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ディスコードルミナス  作者: RCAS
モラント領にて

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思索と心の部屋

 三人で迎えた夜は、忘れがたいものになった。あれが俺の初めてか……。

 ……TS娘がメス堕ちする気持ちが分かった。確かにあれは仕方ない。あの心の動きは、男としての自分を根底から揺らすほどの衝撃だ。

 それにアンナとの交わりも想像以上に良かった。一人で経験できる快楽だけでは味わえない感覚……人肌に触れることがあれほど気持ちいいとはな。

 

 さらにこの身体はかなり感度が良い。それは一人でしている時から分かっているつもりだったけど。アンナという比較対象がいることで、それが良く分かった。

 アンナの良いように翻弄され、それを見ていたヴァルガが復活する。そして二回戦が――。


「……はっ! だめだ、だめだ! 今は仕事中だろ!」


 昼にはエリックたちが宿舎に戻る予定だ。

 それまでに、支給されたばかりの侍女服を自分の体格に合わせて縫い直さないといけない。

 針を持つ手は動かしているのに、意識はどうしても昨夜へ引き戻される。

 ……はあ、まるで集中できない。初体験の威力って、これほどまで精神に残るものか。


 けれど、不思議と一つの教訓も得た気がしている。

 あの時、俺は心の中に別の部屋を作ることを意識した。そこに『靖彦』を、俺という男の心の傍観者を配置した。

 嬌声を上げる自分を客観的に見ることで、俺という意識を切り離すためだ。

 ひとえにメス堕ちするのが怖かったからなんだけど……傍観者としての自分がいることで、『リーナ』という女の子が出演しているポルノを見るような気分になっていた。

 あれがあったから素直に行為を楽しむことができた。だけどそれとは別に気づいたことがある。


「心を分割する? それとも二重人格を意識して作るということか?」

 

 元はと言えばメス堕ち防止のための心のスイッチングだ。

 でも、意識を切り替えることができるというのなら、それは今後の戦いにも役立つかもしれない。


「それなら、夜のことを思い出すリーナの心をあの部屋に入れておけば、もっと集中できるのか?」


 あの時のように、心の部屋を作り出しそこにリーナの心を入れてやる。

 そして、もう一度針仕事に意識を向ける。

 指先の感触、針の滑り、布のきめ。細かく意識を割り振っていく。

 集中できている……無駄な思考のない心の在り方。だけどあの部屋にいる女の心の自分が、作業する自分を部屋の窓からのぞき込んでいるような感覚があった。

 これか? これなのか? 何かを掴みかけている気がする。けど――。


「……終わった。集中して仕事ができた。でも、もう少しで何か掴めそうだったのに」


 タスクを終えた安堵感が、さっきまでの集中をあっさりと壊していく。

 無理やりもう一度、あの感覚に戻るのはどうにも難しい。

 心の切り替えをして、出来上がった侍女服に袖を通す。

 ……うん、悪くない。これなら動きを邪魔しないだろう。


 侍女服の仕上がりに満足して一息ついていると、不意に思い出すことがあった。

 あれだけ多くの仲間が死んだのに、兵たちは思った以上に明るく、どこか前を向いていた。

 悲しみに沈んで身動きできなくなるような空気は、意外なほど少ない。その理由が、今になって少しだけ分かった気がする。


 昨夜の行為の合間。

 ヴァルガが静かに言っていた。「死人に縛られるな。だが決して忘れるな」。

 アンナもその言葉に同意していた。「ヘレナもリアも、もう帰ってこないんだから、その分まで私たちはちゃんと生きなきゃ駄目だよ」。

 そんな真面目なことを、何故あんな時に? あの時はそう思ったものだけど、あんな時だからこそ……か。

 あの二人が生きているということを意識したのが、あの瞬間だったというわけだ。


 死んだ者を思えば、胸の奥が締めつけられるような苦しさは確かにある。

 だけど、その痛みを抱きつつも、仲間の死を今を生きる自分のための土台に変える。

 ……これが、この世界の死生観なんだろう。

 「忘れるな」と「縛られるな」、そのバランスをとって歩むこと。それが生き残った者たちの流儀なんだ。

 そんなことを考えていると、扉がノックもなく開く音がした。


「リーナはいるか? ただいま戻った」


 エリックの声。思わず反射的に立ち上がる。会議が終わったのだろう。

 慌てて玄関に走ると、そこにはエリックたちがいた。

 帰ってきたのはいい。だけど、そこには疲労の色が目立つようだ。

 それほど大変だったのだろうか?


「エリック様、セシリア様、それにカイルさん。お帰りなさい。……でも、ずいぶんお疲れのようですね」

「疲れた? ああ、間違いなく疲れた。全く……難儀したぞ」

「体はともかく、心はもうへとへとよ。私は顔を出していただけなんだけど、お兄様やカイルはもっと大変だったでしょうね」

「僕は補佐なのでそこまでではありませんが……久しぶりに、殺意を覚えましたよ。この感情の処理にはエリック様が言うように、少しばかり難儀しそうです」


 エリックやセシリアはまだしも、カイルの様子は明らかにおかしい。

 ただ苦笑いしているだけじゃない。どこか、目の奥に凍りついた光が見える。

 ぶっちゃけ怖い! いったい何があった?


「まずは平服に、部屋着に着替えましょう。正装のままでは、余計に疲れますから。すぐに用意してきますので、それぞれの部屋でお休みください」


 着の身着のまま逃げてきた撤退戦。当然ながら平服なんて手元にない。

 今、三人が身に着けているのはモラント家が用意した正装で、それは会議に臨むためのものだ。

 今後の正装として譲渡される物だけど、窮屈な格好じゃ身体も心も休まらないだろう。


「そうだな。話はその後だ。まずはお前の淹れる茶で落ち着きたい」

「かしこまりました。では、そうしましょう。セシリア様も部屋でお休みください」

「そうするわ。部屋で待っていればいいのよね?」

「はい、すぐに着替えをお持ちします。申請は済ませていますから、受け取りに行くだけです。カイルさんも、どうぞご自愛ください。従者であっても休息は必要です」

「すまない。今日はリーナさんに甘えさせてもらう」


 三人をそれぞれの部屋へと案内しながら、内心で小さく舌打ちする。

 本当なら、部屋着はもう手元に用意されていなければならなかった。うっかりしていた自分が恨めしい。

 だけど取り返しがつかない失敗じゃない。反省は次に活かせばいい。

 気を取り直し、すぐに外へ出て保管庫へ向かう。管理兵に割符を渡して服を受け取りる。

 ゆったりとした服だから、仕立て直す必要はないかな? これなら部屋着として十分だろう。

 ついでに焼き菓子を購入し、足早で宿舎へ戻るその途中。アンナと出くわした。


「あっ! リーナ! 昨日は楽しかったね!」


 語尾に♡とでも付きそうな顔で、アンナが満面の笑みを浮かべて近づいてくる。

 特に仕事をしている様子もなく、ひとりでぶらぶらと歩いている。どうやら暇を持て余しているようだ。


「まあな。……で、アンナは今なにしてるんだ?」

「たまにはお酒でも飲もうかなーと思ってさ。エリザベス様から臨時報酬が出たんだよ! リーナも一緒に飲む?」


 酒か。そういえばこの世界に来てから一滴も飲んでいないな。

 別に予定がなければ付き合ってもいいんだが……ん? 待てよ。


「アンナ、お前って侍女としてアリオン家にいたよな? まだ侍女としての仕事はできるか?」

「うん? 何よ突然?」

「いいから、どうなんだ?」

「そりゃあできるよ。エリザベス様の近習が手一杯の時は、私が代わりに仕事するときもあるし」

「じゃあ、こっちに来てくれ。酒は後回しだ」

「えっ、ちょっと待ってよ! なんなのさ!?」


 アンナが抗議の声をあげるが、それを無視する。

 今のカイルは正直言って怖い。エリックやセシリアはともかく、あの空気をもろに受けるのは勘弁だ。

 それならカイルは妹であるアンナに任せればいい。家族なら気心も知れているだろうし、仲も良さげだからそれが正解だろ!


 そんなわけでアンナを伴い、宿舎へと戻る。

 さっそく三人の着替えを手伝う段取りに入った。俺はエリックとセシリアを担当し、カイルはアンナが受け持つ。

 アンナが手伝いに入ることの許可をエリックはあっさりと認めた。アンナは今、エリック隊所属だから問題にはならないだろうという理屈のようだ。

 

 そうして各種作業は滞りなく進む。

 着替えが済めば、今度はお茶の準備。茶菓子を並べ、いつでもハーブティーを淹れられるようセッティングを整える。

 あとは皆を呼ぶだけだ。そう思っていると、アンナがカイルの部屋から出てきた。


「ずいぶん時間がかかったな。何かあったか?」

「……兄さんがマジギレしてるの、久々に見た。もしかして、私に押し付けた?」

「鋭いな。正解だ」

「ひどい!」


 アンナの表情が露骨に引きつっている。

 妹といえども、やっぱりあのカイルは怖いのか。……いや、誰だってあの目はビビるだろう。


「俺なんかよりも家族と一緒にいたほうが、あの怒りも少しは和らぐんじゃないかと思ってな。カイルさんとの仲は悪くないだろ?」

「仲はいいほうだけど……それでもやっぱり怖いものは怖いよ。何があったの? 兄さんは『エリック様が話すことだから自分が口に出すことじゃない』って、それしか言わないし」

「……政治的な話か。これは面倒くさいな」


 アンナはあからさまに嫌そうな顔で、ため息をついた。


「ねぇリーナ、帰ってもいい? この空気、私ほんと苦手……」

「俺だって嫌さ。だからこそアンナが必要なんだろ?」


 アンナはムードメーカーだ。こういう時こそ必要な人材と言える。逃がすべきじゃない。

 とはいえアンナの渋り方を見るに、頼むだけじゃ逃げられそうだ。

 それなら――。


「この体を一晩好きにできる権利をやる。だから付き合え」

「むぅ……それならまあ……いいか」


 アンナが渋々ながらも頷く。

 あの夜の二回戦が終わった後だ。アンナはまだ満足していないって顔をしていたからな。食いつくと思ったぜ。

 女の体が貨幣替わりになるとは良く聞くが……効果はてきめんと言ったところか。まさに若い女ペイだなこりゃ。

 それはそれとして、アンナとなら損はない。……俺もまたやりたいしね。


「準備はできてる。あとは三人を呼ぶだけだ。アンナはテーブルに座ってろ」

「使用人が先に席に着いちゃってもいいの?」

「アリオン家の人間はアンナを入れても五人だけだ。エリック様の方針もあって、今は内輪での固い序列を気にする必要はないよ」


 エリックは身内ならそこまで身分にこだわらない。

 むしろ、ある程度の距離の近さを大事にするのは、カステリスでの兵たちとの関係を見ても分かる。


「そうなんだ、じゃあ遠慮なく座ってるね」


 アンナに軽く頷いて、俺は三人を呼ぶために部屋へと向かう。

 さて、どんな話が出てくるかな?

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