市街地の戦い
坂道を下り、セシリアを追いかける。その先には目抜き通りがあり、昼間は市場として賑わいを見せる場所だ。
そして、それは夜になっても変わらない。むしろ、夜の市場は活気を増し、酒場や賭場が客を呼び込み、娼館の女たちが軒先で甘い声をかける。そんな光景が広がるはずだった。
しかし、通りに足を踏み入れると、そこには誰もいなかった。
かがり火が灯され、賑やかであるべき通りには、異様な静寂が支配している。
「……おかしい」
いつもなら酔客や商人たちのざわめきが絶えないこの場所に、今は人影一つない。
ヴィクターに視線を向ける。その顔には険しい表情が浮かんでいた。
「これは明らかに不自然だな。今が一番の客入りの時間だってのに、どの店も開いてないし、大通りを歩く人影すらなし。ヴァルガの言うように、何かが起きているのか?」
ヴィクターによると、彼とヴァルガは夜の街へ遊びに出るところだった。
だが、ヴァルガが何か異変を感じ、城から直接城下に降りる道を避け、高級住宅街を経由する道を選んだ。そうして俺が戦っている現場に遭遇したというわけだ。
そんな話をしている間に、セシリアの姿を再び見つけた。侍女が彼女を先導しているのは変わらない。
しかし、次の瞬間、状況が一変した。
どこからともなく現れた数人の男たち。その中の一人が、セシリアを担ぎ上げ、駆け出す。
同時に、先導していた侍女が剣を抜き、この場に残った男たちも武器を手にして戦闘態勢を取った。
その流れるような動きは、まるで軍隊のように統制が取れていた。
何かがおかしい。
最初からこうしてセシリアを攫えばいいはずだ。それなのに、わざわざこの市場まで連れてきて、人避けの細工まで施した理由は? ここまで大げさな仕掛けをする意味は? 敵の意図はどこにある?
だが、考えている暇はない。
今重要なのは、セシリアを追い、俺たちの行く手を遮る奴らを撃退することだ。
「やつらを倒します!」
俺がそう叫んだ瞬間、隣にいたヴィクターが膝をついた。
「ヴィクター様!?」
うずくまるその姿を見て、俺は息を呑んだ。これで確実だ。やはりこいつらはあの黒いローブの男の仲間だ!
エリックは前に言っていた。どれだけ戦意があろうとこの力に抗うことは不可能だ、と。
そして俺に対して力の効きが薄いということは、敵も把握しているんだ。だからヴィクターに狙いを絞ってきた。
俺は咄嗟にヴィクターを庇うように前へ出た。すると、全身を這い回るような不快感と得体の知れない恐怖心が胸に湧き上がる。
やはり、敵は精神を直接攻撃する能力を使っている……!
視線の先にいるのは五人。
単純な一対一ならまだしも、複数人を相手に戦うのは俺には分が悪い。
集団戦の鍛錬を積んでいない俺にとって、これは不利な状況だ。
「それでも、やるしかない……!」
そう覚悟を決め、抜刀した瞬間。
「……悪いな、もう平気だ。あの妙な気分の悪さも、恐怖心も消えた」
そんなの声が聞こえた。
驚いて振り返ると、ヴィクターはすでに立ち上がっていた。
その顔には、まるでさっきの異常などなかったかのような冷静さがある。
「ヴィクター様! 動けるんですか!?」
ヴィクターは落ち着いた声で答えた。
「お前が俺の前に立った時、あの感覚が消えた。これは、あの連中が原因なんだろ? こんな力聞いたこともないが、どうやら直線的に作用する力のようだ。それなら説明がつく。お前が盾になったことで遮断されたんだ」
俺が状況を理解したと同時に、ヴィクターは力強く宣言する。
「俺に策がある。リーナ、お前は俺が仕留め損ねた奴らをやれ」
「分かりました!」
敵を見据えながら頷くと。突如、体が宙に浮いた。
「な、なにして……!?」
いきなりヴィクターが俺を抱え上げていた。
そしてそのまま敵に走り出し、肉薄する直前に俺の体が軽々と放り出される。
ふっと解放され、気づけば地面に足をついていた。
「……え?」
ヴィクターは、いつの間にか敵の背後にいた。本当に一瞬で、何故そうなったか分からない。
そしてそれは俺だけじゃない。敵も同じだ。ヴィクターの姿を失った敵は見るからにうろたえている。
ヴィクターが一刀のもとに敵を切り伏せていく。これで一人、そして二人目。
手品の種明かしは後でしてもらえば良い! ならば俺もそれ続く! すぐに気を引き締め、敵に切り込んでいく。
俺とヴィクターの挟み撃ちにあった敵にはひどい混乱が見られた。さっきまでの連携はなんだったんだという疑問が浮かぶ。
だがこの手応えのなさを考えれば戦いの素人であるのは確実だ。剣を握って間もない俺にさえコイツらは弱く思えたからだ。
切羽詰まった状況が殺人の忌避感を忘れさせる。無慈悲に剣を振るい、あっけないほど簡単に敵を全滅させた。
そしてセシリアを背負った男は? いた! 走れば追いつける距離にある!
「リーナ! お前は奴を追え! 俺が足止めする!」
追いつける距離とはいえ、ここからどうやって足止めをするのか?
いや、今はヴィクターの言葉を信じる! 手段がある。だからこその指示のはずだ!
セシリアを担ぎ上げ走る男を追う。
すると、俺の横を明るさを伴った何かが凄い速さで飛んでいく。
『熱火』。
それはヴィクターが使って見せた投射魔法だ。
威力は弱いが敵をひるませるのには十分な威力をもつ火属性魔法。
それがセシリアを担ぐ男の足に直撃した。
「あああぁぁぁ!」
男が悲鳴を上げてその場に転がった。そして当然のようにセシリアを放り投げることになる。
セシリアは! 石畳の通路に投げ出されたようだが、無事か!?
「い、いたぁ……なに、これ? 夜の市場に……用があって? あれ?」
そう言いながらセシリアが起き上がる。大丈夫、意識ははっきりしてる!
彼女は目をきょろきょろさせて自分の居る場所を確認しているようだった。
安堵の息が漏れる。これなら、セシリアを助けられる。
「セシリア! 今行く!」
俺がそう叫ぶのと同時に。
「えっ、リーナ? どういうこと……あっ」
セシリアが突然立ち上がり 俺とは逆方向へ 駆け出した。まるで俺から逃げるように、夜の通りを駆け抜けていく。
クソが! セシリアを操っているやつがいるのか! 周囲に敵影はいない。それともこの道の両脇にある建物の中か?
駄目だ! それを調べている時間はない! この先は……。
「リーナ! セシリア嬢は操られているんだろ! あの先は河川港! 船で逃げるつもりだ!」
そんな声が後ろから聞こえた。
港まで行かせるのはまずい! セシリアを追い全力で走る。
『熱火』によって転倒した敵の胸に剣を突き立て。とどめをさす。
そしてさらにセシリアを追うが、その距離はまだ遠い!
ヴィクターもセシリアに投射魔法を撃つわけにはいかない。それも敵の狙いか!
このままではセシリアを失う。そんな焦燥感が心を支配しようとした時、ヴィクターが俺と並ぶところまで追いついてきた。
「お前の体を借りるぞ!」
ヴィクターがそんなことを言いながら、俺の前までやってきた。
そして羽のようにふわりと体を浮かせる。その動きに驚いていると、宙に浮いた状態で俺の腹を蹴った。
「ぐあっ!」
叫びながら俺は尻餅をついた。だが、思ったほどの痛みはない。腹を蹴られたというよりも、全身に柔らかく衝撃が広がったような感覚だ。
とはいえ、息が詰まるほどの圧迫感はあったし、脳が軽く揺れるような違和感も残っている。
なぜヴィクターは俺を蹴った!?
その疑問はすぐに解消された。ヴィクターが セシリアを抱きとめ、確保していたからだ。
……そうか、分かった! ヴィクターは『跳んだ』んだ!
さっき敵と戦っていた時もそうだ。おそらくエリックの『瞬動』に似た魔法を使ったはずだ。
だけど『瞬動』とは違う縦方向の機動のはず。それを応用して俺を踏み台にした。垂直の動きを横方向のものへ変換したんだ!
セシリアはヴィクターに抱えられたまま、暴れるそぶりもない。
確保できただけじゃなく、精神干渉も解けたのか!?
さっすが……頼りになるぜ、ヴィクター様!
俺の痛みなんて完全に帳消しだ。いや、それどころかお釣りがくるほどのお手柄だ。
だが、まだ終わっていない。敵がこの程度で諦めるとは思えない。
俺の体は、まだ動く! 全身に活を入れ、セシリアのもとへ向かう。
が、やはり、か。
ヴィクターが狙われた。気づいた時には、さっきと同じようにうずくまっていた。
そして、セシリアがヴィクターを振り払って立ち上がる。
だが、今度は違う。さっきまで猛然と走っていたのに、今はふらふらとした足取りで歩き出した。
まるで足元を取られるような、ぎこちない動き。見るからに勢いがない。
心を操る力も万能じゃないんだ!
セシリアが走らずに歩いているのが、その証拠。何かしらの制限か、制約がある……!
そんな希望を持った矢先。セシリアへの行く手を遮るように、道の両脇の建物から三人の武器を持った男たちが現れた。
ヴィクターに精神攻撃をかけているのは、こいつらか!
「上等だ! てめえらまとめてぶっ殺してやる!」
まだ痛みは抜けてないし、気持ち悪さもある。
頭に靄がかかり不快な感覚が俺を襲う。これは肉体のダメージではなく、敵の力だろう。
だが、あの黒いローブの男と比べれば、そよ風同然! 心を強く持てば、戦える!
恐れず前に出る。敵が剣を振りかぶるが、その素人染みた動きでは俺をとらえることはできない。受け流すようにしてその攻撃を捌く。すると横合いから二人目、三人目が迫るのが見えた。
意識を集中し極限の中に入る。しかし、最奥に入れないとなると、複数人を相手に戦うのは分が悪い。
一人は確実に仕留めることができるだろう。だが、それだけだ。訓練を積んでない俺がそんな都合よく戦えるのか? それとも一か八かの賭けをするか?
その必要はない! 俺はただ前に出て、ヴィクターの盾になれば良い!
風が吹いた。
それは一瞬にして俺の身長以上の高さまで登り、そして着地した時には目の前にいる敵の二人に致命の一撃を叩きこんでいた。
そしてその動きに俺も追従し、残る一人を一刀のもとに切り捨てる。
これで邪魔はなくなった。あとはセシリアを追うのみ。
だが、セシリアはすでにこの通りを超えて、その先にある港まで足を踏み入れている。
ゆらりゆらりとした動きのままで。
「どうやら、俺たちを誘っているようだ。追ってくるのを前提に、罠を仕掛けている。でないと、あんな悠長にセシリア嬢を歩かせるなんてしない」
「ですね。さっきみたいに担いで、急いで船にでも乗せればいいんですから」
この先に敵は待ち構えている。俺たちを殺すための算段をつけながら。
だけど、それがどうした?
必ずセシリアを守る。それこそが、自分自身に課した使命なのだから。




