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11/13

心が癒えるその日まで

 春先とは思えないほど冷たい風が、フレア村の空を渡っていく。


 けれど、癒し屋「カズマ」の扉の内側には、どこかあたたかい空気が流れていた。


「……これ、受理されたってことですか?」


 和真が手にしていたのは、グロス・マルダインから届いた一通の封筒。中には、王国商務局の公印が押された『治癒雑貨取扱許可証』が入っていた。


「うん。薬ではなく、雑貨・癒し用品の一種として認められたんだって」


 ミーナが肩越しに覗き込みながら、思わず息をつく。


「実質、癒し屋の公認……ってわけですね」


 ヨルが言った。


「ふーん。人間の制度って、意外と柔らかいとこもあるんだな」


 ロナはぽん、と和真の肩を軽く叩いた。


「やったじゃない、和真くん。これで堂々と癒せるね」


 和真は、静かに微笑んだ。


「……でも、怖かったな。グロスさんが乗り込んできたとき、本当に終わったって思った。自分がやってきたこと全部、否定されるんじゃないかって……」


 ふと、昔の記憶がよぎる。


 転生前、彼がいた会社。失敗を恐れ、顔色ばかりを窺って、自分の体さえも犠牲にして働いていた。


 あの時の無力な自分が、今でも心のどこかに残っていた。


 そんな和真の手に、ふいにあたたかい感触が触れる。


 それは、ミーナの手だった。


「でもあなたは、自分の信じたことを貫いた。それって……すごく勇気のいることだと思うわ」


「……ありがとう、ミーナさん」


 和真はそっと手を返し、その温もりを感じた。


====


 午後になると、店はいつも通りのにぎわいを取り戻していた。


「和真さん、この前もらったハーブティー、あれ本当にぐっすり眠れましたわ」


「うちのじいさん、肩こりが楽になったってよ」


 村人たちの声に、和真はいつものように微笑んで応じていく。


 ――けれど、今日は少し違っていた。


 ただ受け入れられただけではない。

 

 信頼されているという実感が、和真の中にしっかりと根を張っていた。


「そういえば、来週の市の日に、隣村の人たちも来るらしいですよ」


 ミーナが言う。


「へぇ、遠くからも来るようになったんだな」

 ヨルが言った。


 ロナが笑う。


「だったら私、また歌うわ。このお店の看板娘として♪」


「いや、歌姫でしょ? 看板娘って年齢的に――」


「何か言った?」


「い、いえ、何も……!」


 和真は笑いながら、その光景を見守っていた。


 いつの間にか、自分は――こんなにも人に囲まれている。


 戦わなくても、守れるものがある。

 癒しだけで、生まれる絆がある。

 そんな世界に、自分は立っている。


====


 夜。

 店を閉めたあと、和真は小さなノートを開いた。


 ページには、転生してから出会った人たちのことや、自分の作ったアイテムのレシピ、そして癒された人々の笑顔が描かれていた。


「……まだ、ここが始まりなんだな」


 静かにそうつぶやく。


 今なら胸を張って言える。


 もう、無理をして生きる必要はない。


 誰かの癒しを願うことこそが、自分の癒しでもあったのだと。


 ――きっとこの先も、簡単にはいかないだろう。


 けれど、たとえ小さな一歩でも、この仲間たちとなら、進んでいける。


 明日もまた、「癒し屋カズマ」は開店する。


 誰かの心と体を、そっとほぐすために――


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