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ディスコードルミナス  作者: RCAS
モラント領にて

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ヴェリウス辺境伯の手紙

 セシリアが食事を終え、食器を片付ける。

 皿の触れ合う控えめな音が、部屋の空気に余韻を残していた。

 厨房から食堂へと戻り、椅子に座る。

 こうして皆が話す体勢になり、エリックは手元の手紙に視線を落とした。

 手紙を開ける紙のこすれる音が、場の緊張をさりげなく引き締めた。


「『聖女の力』についての推測ということで、手紙にはこう書かれていた。まず俺たちの母、リーナ・アリオンの出自について。次に、ルミナシア聖王国の大開晴の儀が近年うまくいっていないこと。そして、過去にノヴァリス辺境伯との国境沿いで起こった軍隊同士の睨み合いについてだ」


 話がどんどん大きくなっていく。

 まあ、聖女なんてものは歴史の象徴みたいな存在だし、話の規模が広がるのも当然かもしれない。


「全部話すと長くなる。まずは母上についてだ」

「お母様ですか。騎士家の出身ではなく、私生児であったと……」

「ああ、嫡男である俺にだけ伝えられていた件だな。ここで重要なのは母上の生まれた時期だ。この手紙によれば、母上が生まれたのは、ルミナシアの崩御した前聖女であるイルミナと同じ時期らしい」


 前聖女と同年代か。

 それだけなら、特に驚くこともない。でも、エリックの顔つきにはまだ続きがありそうだ。


「そして聖女イルミナには双子の姉妹がいた。今はあまり語る者もいないが、次世代の聖女生誕が期待されていた当時は、大きな話題になったという」

「双子って……まさかリーナ・アリオンが聖女イルミナの双子の姉妹だったって言いたいんですか?」


 つい、口を挟んでしまった。

 物語の中じゃ王族の隠された双子や、それにまつわる血縁の話は珍しくもない。あまりにもベタな展開であると言える。


「手紙の最終的な結論としてはそうなっている。話を続けるぞ。母上と聖女イルミナの両方を見たことのある辺境伯閣下は、二人の容姿が瓜二つなのがずっと気になっていたらしい。母上の件は、その容姿の一致で締めくくられている」

「ヴェリウス辺境伯の寄子勢なんて、所詮は辺境の田舎者だし、ルミナシアに行って大開晴の儀に参加することなんてまずないからね。でもヴェリウス辺境伯閣下は違う。国境防衛を帝国から任されている大貴族だ。外交的にも、ルミナシア聖王国から儀式の招待が届くのは当然だね」


 カイルの補足は分かりやすい。

 どこの世界でも、争いを避けるにはまず話し合いだ。

 相手に敵意がないことを伝えること。外交にも種類があるが、無駄な争いを避けるなら対話が重要ということに変わりはない。


「カイルの言う通り、ヴェリウス辺境伯閣下には毎年、大開晴の儀への招待状が届く。もちろん全てに出席するわけではなく代理を立てる年もある。ただ近年はその招待自体も滞りがちで、儀式自体が円滑に行われていないという事実があるそうだ。これはヴァリエンタ帝国の大貴族たちの間でも、たびたび話題になることだったらしい」

「大開晴の儀がどれほどルミナ教にとって大きな意味を持つか、私も知っているわ。私に説法をしたルミナ教の聖職者は、その偉大さをこれでもかってくらい私に説いてきたもの。その話を聞いて、一度だけでもこの目で見てみたいと思ってたんだけど……」


 政治と宗教が一体化するのは歴史的には自然なことだ。

 そして大開晴の儀が滞るのは宗教行事の問題だけじゃない。一度見て理解したけど、『聖女の力』は国家的な軍事力といっても過言じゃない。

 つまりは単なる宗教行事ではなく武力の示威行為って意味もあるだろう。

 それがグラつくとなれば、各国の間で変な憶測が生まれるのも当然だ。


「それから最後に、過去にあったノヴァリス辺境伯との国境沿いのいざこざについて。これは先代のノヴァリス辺境伯が予告もなしに、ヴェリウス辺境伯領との国境付近へ軍勢を展開した事件があったらしい。このときヴァリエンタ帝国は内乱の最中で、ノヴァリス辺境伯側は不介入姿勢を貫いていたはずが、突如として国境沿いに兵を動かしたことで一気に緊張が高まったそうだ」


 この世界に来てから軍隊同士の戦いを何度も経験した。

 内乱のどさくさに背後を突かれるってのは、あの状態で横槍が入るってことだろ?

 どう考えても最悪だ。絶対に警戒をしなければならない。


「その場には若い頃のヴェリウス辺境伯閣下も立ち会っていたらしい。ノヴァリス側は攻撃の意図はなく、あくまで治安維持のための派兵だと、繰り返し説明していたそうだ」

「ヴェリウス辺境伯閣下は嫡男として従軍したんですか? 嫡男を使ってまで軍を派遣するとなると、結構な大軍だったんじゃ……?」

「その通りだ。『治安維持にしては兵の数が多すぎた。だからこそ我らも急いで出陣した』。そう書かれている」


 俺の疑問にエリックは手紙を読みながら答える。

 意図が見えない軍の動きなんて、警戒しないほうがどうかしている。


「エリック様。そのノヴァリス辺境伯の出兵の本当の理由、何か推測がされているんですか? わざわざ手紙で触れているくらいだから……」

「この件はヴェリウス辺境伯直轄の諜報機関や、フォクスフォード氏族を雇って入念に調べさせたそうだ。その上で導き出した結論が、そのとき里帰りしていた赤子。つまりは聖女イルミナが事故に巻き込まれたということらしい」

「里帰り?」

「聖女イルミナの祖父が、その当時のノヴァリス辺境伯だったそうだ。いわゆる外戚というやつだ」


 政治だよな。

 宗教国家であるルミナシアにとって、血筋と宗教的な権威が結びつくのはとても大きな意味を持つ。

 日本で言えば藤原氏が天皇家と婚姻関係を結んで権力を強めたのに、どこか似ているかもしれない。


「この事件は一応の解決をみた。だからこそ聖女イルミナが存在するわけであるが、しかし欠けたものがある」

「双子……聖女の双子の姉妹はどうなったのですか?」


 セシリアが食い気味に尋ねる。

 そうだ、この話の発端はリーナ・アリオンの出自。つまり、ここからが本題だ。


「その事件以降、行方知れずになったらしい。そして緘口令が敷かれて、表沙汰になることもなかった。ルミナシア本国では夭折したことにされたそうだ」

「結局は状況証拠だけ。確定であるとは言えない。でも状況証拠があまりに多く積み上がった結果として……セシリア様が聖女であるということが導き出されたということですね」

「そうだ。そして補足としてセシリアの魔法についての記述もある。ヴェリウス家の屋敷を借り受けていた際に、セシリアは魔法の練習をしていただろう?」

「ええ、的を使った練習をしていたわ」

「そのことをヴェリウス辺境伯閣下は知っていたようでな。的の一部を消滅させるかのような光を出したということじゃないか」


 あー、あれかぁ。あれを見た時にこいつはやべぇもんだと思ったもんなぁ。

 俺でも分かったんだ。この世界の魔法に詳しい人物なら一目で分かるはず。

 それにヴェリウス辺境伯の娘は戦術魔法を放てるような高位魔導士。となれば魔法の理解度は普通の貴族よりもさらに高いはずだ。


「リーナも言っていたのよね。これは明らかに普通じゃないって。私としては大した力じゃないと思っていたんだけど……」

「その力は結果として重騎兵を一撃で屠った。魔法による防御、そして防具があろうともまるで意味をなさない光による一撃……さらに言えば命中まで一瞬たりとも間が存在しない」

「それは……そうだけど」

「ヴァルガともその話はしましたよ。何か来るって直感があったからなんとか軽傷で済んだって。見てから避けるのは無理みたいですね」

「あの傭兵がそこまで言うか? 本当に恐るべき力というわけだな」


 あの光を真面目に評価していただけだが、セシリアの肩が小さく縮こまるのが見えた。

 あー、失敗したか。年若い女の子を化け物扱いするようなもんだからな。


「セシリア様、そう落ち込まずに。セシリア様の力があるからこそ我々はこうして生きていられるのですから。どのような力も使い方次第。セシリア様が道を踏み外さなければいいのですよ」

「カイル……そうね。その通りだわ。ありがとね、気を遣わせてしまったわ」

「いえいえ、それがトレヴァン家の役目ですから」


 カイルは筆頭騎士家の出だ。譜代の家臣としての役割をちゃんと理解している。

 マリアも一生懸命メイドとして仕えていたよな。戦いの最中は避難していたはずだけど、無事だろうか? 今更ながらに心配だ。

 アンナは……? まあいいか。アンナだし。


「辺境伯閣下の手紙の内容は、だいたいこんなところだ。本当なら、もっと時間をかけて整理したいが……残念ながら、今はそれだけの余裕がない。今日の昼にはここを発つ。翌日には領都フェルデンに着かないといけないからな」


 ふっと深く息をついた。

 森の中の街道、その出口はモラント家の予備兵力が封鎖している。つまり、俺たちがそこを守る必要はない。

 さらにヴァリエンタ帝国本軍の部隊がフェルデンに駐屯しているらしい。本来はカステリス防衛のための援軍だったが、到着する前にカステリスが陥落してしまった。

 今は防衛線を構築するための部隊として待機しているとか。

 その辺りの調整も、ヴェリウス勢の代表であるガイウスが担うことになるんだろう。


「僕たちはまたもや敗残兵となってしまった。再び戦うにしても、まずは休養と再編成が必要だ。組織をまとめ直して、ガイウス様を長としたヴェリウス軍として再出発しなければならない」


 カイルが静かに言う。

 エリックもそれに頷いていた。

 正直、今のヴェリウス勢に組織的な戦いなんて到底無理だ。皆、消耗しきっている。


「領地奪還を目指すにも、発言力と軍事力が不可欠です。そのために、重騎兵や高位魔導士を優先して脱出させたわけですから……当然の判断です」

「リーナも分かってきたようだな。貴族の因習は面倒だが、メンツがものを言う世界だ」

「レイウォル丘陵からずっと軍に関わってきましたからね。だいぶ雰囲気にも慣れてきましたよ」


 自分で言って少し苦笑いする。

 平和な日本で育った俺でも、さすがにこれだけ経験すれば慣れも出てくる。……本当は、慣れたくないけど。


「頼りになる侍女がいて助かってるよ。僕はエリック様の補佐で手一杯だから、雑務を全部こなせるリーナさんの存在は大きい」

「ほんと、リーナは頼りになるわよね。最初は可愛いくて面白い侍女くらいに思っていたけど、今ではこんなに頼れる存在になっているんだから」

「褒められるのは嬉しいですが、これでも年長者という意識がありますからね。エドワード様との約束もありますし、アリオン家に貢献できているなら、それは良いことです」


 体が女になって、周りからもそう見られて、時々自分でも感覚がズレ時がある。だけど、心の中の俺はずっと大人の男のまま。

 俺にみんなを引っ張っていくような器はない。でも、だからこそみんなを支えるのが俺の使命なんだ。


「ん? 年長者? どういう意味だい? たしかに見た目にそぐわない判断や思考をするのは分かるけど」


 カイルの問いかけに、一瞬だけ空気が止まる。

 そういえば、カイルには俺がどんな存在であるかを話していなかった。

 ふとエリックに目をやると、彼も静かに頷いた。……つまり、今ここで話せ、ということなんだろう。


「分かりました。カイルさんにも俺のことをお話しします。エリック様とセシリア様……いや、エリックとセシリアにはもう話してある。エリックに向かってこういう話し方をするのは初めてかもしれないけど、無礼だったら止める。セシリアとは何度か靖彦として話したことがあるんだけど……」

「かまわん。俺もヤスヒコとしてのお前と話してみたかったしな。身内だけの会話なら、好きにしてくれていい」


 エリックの許しの言葉が、どこか温かく感じられる。

 こんな言葉使いをする俺と、それを許すエリックを見て、カイルが僅かに首を傾げていた。

 その困惑は当然だろうけど、カイルも理解してくれるはずだ。

 この世界には魔法があることが関係するのか、常識を疑うような柔軟さを皆が持っている。

 それは固定観念に縛られることが、この厳しい世界じゃ命取りになるからだろうけど、それが俺にとっては有難い。


「聞いてくれ。俺はこの世界の人間じゃない――」

 



 カイルは最後まで至極真面目な顔つきだった。

 俺の話を茶化すでもなく、むしろ真剣に、時に息を詰めて質問を重ねてくる。そのひとつひとつに、俺も正直に答えていった。

 話し終えたとき、カイルから少しだけ肩の力が抜けた気がした。何か納得したというか、腑に落ちたような、そんな空気が静かに伝わってくる。


「全部を信じろと言われても難しいけど……でも、今までの実績を考えれば、そっちの方が説明がつくか。リーナさん……いや、ヤスヒコの世界の知識があってこそ、僕たちと同じ視点で話ができていたんだな?」

「そう。歴史とか軍事系の話は、昔から好きだったしな。この世界は俺の世界で言えば中世……大体千年ぐらい前の感覚だ。その知識があるから、色々とすり合わせができるんだよ」

「学問を修めているようだし、そして男の心があるから、あれだけ戦えたのか……」

「意地があるんだよ、男にはな。自分より年下の奴が命張ってるのを見て、逃げられるかって話だ。もし俺に戦う力がなければ、それを理由に逃げていたかもしれない。でも、このリーナの体はそうじゃなかった。戦い才能や適性があるんだ。だから今まで生き残ることができた」

「そうだったんだな……頼りになるはずだ」


 もし男のままでこの世界に来ていたら、きっと今ごろ俺は死んでいた。

 だけど、この体だけじゃない。矢吹靖彦という男の意思は、確かに意味のある行動として今に繋がっているはず。

 なら今までのことは誇るべきなんだ。それに……年下から頼りにされるってのは、年長者の特権ってもんだろう。


「なんでもできるわけじゃないが、何かあったら遠慮せず頼ってくれ。エドワードさんとの約束もあるし、エリックやセシリアを助けて支えるのが、俺の役割だ。それはカイルも同じだろ?」

「なら遠慮なく頼るよ。年長者としても、ヤスヒコとしてもな」

「こちらこそ。俺もカイルを頼りにしてる」


 お互いに微笑み合う。そのやり取りに、自然と和やかな空気が流れた。

 エリックやセシリアも、そんな俺たちを穏やかな顔で見つめている。

 このまま、いい感じで場が締まるかと思った。

 しかし、カイルの放った言葉がそれをぶち壊す。


「話は変わるが、だから僕たちにあれほど簡単に肌を晒すことができたんだな。理由があるとはいえ、思い切りが良すぎるとは思っていた」

「あれは緊急時だからな。肌を晒すのは俺でも抵抗感はあるさ。……正直、けっこう恥ずかしかったんだぞ?」

「ははは! なら、良いもの見れて運が良かったってことにしておくよ」


 レイウォル丘陵の生着替えとか、エリックに後ろから抱きしめられた件だ。

 あの場面だけを切り取るなら、今となっては良い思い出かもしれない。それを冗談を言いながら思い返すのは、悪くない気分だった。

 だが、そこへ突然割り込む声があった。


「ねぇ、カイル……リーナの肌を見たって、どういうこと?」


 食堂の空気が一瞬で凍る。

 ジト目、という表現はこの瞬間のためにあるのだろう。

 セシリアがじっとカイルを睨みつけている。

 

「セ、セシリア様? あ、あれは戦いのために仕方なく行われたのです。そうだよな! ヤスヒコ!」

「お、おう! それにカイルだけじゃなくて、エリックやヴィクター、ヴァルガもいたんだ!」

「な! リーナ! 女の柔肌を何だと思っているの! それにお兄様もだなんて!」

「いや待て! あれは仕方のない事情があってだな! 緊急時だとヤスヒコが言っていただろう!」

「リーナも何をしているのよ! あなたがヤスヒコだって知っているけど、それでも体はリーナなのよ! ちゃんと自覚をしなさいな!」

「自覚はしているよ! 俺だって少しは葛藤があったのに! その言い方はないだろ!」


 あーもう! めちゃくちゃだよ!

 あのほっとしたような雰囲気はどこにいったのさ!

 そんな感じでワーワーギャーギャー煩く言い合っていると。


「……エリック様。我らは休んでいる最中だ。できるなら、もう少し静かに頼む」


 寝室からウィンダミアが現れ、静かに釘を刺してきた。


「……はい」


 みんな一斉になって、素直に謝るしかなかった。

 身分が上のエリックですら、ぺこりと頭を下げる。

 ウィンダミアは小さく息をつき、淡々とこう付け加えた。

 

「お願い致す。では休むので、これにて失礼……」


 淡々と去っていくウィンダミア。

 その後の食堂の空気は……なんともいたたまれないものであったとさ。

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