心が癒えるその日まで
春先とは思えないほど冷たい風が、フレア村の空を渡っていく。
けれど、癒し屋「カズマ」の扉の内側には、どこかあたたかい空気が流れていた。
「……これ、受理されたってことですか?」
和真が手にしていたのは、グロス・マルダインから届いた一通の封筒。中には、王国商務局の公印が押された『治癒雑貨取扱許可証』が入っていた。
「うん。薬ではなく、雑貨・癒し用品の一種として認められたんだって」
ミーナが肩越しに覗き込みながら、思わず息をつく。
「実質、癒し屋の公認……ってわけですね」
ヨルが言った。
「ふーん。人間の制度って、意外と柔らかいとこもあるんだな」
ロナはぽん、と和真の肩を軽く叩いた。
「やったじゃない、和真くん。これで堂々と癒せるね」
和真は、静かに微笑んだ。
「……でも、怖かったな。グロスさんが乗り込んできたとき、本当に終わったって思った。自分がやってきたこと全部、否定されるんじゃないかって……」
ふと、昔の記憶がよぎる。
転生前、彼がいた会社。失敗を恐れ、顔色ばかりを窺って、自分の体さえも犠牲にして働いていた。
あの時の無力な自分が、今でも心のどこかに残っていた。
そんな和真の手に、ふいにあたたかい感触が触れる。
それは、ミーナの手だった。
「でもあなたは、自分の信じたことを貫いた。それって……すごく勇気のいることだと思うわ」
「……ありがとう、ミーナさん」
和真はそっと手を返し、その温もりを感じた。
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午後になると、店はいつも通りのにぎわいを取り戻していた。
「和真さん、この前もらったハーブティー、あれ本当にぐっすり眠れましたわ」
「うちのじいさん、肩こりが楽になったってよ」
村人たちの声に、和真はいつものように微笑んで応じていく。
――けれど、今日は少し違っていた。
ただ受け入れられただけではない。
信頼されているという実感が、和真の中にしっかりと根を張っていた。
「そういえば、来週の市の日に、隣村の人たちも来るらしいですよ」
ミーナが言う。
「へぇ、遠くからも来るようになったんだな」
ヨルが言った。
ロナが笑う。
「だったら私、また歌うわ。このお店の看板娘として♪」
「いや、歌姫でしょ? 看板娘って年齢的に――」
「何か言った?」
「い、いえ、何も……!」
和真は笑いながら、その光景を見守っていた。
いつの間にか、自分は――こんなにも人に囲まれている。
戦わなくても、守れるものがある。
癒しだけで、生まれる絆がある。
そんな世界に、自分は立っている。
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夜。
店を閉めたあと、和真は小さなノートを開いた。
ページには、転生してから出会った人たちのことや、自分の作ったアイテムのレシピ、そして癒された人々の笑顔が描かれていた。
「……まだ、ここが始まりなんだな」
静かにそうつぶやく。
今なら胸を張って言える。
もう、無理をして生きる必要はない。
誰かの癒しを願うことこそが、自分の癒しでもあったのだと。
――きっとこの先も、簡単にはいかないだろう。
けれど、たとえ小さな一歩でも、この仲間たちとなら、進んでいける。
明日もまた、「癒し屋カズマ」は開店する。
誰かの心と体を、そっとほぐすために――