セシリアとの出会い2
「あなたがリーナね! お父様から聞いているわ!」
長い銀髪が柔らかく揺らしながら、軽やかな声とともに近づいてくる。意志の強そうな紫色の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。
「あ、はい……リーナです」
情けないことにまだ自分の名前に慣れない。まあそれはしょうがないとして、だ。
この子……すごい美少女だ。遠目でも優れた容姿だとは感じていたが、近くでみれば想像以上。
それもあり少し気後れしている自覚がある。雇い主の娘さんだぞ。しっかりしないと!
「まあ、なんて可愛らしいの! 同じくらいの年頃の子が来てくれて嬉しいわ!」
俺の何が良かったのか可愛らしいという評価。男としては喜んでいいのか悪いのか。
まあ今の俺は女だからいいのか? ってあれ? 可愛い? それって?
「あの? 少しお尋ねしたいのですが」
「なぁに?」
「俺って……可愛いんですかね? その、顔とか?」
今の今まで忘れていた。俺ってどんな顔してるんだ?
体は結構いい感じだと思う。ちょっと肉が足りないから物足りない人はいるだろうけど、引き締まった魅惑のボディーをしているのは自分でもわかる。
でもまだ顔見てねえや。応接室のガラス窓くらいか? 自分の顔を映せるのは。
板窓がほとんどだもんな。あと水を張った桶とか? 仕事に夢中だったよ……。
「なにそれ? 自分の顔見たことないの?」
「はは、その、恥ずかしながら……」
恥ずかしながらというセリフを言いながら、ガチで恥ずかしいことを言うとは……。
毎日の仕事に必死過ぎるとこうもなってしまうとはな。
「ふーん、お父様は変わったところがあるとは言ってたけど……確かに変わってるわ。ならマリア。私の部屋から手鏡を持ってきて頂戴。自分の顔がわからない可哀想なリーナに、ちゃんと教えてあげないとね」
「はい! 分かりました」
マリアが小走りで別宅に向かった。
その間、俺は気まずい感じで待機している。セシリアは何かにやついているけど、この表情、エドワード様に似ている。
エドワード様も出会った時には俺をからかいたくて貴族だっていうのを黙ってたみたいだし。親子だから性格も似るものか。
「持ってきました!」
マリアが元気よく戻ってくる。セシリアに渡した手鏡はこの時代では高価なのだろう。この世界では初めて見る代物だ。
「はい。これ。ここに映ってるのがあなたの顔よ。見てみなさいな」
言われた通りに鏡を覗く。そこには茶色がかった黒髪ロングの美少女がいた。これが俺か? せっかくTSしたんだから美少女になりたいと思ってはいたけど、想像以上だ。期待していた以上の姿に、顔がにやけそうになる……が問題ない。
なぜならこれは想定内。TS娘は美少女と相場が決まっているからだ!。
だから自分の顔に見ぼれるなんて展開にする気はない。
「こういう顔だったんですね。まあ、良いんじゃないでしょうか?」
「あら、思ったより反応が薄いわね。もっとびっくりすると思ったけど」
「驚いてはいますよ。ですがしょせんは自分の顔ですから。あと今さっき耐性が付いたってのもあります」
「耐性って?」
きょとんとしたセシリアの不思議がる表情。俺をからかおうとしてたんだから、反撃されるのも覚悟の上だよな?
「セシリア様の可愛いらしいお顔を先に見てますから。それと比べたら大したことありませんよ」
「あらまぁ! お上手!」
むぅ、あんまり効いてない。可愛いって言われ慣れてるからか?
ん? なんか腰をつつかれてる。その方向を向くとそこにはマリアがいた。いったいなんだ?
「私は?」
そう言って自分の顔を指している。ああ、はいはい。そういうことね。
「マリアも可愛いよ! すっごく可愛い! ほーら、なでなで」
そう言いながらマリアの頭を撫でると、ペチッ! という音とともに手を弾かれた。
「そういう意味じゃないし!」
すねた顔を見せるマリア。
子供扱いしたけどマリアだって悪くない。というかむしろ良い。数年後に期待だな。
「ふふっ、あなた。面白い子ね」
そう言ってセシリアが俺を見る。マリアとのやりとりがお気に召したようだ。
「気に入っていただければ幸いです。ですがそれだけではいけないでしょう。仕事の方はどうしますか?」
仕事をしに俺はここにきたのだ。それだけは間違えるわけにはいかない。セシリアみたいな可愛い子と話せるのは嬉しいけどね。
「仕事熱心なのは良いことね。それじゃあ――」
こうして別宅での仕事が始まった。
内容としては掃除や雑用とかその程度でたいしたものではない。セシリアもいい子だし、これならやっていけそうだ。
ということで終わるかと思いきや、そうはいかなかった。お風呂の時間である。
まあお風呂とはいっても湯舟なんてないから、桶にいれたお湯で体を拭くとかだ。これを俺が担当することになった……誰のって? そりゃあセシリアだ。
セシリアは今、上半身裸で俺に背を向けている。自分では拭けない背中を俺に拭かせるというのだ。
どんな言葉を弄しても陳腐化することが免れないような綺麗な背中だ。性欲すら吹き飛び芸術性さえ見出せる。
児ポ、未成年、条例、法律。様々なものが頭をめぐる。そんな物はないはずなのに。
いや、だが、もしや? エドワード様は俺が男であったということを信じると言った。だったらこれは男が娘の柔肌を見る……それどころか触ることになるのでは?
嫌な汗だけじゃなく、嫌な心臓の鼓動も感じる。嫌な緊張感。今はそれだけがあった。
「どうしたの? どこか緊張しているように見えるけど?」
セシリアがくるりと振り向く。その長い銀髪がふわりと舞い、滑らかな背中の曲線が柔らかな夕日の光を受けて浮かび上がる。
それだけならまるで絵画の一場面のように美しい……と評することもできるが、問題なのはお胸の先の見えてはならない部分が見えることだ。
ここでさらに動揺するわけにはいかない。そうだ!これは仕事だ。仕事なんだ!
「……いえ、貴族のご令嬢の肌に直に触れるというのです。無作法があっては問題。それゆえ、しばし思案しておりました」
「何その言い回し? まあ、緊張するものなのかしらね? マリアはそういうのはなくて一生懸命拭いてくれたものだけど」
「しからば! 御免!」
主君の無理難題に答える侍を頭の中でロールプレイする。そうだ。無理なことは無理ではあるが、これは無理ではない!
であるならば、やり通すしかあるまい!
「本当に変な子ね。面白いからいいけど。ああ、でも、いいわ。そうそう。うん。気持ちいい……」
駄目だ! 無心無心無心! 無私なる侍のロールプレイで乗り切るのだ。主君の命令は絶対。武士道とは、死ぬことと見つけたり!
「うん、いいわ。初めてだから緊張するのもしょうがないわよ。今日はお疲れ様。また明日もお願いね。朝からこちらに寄越すようにマリナには言っておくわ」
……やりとげたぜ! 今俺にあるのはそれだけだった。
そして自分の部屋まで戻るがその道のりの記憶はなく俺はベッドに入り横になった。
でもこうやって一人になり落ち着くと、とたんにあの柔肌を思い出す。
いまさらだけど、あのやわらかそうなお胸を触りたかった。着痩せするってこういう事なんだなって、うん。
そんな妄想をして、もやもやした夜を迎えるかと思いきや。精神的な疲れが大きく、この日はすぐに寝入ってしまったのだった。
翌朝。
「そう、そのブラウス。あと今日のスカートはどうしようかしら? ねえリーナ? どれがいいと思う?」
セシリアの着換えのお手伝いが仕事であった。昨日よりかは刺激は少ない。最高でも下着姿くらいだからね。
「これなんかどうでしょう? あまりファッションセンスには自信がないので」
「それは……そうみたいね。人には向き不向きがあるから気にしないで。ならその左の物を取って頂戴」
「これですか? かしこまりました」
「今はそれでいいわ。おいおい覚えていきましょうね」
これも形を変えた脱衣所のシーンみたいなもので、TS物のお約束展開か?
でも立場が立場だ。色々と不安もあるし、単純に喜べない。
でもまあ。
「じゃあ今日の仕事だけど。エイル先生が来るからそれで――」
セシリアみたいな可愛い子のメイドってのも、なかなか悪くはないか。