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ディスコードルミナス  作者: RCAS
ヴェリウス辺境伯領の戦い

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52/120

戦場へ

 城の門の前でヴィクターと別れて、屋敷に戻ってきた。

 屋敷の中は変わらず混乱に満ちている。誰も彼もが何をするべきか分からずにいる。

 その中を歩いて行き、セシリアのいる部屋へと辿りついた。


「セシリア様。ただいま戻りました」


 部屋に入ると、椅子に座っていたセシリアはすぐに俺の元に向かってきた。

 

「リーナ! どうだった? お兄様のことは何かわかった?」

「エリック様は現在レイウォル丘陵というところにいます。ここに来る前に通ったあの丘陵です。そこで敗残兵を率いて防衛にあたっています」

「無事……ではあるのね? でも敗残兵を率いての防衛……それは、安全、じゃあ……ないわよね?」

「ええ、とても危険でしょう。ただ、敵の攻勢をなんとか止めねばなりません。でないとルミナシア軍はここ、カステリスまで一直線にやってきます。せめて帝国の中央からの援軍を呼ばなくてはならない。ヴィクター様はそう言っていました」

「そう。でも、こうなると本当に何もできない……私たちはただ祈るだけしか、できない」

「確かに、そうかもしれません。でも俺は少し違いますよ。なんたってこれがありますから」

 

 俺はそう言って腰に下げた剣を撫でるように触れた。


「リーナ? それって……」

「セシリア様、俺はエリック様を助けに行きます。それがアリオン家に仕える使用人の役目です」

「……決意は、固いのね。止めても無駄かしら?」

「はい。エドワード様……いや、エドワードさんとも約束したからな。ここは年長者としてエリックを助けないといけない。だから行くことを許してくれ、セシリア」


 その言葉に、セシリアは一瞬目を見開いた。


「その言葉使い……一度だけ、聞いたことがある。そういうことだったのね。今のあなたは……ヤス……ヒコ、そうなんでしょ?」


 切羽詰まると敬語が出なくなるからな。それを聞かれていたか。

 でも怒り出す様子もない。このまま話しを進める。

 

「ああ。できればリーナとしてアリオン家に仕えていたかったさ、でも、今回は駄目なんだ。見てくれ」


 俺は震える手をセシリアに見せつけた。


「……自分でも激戦を潜り抜けて、少しは自信もあるんだけど、これは戦争だって思ったら、こうなっちまった。ヴィクターと話していた時は使命感に溢れてたのにな。どれだけ実力があろうとも、死ぬ。戦争はそういうものだって思ったらさ。ちっぽけな自信なんて木っ端微塵だよ。だから、セシリアには俺を知っていて貰いたくなった。リーナでない……靖彦を」


 戦争のリアル。それを俺は知らない。

 けど、知識として人はどのように死んでいくのか……そんなことを、無駄に知っているんだ。

 戦争の悲惨さを教育されてきた日本人としての弊害だな。近代戦と中世では戦争に大きな違いはあるだろうけど、それでも戦うということ以上の恐怖を感じてしまう。まったく、なんとも厳しいもんだ。

 そんな俺を見たセシリアは、包み込むように震える手を握りしめた。


「わかったわ。ヤスヒコ……あなたはリーナだけど、ヤスヒコだって、私は知っているから。だから、だから絶対に、帰ってきて……約束して」


 暖かいその感触によって震えが収まってきた。

 だけど、約束か……守れるかどうか分からない約束なんて、俺にはできない。


「ごめん。戦争ってのは俺の意志だけじゃどうにもならない。だから約束は無理だ。でもまあ、頑張ってはみるよ」

「……あなたらしいのかな? なら、違う約束をして? 絶対にあきらめないで。お願い」

「それならいいか。最後まであきらめない。それは約束する」


 心が落ち着いてきた。靖彦としてセシリアと話して正解だったな。

 これなら、リーナに戻っても大丈夫そうだ。

 

「うん。約束、よ? ……なら、リーナ。お兄様を頼むわね。私も……できることをするわ」


 セシリアの顔から悲壮感のようなものが消え、その瞳にかすかな光が宿ったように見えた。

 

「できることですか?」

「うん。魔法の練習……とか? 今まで諦めてたけど、いざという時に使えないと絶対に後悔すると思うから」

「それはいい案だと思います。なんなら、俺が魔法を使う時の感覚を教えられればいいんですけど、どうもヴィクター様やフランが言うには、なんか違うそうで。良く理解できなかったそうです」


 世界を塗りつぶすって感覚が良く分からないらしいんだよな。

 こう、裏側の世界を精神で改変して、それを元に現実を侵食するっていうか……。

 ラノベを読み過ぎた俺とこの世界の人たちじゃあ、理解をするための前提が違いすぎるのかもしれない。


「それでも教えてくれないかしら? ちょっとした助言がきっかけで魔法を理解できる例も、修行をしている者には珍しくないらしいの。……実は私も長年練習だけはしていたのよ? できなかっただけで……」


 そんなことを言ってへこむセシリア。

 魔法が貴族のアイデンティティだからな。それもまた仕方なし。

 でも助言か。そうだな……。


「ならヴァルガを撃退したあの力に絞って練習をしてみるのはどうですか? 一度使えたなら、また使えると考えるほうが自然です。それにあの力は自分のものだって感覚はあるんですよね?」

「リーナの言う聖女の力? うーん……今まで使えなかった魔法よりもましなのかしら?」

「はい。それで助言の方なんですが。……こことは違うどこか、限りなく遠いようで限りなく近い世界。そこに聖女の力を使う想像をしてください。その想像が現実でも同じように起こる。俺の魔法の使い方はそんな感じです」


 裏側の世界から現実を侵食するなんてことを言うよりもマシかな?

 マシになっているといいけど……。

 

「……確かに良く分からないわね。でも、とにかくやってみるわ。それでリーナが成功しているのなら、間違ってはいないはずよ」

「ええ、頑張ってみてください。それと、あれだけのことがあって、それでもセシリア様を一人にしてしまいますが……」

「あの不思議な力をもつ人たちのことよね? 大丈夫。その話は覚えているわ」


 セシリアもあの誘拐事件のことを、防諜担当の役人から聞いている。それは同じようなことをすぐに行うのは難しいだろう、という話だ。

 あの事件で敵は二十人以上は死んだ。それもカステリスに潜ませていた人員ということだ。

 すぐにセシリアに危害を加える余裕があるなら、あの時にもっと人員を投入するのが自然だ。だから当面は問題はないだろうという結論に至ったわけだ。


「今思えばだけど、私を誘導した? 侍女がいるじゃない。私に対する態度というか、気持ちみたいなものがちょっと変だったのよね」

「えっ! そうなんですか!?」


 初耳だぞ! どういうことだ?


「いきなり辺境の男爵家の娘がやってきたから、それを不審に思われているのかなって、屋敷にいる時は思ったんだけどね。もしかしたら最初から狙われていたのかな……」


 そんな重大事は早く言え!

 そう言葉が口から出る衝動に駆られるが、なんとか押しとどめる。

 これは、前に聞いた人の心が読めるというか、分かってしまうというやつだ。これのせいで貴族令嬢と仲良くできないって話だった。

 これだけ聞けば超能力だけど、察しの良い人間ってのはいる。それがセシリアだとするのなら、それはかなり使えるぞ。

 

「今は、そういう人間はいないんですか?」

「ええ。屋敷の皆は以前よりも私に良くしてくれてるわ。それは外面だけでなく、内面もそう感じるのよ」

「それなら、問題はありませんね。ですが次にそう感じたら、気のせいにしないでちゃんと話してください」

「分かったわ。人の心が分かるなんて、嫌な才能だなって思ってたけど……役に立つなら使わないとね」


 そう言ってセシリアは真剣な表情で頷いた。

 人の心が分かるというのも良い面ばかりでないというのは確かだ。

 でもその力は、心を操る敵に対しては有効に働くはず。これでさらに安心ができた。

 

「他に何か気になることはありますか?」

「……名残惜しいけど、話はこれで終わりかしら?」

「そうですね。話し合うべきことは全て話したと思います。俺も名残惜しさはありますが、ヴィクター様を待たせていますから。それではセシリア様。行ってきます」

「ええ。武運を祈るわ」

 

 俺とセシリアは屋敷の門まで一緒に出て、そこからはセシリアの見送りを背中に受けながら屋敷を後にした。

 エリックもこんな感じだったのかな? 確かにこれは後ろを振り向けない。覚悟が鈍ってしまいそうだから。

 

 そしてヴィクターに言われた場所。高級住宅街にあるモラント子爵の屋敷にやってきた。

 その門の前にはすでにヴィクターとヴァルガが待機していた。


「遅かったな、リーナ。セシリア嬢とはずいぶん話し込んだと見える」


 ヴィクターの声色に責めるようなものは感じない。

 むしろ俺を気遣うような雰囲気さえある。

 

「すみません。でも話したいことは全部話しました。……大丈夫です」

「戦いの経験と戦争はまた別だからな。俺も戦争は初めてだし、少し緊張はしているよ。ヴァルガはどうだ? 慣れているんだろ?」

「そりゃあ、な。何せその戦争で飯を食っているんだ。モラント家に雇われた以上は、戦うだけでなくできる限りの補佐もしてやる。それでいいだろ?」

「ああ、助かる」


 ヴァルガとは殺し合いをした仲で、彼には殺されかけた。

 完全に心を許すことはまだ無理だ。でも今は仲間だし、この余裕は心強くはある。

 でも、やっぱりそうだ。戦った時とは全然雰囲気が違う。気の良い兄ちゃんにしか見えないんだよな。こっちが素のヴァルガなんだろうか?

 そんなことを考えていると、屋敷の扉が開いた。出てきたのは。

 

「む、フラン。見送りか?」


 見慣れた稽古着ではなく、会合で見たようなドレスに近い装いで、髪型も縦ロールだ。

 貴族として正式な服装をしているのに新鮮さを感じるフランだが、ヴィクターには目もくれずに俺の所にやってきた。

 手に持っているのは服などを入れる行李のようだ。


「これが役に立つか分かりませんが、持っていきなさい」

 

 そう言ってフランは行李を地面に置き、開けて見せる。

 そこには女性用の服がこれでもかと入っている。

 これは……フランの例の趣味の服か?


「……これは?」

「魔法を使うなら女の心が必要ですわよね? あの検証の時も意味はあったようですし。それにいざという時は布として包帯替わりに使うこともできますから、無駄にはなりませんわ」

「いいのか? 高価な服もあるだろうに」

「あなた達の命と比べたら無価値のようなものですわ。それにリーナの魔法が戦局に影響を与えるかもしれません。何せ、魔導士級の魔法の使い手なんですもの」

「ありがとう。なら遠慮なく持っていくよ」

 

 実際に役に立つかは着てみないことには分からない。でも、この心遣いだけでも嬉しかった。

 

「では、これくらいか? それとフランはグレン先生に挨拶に行っておけ、モラント領に戻るように親父から指示があったはずだ。次に会えるのがいつになるかは分からないんだからな」

「分かっておりますわ、ヴィクター兄上。では皆さま。ご武運をお祈り申し上げます」

 

 あのいつも自由奔放なフランが、こんなにも真剣な顔で俺たちを見送るなんてな。

 こんな光景は、できれば見たくはなかった。フランと一緒に稽古をしていた時にこんな顔を見ることはなかったからだ。


 そっか。フランとの時間も、俺にとっては大切なものだったんだ……。

 エリックを助けて無事にセシリアの元に帰りたいだけ。そう思っていたけど、新たに感じたこの気持ちも、ちゃんと覚えておこう。

 またフランと、馬鹿なことを話しながら一緒に稽古がしたい。そんなことを胸に秘めながら、モラント子爵の屋敷を後にした。

 

 兵営にあるモラント家の軍馬に乗り、レイウォル丘陵へと向かう。

 ヴィクターは貴族だし当然乗馬はできる。傭兵のヴァルガも馬には乗れるということだった。

 装備一式はヴァルガの乗る馬の後ろに括り付け、俺はヴィクターと相乗りだ。こんなことになるなら乗馬の練習をしておくべきだったけど、それは後知恵だな。今は必死になってヴィクターの背中に掴まる。

 これがまた結構な揺れ具合で、セシリアに相乗りさせてもらってた時はちゃんと配慮してくれたんだなと、改めて理解した。


 レイウォル丘陵へ急ぐ。

 太陽が頂点をすぎて、今が午後であることを示す中、正面からカステリス方面に向けて疾駆する騎兵の姿が目に入る。

 十騎ほどの小集団が、中央を守るように固めている。掲げている旗は……ヴェリウス辺境伯家の旗であった。


「ヴェリウス辺境伯閣下だ。ガイウス様もいる。中央への援軍の要請をするようだな。俺たちは横に逸れよう」


 脇に逸れ、ヴェリウス辺境伯たちとすれ違う。

 ヴィクターは腰に下げた鞘を軽く掲げるようにして挨拶を送る。

 それに対してこの一団は速度を落とした。そしてすれ違う時に手綱を引き馬を躍動させた。

 お互いに視線を合わせる。だが、それだけだ。言葉を交わすこともなく、彼らはカステリスへ向かう。


「それ、敬礼ですか?」

「ああ、略式だがな。軍で戦う以上リーナも覚える必要がある。後で教えてやる」


 行軍を再開され、俺たちは再び前へと進む。

 モラント子爵が指揮を取るというレイウォル丘陵。

 宿場町の近くを通る街道沿いの丘。あそこは今どうなっているんだろうか?

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