープ、腰にしみるのう」


 朝から訪れた村の子どもや年配の常連客たちが、食堂スペースで和やかに笑う。


「和真さん。これ、香草クッキーにしてみた。お茶請けに使えるかと」


「あっ、いい香り……あれ、これカモミール?」


「うむ。昨日の余りのハーブティーを煮詰めて、生地に混ぜた。無駄なく使うのが癒し屋の基本だろ?」


 和真は感心したように頷いた。


 かつての戦士とは思えない几帳面な手際、味のセンス。

 そして、なにより『癒したい』という意志がミーナの行動からにじんでいた。


====


 その日の昼過ぎ、珍しい客が訪れた。体の大きな農夫の男性が、肩を押さえながら言った。


「なんか……肩がずっと重くてなあ。昨日、荷車が壊れてな……」


「了解です。ミーナさん、香草湯の準備お願いできますか?」


「任せておけ。あ、あと、湯上がりにはこれも出していいか?」


 ミーナが差し出したのは、特製しょうが湯。


「血流を促す作用がある。あと、ちょっと甘めにしてるから、疲れた体には丁度いいはず」


「うわ、完璧……」


 和真は思わずこぼした。


(俺、一人で癒し屋やってたときより……格段に癒しの幅が広がってる)


 肩こりが楽になり、しょうが湯でほっとした農夫は、「明日も来ていいか?」と照れくさそうに聞いた。


「もちろん。癒されたい人は、いつでも歓迎ですよ」


====


 閉店後、テーブルを片付けながらミーナがぽつりと聞いた。


「私がここにいること、迷惑じゃないか?」


「え、どうして急に?」


「……剣を捨てて、料理作って、湯を沸かして。こんなの、私に向いてるのかって、ふと……」


 和真は、洗ったマグカップを拭きながら答える。


「剣を捨てたじゃなくて、新しい武器を手に入れたって考えません?」


「……新しい武器?」


「癒しって、意外とタフな仕事なんです。だって、誰かの痛みを受け止めるんだから」


 ミーナは、ふっと笑った。今まで見せたことのない、やわらかな笑顔だった。


「……ああ、なるほど。料理やお湯は、剣よりも厄介な相手に挑む武器なのかもな」


「ですね。あと癒しの言葉っていう、最終奥義もありますよ」


「それは、お前が得意そうだな。私は不器用だ」


「じゃあ、一緒に練習しましょう。俺も、まだまだですから」


====


 そして翌朝。


 癒し屋カズマの看板に、もうひとつの札がかけられていた。


《助手募集中 → 決まりました!》


 新たな仲間。

 新たな癒し。


 それは、戦場では決して得られなかったミーナにとっての、新しい居場所の始まりだった。


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