新たな魔想具
医者からは完治には数か月かかると言われた傷も、すでにかなり塞がっていた。
あと数日もすれば抜糸できそうだ。異常な治癒力だが、稀にこういう人間もいるのだという。
俺もその手の話は知っている。第二次世界大戦の太平洋戦線で戦ったとある日本兵などが有名だ。そういう類の治癒能力だとすれば、ありえないとは言い切れない。
今は料理の仕事もしているから、完治が早いのはありがたい。
大量の料理を作る調理の仕事は、その準備のために城壁内の炊事場から街に出ることもある。
そこで見たカステリスの空気は重く、時折聞こえる角笛や遠くから響く爆音が、ここが最前線にあると改めて認識させられた。
ルミナシア軍の包囲は日ごとに厳しくなり、本格的な攻撃がいつ始まってもおかしくない。
町の住民の顔には、誰しもがそのようなことが書かれているかのような表情の者が多かった。
だが、現時点では敵も動きを見せない。
戦術魔法による威嚇攻撃は日に数回程度で、直接の戦闘には至っていない。
ヴェリウス辺境伯軍の粘り強い抵抗が功を奏し、現在も渡河を阻止できているようだ。これはルミナシア側の不手際もあるだろうけど、ヴェリウスの名は騎兵の代名詞としても使われるくらいには精鋭揃いだ。
そしてその精鋭を率いるのがヴェリウス辺境伯の嫡男であるガイウス・ベインズ・ベルモンド。レイウォル丘陵に行くときにすれ違った彼が、現在の戦況を作り出す責任のある立場に就いている。
ファルクラム近郊の会戦から多くの騎兵が離脱できたことが、この戦況を生み出していた。もし騎兵戦力を消耗していたら、ルミナシアの渡河を阻止することができずに、カステリスは容易に陥落していただろう。
さらに、ルミナシア軍は兵力の損耗を恐れ、消極的な戦いに終始している。それはレイウォル丘陵でも分かっていたことだが、このカステリス攻撃においても同じということだろう。
この小康状態は、貴重な猶予の時間ともいえる。だからこそ時間を無駄にしてはならない。
次の戦いに備えるために、構想の中にあった俺専用の魔想具を完成させることにした。
そう考える余裕ができたのは、業務に補助人員が派遣されたおかげだ。
派遣されたのは、まさかのアンナたちエリザベス騎士団の面々だった。あの堡塁で一緒に戦ったメンバーが派遣されてきたことで、シフトに余裕ができ、今日は彼女たちに任せている。
一緒に仕事が休みになったセシリアも魔法の訓練を頑張っている。
俺が丘陵で戦っていた間に訓練を始め、今ではヴァルガを傷つけたあの光を少しは出せるようになったらしい。
あとで詳しく話を聞く予定だけど、やはり訓練の重要性がよく分かる。スナイパーとして有名なあのシモ・ヘイヘも言っていた。練習が大事であると。
屋敷の庭で魔法の練習をするセシリアに見送られ、今は訓練場に併設された工房にやって来ている。
工房といっても、簡素な作業場にすぎない。ここは訓練用の道具を整備するための工具が少数置いてあるくらいだ。
旋盤のような精密機械がないため、ほぼ手作業での調整となる。
「まさかヴァルガが手伝ってくれるとは思わなかったな」
「今のところ俺の仕事は特にないからな」
ヴァルガは腕を組み、気だるげに言った。
「カステリスに敵が侵入して来たならともかく、籠城戦に俺の出番はない」
ヴァルガは近接戦闘専門で投射魔法を使えない。だから城壁に立っても役には立たない。
軽歩兵の使う投射魔法はこういう時に便利だ。まさに主力兵科ってやつだな。
「ルミナシア軍も慎重になってるみたいだからね。戦術魔法を撃って威嚇はしてるけど、本格的な総攻撃の兆候はまだ見られないってさ」
「ここでも戦力温存か。丘陵で与えた痛撃に意味があったということかもな」
「たぶんね。ヴェリウス辺境伯軍も重騎兵の生き残りがいるし、それに軽騎兵も合わせて、なんとか渡河を防いでいることも膠着の一因だよ」
あの戦いに意味があったのなら、それはほんの僅かだが心の慰めになる。
宿場町までたどり着いた平民兵は、動ける者なら全員が帰還できたらしい。兵力を回収できたことは実に良いことだと言える。
しかし当然良いことだけではない。ギルバードの最後を誰も知らないからだ。
街道を封鎖するために防御についた長槍兵は誰も帰っていない。そのことが、丘陵で戦った皆の気分を暗澹とさせた。
「防御だけ考えればこちらが優勢か。だがヴァリエンタ帝国の援軍が来る前に、なんとかカステリスを攻略したいと思ってるはずだ。油断はできん。何か策があるからこそ、あれほど余裕を見せているんだろうな」
「……またあの精神に干渉する力を持ったの連中が何か企んでるかもね。でも、俺たちがどうこうできる相手じゃない」
「お前には奴らの力は聞きにくいだろう? だが、守ることしかできない俺たちの立場では意味はないか。敵は自由に攻撃正面を選ぶことができるからな」
ヴァルガの言う通りだ。
いくら俺に特別な力があって奴らに対抗できるとしても、戦争という戦いのスケールが大きくなっている現状ではあまり意味がない。
個人の力でどうにかなるほど戦争は甘くないからだ。
「だからこそ、今できることをするしかない」
外注に出していた魔想具が屋敷に届いた。これを最終調整し、完成させる。
パーツは基本的に木製で、板バネだけは鉄製だ。
銃身を模した棒と、ボルトなどの部品があり、本体となる部分は二つに分かれた状態で届いている。
これはボルトや引き金などの機構を組み込んだあとに、銃身となる棒と一緒に張り合わせて完成させるためだ。
「俺は力仕事が必要になったら手伝えばいいんだな?」
「うん。傷はほとんど塞がっているけど、まだ痛みがあるからね」
ヴァルガに本体を支えてもらいながら、ボルトや引き金の機構を組み込む。
この仕組みは単純だ。引き金を引くと、シアを動かして板バネの力が解放されるだけ。
実銃だとファイアリングピンを前進させるための機構だけど、イメージを強化するための魔想具には必要ない。ボルトと引き金だけ再現できれば十分だ。
本当はカートリッジの排莢機構も作りたかったけど、そこまでの余裕はないので、今回は妥協した。
「これでいいかな。じゃあ、本体を張り合わせるから、釘で固定してくれ」
「あいよ」
ヴァルガが器用に釘を打ち込み、しっかりと固定する。
これでボルトアクションのイメージを強化する魔想具が完成した。見た目だけならまさに木工工作のボルトアクションライフルだ。
質感も鑢掛けをしていないし、ニスも塗っていないから、手作り感が満載だ。
「完成だな。試してみるよ」
ボルトを引くと、手応えとともにコッキングされる感触があり、後はボルトを前進させてロック。
引き金に指をかけると、力がかかっているのが分かる。
この状態で引き金を引くと、板バネが解放され、カチンと軽快な音が鳴った。
「わざわざそんなものを作る意味は分からんが、魔法ってのはそういうもんだからな。お前には意味があるんだろう?」
「うん。これを使って、もっと正確に『水礫』を撃てるようになりたい」
引き金を引くという動作が実際に入るだけで、イメージがかなり銃を撃つ感覚に近づいていると思う。
実銃を撃ったことはないけど、エアガンくらいはある。その時の感覚を応用すれば、威力を増幅できるはずだ。
「的に向けて試してみるか?」
「なら外に出ようか、水の準備を頼む」
「おう、あの桶に入れるんだったな」
ヴァルガと連れ立って訓練場に出る。
以前使った的を使っての試し撃ちだ。
「さてと……どうなるかな?」
金属水筒も持ってきたけど、今回はこの水は使わずに、ヴァルガに水の入った桶を用意してもらった。
ボルトを操作してロックまでの手順を行う。
うん、しっくりくる。空想の物ではなく、実在しているボルトハンドルを掴むというのは、実に良く馴染む。
ストックを肩に当て、的を狙う。照星と照門は作っていないが、リボルバーと同じ距離ならなくても当てられる。
まずは男の心のまま、意識を集中して……引き金を引いた。
「……すごいな、手応えがあるってだけでこれか」
『水礫』は確かに発射され、的に当たった。
男の心だと使えない魔法が使えるようになった! これは大きな進歩だろう。
しかし威力は大したことはなく、的を濡らした程度に見える。これでは当たると痛い水鉄砲クラスってとこかな?
とはいえ、使えると使えないのは大差がある。イメージをもっと強化すれば、さらに威力が増すはずだ。
「一応使えたようだな。今は男の心なんだろ? 心を女にすればさらに威力は出せそうか?」
ヴァルガが訊いてくるが、それはやってみないと分からない。
心を女にするには……。
「俺の体を触ってくれ。ヴァルガでもいけると思う」
そう思い提案をする。
しかし、ヴァルガにその気はないようだ。
「信頼されているってのは良いことだがな。怪我人を触る趣味はないぜ」
「……確かに。それは同感」
それは俺も嫌だ。かなり回復したとはいえ、俺の背中にはまだ縫合の糸が縫い付けてある。そんな女を性的な目で見るのは抵抗感があるよな。
なら男のままでどれだけできるかやってみるか。これも重要な練習だ。
「それならこのまま練習を続けるよ。もっと威力が出るかもしれないからね」
ということで魔法を次々と放っていく。
ただのおもちゃだけど、ボルトを操作して、引き金を引くのは楽しい。
撃ち続けるうちに、確実に威力が増してきているのが分かる。
心が女の時のリボルバーには及ばないが、的にわずかな傷がつく程度にはなった。
「いいんじゃないか? 丘陵の時の魔法とは比べるべくもないが、当たりどころが良ければ骨を折るくらいの威力はありそうだ。……当たると痛いぜ、これは」
ヴァルガが的に近づき、へこんだ箇所をなぞっている。
骨を折る威力か。それなら牽制には十分かもしれない。
「もっと魔想具を改良すれば殺傷力も上がりそうだ。これはまだ簡易改良ってとこだからな」
ボルトと引き金だけの簡単なおもちゃだ。
これにカートリッジなどの機構を追加できれば、もっと威力が上がるとは思う。
その場合は弾数制限が出てくるが、だからこそ意味があるかもしれない。好きな漫画にもそういう設定があった。制約があれば威力が高くなるというやつだ。
「小康状態の今のうちに作っちまうか?」
そうしたいのは山々だ。だけど今の状況だと、その余裕はない。
一応どんな構造かは分かるけど、実際に組んでみないとイメージ通りの物はできないだろう。
納得のいくものを作るなら、それなりに時間をかけないとな。
「設計図があればともかく、即席で作るには難しいな」
「そういうものか? 物作りのことは良く分からん」
「ヴァルガは戦士だからしょうがないさ。でも、武器を作る大変さは知っているだろ?」
「それくらいはな。だがな、本当の威力は女の心にならないと出ないんだろ? まずはそっちを試せよ。屋敷に戻って、着替えをしてからやってみろ」
フランから預かった衣装は行李ごとレイウォル丘陵に置いてきたから、女物の服はない。
となればセシリアから借りるか。胸の大きさは俺のほうが小さいが、体格は同じくらいだから着れるはずだ。
「そうする。それでヴァルガはこの後どうするんだ?」
「久々に叔父貴に稽古をつけてもらうことになっている。今は辺境伯と色々と話があるようでな。だから俺が訓練場の管理を任されている」
「ヴィクター様はモラント家の屋敷だもんな。そうなるか」
ヴィクターはモラント家を継ぐつもりはなく、それは弟に任せると言っていた。
とはいえカステリスにある屋敷の使用人たちの主として、今は責任ある立場になっている。
訓練場の管理はできないだろう。
「奴も難しい立場になっちまったが、貴族ならその覚悟もあるだろう。片付けは俺のほうでやっておく、お前は帰っていいぞ」
「なら屋敷に戻るよ。手伝ってもらって助かった。ありがとう」
「おう、困ったらいつでも言え。力になってやる」
そう挨拶をしてヴァルガと別れた。
金属水筒に水も補充したから準備は万全だ。城を出て屋敷に向かう。
セシリアも魔法の練習をしているはず。あっちはどうなったかな?




