表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディスコードルミナス  作者: RCAS
ヴェリウス辺境伯領の戦い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/120

アドラレクスのため息とシオンの憂鬱

 当初の計画では、カステリスの城を無傷で――あるいは可能な限り最小限の被害で――制圧するはずだった。

 だがその目論見は崩れ去った。守備兵が最後に火を放ち、城は炎に包まれてしまったのだ。

 もっとも、これ自体は想定の範囲内である。あくまでも可能な限りであり、致命的な失敗とは見なされない。

 真に問題となったのは、予想をはるかに上回る、兵の損耗だった。


「ひどいわね……ずいぶんと兵がやられたみたい」


 シオンは、セシリア誘拐の際に自らの経験不足ゆえに作戦を失敗させたことに、強い責任を感じていた。

 その償いとして、仕事の失敗は仕事で返す。そう決意し、本軍への同行を申し出たのである。

 現在、彼女は奪取したヴェリウス家の屋敷へと向かっていた。

 『恩寵の力』を連続使用した代償として、精神力の消耗は無視できないレベルに達していたため、休息が必要と判断されたのだ。

 

 屋敷の庭に足を踏み入れた瞬間、まず目に飛び込んできたのは、野戦病院と化した無残な光景だった。

 薬を塗り、包帯を巻かれる軽傷者。火傷に呻く者。それでも、彼らはまだましな方だ。

 手足を失い、虫の息で治療を受ける重傷兵。

 必死に駆けまわる戦場医と看護兵たち。

 使い古された比喩ではあるが、その悲鳴と血にまみれた情景は、まさしく地獄という言葉が相応しかった。


「最初のうちは順調に城内へ侵入し、制圧が進んでいたと聞いているわ。でも、それは罠だった……いえ、正確には違うわね。ただ、有力な戦士が暴れやすい舞台を整えていただけ」

「『不可視の魔剣』……かつてヴォルファング氏族傭兵団の『銀狼』に所属していたという傭兵。ヴェリウス家の剣術指南役として仕えていたのは把握していたし、城に残っているという情報も掴んでいた……」


 シオンと共に屋敷へ向かっていたアドラレクスが、静かに語り始めた。

 彼女の右腕には依然として包帯が巻かれ、力を込めることもままならない。

 今回の攻城戦には参加していないが、諜報機関本来の任務である情報の収集と分析。それが彼女の担当となっていた。


「随分と御大層な異名だけど……本物だったのね。その『不可視の魔剣』とやらが、重傷者の大半を出したの?」

「ええ。あまりに損害が大きすぎて、ノクタリアスの判断でエリシャ機関からも直接人員を投入したわ。渋ってはいたけれど、兵の損耗はもはや看過できるレベルじゃなかった。それでも……あれは、手加減されていたのよ」


 アドラレクスは眉をひそめ、吐き出すように言葉を継ぐ。


「多くの兵に守られて城に入っていったんだけど、それが逆に目立ってしまったのね。標的として、真っ先に狙われたという話よ」

「……それって、エリシャ機関の存在が完全に把握されていた……ってこと?」

「そのように判断されたわ。実際に目立ちすぎたという自覚はある。この傷がその証拠ね」


 アドラレクスは苦々しげな表情を浮かべ、包帯が巻かれた腕をシオンに見せる。

 その顛末を知っているシオンは、ただ静かに頷いた。


「いくら『恩寵の力』でも、対象を認識できなければ効果は発揮されない。私やノクタリアスのような能力を持つものなら、空間そのものに作用できるけれど……それでも危険すぎる。だから、これ以上の機関員の投入をノクタリアスは明確に拒絶したわ。私たちの対処法を敵は知りつつある……現状としては、そのような見解となったわ」

「城が欲しかったとはいえ、欲をかきすぎたという訳ね」

「ええ、その代償は多くの血で支払うことになった。部屋を一つずつ扉を開けてから乱雑に魔法を撃ち込み、それから突入して状況を確認してから制圧。その繰り返しでなんとか制圧を進めていったけど、それも城が燃えて大部分は喪失した。さらには数人の中級機関員の損害……あまりにも被害が大きいわね」


 エリシャ機関に所属するには、エリシャ族の中でも特に恩寵の力が強く発現しなければならない。

 そのため、中級機関員という肩書きであっても、通常の諜報員とは比べ物にならない価値を持つ存在だった。

 

「その高地人は異名のとおりに、本当に見えないってわけじゃないのよね?」

「見ることはできるけど、敵と意識するのが遅れるみたい。それに城の角や遮蔽物などを使って単独行動で攻撃を仕掛けてくるという話よ」

「認識を阻害する魔法を使っているってこと? 高地人傭兵がもつ魔法は特殊なものが多いとも聞くわね」

「そうね。ヴォルファング氏族の魔法ではないから、その中でも一族に伝わる魔法なんでしょう。高地人はそういう秘匿魔法をもつ者たちが数多くいるから、エリシャ機関にとっては天敵になりうるわ。最後まで捉えることができなかったから、城が燃えた後も生死は不明。まったく、やっかいなことだわ」


 アドラレクスのかなりの部分に悲嘆さが混じるぼやき、それは兵が治療を受ける際の絶叫に掻き消されていく。

 最後まで城に残り戦っていたというヴェリウス辺境伯。そしてその剣術指南役の高地人。

 真っ先にエリシャ機関の機関員の殺害を狙ったという事実。

 セシリア・アリオンの誘拐が失敗した件もそうだ。あきらかにルミナシアに、いや、エリシャ機関に対して逆風が吹いているとシオンは感じた。

 諜報と戦争では、あまりにも違いが大きすぎるのだと。


「ノクタリアスは今でも軍の指揮所で待機して、機関員に対しての指揮をとっている。前線が崩れない限り『力』を使うことはないとはいえ、それでも負担があまりに大きすぎるわね。そもそもの話、私が万全の体調であるなら、ここまで包囲戦が長引くことはなかった。……こうなったのも、全ては『イレギュラー』が原因……か」

「『イレギュラー』って、アドラレクスの腕を攻撃したって女? スヴェルノヴァの計画を潰したのもそいつだし、高地人以上に私たちの天敵になっているわね」


 シオンは思い出す。セシリア・アリオン誘拐の時に『恩寵の力』で触れた、リーナという名の女の感触を。

 不思議な感覚だった。そして、自分の思い通りにできない存在であると、触れた瞬間理解した。

 スヴェルノヴァは、『恩寵の力』はあの女に効くとは言っていた。

 だが、個人の能力だけであの女に影響を及ぼすことのできる機関員などそうはいない。

 シオンの見立てでは、自分の力では意識を乱すことはできても、有効な攻撃を与えることはできないという確信があった。


「だからこそスヴェルノヴァが動いているわ。少数の機関員と傭兵を連れての危険な任務となるけど、彼の力ならあるいは……」

「……そうね。でも、セシリア・アリオンを優先しないの? そっちをなんとかすれば戦争は終わるんでしょ?」

「私もそうは思うけど、それでもリーナとかいう女を優先するのがエリシャ機関の方針のようね。『恩寵の力』が効かないってことに、焦りでもあるんじゃないかしら? それに邪魔する者がいなくなれば、あとは簡単に事が運ぶとでも考えているのかもね」

「……エゼルシオンがそんな考えになるとは思えないけど?」

「おそらく老人たちの方針じゃない? 力が衰えても権力だけは握っているから、面倒な存在よ」

「その権力にエリシャ族は守られているから……それは言い過ぎなんじゃない?」

「……そうね。私はあなたとは違って、老人たちからはそれほど気に入られていないから、こんな言葉が出てしまったわ。はぁ……まだまだ大人になり切れていないってわけだ。私もまだまだね」


 この話はアドラレクスにとって気に障ることだったようで、シオンから離れるように速足で屋敷に向かってしまった。

 シオンとしても、言うべきではなかったかもしれないと反省する。

 とはいえ、アドラレクスはくだらないことで根に持つような女ではないことを、シオンは知っている。それゆえに心配はしていなかった。

 心配なのは、そんな仲間意識のことではなく、この戦況にある。

 それについて、思わずシオンの口から言葉がこぼれだした。


「優勢なのは変わらない。戦争にも勝てるとは思う。けど、どれだけの損失がでるのかな?」


 エリシャ機関の持つ使命はルミナシアによる恒久的な平和であったが、それはエリシャ族の地位に直結する問題だからこその使命であった。

 この戦争でエリシャ機関の持つ力が失われたら? 戦争には勝っても、エリシャ族の未来は守れないかもしれない……。

 そのような嫌な未来予想図が頭から消えないことが、シオンの心をさらに重くさせた。

 エリシャ族は、神から恩寵を授けられた選ばれし民である。そんなことを声高に言う者たちがいる。

 そんな自己陶酔は、この戦争には何の役にも立たない。そのことを、シオンは強く意識するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ