未来きたる
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
未来。未だ来ていないこと。
これ、実際に触れられないものの代表格だと思わない? 触れられるところまできたら、それは実現であり、現実だ。遠く見ることしかできないうちが、未来といえる。
でも「可能性」という言葉とは似て非なるものだと思うな。こいつは「やれば起こりうる」程度の意味合いで、仮定に近いもの。
それに対し未来は「来る」という点で、定められている感が強い。向こうからこちらに対し、誘導兵器かなにかのように寄ってきて、ぶつかってくる。
これを避ける、変えようと思うなら自分からほかのものへ当たっていかないといけない。もしかしたら、普段からそのような試みをしている人がいるかもしれないね。
実は僕も昔に、未来が見える子に会ったことがあるんだ。そのときのこと、聞いてみないかい?
小さい頃の同級生だったその子は、よく転ぶ子だった。
本当、なんにもないようなところでも、どてどてコケる。はためには、明らかにわざと倒れているようなものもあった。
転ぶというのは、痛いものだと刷り込まれていた僕にとって、彼の行いは気が触れたとしか思えないもの。身体中に生傷を負っても、やめる様子がないから、おふざけやお遊びにしては力を入れまくっている。
そしてある日。気にするのも限界で尋ねてみたところ、彼は未来がわかるからと、のたまってきたわけだ。
「僕が転ぶのは、ほんとにやべえ未来が来るときだけだ。ああして、相手の思い通りにならないためには、先に別のものへ触っちゃうのが一番。手っ取り早いのが、このコケるように地面へ伏せることなんだよ」
頻度は多くないが、彼は衆人環視のもとでも、平気でこのコケるふりをする。
嘘か真かわからないが、本人が納得しているならいいか……と、それ以上のつっこみは控えたよ。
けれど、僕自身も彼の見た「未来」に付き合わせられることになった。
「あ、そこで止まって!」
朝の自由登校時、交差点で歩行者信号が点滅しだしたから、急いで渡ろうとしたところを彼に呼び止められたんだよ。
は? と一瞬足を止めてしまった、ほんの少し後で、僕が本来いたであろうあたりを強引にバイクが曲がり入ってきたんだ。おそらく、あのままであったならぶつかっていた恐れもあっただろう。
礼は伝えたものの、追いついてきた彼はぴったり僕にくっつく構え。
「今日は特に怖い日だよ。下手したら君は命を落とすかもしれない。だから一緒によけよう」
本気かよ? とも思ったけれど、先のバイクの件がある以上、無下にはしにくい。
僕は彼に促されるまま、コケるふりをたびたび披露する羽目になったんだ。
けっこう、自分から転ぼうとするのは難しい。心の中で抵抗があるからだ。
ケガしたくない、という気持ちが先行すると、早め早めに手をついたり、膝をついたりと安全策へ走ってしまう。その点、彼の場合は遠慮なく体を投げ出せるあたり、積み重ねた技術なり、覚悟の違いなりを見せつけられた気分になる。
「もっと、ちゃんと転ばないと、未来が来ちゃうよ!」
そう、ダメだしが何度も飛んだ。
彼がそばに付き添って、いわく「足りない」たびにフォローして――ほぼ、踏みつけられるようなレベルで、這いつくばらせられるのだけど――くれるから、大事に至っていないらしい。
幸いなことに、学校においてはそのやばい未来とやらは、僕には見えないようでコケる必要はなかった。しかし一歩、敷地より外へ出たならば、すぐに彼がひっついてくる。
まだ僕の未来は危うい、とのことだった。
朝から何度もやっていれば、少しは慣れては来る。どうにか自分が痛くならないくらいのソフトな倒れこみは、おおよそできるようになった。彼に言わせれば、思い切りが足りないとのことだけど、今日いきなり取り組む素人に勘弁してくれてもいいのに、というのが本当のところ。
朝に来た道を引き返す途中で、彼は僕の数倍はコケてみせたね。いざそばにいると、その異様さには目を見張ったけれど……このあと、起こったことを考えたらおかしくなかったかもしれない。
いよいよ朝、命を助けられた交差点前で、彼が「今!」と促してくる。
すでに何度されたか分からない、コケる合図。彼はすでに傷だらけになっている顔や手足もいとわず、盛大に倒れこんだ。
僕もまた、野球でヘッドスライディングする要領で倒れこもうとするも、いざ力を込めた足先が動かない。
地面に張り付いていたけれど、ガムなんてレベルの強さじゃなかった。ぐっと持ち上げようとすると、足の甲へ痛みを覚えるほど。すさまじく強力な輪ゴムをひっかけられているかと思ったよ。
そうして数瞬、手こずっていると、不意に前方から強い風が吹き寄せた。
車など、質量のあるものは通っていないにもかかわらず、前髪をまとめて一気にかき上げてくるような強さのものが。
「危ない!」
立ち上がった彼が、無理やり僕を張り倒すものの、そのたたきつけられた直後から彼は仁王立ちして動かなくなってしまったんだ。
大丈夫? とややあって、顔をあげるや彼の異変に気付いたよ。
着ていたセーターの色だ。
その日は灰一色だったのに、いま見上げる彼のそれで、灰色なのは腹回りだけ。そこより上部はあざやかな水色を帯びている。
顔かたちこそ、彼の姿と思えるが、はっきりと違うのはその状態。
先ほどまで傷だらけだった体が、すっかり元通りになっている。ただ血がぬぐわれただけではこうはならないはずだ。
彼自身もまた、先ほどまで口酸っぱく「未来」に触れていたのが嘘のように黙り込んでしまい、僕に声をかけることなく、むっつりと背中を向けて去って行ってしまったんだ。
それから数か月間は、その仏頂面を下げていた彼だけど、しだいに元に近い柔和なスタイルになっていったんだよ。