光
さらなる重騎兵の突撃。
さきほどの二倍を超える数が眼前へ迫りつつある。
「アルディス家の誇りを見せろ! 重騎兵ごときに遅れをとるな!」
「応!」
その声を上げたのはアルフレッドをはじめとするアルディス家の騎士たちだった。
「アルフレッド殿!」
ヴィクターが思わず上げた声に振り返ることなく、背を向けたままで言葉を発する。
「レイウォル丘陵で拾ったこの命! それを使う時が来た! 俺たちの突撃で重騎兵の魔法を剥ぐ! その後に攻撃をしろ!」
「……! 承知! あとは任せろ」
「頼んだぜ! リーナ嬢ちゃん! あんたの飯は美味かったぞ!」
「アルフレッドさん!」
その言葉を最後に重騎兵に突撃するアルフレッド。
投射魔法と機動魔法を駆使した攻撃は確かに敵の重騎兵の防御魔法を崩すことに成功する。
しかしその代償は大きい。突撃した騎士たちのほぼ全てが重騎兵に蹂躙された。ランスに貫かれ、馬蹄で踏み砕かれ、突進した馬の勢いで宙を舞った者もいる。
彼らの命を賭して生まれたこの隙を、絶対に無駄にはできない!
「あたれえぇ!」
魔法を発動し、つららが飛び、それに続くようにして火の玉が飛ぶ。
それらの攻撃は防御魔法に打ち消されることなく、重騎兵に着弾していく。
続いて突撃するヴィクターとヴァルガ。その後に、殿を務める騎士たちも続く。
この攻撃で二度目の突撃をどうにか凌ぎきった。
だが、ヴィクター隊の多くを構成するアルディス家の騎士が壊滅したことにより、戦える人数は半数を切っていた。
「また来る! 損害を許容してでも、波状攻撃で俺たちを仕留めるつもりか!」
さらに後方に重騎兵の姿が見えた。
……無理だ。もう防げない。
生き残るには森の中に逃げこむしかないけど、そうしたらあの重騎兵はエリック隊の本隊に迫るだろう。
結局はそれで全滅だ。そんな中で俺たちにできることは一つしかない。
「……こういうこと、だったのか」
死ぬことを覚悟して戦うのではない。死ぬことが確定しながらも、最後の最後まで戦う。
はは……言うほど綺麗な感情でもないな。映画なら格好よく映る場面だろうけど、俺には無理だ。
様々な感情が渦巻き、混ざり合った色彩の中から、勇気と使命という色を無理やりすくい上げているような気がした。
「アンナ?」
そんな中で、隣にいるアンナの手が俺の手に触れる。
「あのさ、多分ここで死んじゃうと思うけど、もし生き残れたらでいい。一回……やらせてよ?」
やるとはなにか? それはあれだろう。アンナは百合娘だから。
「こんな時に何を? ……違うか、こんな時だからなのかな? うん、いいよ。俺も当然興味はあるからね。生き残れたら一発やろう」
「うん。ミリーも助けて、なんとか生き残れたらだけど……。でも今のリーナって、ちょっと女の子寄りなのかな? こっちのリーナも良いよね」
アンナが弱弱しい笑顔で笑いかけてくる。
そうか。意識していなかったけど、今の俺は女か。だから魔法が使えるんだ。
アンナに対して俺も笑いかける。最後に笑顔で死ぬことは無理だろうから、今この瞬間だけでも笑顔でいたいと思ったから。
「ありがとう。俺もアンナのこと好きだから、お互い様ってことで」
俺の言葉を受けて、アンナも笑った。
その悲しい笑顔を見て、少しだけ心が軽くなる。
一緒に死ぬことになる人がいる。後ろめたさのある感情だけど、それが最後に心の底に残った勇気を、すくい上げるかのようだった。
「敵が……来る! 最後の最後まで、意地をみせてやる!」
「そうだね! 最後まで戦おう! リーナ!」
アンナと会話ができる時間的猶予はこれでお終い。務めを果たすために魔想具を構えて重騎兵を狙う。
重騎兵の数はさっきと同じくらい。つまりは絶望的ってやつだ。
ヴィクターは突撃の構えを取り、それに続くように生き残ったヴィクター隊の騎士や兵士たちが続く。
「アルディス家の騎士に続け! 次は俺たちの番だ! いくぞ!」
重騎兵に突撃するヴィクター隊。
結果は先ほどと変わらず、ほとんどの騎士たちが蹂躙された。
そこに魔法を打ち込み、隙のできた重騎兵を最後に残された騎士たちの攻撃によって撃破していく。
ヴィクター隊は……これでほぼ全滅。生き残りは少数だ。
ヴィクターとヴァルガは? 生きている! それに無事だ。
「ヴァルガ、すまん。さすがに次は無理だろう」
「まーな。だが、逃げはしないさ。守りたい奴もいる」
ヴァルガが一瞬だけ俺を見た気がした。だけどすぐに視線を街道に向ける。
そこには迫りくる重騎兵の姿がある。敵はすでに二十騎以上を失っているが、攻撃を徹底するつもりだ。
街道には所々に敵兵や馬の死体が転がるが、不思議と街道を塞いではいなかった。
敵にも覚悟があるように見えた。自らが討たれる時でさえ、街道を外れて後続の邪魔をしないようにしている。
そこには、使命を全うするための断固たる意志を感じさせた。
「最後だ! 意地を見せるぞ!」
ヴィクターの掛け声に応える者は、もはや数えるほどしかいなかった。
ヴィクター隊の兵数は十人をきり、そこに援護の魔法使いであるエリザベス騎士団を含めても十数人。
ここで終わりだ。だけど誰もが最後まで戦うつもりだった。
撤退の時間が稼げたのかを確認するために背後を振り返る。
そこでは今、救護班がエリック隊の中央に退避するのが見えた。そして新たな殿が編成されている。
最後尾を切り離して足止めと時間稼ぎをする気だとするのなら、これはまさか……捨てがまり!?
そっか、負傷者となった女たちを守る盾となるために、男たちが決意を固めた。それにエリザベス騎士団の魔法兵が今ここで殿として戦っているんだ。
それを見てしまったら、命を惜しむことなんて、男としてできるわけがない! だから寄せ集めの俺たちでもこの戦法を使えるんだ!
怪我の功名というやつか。これは俺も考えを改めなければならない。貴族や戦士の誇りがあるこの世界でなら、女は士気を維持するための重要な要素になる。
だから、女である俺がここで死ぬことが……後に続く者たちが勇気を振り絞るきっかけになるのなら、この死には、きっと意味がある!
ヴィクター隊の最後の騎士たちが重騎兵に突っ込んだ。
前方の数騎の防御魔法を剥ぐことには成功し、そこへ俺とアンナ、そしてエリザベス騎士団の魔法が着弾した。
それによって二騎の重騎兵を撃破することができた。
しかしそれだけだ。槍に貫かれ、馬に跳ね飛ばされ、そして馬蹄に踏みつけられる。それが兵士たちの最後の姿。
最後まで戦い指揮を取っていたヴィクターは弾き飛ばされ街道の横の木々に激突し、ヴァルガはハルバードを失い、騎兵の群れの中にその姿が消える。
ヴィクター隊はこれで全滅した。そして、眼前に迫る重騎兵。俺たちに残された手段は……ない。
死。
あるのはそれだけだった。重騎兵のランスに貫かれるか、馬蹄で踏みつぶされるかのせいぜい二択だ。
視界が暗転しかけ、耳鳴りが聞こえて、心臓の音が妙に耳の奥へ響き渡る。
死への恐怖が、最後を受け入れる覚悟を上回り、心を塗りつぶそうとした、その瞬間。
……森の中を、光が貫いた。
私は守られてばかりいる。ただの……足手まといにしかならない。
あの日、アリオン家が襲われた時から、私はずっとそう思っていた。
女だから仕方ない。貴族の令嬢なら、守られるのは当然のこと。そんな言い訳が頭に浮かんでは消えていく。
でも、本当にそれでいいの? 私の本心はどこにあるの?
そんな心の問いに答えてくれる人は、当然いるはずはない。それは私が自分の力で探し出さねばならないことだ。
なんとか歩ける負傷者に肩を貸して、必死になって逃げるために隊列の中央まで向かっている間、そんな考えが頭の中を占めていた。
絶望的な状況なんだろう。それは戦いのことを良く知らない私にだって分かることだ。
でも、そんな中でだって戦う人たちがいる。
私たちを逃がす盾となるために、すでに多くの騎士たちが死んでいくのを見た。
彼らの献身によって、私たちは生かされている。
だけど、その時間は僅かなのものにしかすぎない。
さらに追ってくる騎兵相手に、再度この僅かな時間を稼ぐために、騎士たちが突撃していくのが背後から聞こえてくる声で分かった。
負傷者を救護班として編成された騎士に渡す。
お兄様は大声を出しながら指揮をして、カイルはその補佐をしているようだった。
これで後は逃げるだけ。身軽になった私なら、今よりも、もっと遠くに逃げられる。
それでいいはずだ。お兄様が言っていた。私は無事に逃げることだけを考えろと。
救護班に志願したのだって、本当は褒められる行いじゃなかった。そう、だからこれでいいはずなんだ。
でも……背後が気になり振り返る。そこにはヴィクター様とあの時の傭兵、そして残った騎士たちが突撃していくのが見えた。
ヴィクター様は森の中に跳ね飛ばされ、傭兵の姿は消え、騎士たちが絶命してくのが見えた。
その後に続くように放たれた魔法によって、いくらかの騎兵を倒すことはできたみたいだけど、残った騎兵の突撃は続いている。
無防備となった魔法の使用者。それはエリザベス騎士団の団員たちと、あと一人。
リーナ。
アリオン家の侍女で、私の側付きで、自分のことを男として生きていたという変な女の子。
私と一緒にいてくれた。私を守ってくれた。私を好きだと言ってくれた人……ヤスヒコ。
彼女が……いいえ、彼は、最後まで戦うのだろう。そして、死ぬ。あのままだと確実に死んでしまう。
そんな未来が、あと数秒後に訪れる。
認められるの? そんなことが……いいえ! 認められるわけないじゃない!
胸の奥に火が灯る。これは何? それは、この現実を絶対に認めないという、私の拒絶だ!
そうだ! それが私の答え! 守られるままでいい? 違う! そんなわけない!
今度は私が守る番! そのための『力』が、私にはある!
強く、強く想い起こす。
心の根源を、その先へ、精神の先、魂の先へと送り込む。
限りなく近く、限りなく遠い世界。それは想像が全てを支配する世界。
思い出す、『力』を使った時のあの感覚を。思い出す、『力』を使った時の心の在り方を。
そうだ! これだ! 私の想いを受け入れる何かが、この世界には在る! こことは違うけど、それでもすぐ近くにある何か、そこに今、私の意思が繋がった!
全身が灼けるように熱くなった。そして何かが突き抜けていく感覚がある。それは私の奥から、世界の裏側へと繋がった道を通して流れていく。
これが私の『力』。この『力』で私は!
「リーナ! あなたを守って見せる!」
「これ……は?」
一筋の光は迫りくる重騎兵たちを一閃した。
まるで鋭利な刃物によって切り裂かれたかのように、馬の首が落ち、騎士の胴体が真っ二つになっている。
わけの分からない状況。だけど、こんな状況を俺は一度経験している。
そう、あれはヴァルガにとどめを刺される寸前での出来事だ。絶体絶命の状況を救ったという光による攻撃。
まさかこれが!?
「やらせない……こんなところで死なせない……」
救護班とともにエリック隊の中衛に戻ったはずのセシリアが、ゆったりとした歩みで俺たちのもとへ歩いてきている。
その目は普段の紫色の瞳ではなく、まばゆい金色に輝いていた。
……光。
瞳の奥から、光があふれ出しているようにさえ見えた。
神々しささえ感じる姿をもって、さらに腕を軽く振った。
再度光が走る。
その光の薙ぎ払いによって、さらに後続の重騎兵たちは真っ二つに切り裂かれた。
敵兵だけでなく、光の届いた木々までもが裂け、大地を震わせながら崩れ落ちた。
「……リーナ。それともヤスヒコ? どっちもいいか。今度は私が守る番よね」
「セシリア……」
ついに俺たちの元へたどり着いたセシリアが、静かに笑いかけた。
「分かったの、この『力』のことが。強い想い。それがないと、この『力』は使えない」
「強い想い……」
「あなたが死んじゃう。そう思ったら、とてもそんなことは認められなくて、その感情がこの『力』に届いたのかな? もっと早く使えていれば良かったけど……」
悲しそうな表情で周囲を見つめるセシリア。
そこには殿として戦った騎士たちが倒れ伏していた。
死んでいる者がいる、死にゆく者がいる、重症を負い立ち上がれない者がいる。
そんな彼らを見ながらセシリアは街道を見据えた。
そこにはさらなる重騎兵がいるが、その足は止まっているように見える。
セシリアの使った光を不審に思い足を止めたのだろう。それに威嚇するようにセシリアは腕を天へと向けた。
そして光が現れる。それは線のような光ではなく、太い柱のような光だった。その光によって森の木々、枝が穿たれ、空が見えた。
森全体が静まり返り、まるで天が開かれたかのように光が降り注ぎ、木々の間から神聖さを感じさせる光が差し込む。
それはこの薄暗い森の中で、セシリアの立つこの場所だけに起こった。ここだけが日の光に照らされ、まるで天から祝福を受けているかのようだった。
敵の重騎兵が引いていく。
諦めたのか? 俺たちは助かったようだ。
「これで……みんなは……」
「セシリア!」
その場に崩れ落ちる体を受け止める。
ひどく疲弊し、顔には玉のような汗が浮かんでいる。それでも、意識はまだあった。
「前は……気を失っちゃったからね。今度は大丈夫……皆で逃げられるまで……私も戦うから」
苦しそうに笑うセシリア。
そうか……俺はまた……この子に守られたのか。
守られるのは二回目だ。
でも、そうだな。以前俺はセシリアを守る騎士になると宣言した。
お姫様を守る最強の騎士? そんなの俺には似合わない。
なら、セシリアがその力を臆さず振るえるように、彼女を支えることのできる騎士であれば良い。
大きな力には責任が付きまとう。この惨状を見れば、この力がただの力でないのは明白だ。
なら、その責任に押しつぶされないように、彼女を支える! それが俺に与えられた使命なんだ。
そうですよね、エドワードさん……。
あの日、交わした誓い。それを胸に、俺はセシリアを、そっと抱きしめた。




