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ディスコードルミナス  作者: RCAS
ヴェリウス辺境伯領の戦い

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89/120

追撃のスヴェルノヴァ

「死ね! 『イレギュラー』!」


 スヴェルノヴァが叫び、突撃してくる。それと同時に頭に靄がかかる。

 駄目だ! 極限の集中を封じられた! あの時と同じか!

 その手に握られた曲刀が、鈍い光を帯びながら向けられる。

 剣を抜き攻撃に備えるが、あまりにも不利。


「くぅ……!」

「この短期間で! こうまでやるようになるとはな! やはりお前はここで始末しておかねばなるまい!」


 極限の集中は使えない。そして今は挟まれているはずだ。この状況では前だけに意識を向けることはできない!

 だけど、スヴェルノヴァの剣撃は鋭く、受けるのが精いっぱいだ。

 前に戦った時と同じで奴の剣術そのものに変化はないから、対処は可能。しかしそれだけでは駄目だ!

 状況は最悪。このままでは、確実にここで死ぬ。


 レイウォル丘陵の撤退戦。死を覚悟した瞬間の記憶が蘇る。

 あの時と同じだ。時間は俺の味方で、凌ぐことができればまだ生き残りの芽はある!

 スヴェルノヴァの剣を受け流し、とっさにバックステップをする。

 それにより、一瞬の時間的な猶予を得た。その時間を使いヴェリウス辺境伯から下賜された剣を抜く。

 新たな剣に警戒をしてか、スヴェルノヴァが一瞬止まる。しかしその表情に、焦りの色は一切なかった。


 ……やはりそうか!

 磨き上げられた短剣の刀身を鏡のように使い背後を確認すれば、そこには迫りくる黒いローブの男の姿が映し出されていた。

 タイミングを計って挟み撃ちで攻撃するつもりなのだろう。

 頭の中にある靄により、思考力がだんだんと落ちている自覚があった。今この瞬間、これが俺にとっての最後の複雑な思考だ。


 その中で浮かんだ一つの戦い方。それは完全に賭けとなる……だけど! それしか方法がないのなら、俺はそれに賭ける!

 覚悟を決めて、一瞬のうちに体をねじり、背後へ飛ぶ。すでに背後の敵がどのように行動しているかは分からない。だが、関係ない!

 振り向きざまに見えるのは驚愕の表情を浮かべる男の顔だった。手に持つ剣は確実にワンテンポ遅れているのが分かる。

 それで俺の攻撃を防ぐことなんてできるはずはない!


「がっ!?」

 

 回転させた体の勢いのままに、剣を思い切り突き出すと、黒いローブの男の胴体を突き破り、背中へと貫通する手ごたえがあった。

 すぐに剣を抜こうとするが、筋肉が固まって動かない!

 背筋に寒気を感じ、警鐘が頭の中に響き渡る。

 すぐさま振り向き、短剣を体の前に持ってきて、後ろに飛ぶように跳ねる。

 短剣を持った左手にすさまじい衝撃を感じながらも、なんとかスヴェルノヴァの斬撃を防ぐことができた。


「まさか防がれるとはな……恐るべき速度で成長し、我々の前に立ちふさがる。やはりお前は、『イレギュラー』の称号を得るのにふさわしい存在ということか」


 こんな状況だというのに、俺を見るその視線には称賛があった。確かな強敵に対する敬意が存在するように見える。


「何がイレギュラーだ。こんな小娘一人にそこまで本気になるなんて、何がお前たちをそこまでさせる」

「……」

 

 俺の問いにスヴェルノヴァは、無言と微笑でもって答えた。

 これは……何か策がある顔だ。俺を包囲する位置にいるほかの機関員か? 違う……一瞬だけ視線を向けて確認するけど、奴らは武器を持たずにいる。

 でも、その視線はアンナではなく俺に向いている? 力を俺に集中するということか?

 そこまで考えて、驚くべきことが起きた。頭から靄が消える。精神攻撃を解除したのか!?

 何故だ!? その疑問の答えは、スヴェルノヴァの口から直接聞かされる。


「『恩寵の力』にはこのような使い方もある。力が効き辛いお前にとっても、これは防げまい!」


 その言葉と同時に、頭に異変が起こる。

 今までとは異なる感覚。靄がかかるわけではなく、意識が散漫になっていく。 無関係な記憶が次々と浮かび上がる。

 ……これは、また新しい精神干渉……? だけどこれは……。

 靖彦として生きてきた記憶がフラッシュバックする。

 仕事をしていての愚痴、学生時代の授業、友人たちとの何気ない会話。両親の不仲によるストレス。

 くそっ! なんでこんな記憶が、今蘇る!


 意識を強く持とうにも、制御ができない。

 今度は、靖彦の記憶がリーナの記憶に移り変わっていく。

 ――夕食は何かな?

 スヴェルノヴァの剣を防がないと!

 ――エリック隊の朝礼って、ちょっと長い時あるよな。

 ここで、死ぬことになる!

 ――自分が最初に触った武器ってなんだったっけ?

 

 考えるべきことが、まるで無作為に流れる映像のように次々と切り替わる。

 これはまるで、授業中に先生の話を聞いていたはずが、気づけば全く関係のないことを考えている、あの感覚。

 それが、命を懸けた極限状態で起きているという恐怖。

 

「集中しろ……集中するんだ……」

 

 そう思っても、脳が勝手に違うことを考え続ける。

 まるで、無理やり意識を別の方向へ向けられているかのように。

 

「これも……精神干渉なのか……!」

 

 戦いに集中できない。それどころか、スヴェルノヴァの姿が視界の端でぼやけていく。

 それと同時に、スヴェルノヴァの影が揺らめく。攻撃が始まる!

 ――子供の頃の思い出、教室の匂い、ふと耳にした教師の講義。

 いや、そんなものに意味はない!

 するどい剣撃を必死になって防ぐ。さっきよりも鋭い? 違う! 思考が纏まらない! 極限の集中どころじゃなく、この戦いそのものに集中すらできない!

 ――マリアと食べたパンの味、クラリスに指示されてもみ洗いをした洗濯物、アリオン家に仕える従騎士に振舞った手料理。

 捌けない! この短剣では明らかに不利! なのに頭が回らずに受け流し方を間違える。どんどん態勢が崩れていく。

 戦いと関係のない思い出があふれ出し、消そうとしても止まらない。靖彦とリーナの記憶が曖昧に混ざり合い、訳が分からなくなっていく。

 戦場の緊張感が失われ、統一した意識を維持することができない。


「しまっ……!」


 ついに反応が遅れ、すさまじい速度の一撃により短剣が吹き飛ばされた。

 もう、防御をすることができない。完全な丸腰、そこにスヴェルノヴァの力任せの振り下ろしが、襲い掛かった。

 迫りくる曲刀。これを防ぐすべはない。纏まらない思考の中でも分かる、確実な死。

 ただそれを受け入れることしかできない。そう思った瞬間だった。


 空気の流れとは何か。気圧の変化、超音速によるソニックブームの生成。

 学生時代に学び、気になって調べた空気や風の原理。それが、死に瀕したこの瞬間に蘇る。

 そこから思い起こされる、ある魔法、『風打ち』。

 今にも殺されそうとなった時に、私の命を二度救った魔法。


 ……ああ、そうか。そういうことだったのか。

 何故か思い浮かんだ記憶により、『風打ち』のイメージがより強固に固まっていく。

 スヴェルノヴァの腕が振り切られる前に、そのイメージを世界の裏側へ無意識のうちに飛ばす。

 それは現実を侵食し、魔法として発現する。


「何!?」


 風が吹いた。人すら吹き飛ばすような強風。空気の塊が打ち出される。

 スヴェルノヴァの驚きと同時に、振り下ろした剣がその手から零れるように地に落ちた。

 一度目は偶然だった。二度目は覚悟を決めたことが発動の決め手だった。なら三度目のこれは?

 それは分かったからだ。『風打ち』という魔法のことを理解できたから発動ができた。

 でも魔法を使うには女の心が必要だったはず。あれ? 今の私はどっちなんだろう?

 ……まあいいや。心の在り方なんてどうでもいい。今はこの感覚に従うだけ。


「馬鹿な……魔法など、使えるはずがない!」


 スヴェルノヴァが地面に落ちた剣を拾おうとする。その一瞬の隙に、脳裏にさらなる記憶が蘇った。

 熱とは何? 絶対零度、氷の生成、膨張と収縮……熱交換。冷却とは何? つららはどうやって作られる?

 思考と同時に、無意識に手が動いた。

 掌を前に突き出し、脳裏に浮かびあがった魔法のイメージを世界の裏側へ飛ばす。

 すると複数の鋭いつららが、スヴェルノヴァへ向けて飛んでいく。

 

「チッ!」


 スヴェルノヴァは間一髪で身を翻し、つららを躱した。

 そこまでを見届けた瞬間に、頭の中に浮かんでいた熱と氷のイメージは霧散し、今度は宝くじの当たり番号を必死に探して、買った券と見比べていた記憶が占めていく。

 あ、駄目だ。もう終わりだ。魔法は打ち止め。俺の中から、あの感覚が完全に消え去った。


「二度も奇跡が起きたようだが……三度目はない!」


 スヴェルノヴァが両手で曲刀を持った。力任せの一撃だ。

 今度こそ駄目だ。年貢の納め時。魔法で迎撃? 無理無理無理! できっこないよぉ!

 もう駄目だし、防げない。袈裟懸けにズバっと切られてお終い! 人生オワタ!

 バカバカしいことが頭に浮かび始めた。いやぁ、きついっす! なんなのぉ、これぇ!

 

「死ねぇ!」


 スヴェルノヴァの裂帛の気合を伴った一撃だ。相手は死ぬ! つまり、俺が死ぬ!

 私が死ぬって!? いやいや、違うよ!

 私が殺されるよりも先に。


「死ぬのはあんただ!」

「がっ! ば……!?」


 スヴェルノヴァの目が驚愕に見開かれる。その目は彼自身の胸元を見ているようだった。

 まるで、そこから剣が生えたかのように見える。それが一番しっくりくる表現だった。

 それはつまり……確実な致命傷だ。

 しかし、死を自覚したからなのか、血走った目を私に向けて、剣を持つ腕が最後の力を振り絞るかの如く微かに動く。

 だが、曲刀を振り下ろすことはできずに、そのまま腕から力が抜けて、剣がその場に落ちた。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになる感覚が消えた。クリアになった思考の中で、冷静にスヴェルノヴァを見つめる。

 背後から突き刺された剣による決着。それがこの結末の正体。それは一体どういうことか?

 答えは簡単。スヴェルノヴァの背後から攻撃した者がいるということ。スヴェルノヴァが崩れるように倒れると、その剣の主が俺の視界に姿を現す。

 それはエリックだった。私のピンチに気づいて『瞬動』で一気に距離を詰めてきた。

 

 しかしそれができたのは私の魔法によって、エリックを邪魔していた敵を倒すことができたから。

 視線をつららを放った先に向ければ、そこにはつららによって背後から体を貫かれた複数の死体があった。

 俺たちを分断していた傭兵は俺の魔法で撃破した。あの攻撃はスヴェルノヴァに対するものじゃない。傭兵を倒すための攻撃だ。

 森の中の戦いの経験が生きた。あれがなかったら絶対に思い浮かばない戦い方だった。

 

「す……まん……ル……シオ……」


 地面に倒れ伏し、口と貫かれた傷口から大量の血が流れる中で、何者かの名前を言いながら、スヴェルノヴァはこと切れた。

 苦しい戦いだった。だけど、俺たちの……勝ちだ!

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