元騎士の少女と壊れた剣
その日、癒し屋カズマの店先に、重たい足取りの音が響いた。
ギイ、と扉が開く。立っていたのは、日焼けしたマント姿の若い女性。腕には古びた剣、そして足には——包帯。
「……すまない。治療はできるか?」
その声音は落ち着いていたが、どこか張り詰めた雰囲気をまとっていた。
「もちろんです。どうぞ中へ」
和真は彼女を迎え入れ、すぐに足の状態を見る。傷口そのものは古いものだが、動かしたせいか炎症を起こしていた。
「これは無理されましたね……どこまで歩いたんですか?」
「山を一つ越えた村から……。ここに癒し屋があると聞いた」
彼女の言葉に、和真は目を見張る。
(そこまで広まってきたのか……)
和真はすぐに万能湿布を取り出した。薬草成分に加えて、独自に配合した痛み止めと冷却効果のある油を染み込ませてある。
「これは一晩貼っておけば、かなり楽になります。あとは、湿布を貼る前にこの香草湯で温めてください」
「……ありがとう」
女性は、素直に言葉を口にした。だがその瞳には、深い疲労と、何か別の影が宿っていた。
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数日後——
「どうですか、足の調子は」
「驚くほど良くなった。あんたの湿布、あれは……すごい」
すっかり表情がやわらいだその女性の名は、ミーナ・ルグラン。
元・王国騎士。だが、任務中の負傷で戦線を離脱し、そのまま除隊。故郷もなくし、さまよっていたという。
「戦えなくなった人間に、居場所はない。そう思ってた」
和真は彼女に湯を差し出しながら言った。
「それでも、体が癒えたら……何かがまた、始まると思うんです」
「……癒されたあとの人生か」
ミーナは、手元の剣を見つめた。鍔も刃もボロボロ。手入れされておらず、まるで彼女自身の心のようだった。
「手伝わせてくれ。この店で……何かできることを」
それは、ほんの少しだけ心がほぐれた人間の、最初の一歩。
和真は笑って、うなずいた。
「じゃあ、まずは料理係からどうですか? 俺、どうにも味付けが適当で」
「……任せろ。野戦食は得意だ」
「いや、もうちょっと家庭的なやつで!」
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その日の午後。ミーナが作ったスープは、じんわりと体にしみわたるやさしい味だった。
客の一人が思わず言った。
「これも癒しじゃのう……」
ミーナは少しだけ、頬を赤らめた。
「……戦うだけが、支える方法じゃないんだな」
その言葉は、誰よりも自分自身に向けられたものだった。
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夜。
和真は一人、外のベンチに座っていた。空には月。耳には虫の音。そして背後から、ふいに声。
「斎藤……その、ありがとう」
ミーナが立っていた。足取りはもう、ふらついていない。
「俺も……ありがとう。ミーナさんが来てくれて、助かってます」
「ふん……名前で呼べ。なんか、他人行儀だ」
照れ隠しに背を向けて歩き出す彼女を見て、和真はふっと笑った。
また一つ、癒し屋に灯がともった気がした。