村の悩みは肩こりと不眠です
「ふぅ……今日も、ひとまず一段落かな」
フレア村の外れ、木造の小さな建物。そこが斎藤和真の営む癒し屋カズマである。
棚には薬草を乾燥させた小瓶、香草の束、和真自作の軟膏、果ては謎の木彫りの猫まで並んでいた。
開業から数日、噂はゆっくりと村の中に広がりつつある。最初は好奇心、やがて必要性へ——
その日の午後、玄関の戸が控えめに叩かれた。
「……こんにちは。斎藤さん、おられますかのう?」
「あっ、どうぞ!」
入ってきたのは、腰をさすりながら歩く老人——グランじいさんだった。
「最近、肩こりと腰の痛みがひどうての。薬になるもん、ないかね?」
「肩こりですか……じゃあ、ちょっと試してみませんか?」
和真は棚から、数種類の薬草を取り出し、手際よくすり鉢に移す。
ミント系の葉、ローズマリーのような香草、加熱処理を施した亜麻仁油。それらを混ぜた軟膏を、湯煎して溶かす。
「これは……なんだ?」
「肩や腰に塗る、冷却+温感作用の軟膏です。塗ったあと、温かくなったりスースーしたりしますけど、効きますよ」
じいさんは恐る恐る塗ってみると——
「ぬおっ、あったかい! おぉぉ……楽になってきた……!」
まるでお風呂上がりのように、顔が和らぐ。これぞ、即効性。
それを見ていた他の老人たちも、興味津々にやってくる。
「こないだ孫が寝つき悪うてのぅ……なにか、あるかね?」
「それなら、香草を入れた安眠枕を作れますよ」
和真はラベンダー、カモミール、ホップの実などをブレンドし、小さな布袋に詰めて渡す。
「それを枕の下に忍ばせてください。香りでリラックスできますから」
「ふむ……不思議なもんじゃのう。ありがとう、カズマくん」
こうして、癒し屋カズマは、高齢層を中心にちょっとした話題になり始めた。
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ある日の夕方、日も傾きかけたころ。
玄関に並んだ包みを見て、和真は目を丸くする。
「……大根、芋、干し魚、あとは……草餅?」
どれも村人からの差し入れだ。
金銭を払えないかわりに、物々交換を申し出てくる人々も多く、和真はそれを快く受け入れていた。
「ありがたいな……会社勤めの頃には、こんな人のあたたかさ、感じる余裕もなかったな」
そうつぶやく声には、少しだけ寂しさが混じっていた。
目を閉じれば、かつての記憶がよみがえる。
終電に飛び乗り、倒れるように眠り、翌朝にはまた通勤電車。
笑顔も、感謝も、心を通わせる会話もなかった日々。
だからこそ、今のこの暮らしが、何よりも尊く思えた。
「もう、無理はしない。誰かを癒すことで、自分も救われてるんだって……そう思いたいんだ」
そんな独白に答えるかのように、外から涼しい風が吹き抜けた。
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その夜——
和真は、自作の香草ティーを手に縁側に座っていた。ミントとリンデンフラワーをブレンドしたものだ。
「やっぱり、体の癒しって、心にも効くんだよな」
村の夜は静かで、虫の声が心地よい。
そんな中、遠くから聞こえる笑い声。
昼間に安眠枕を渡した老夫婦が、孫と楽しそうに遊んでいた。
——癒されたのは、痛みだけじゃない。
和真は小さくうなずいた。
「この村で、きっと俺は……やり直せる」
空を見上げれば、満天の星が広がっていた。