セシリアとの出会い1
本館での生活が始まってから二週間。下っ端メイドとして、掃除、洗濯、荷運びなどの雑用などが仕事になった。
できることは手当たり次第にやらされた。さすがに慣れない作業に最初は苦労したけど、今ではなんとか形になってきた気がする。
「リーナ、窓磨き、あなたがやるとピカピカね!これなら侍女長にも怒られないわ!」
マリアが腕を組んで、少し得意げに言う。
「……慣れてきただけだよ。おかげで掃除のコツもつかめてきたし」
実際、この二週間でメイド仕事の基本くらいは体に染みついてきた。マリアの指示に従って一日中働き回ったおかげだ。
それにしても、これだけ働いても体が重くならないのは不思議だな……いや不思議を通り越して異常か。でもこれは使えるぞ。これが異世界物定番のチート能力かもな。少し地味だが悪くない。
「リーナ、旦那様が呼んでるぞ!」
夕方の食事の片付けが終わる頃、使用人の一人が伝えに来た。
エドワード様が? 特に不備はないはずだけど……やっぱりこういう時の呼び出しは少し怖いな。これも日本人サラリーマンだった時の悪い癖か。
言われた通り、エドワード様が待つ部屋に向かう。二週間前に顔を合わせた書斎とは違う部屋だ。ここには普段の仕事でも入ったことはない。ノックすると「入れ」という声がかかった。
「失礼します。おぉ!」
壁には所狭しと剣やら槍やらの武具が架けられている。武器庫なのか? 武具整備の道具が置かれた机もあり、エドワード様はそこで剣の手入れをしているようだった。
日も暮れかけているはずなのにこの部屋は明るい。さすがに日本の照明とは比べるべくもないが、この夜に武器の整備なんて作業をするのに十分の光量があった。不思議なのは光源が分からないことだ。いったいなんだろうか?
「武器が気になるかね?」
エドワードがこちらを見ずに剣を布で拭いている。油を塗っているのかな? その作業は見惚れるほどの熟練の手付きであったが、何も喋らない分けにはいかない。
「それはまあ。男のロマンですから」
そう自然に口から出た。日本刀は勿論好きだが、西洋剣もいいよな……見ているだけで、どこか胸が熱くなる。
「ふむ。そうか。やはり嘘を言っているわけではないようだな」
「えっ、嘘とはいったいなんでしょうか?」
突然のことで頭が回らずそう答える。はて、何か引っかかるものはあるけどなんだったか?
「言っていただろう。自分は男であると」
「あっ」
そういやそんな事言ったわ! 嘘なんてつけないから正直に話しちゃったんだよな。
「その目をみればどうやら真実のようだな。にわかには信じがたいことだが……信じる他はない」
「あはは……信じて貰えるのはありがたいですけど。それでもなぜ信じられるんですか? 武器が好きな女だって、いてもおかしくないですよ」
「……目を見てそう感じたからだ。確信したからだ。そしてこの確信、直感はいつだって私を裏切ったことはない。初陣をはじめダランテ平原や、ヴルド峠。あとスヴィエト丘陵、いやあの時は……」
急に押し黙るエドワード様。えーと俺はどうしたら?
「すまん。少し昔を思い出してな」
遠くを見ているような、明後日の方向を見ていた視線があらためて俺に向く。手にしていた剣も整備が終わったようで鞘に戻しそれを机に置いた。
「本館での働きぶりから、お前は信頼するに足る者。とマリナからは聞いている」
マリナというのは侍女長だ。この二週間世話になったし目を掛けてくれたと思う。
そして静かな声でそう言われた瞬間、心の奥がじんわりと温かくなった。
認められたんだな。侍女長に。まだ二週間だけど、十分に嬉しいもんだよ。
「ありがとうございます。まだ慣れないことばかりですが……」
「いや、十分だ。だからこそ、次は別宅での仕事を任せようと思う」
「別宅、ですか?」
「そうだ。この本館は役場としての機能が強い。私にとっても仕事をする空間と言える。お前も掃除をしたと聞いたが、応接室を見ただろう? あのような華美な装飾は本来アリオン家の人間にとって好みではないのだがね。それでも、必要というわけだ。そして私や家族が暮らす別宅がある。そこには息子のエリックと娘のセシリアも住んでいる。お前の手を借りれば、彼らも助かるだろう」
なるほど……だからそのエリックやセシリアは普段本館にいないのか。
仕事で忙しいエドワード様は日中は本館にいるけど、プライベートは別宅にあるんだな。
「分かりました。精一杯務めさせていただきます」
そう返すと、エドワード様は小さく頷いた。
あ、これ、この目だ。これは一体何なんだろう? その目にはどこか優しや懐かしさを感じさせるものがある。またこの目で見られているようだ。
まあいいや。とにかく認められたのは素直に喜ぶべきだろう。
翌朝。
起きて朝食を終わらせ準備をする。そして今は本館の玄関前だ。別宅への案内は人を寄越すと聞いていたけど。
「リーナ、別宅に行くよ!」
元気な声に振り返ると、マリアが手招きしていた。
「案内してくれるのはマリアか。仕事はいいのか?」
「私は別宅のほうでもお仕事してるもの。最近は新人の教育でずっと本館だったけどね」
ふふん! と、得意げに胸を張るマリア。俺の面倒を見ているから感謝しろとでも言っているのだろう。
年下とはいえこの真面目さは見習うべき所がある。ある意味俺よりも社会人適正が高いかもな。
「ははぁ! マリア先輩のおかげでございますぅ! っとそんなことよりも別宅ってのはどうなんだ? 仕事量は?」
「本館より小さいから仕事は簡単ね。でも一番良いのはセシリア様が住んでるから! それに本館よりもっと可愛い感じだし。お花もいっぱい。それに居心地がいいんだから! ついてきて」
マリアは誇らしげに答えながら歩きだす。俺もそれに続く。
「セシリア様ってどんな人なんだ?」
さらに尋ねると、マリアは少し得意げに言った。
「すっごく優しいよ! それに、私のこと妹みたいに可愛がってくれるんだ。セシリア様に会ったら、きっとリーナもすぐに好きになっちゃうよ! そういう人なんだから!」
なんというか、微笑ましいな。日常の些細な話みたいだがマリアがセシリアって子をどれだけ慕っているのかが分かる。
そんなセシリア様自慢エピソードが二週目に入るころには別宅の庭が見えてきた。柔らかな陽光が差し込むその場所には、一人の少女が待っているのが見える。
遠目だが顔立ちは整っているのが分かる。長い銀髪で下に行くほどに波打っている。貴族らしい、使用人とは違う服装だけど嫌味がないというか、彼女の雰囲気と合っていてセンスの良さを窺わせる。
すこしそわそわしているような、楽しそうな……あっ、こっちに気づいた。
セシリアはふわりとスカートを揺らしながら、小さく手を振ってきた。