(番外編)ヨル、初めてのおつかい
春のある日、フレア村の朝は今日も穏やかだった。
「……というわけで、ヨルくん。今日はちょっと頼みがあるの」
和真は、カウンターの向こうで小さな包みを手渡しながら、魔族の少年・ヨルにそう言った。
「……おつかい?」
影からするりと姿を現したヨルは、いつものようにちょっと仏頂面だが、どこか興味津々な目つきをしている。
「うん、村の広場にいるグランじいさんに、これ渡してきてくれる? この間の湿布のお礼だよ。ついでに、市場でミントの葉も買ってきてくれたら助かるな」
「……ミント……葉っぱ」
ヨルはふん、と鼻を鳴らし、マントを翻した。
「わかった。すぐに終わらせてくる。……でも、誰かに話しかけられたら、ミーナの名前使って逃げる」
「やめて。ちゃんと、癒し屋のヨルくんですって言っていいから!」
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フレア村の広場は、春の陽気で人が多い。
ヨルはマントのフードを深くかぶりながらも、しっかり歩を進めていく。
(……ひとりで出歩くの、久しぶり……でも、怖くない……あの人たちが、いるから)
道端で遊んでいた子供が、ヨルに気づいてぱっと駆け寄る。
「ヨルにーちゃん! 昨日の影のアレ、また見せてよ!」
「……いまは仕事中」
「え〜、けち〜!」
(うるさい……でも、悪くない)
少しだけ口元が緩む。
やがてグランじいさんの畑の前に着くと、ヨルはもぞもぞと手紙と包みを取り出した。
「……じいさん。これ、カズマから」
「おう? おぉ、ありがとよ。あいつ、本当に気が利くやつだなぁ。お前さんも、立派なもんだ」
ぽん、とヨルの頭を撫でる大きな手。
(……なんか、照れる)
今度は顔を赤くしてそっぽを向いた。
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ミントの葉を買い、癒し屋に戻ると――
「おかえり、ヨル。どうだった?」
「……べつに。普通だった」
そう言って、ほんの少しだけ胸を張るヨル。
和真はそれを見て、ふっと微笑んだ。
「うん。ありがとう。今日の君は、ちょっと大人だったね」
「……うるさい」
けれど、影の中に隠れたその顔は――
ほんの少し、誇らしげに見えたのだった。