セシリアとの出会い3
セシリアのメイドになって数日。新しい仕事だけど本館にいた時よりも内容は楽だ。
可愛い女の子と毎日一緒で嬉しい! などといった浮ついた気持ちもなく真面目にやっている。
「うーん。やっぱり新鮮な感じがするわね。」
そんなことを突然言い出すセシリア。
午前の仕事が終わり、さあ昼食だという時間だ。家庭教師からの講義が終わり今はその片付けをしている。
アリオン男爵家では昼食は各自自由と言う事だった。家によってルールは変わるようだがセシリアは気軽に好きなものを食べられるからこれで良いとのこと。
「何が新鮮なんです? と一応聞きますけど。多分それって俺の事ですよね?」
「ええ。年の近い子がお付きの侍女に欲しかったからね。だからリーナが来てくれて嬉しいの」
「まだ数日ですけど、評価してもらえるのは嬉しいですね。でも前の侍女はどうだったんですか? 今更ですけど引継ぎとかしてません」
気になっていたのはこれだった。普通会社だと引継ぎはするからな。
年度毎の部署移動とかで変わる時、俺の勤めていた所はちゃんとしていたけど。メイド業はどうなんだろう?
「クラリスのことね? 配下の騎士家出身なんだけど、彼女は働き者で色々助かっていたわ。私にとってはお姉さんみたいなものかしら? 小さいころから面倒を見てもらっていたわ。」
「そうなんですか。でもそれならわざわざ側付きを変える必要はなかったのでは? いくら同年代の付き人が良いとはいえ、別に顔を合わせるくらいはできるじゃないですか。マリアみたいに」
なんだかんだ言ってマリアとは毎日一緒に仕事をしている。別宅の仕事で分からないことがあれば彼女に聞けと侍女長に言われているというのもある。
そういえばマリアと話した時に応接室の仕事なんかはクラリスさんと変わったとか言ってた気もする。ベテランメイドっぽい感じだからセシリアの側付きを外されるってのも変な気はするけどな。
「たしかに仕事は完璧だったわ。でも、ちょっと個人的な問題もあってね……」
「仲はよろしいのですよね? なのに個人的な問題とは?」
「うーん。この話はお終い! 私だけの問題じゃないからね。と・に・か・く! また言うけどリーナが来てくれてよかった。それでいいじゃない」
貴族だから色々あるんだろう。なら余計な詮索をするのは藪蛇だ。
「それならそれでいいですけど。でも同い年くらいってのに妙に拘りますね。周りにいないんですか?」
「いないわね。いえ、一応いるはいる。でもほとんどの子が結婚してたり、家業とかで忙しいのよ。あとは寄親のヴェリウス辺境伯閣下の所で寄子の集まりがあるんだけど、それくらいかしらね」
セシリアくらいの年齢で結婚とはね。セシリアは十五歳と言ってたけど、早ければマリアくらいの子が結婚してるってことか。昔の日本もそんな感じだっけ? それにしても早いと思うけど。
でも寄親か。たしか封建領主でも、上司と部下という関係になることもあるらしいけど。それのことかな?
「寄親というと、一言で言うと上司であってます?」
「まあ、おおむね? 厳密には違うけど、とりあえずはその理解でいいわ」
「ならその集まりの人と仲良くすればいいのでは? 貴族の令嬢同士、顔合わせはしてるんですよね? なら仲良くなった子もいますよね」
「それができれば良かったけど、少し事情があるのよ」
「事情となるとあまり話せないような事ですか?」
貴族だから当然秘密にしていることくらいあるはずだ。でもセシリアの表情からしてそんな感じはない。というか、むしろうんざりしているような?
「私の兄のエリックお兄様は知ってる?」
「お名前は伺っていますよ。まだお会いしておりませんが」
「うーん、名前を知ってるならいいか。原因はそのお兄様にあるの。お兄様って寄子の令嬢の中でも人気があるのよ。中には子爵家の子だってお熱になってる。だからわたしをお兄様に会うための踏み台にしているというか、そういう魂胆が見えるというか……」
「エリック様と縁がほしいからセシリア様と接触してるってことですか?」
「そんな分りやすい態度ではないのよ? でも私にはそう感じるっていうか、見えてしまうっていうか。私の心の問題なのかな……それで仲良くなれないのよ」
うーん、そういう経験、俺にはないから良く分からん。
でも想像してみると……当然気分が良くはならない。当たり前かそりゃあ。
「じゃあ俺はどうなんです? 話を聞くかぎり話すだけでなんとなく分かるんですよね? それはセシリア様が鋭いからだと思いますが俺だって変なこと考えているかもしれませんよ」
「そう! そこよ、そこ。あなたは良くわからないの。でもそれが良いわね。あの嫌な感じが見えないから。あと面白い変な子ってのも良いと思ってるわ!」
いきなりルンルン気分でテンションが高くなっても、俺のテンションは良くなりませんよ?
俺は変な子扱いかよ。そりゃあ、ちょっと取り乱した事もあるけど、今は慣れて平常心でセシリアの体も拭けるぞ!
「ご機嫌なようで何よりですよセシリア様。それで寄子の話はわかりました。ならアリオン男爵家の配下の子はどうなんですか?」
「それは先に話したじゃない。結婚してる子が多いって話」
そういえばそうだった。でも疑問もあるんだよな。
「そんなに早く結婚ってするものですか?セシリア様くらいの年齢ですよね?」
「普通ならそこまで早くはしないわ。家の格とか村のしがらみや血縁とか色々調整しないといけないし、本人同士の気持ちもあるしね。あとあまりに早い出産は危ないから、だからもう少し猶予があるわね」
なんか生々しい話が突然出てきたけど、そういうことを話し慣れている感じがする。さすが貴族の娘だ。
「でもそれだと最初の結婚してるって話と食い違うんですけど」
「そうなのよ、これには理由があってね。あまりいい話じゃないけど隠し事でもないから言うわ。私が小さい頃なんだけど、大きな戦があってね」
セシリアの声が少し低くなり、紫の瞳が遠くを見つめる。
「騎士家の当主とか親族とか……ひどいところだと領主まで戦死しちゃって、それで次代の継承とか、親族衆を増やすとか、そういう事が急務になったの。いざ結婚という段階になってだらだら決まらないとかってことが起こると、貴族やその一門にとっては死活問題。だから結婚だけはすぐに決めるということになったのよ」
その言葉には、重い責務を背負う人たち決意が滲んでいるようだった。
「それは……悲しい理由ですね」
思ったより世知辛い。そしてこの世界がそれほど安全でないって話が出てきたぞ。そりゃあ戦争もあるよな。
でも身代金とか取るんじゃないのか? 戦争は貴族のスポーツって言うし。
「その戦争では身代金とか取らなかったんですか? そういうのがあるから貴族の人は殺されずに捕縛がほとんどだって聞いたことありますけど」
「身代金? 貴族同士のいざこざだったらそういう決着もあるわね。でもその戦はルミナ教を守る戦いだったし、味方も敵も農兵がたくさん参加してた……はず? うーん……だから問答無用で殺されちゃったって習った……と、思う」
「何故農兵が多いと殺されちゃうんですか? あとルミナ教ってのはなんですか?」
「それは農兵じゃ身代金を取るって考えがないからだけど。誰がどこの家とかってのも分からないし。でも、ルミナ教をしらないの? あなたいったい……」
うげっ! 藪蛇だった。少し調子にのったな。
「あー……そのあたりはエドワード様に聞いていただけますか。俺の口からはちょっと」
ここはエドワード様に押し付けよう。なんだかんだ俺を認めてくれた人だ。良い感じに言い訳をしてくれるはず。
でも……エドワード様か。
「そういえばエドワード様がヴルド峠とかスヴィエト丘陵って言ってました。多分戦場の名だと思うんですけど、この話はそれですか?」
「お父様とそんな話をしたの!?」
「いえ、話はしていないです。独り言を聞いたんですよ。エドワード様は直感に自信があって、そういう戦場でも直感は自分を裏切らなかったって言ってました」
「そう……お父様が……それにリーナ……か」
なぜかセシリアも考えだした。真剣なその表情がエドワード様と重なる。やっぱり何かあるのか? それにリーナってこの名前。何か特別なものなのか?
「うん、わかった。あなたのことはお父様に聞いてみる。それはそれでいいとして、食事の準備はどうなの? 話してたらお腹すいてきたわ」
この話はこれで終わりってことだな。それならそれでいい。少しセンシティブな話だったしね。もっと明るく話せるほうがこちらとしても有難い。
「もう食べます? 料理はできてるのですぐに持ってこれますよ」
「お願い。リーナの作る食事は美味しいからね。実は昼食は楽しみにしているのよ」
「そんなにレパートリーはない方なので過度の期待は駄目ですよ? 少し待っててください」
何はともあれセシリアとは順調に仲良くなれている。それはそれでいい事かな。