エリックとの邂逅1
セシリアのメイドと言う名の雑用が俺の仕事になった。
別宅での仕事に少しずつ慣れ始めた頃、庭の片隅で指示を受けながら掃除をしていると、背後から低い声が聞こえた。
「お前がリーナか?」
振り返ると、長身で整った顔立ちの青年が立っていた。茶色の髪を見苦しくない程度に切りそろえ、どこか鋭さを感じさせる瞳が印象的だ。鋭くこちらを見るエドワード様に雰囲気が似ている。
おそらくこの男がエリックだろう。
別宅に住んでいるというから間違いないはず。しかしこれまで顔を合わせたことはなかった。俺が別宅で働き始めてから初めて見る。
それはそうと流石親子だなと感じる。 セシリアがエドワード様の洒落っ気のある部分が似ているとすると、彼は武人としての顔を受け継いでいるのかもしれない。
「はいリーナです。現在セシリア様の側付きをするようにと仰せつかっております」
リーナという名前もやっと慣れてきた。自分が自分で無くなる様な時があるが、それも仕方ない。
今の俺はリーナという存在で生きるしかないからだ。
「父上から聞いているとは思うが、俺がエリックだ。こうして顔を合わすのは初めてだな。本館での働きぶりが良かったことから、別宅での仕事が回されたと聞いている」
エリックは軽く頷きながら、こちらを観察するように目を細めた。
どことなく居心地が悪い。顔や体を見られているのではなく、心を見ているような。そんな気がする。
彼の視線には柔らかさよりも、相手を値踏みするような真剣さが含まれているような気がした。
「ふむ。妹がお前を気に入ったらしい。あいつがそんな風に言うのは珍しい事だが」
「そうなんですか? 人当たりが良い方に思えますが」
本当か? 誰とでもいい感じに付き合えそうだけどな。
「そうだ。あいつはいつもあんな感じだが、中身はそうでもない。人を選ぶところがあるからな」
あいまいな表現だが何が言いたいかは理解できる。あの陽気さでも言うほど社交的ではないということだろう。
それに心を察してしまって、他の貴族令嬢と仲良くできなかったと言うし、表面的には朗らかでも内面は難しい側面があるのかもしれない。
エリックの少し柔らかく笑いながら妹の事を語るその顔は、彼が妹を大切にしていることを物語っていた。
「さて、付いてこい。俺の荷物運びを手伝ってくれ」
エリックは短くそう言うと、別宅へと歩き出した。
「え、俺がですか? しかし仕事が」
「大丈夫だ。セシリアからの許可は取っている。むしろリーナを使ってみろと言うくらいだ。時々変なところがあるけど面白い良い子だと言っていた。なんでも、俺ですら気に入るだろうとな」
こちらを確認することなく歩き出すエリックの後を追う。
別宅の奥まった場所にある保管庫に案内される。エリックが管理しているというその場所には、剣や盾、訓練用の木製道具が整然と並べられていた。
そして荷物運びの手伝いを開始するのだが訓練用の道具が入れてあるこの箱。これは重い。女では少し辛いだろう。実際、今女である俺も少し辛い。
だが、俺にも男であった自負がある。これくらいは余裕で持てていたんだ。ならば泣き言なんて言ってられない!
「お前、意外と力があるんだな。妹から聞いていたよりもしっかりしている」
しっかりと箱を持ちエリック付いていく俺に感心しているようだ。
こういうのは一応のコツがある。手でなく体幹で持つ。これだけでも結構違う。だから華奢な俺でも持つことができる。
「手でなく体で支えてますから。エリック様は当然武術を嗜んでますよね? なら俺の言いたい事は分かったと思います」
あとこの疲れにくいって特性のあるこの体のおかげでもある。持続的な過負荷労働ともでも言うのか?こういう荷運びでも体力が持つのはこれまでの仕事で実証済みだ。
「ほう……なかなか分かってるな。セシリアが言っていた面白いとはそういうことかな?」
「何が面白いかは聞かないことにします。それでこれはどこに置けばいいんですか? 結構歩きましたけど」
「安心しろ。そう遠くじゃない。というかあそこだ。あの小屋の中にしまえ。扉は開いてやる。そこの棚の上だ。よしそこだ」
小屋の中に指示通り箱を置く。俺の持ってきた物以外も訓練用の道具のように見える。
「わざわざこの小屋に置き直すなんて何かあるんですか? 訓練用の道具に見えますが?」
「ふむ、それをお前が知る必要があると思っているのか?」
おっと! ちょっと喋りすぎだったか。でもエリックの顔を見ると不機嫌そうなものは見えない。
ならそこまで気にすることでもないのかな? でも受け答えは慎重にしよう。
「……必要はありません。ただ知りたいと思ってしまったのです。この土を踏み固めたような広場。そして訓練用の道具をしまう小屋。近いうちに訓練でもするのかと思ったので、つい。失礼をしたなら謝罪します。どうかご容赦を」
そう言い頭を下げる。こんな対応で大丈夫かな。
「そこまでかしこまる必要はないんだが……困ったな。いじめるつもりはなかったんだ。すまんな。どうも口が悪くて」
「えっ、いや、そんな。ただの使用人に謝罪など必要ないですよ!」
「それはそうかもしれんがな。自分でも意に反することが口から出てしまった。それは良くないだろう。だからこれは自分に対する謝罪とでもいうのか?……うまくは言えんが、察してくれると助かる」
そう言いながら頭を軽く掻くその姿は、貴族ではなくどこにでもいそうな好青年のようにも見えた。
うん。良い人だ。エドワード様といい、セシリアといい。やっぱりいい家なんだなアリオン男爵家ってのは。
「それでだ。別に隠すほどのことではない。察しのとおり訓練だ。ただ訓練といっても本気で戦う模擬戦だからな。骨が折れるのも毎度のことだ。医者とまでは言わんが介護できるものや、骨接ぎが得意なやつを集めなければならない。今はその準備や手配をしているというわけだ」
なるほど。だから別宅にいなかったのか。でもそんなことをわざわざやっているのは……。
「エリック様が直々にやる必要があるってことですね。嫡男だからですか?」
「ほう? 何故そう思う?」
「嫡男ともなれば次代を見据えて動く必要があります。模擬戦ということは配下の人たちを呼ぶはず。そして彼らの管理。いえ、あえて指揮とでもいいましょうか。エリック様自ら仕切ることがエリック様が頼れる主君である。また、主君たるに相応しいと配下に示す行為なのではないかと愚行します」
愚行なんて言葉初めて使ったぜ……でもこんな回答でいいかな?
「……なるほどな。悪くない答えだ。その考えは概ね間違ってはいない。それが分かるなら俺が必要と言う時は手伝えよ。リーナ」
「かしこまりました」
そう言いつつ頭を下げる。どうやら正解だったかな?
「それと、これからも妹のこと頼むぞ」
「それは言われるまでもなく。俺はセシリア様の侍女ですから」
「ははっ! よく言う!」
別宅に戻る時、俺たちはそんな軽口を叩けるような関係になっていた。やっぱり男同士のほうが話しやすいかな?
あっ、今の俺は女だから男同士じゃないや。
でも、男がする気軽な会話ってのができて良かった。エリックと話して、俺は自然な感じに男として生きてきたという実感を得ることができたのかもしれない。