寄子たちの会合4
俺たちがモラント子爵と別れて少しすると、何食わぬ顔でエリックが合流してきた。
セシリアが文句を言ったがエリックは一言「すまん」と言っただけでこの件を終わらせた。
あのエリックがこうもなるほどフランチェスカが苦手のようだ。
そして残りの予定を確認すると、最後にこの場の仕切りをしているベルモンド子爵家への挨拶が残っているということだった。
ガイウスには最後に来てくれと言われていたことから、まずはガイウスの妹でありヴェリウス辺境伯の娘であるエリザベスの元へ向かうと言う。
現在はベルモンド子爵家の世話になっており、エリザベス・ベルモンドと名乗っているらしい。
ちなみに貴族の籍を抜いて勝手に移動とかできないらしいから、これは自称だそうだ。
エリザベスは彼女が集めた女性だけの騎士団団長で、宴会が始まる前に見たあの女騎士の集団が周囲にいる。全員が美女というわけではなく、実力を重視しているようだ。
ゴリラみたいな巨漢の女騎士とかいるからな。でも個人的にはこういう女騎士が活躍する作品とか大好き! 説得力が違いますよ。
「エリザベス様。エリック・アリオンであります。なかなか機会が訪れずにこうして直接話すのは初めてとなりましょう。お会いできて光栄の至りであります。こちらは妹のセシリアです」
「セシリア・アリオンです。このような場でお目にかかることができ光栄に存じます」
エリックとセシリアが丁寧に挨拶すると、エリザベスは穏やかな笑みを浮かべて応じた。
「御二方とも無事で本当に良かった。アリオン家の悲劇は聞き及んでいます。こうして直接会うことができて、とても喜ばしく思うわ」
エリザベスの見た目はまさに麗しき美女といったところだ。青みがかった黒髪を後ろで束ねている。動きやすさを意識した髪型だろう。
着用している胸甲や手甲などの防具を、難なく着こなしていることも特に印象に残る点だ。まさにゲームでよく見る女騎士だな。
そんなエリザベスの言葉自体は短く装飾のないものだが、その中にも真摯な気持ちが込められているのが分かる。さすがにフランチェスカのようなお嬢様は当然ながらレアケースのようだ。
そうして言葉を交わしていくエリックとセシリア。
俺としては面白みのない会話だが、無難に終わればそれで良いと思っていた。しかしまたしても様子がおかしくなってきた。
エリザベスが俺を見ている。その視線は腰に帯びた剣へ向けられているようだった。
「侍女でありながら帯剣しているとは珍しいわね。エリック殿。その侍女の剣は飾り?」
「いえ、私たちの護衛として帯剣をさせています。こう見えて高地人傭兵と渡り合った気骨のある女です」
「ほう! それはまた珍しく得難い者のようですね。その方、名前は何と言うか? 直言を許す」
ほら来た! 最初はエリックたちに引っ付いているだけでいいと思ったが中々に面倒が多いな……。
まあこれも仕事だ。こなすしかないか。
「リーナと申しますエリザベス様」
「剣はどれだけ使える? 高地人傭兵と渡り合ったというが怖くはなかったのか?」
「剣の腕前は未熟であり、今も訓練を続けております。そして戦いは率直に申し上げるなら恐ろしく思っています」
「恐怖を持つのは当然のことである。しかしながらどうして女の身で戦えた?」
「アリオン家に恩がありますれば、その意志に殉ずるのが侍女としての役目と存じます。そしてセシリア様の騎士となることを誓った身である故、その心だけは騎士たらんとし、自らの覚悟を押し通したまでにございます。それと、アリオン男爵に託されたこの剣に誓いました。生涯をかけてアリオン家に尽くすと」
カッコつけて喋っているが一応本心ではある。
でもこの気取ったセリフはそんなに長くできる自信がない。早くこの会話が終わってほしいよ!
そんな俺の内心をいざ知らず、エリザベスは興味深げに目を細めると口を開いた。
「その方の言い分、じつに見事。エリック殿やセシリア嬢においてもそれは頼もしく思っているだろう。その高地人とやり合ったという腕前を少しだけ見せてもらえないだろうか? 実に気になるものよな」
いきなりの提案に驚き、俺は視線でエリックに助けを求めた。エリックもこれはいかんと口を挟む。
「エリザベス様、剣を抜くのは少々無粋かと存じます。この場にそぐわないのではないでしょうか……」
エリザベスは慌てるように言うエリックの言葉を聞いて少し考え込むが、やがて微笑んで言った。
「それならば兄上に確認をとろう。クラリッサ! 兄上を呼んでまいれ。兄上はラヴェル卿と話しているようだが、彼なら問題はない」
「はっ! 直ちに!」
エリザベスの命令にクラリッサと呼ばれた女性騎士は速足でこの場を去った。
その方向を見れば、確かにガイウスとラヴェル卿と思われる青年が談笑しているのが見える。
その話を遮ってクラリッサがガイウスに声を掛けているけど、いいのかあれ? 本当に問題ないの?
説明を受けたガイウスは青年に謝罪をいれて、困り顔をしながらこちらにやってきた。
「エリザベス。お前はまたそういう我儘を言って……立場というものを考えろ。それに話している相手がオズワルドでなかったら失礼どころの騒ぎではないぞ」
「相手がラヴェル卿であることは確認しておりましたよ。それにこの胸甲を身に着けることをお許しになったのは兄上ではありませんか。ならば兄上が公認し監督する中でなら剣を抜くことも可能でありましょう」
「理屈の上ではそうなるがな……まあいい。分かった。俺はそこで見ているから好きにしろ。ただし、問題が起きるようならすぐに止める。いいな」
「流石は兄上! 話がわかる! ではリーナとやら、剣を振ってみせい!」
結局押し切られるんかい!
ガイウスは腕を組んで俺を見ている。その顔は俺を見定めるような顔色であった。
そっか。あなたも興味、あったのね……。
エリックとセシリアを見るけど、こうなってしまったらやってみろという態度だ。
はぁ、仕方ない。ならやるか。いつもの素振りの型でいいかな。
「ではご披露奉ります」
というわけで日々の鍛錬で行っている素振りを披露した。動きは基礎的なものだが、それだけに無駄のない所作を心がける。剣を振るたび、周囲の視線が集まるのを感じる。
緊張感はあるけどいつもやっている動作だ。問題は起こらない。こういう点は成長を感じられて嬉しくなるね。
「……これで終わりにございます。お目汚し失礼いたしました」
というわけで納刀して終わり。まあこんなもんでしょ。
さて、ギャラリーはどんな感じ? うん、俺を見る目としては好意的な物が多いように見えるな。特にエリザベス配下の女性騎士団の面々は、特に俺に向ける表情は良い物が多いと感じる。
そして肝心のエリザベスを見ると、満足げに頷きながら微笑み楽しそうに口を開く。
「悪くないわ。でも、体がすこしぶれる時があるわね。もっと腰を入れて重心を安定させることを心掛けるようにしなさい。それができればさら上手く剣を振れるはずよ」
「有難き助言のほど、感謝いたします」
思ったより具体的なアドバイスだった。結構マジで剣をやってるのかね?
それに言葉遣いも柔らかくなったみたいだ。
楽しんでくれたのなら、大変結構!
「いい侍女を持ったわねセシリア嬢。騎士になるにはまだまだ足りないものが多いけれど、中々見どころがあるわ。大切にしなさい」
その言葉にセシリアは微笑みながら頷いた。
場の雰囲気も良いし。今回の挨拶は良い結果に終わったと言えるだろう。
俺としては役に立てて何よりといったところだ。
そして残すはベルモンド子爵家だけ。そのベルモンド子爵であるガイウスはこの場にいるから移動の手間が省けてちょうど良い。
それをエリックも思ったのかガイウスに近づいて一言二言話している。
会話が終わりエリックが頷いたと思いきや、俺とセシリアに近づいてこう言った。
「ガイウス様が個室で話があるそうだ。そう長くはかからないから付いてこいとの仰せだ。行くぞ」
なんだか分からんが内密の話のようだ。
ガイウスに先導されて大広間から行ける個室に入る。そこでガイウスに対面するような形でエリックとセシリアが座り俺はその背後に立つ。さて、どんな話なんだ?
「エリックは今後ヴェリウス辺境伯軍の本営に付くことになるだろう。そうなるとセシリア嬢はカステリスに取り残されることになり、宿泊する場所の問題がでてくる。現在の宿に滞在し続けるのは警備を考えても些かよろしくない。問題が起こるとは思えんが、念のため対策が必要だ。故にヴェリウス家が保有する屋敷に部屋を用意するので、そちらに移動していただきたい。無論侍女も一緒だ。良いな」
確かに話は短かった。本当にこれだけ。
でもその提案はほぼ命令に近い形だ。エリックとしても多少の困惑を覚えつつも了承するしかなかったようだ。
この話を最後に俺たちの会合は終わることになった。部屋から出てガイウスが会合の終わりと解散を宣言したのだ。
というわけで宿に戻ってきて準備をする。明日の朝にはヴェリウス辺境伯の屋敷に行かねばならない。
準備が終わり寝室に向かう直前、ふと思い出したのは……それはモラント家のヴィクターが言っていたことだ。
「ヴィクター様というモラント家の人から城の訓練場に来いと言われているんですけど、どうしたらいいですか? 一応エリック様の許可があれば行くということになっています」
「ヴィクターが? 何か話をしたのか?」
エリックは少し目を細めながら尋ねてくる。疑問を抱くのも無理はない。モラント家の人間が俺のような他家の侍女に個人的な指示を出すなんて、普通では考えられないからだ。
それにしてもヴィクターと呼び捨てにするとは。仲が良いのかな?
「あのヴァルガっていう傭兵と戦ったと話したらすごい驚いて、それを知りたいみたいですよ」
その言葉を聞いたエリックの眉がわずかに動いた。エリックは静かに考え込むような表情を見せ、やがて小さく頷いた。
「ヴィクターの奴、あの傭兵を知っているのか。そうだな……なら明日屋敷に移動した後に行ってみるか。俺も城に用はあるし、少しくらい寄り道する時間はあるはずだ。俺もあの傭兵のことは気になるからな。セシリアは屋敷に着いたら明日は外に出るな。ガイウス様のあの口ぶりが気になる。まるで今でもセシリアが狙われていると言っているのも同然だからな」
「分かったわ。屋敷にも慣れないといけないし、大人しくしています」
セシリアの返答は落ち着いているが、内心は少し不安そうだ。こういう時は一緒にいてあげたくもなるが……屋敷は安全のはずだから俺の都合優先でもいいだろう。本当にきつかったらちゃんと言ってくるはずだしな。
ということで明日はお引越しと、訓練場へ行くと言うタスクができた。
肉体的にはともかく精神的に今回の会合が疲れたから、少し休みたい気分もあるけど、そうもいかない。
というわけで明日も頑張らないといけないな。