重騎兵の追撃
スヴェルノヴァを撃退した。
戦いの経験、遊撃戦で培った感覚、そして偶然が重なった結果、なんとか奴を仕留めることに成功した。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
「大丈夫か! リーナ!」
「怪我は……していません。でも……」
息が上がり、手足が震える。戦闘による消耗と精神攻撃による負荷が、確実に俺の体を蝕んでいた。
魔想具は破壊され、下賜された剣も折れかけている。まさに満身創痍という状態だった。
だが、それ以上に酷いのは、俺たちの隊列だった。
「ヘレナが……っ! うそ……死んじゃった……? リアも!? ああ……」
地に伏せるエリザベス騎士団の少女たち。
指揮官クラスの何人かはどうにか起き上がっていたが、大半は精神攻撃の影響でいまだ意識を取り戻せずにいた。
だが、それはまだマシなほうだ。戦闘の始めに放たれた矢により、体を貫かれ絶命した者たちがいる。
ヘレナ……リア……。
頭部や首元に矢が刺さり、物言わぬ躯となる彼女たちを見つめながらも、今はそれ以上に大切なことがあった。
「アンナ! しっかりしろ! ミリーはまだ無事だ! 今は生きている者たちを優先しろ!」
俺の言葉にはっとしたアンナは、ミリーの元へ向かう。
彼女は精神攻撃によって気絶していた。怪我の確認は簡単にできたが、重症……脇腹に矢が突き刺さっている。
傷はひどく見えるが、そこまで深くはなさそうだ。素人判断だが、臓器までは届いていないだろう。
となれば矢を引き抜いての出血のほうが問題か?
「カイル、救護班を編成しろ! 中衛から治療の心得がある者を連れてこい! 生存者は可能な限り救出する! レイウォル丘陵の二の舞はごめんだからな!」
「了解です! エリック様!」
エリックと共に後衛に来ていたカイルが中衛へと戻っていく。
そして、さらなる指示がヴィクターに飛ぶ。
「ヴィクター! お前に判断は任せるから負傷者の選別をしろ!」
「了解した! ヴァルガは向こうから確認しろ! 俺はこっちだ!」
「分かった!」
ヴィクターとヴァルガが負傷者の怪我の程度を確認するために周囲に散る。
「最後尾部隊の再編を開始する! 戦える者はここに集まれ!」
エリックが皆に指示を出している。
せわしなく動くというよりは、ゆっくりと歩みを進めながら全体を確認しているようだ。
今はその姿がありがたい。指揮官に余裕がないと兵は動揺する。
あえてこの緊急事態において急がず、状況を把握しながら指示を出すその姿が、兵たちの動揺を静めつつあった。
これならなんとかなるか?
「ヴァルガ! この子はどうだ!? 矢を抜くと出血が不安で、どう処置をすればいいか分からない!」
「傭兵さん! ミリーはどうなんですか! 助かりますよね!?」
アンナの縋りつくような声を受けながら、ヴァルガは冷静に傷を観察する。
そして、短く結論を出した。
「この程度の傷なら内臓の損傷はないだろう。すぐには死なない。それにリーナの言う通りだ。このまま矢は抜かないほうがいいな」
ヴァルガは矢の刺さった傷口を一瞥し、迷いなく矢を中ほどで折った。
「こ、こんなやり方で……本当に平気なの?」
アンナの不安げな声に、ヴァルガは軽く肩をすくめた。
「これで良い。ちゃんとした処置は後だ。今は傷を塞ぐ手当はできん。苦しいだろうが、我慢させろ」
そう言い残し、ヴァルガはすぐさま次の負傷者のもとへと向かった。
今できるのは、これが精一杯か……。
そのやり取りに反応したのか、ミリーが微かに身じろぎし、目を開いた。
「ミリー!」
アンナがミリーの肩を抱きかかえる。
脇腹に突き刺さった矢。その傷口からは思いのほか血は流れない。ヴァルガの判断は正しかった。
しかしそんなことはミリーに関係なく、苦しさに身をよじり、唇を噛みしめて小さく震えていた。
「……痛い……痛いよ……アンナ隊長……リーナさん」
その声はあまりにか細く、今にも途切れそうだった。
「ミリー! しっかりして! 死ぬことはないから安心して!」
「絶対助ける。だから今はなんとか我慢してくれ!」
アンナと俺でミリーを励ます。今はこれくらいしかできることはない。
「は、はい……が、がんばり……ます……」
「大丈夫! 私たちが付いてるからね!」
苦しそうな顔をしながらもそう絞り出すミリー。
アンナと共に傍らで励まし続ける。同じようなやり取りは、この場の至る所で繰り広げられていた。
ヴィクターが最後尾をまとめてはいるけど、怪我人は思いのほか多い。
「エリック様! 救護班、連れてまいりました!」
「よし! ヴィクター! 戦死者や負傷者はどうなっている!?」
救護班を編成したカイルが戻ってきた。
エリック隊の中でも医療の腕に長けた者たちだが、その中にはセシリアもいる。
隊列の中央にいたはずだが、籠城戦の時に応急処置を学んでいたから、それもあり連れてきたのだろう。
こんな状況だ。性別など関係ない。使える者は、誰であれ戦力だ。
「戦死六! 軽傷十六! 重傷七だ! 大半がエリザベス騎士団の人員で、軽傷者の中には足を負傷した者もいて、移送が必要だ!」
かなりの被害だ。それだけの負傷者を連れて行軍をするのは厳しいだろう。
救護班を中心に、戦闘班から人員を割けば全員を運び出すことはできる。だが、それだけ戦力は削られる。
だがそれでもエリックは助けることを決断したようだ。
救護班の男たちの目を見れば分かる。あの目をした者たちが傷ついた女の子たちを見捨てるはずはない。
冷静で冷徹な考え方をすれば、女を戦場へ連れてくるデメリットが大きく出ていた。戦場で男は女を見捨てることができない。
それもあってエリックは決断したのだろう。ここで彼女たちを見捨てることは士気にかかわる。
……この状況で敵に襲われたらどうしようもないな。
嫌な予想が頭の中をよぎった瞬間、街道を走る一騎の軽騎兵がやってくる。
そして、馬を駆る指揮官風の男が口を開き、負傷者たちのうめき声さえ掻き消すような、大きな声が響き渡った。
「敵の重騎兵が来るぞ! すぐに備えろ!」
「ラヴェル卿!」
エリックが名を叫ぶ。たしか遅滞戦術を行っているという軽騎兵を率いるガイウス旗下の騎士だったはず。
「貴官ひとりだけか!? 他の者はどうなった!?」
「ルミナシア軍が渡河を完了した! 渡河の最中に妨害はしたが、損害を気にせず渡ることを優先された! その後の戦闘で軽騎兵は私を除いて全滅だ!」
悪い予感ほどよく当たるとは言うが、これは最悪なんてもんじゃない!
さらには遠くから、激しい馬蹄の音が響き渡る。それはまるで雷鳴のように、地面を震わせながら近づいてきた。
「……まさか」
まるで戦場の悪夢のような宣告だった。
俺たちを追撃するために、街道とはいえ、この狭い森の中にまで突撃してきた!
「敵の突撃だ!」
誰かの叫びとともに、街道の先、木々の間から重騎兵が姿を現した。
先頭に立つ男の金色の兜が、木漏れ日に鈍く光を返す。その手には、一直線に構えられた槍。
「突撃! 奴らを粉砕せよ!」
その号令とともに、人の身では抗えない威圧感を放ちながら、ルミナシア重騎兵が地響きを立てる。
馬の蹄が大地を裂き、槍が空を切る音が聞こえる。
後光のような光を纏ったルミナシアの軍旗を掲げた騎兵たちが、馬上槍を構え、一直線に突進してくる。
平原と違い、森の中の街道では兵力展開ができないからその数は少ない。
しかし負傷者が数多く倒れ伏すこの場においては、その少ない数の重騎兵の攻撃ですら、致命的な損害を受けることになる。
「ラヴェル卿はガイウス様の元へ行け! ここは俺たちが対処する!」
「くっ! すまない!」
ラヴェル卿が馬の腹を蹴り、森の街道を駆け抜けていく。
こうなったら軽騎兵は邪魔になる。エリックの判断に間違いはない。
そして兵を集めて、エリックが号令を掛けた。
「魔法を使える者は投射魔法を放て!」
エリックの指示のもと、ヴィクターが再編した最後尾の軽歩兵と、なんとか動けるエリザベス騎士団の魔法兵たちが震えながらも魔法を放つ。
俺の心はどっちだ? 男か女? よく分からない! が、今なら魔法を放てる確信がある!
指鉄砲を構えて、『水礫』を放つ。
だが、発射されたその魔法は、重騎兵の前には無力だった。
火の玉は風に吹き飛ばされ、水の弾丸は風の幕をすり抜けても、重騎兵の鎧に阻まれる。
それは馬に対しても同様で、馬鎧を貫通できずに、敵はさらに速度を上げてくる。
今ここに長槍兵はいない。だから槍衾は作れない。
敵の重騎兵は四騎ほどだが、まともに受ければ、確実にエリック隊は壊滅する。
森の中に逃げ込め生き残ることはできる。しかしそれではエリック隊は全滅も同然! ならここで凌ぐしかない!
「……それなら! これはどうだ!」
俺は地に落ちている魔想具を拾い上げ、それを構えた。
狙いを定め、魔法を放つ。その魔法を使うためのイメージは、まだ頭の中に残っている!
「くらえ!」
魔法が発動する。
それは水ではなく、氷だった。硬度と質力を伴ったつららが唸りを上げて飛んでいく。
それは先頭を駆ける重騎兵の鎧を貫き、そのまま体ごと吹き飛ばし落馬させた。
「ぐぁぁっ!!」
敵の一騎が地面に転がる。
しかしその程度では敵は止まらない。
「まだ……来る!?」
俺の倒した以外の三騎は、そのままに突っ込み俺たちを蹂躙するつもりだ。
今この場にいるのは、負傷者を含むエリザベス騎士団と、重騎兵に相性の悪い軽歩兵だけ。
さらには横に展開できない森の中の街道だ。この悪条件の中で、敵はただ街道を走り俺たちに痛撃を与えるだけでいい。
「っ……!」
精神力に余裕はあるけど、敵との距離を考えれば魔法の発動は一回が限界だ。
それでは三騎を倒すことはできないし、剣を構えたところで、それでこの突撃を止められるはずがない。
でも……ミリーを見捨てて、逃げることなんてできるものか!
「リーナ! さきほどの『氷牙』はまだ使えるか!」
その瞬間、俺の隣にエリックとヴィクターが駆け寄ってきた。後ろにはカイルとヴァルガもいる。
三人は剣を、ヴァルガはハルバードを構えて重騎兵に立ち向かおうとしている。
圧倒的に不利だけど、これならいけるか?
「一発ならいけます!」
「ぶちかませ! そのあとは俺たちに任せろ!」
迫りくる重騎兵につららを放つ。高速度で飛翔する硬度を伴った運動エネルギーの塊は、防御魔法を貫通し、確かに一騎を撃破した。
だが、それだけだ。残る二騎が迫る! その距離はもう一呼吸を置く程度の距離しかない!
絶体絶命の中で、最初に飛び出したのはカイルだった。その攻撃法はまさかの体当たりだ!
当然の如くカイルの体が宙を舞う。苦し紛れの特攻にしか見えないけど、その攻撃によって、確かに重騎兵の衝撃力が落ちたように見えた。
そこに向かってエリックが突撃する!
エリックは『瞬動』と『強撃』を同時に使い、衝撃力が落ちた重騎兵の乗騎をたたき切っていた。
馬鎧ごと一刀両断され、騎兵はそのまま地面に落馬する。
それと同時にヴィクターとヴァルガも動く。
ヴィクターがヴァルガを足場にした『瞬躍』により水平ジャンプをして、二騎目の重騎兵の眼前へと飛び上がり、グレン先生から与えられた剣を振るっていた。
馬の首が飛び、それにより落馬した騎士も即座にヴァルガが首を刎ねる。
凌いだ! いくら不利とはいえ、エリック達の強さなら重騎兵にも勝てるんだ!
それは希望だ。しかしその希望が儚いことは、攻撃を終えたエリックを見ればすぐに思い知られた。
「エリック様!」
吹き飛ばされたはずのカイルが、再び立ち上がってエリックの元へと駆け寄る。
おそらく衝撃を受け流す魔法『流散衝』を使ったんだ。だから動き回ることができるはず。
だが、カイルの凄さに感心するような余裕はこの場にはなかった。
カイルに肩を貸されなんとか起き上がるエリック。馬鎧を纏った体の大きな馬を斬るのは、さすがのエリックといえども負担が大きすぎた。
「……っ!」
エリックの脚がよろめく。足腰に力が入らないのか震えている。
カイルが支えなければ、立つことすらおぼつかないだろう。
「エリック様! しっかりしてください!」
「無理をしすぎた……もう、『瞬動』は……使えん……」
いや、『瞬動』だけじゃない。剣を握るはずの指が震え、力が入っていないようだ。
手に持つのが精いっぱいで、剣を振ることなんてできるはずがない。
無理な攻撃で全身を痛めたみたいだ。衝撃が腕を通して全身にダメージを与えたのなら、体を負傷するのは当然だった。
「ですが! なんとか凌げました! 早く逃げましょう!」
「ああ、こうなれば負傷者は見捨てるしかないが……やむを得まい」
カイルに肩を貸されたエリックは、よろよろと歩き出す。
彼らの会話は必要なことだとはいえ、俺にとってはつらいことだった。
それは、ミリーを見捨てるという現実を意味していたからだ。
「エリック! こんな状況だから俺たちが出るしかなかったが、本来お前は指揮官だ。こんなことをするべきじゃない」
エリックの元へ駆け寄ったヴィクターが諭すように言葉を掛ける。
ヴィクターも同じように乗騎を斬ったとはいえ、余裕があるようだった。
おそらくは馬の首を狙ったということと、グレン先生から授かった剣の威力だ。斬るための剣ということだから、衝撃をそのまま斬撃力に変換できたのだろう。
「ああ、その通りだ。それにもう指揮に専念するしかできないだろう。体が思うように動かん」
「あんな方法で重騎兵を倒すなんて、戦記の物語か何かだぞ。無茶をし過ぎだ」
見るからに無理をしているように見えたけど、実際無茶だったか。
でも何とかなった。あとは逃げることさえできればいいけど、後ろから聞こえてくる馬蹄の音が、それが無理だと知らしめてくる。
「くっ、まだ来るか。殿は俺がなんとかする! お前たちは行け」
「……頼む。撤退だ! 殿以外は駆け足! 逃げろ!」
エリックとカイルがなんとか歩みを進めて隊列に戻っていた。
こうなったら負傷者など、構っている場合ではない。
救護班の者たちは軽傷者だけはなんとか連れて行ったようだが、少なくない数の負傷者がその場に取り残された。
「ヴァルガは来い! 殿部隊はここに集結しろ!」
「絶体絶命じゃないかこれは。さすがの俺も重騎兵はきついぜ」
いつの間にかヴィクターの隣にいたヴァルガが愚痴をこぼす。
軽装の傭兵に過ぎないヴァルガにとって重騎兵は相性が悪すぎる。それでも逃げずに戦うというのは、ヴァルガにとっての戦いとは単なる金稼ぎだけのものではないことを示していた。
そしてその傍に騎士たちが集まる。そこにはアルフレッドやフィンと言った見知った騎士たちの姿があった。
「そんなの誰だって一緒だ。リーナは俺たちを援護しろ! できるな!」
「はい! やってみます!」
魔想具を持って、ヴィクターたちの元へ向かう。
そして俺の隣に続く人影があった。それは。
「アンナ!」
「ミリーを置いて行けないし! それはリーナも一緒! 私も戦うから!」
覚悟を決めた表情でアンナが言った。
アンナの言葉を受けて、視線がミリーのいる方向を向く。
そこにはミリーだけでなく、他の負傷者や倒れた仲間、戦えなくなった者たちの姿もあった。
彼らを見捨てて……逃げることなんてできない!
「……俺は!」
足を踏みしめ、魔想具を強く握り直す。
腹の底から力を込め、自身を奮い立たせるように叫んだ。
「皆を守る! こんなところで死ぬもんか!」




