表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディスコードルミナス  作者: RCAS
嵐の前の平穏
34/108

寄子たちの会合2

 エリックに導かれて、まずは武勇派のアルディス男爵家への挨拶に向かう。山岳地帯に本拠を置くアリオン家と似たような立地にある家だ。

 その当主であるロドリック・アルディスはエドワードさんと同じくらいの年齢で、仲も貴族同士ながら良かったという。

 しかし、問題が発生していた。なんとアルディス男爵はすでに酒に酔っている様子だった。


「おう、エリック坊! お前も来たか! まずは一杯どうだ!」

「では一献。乾杯!」


 ロドリックは赤ら顔で酒臭い息を吐きながら、手元の盃を無造作に振り回しつつ、エリックに酒を勧めた。

 にこやかに盃を受け取り一息に飲み干すエリックはまさにスマートの一言。

 でも急性アルコール中毒とか心配になるんですけど!

 俺もやらかした経験があるから、やばくなりそうなら止めるのが俺の仕事だ。

 そして酒を飲み干し一息つくと、アルディス男爵が愚痴をこぼし始めた。それはエドワードさんに対するものだった。


「……エドワードの奴め。やられちまいやがって、これじゃあ奴の勝ち逃げだ! くそっ!」


 そう言ってさらに酒をもう一杯、一気に呷る。これ、飲み方としては完全にやけ酒だ。


「父上からはロドリック様との腕試しの話は聞いております。ほぼ互角の戦績だったはずですが……」

「ああ! 互角だって!? そうさ、俺とエドワードは互角の腕前だ! だからほんの少しの一勝一敗が重要なんだ。俺と奴の勝敗の差は一だ! その一を本気で競い合ってたんだ! それなのに……」


 エリックが落ち着いた声で応じるが、ロドリックは大声で答えたと思いきや、今は静かにうなだれている。

 そこには本心でエドワードさんの死を悼む男の姿があった。

 ……そうだな。まだ確定でないとはいえ、エドワードさんは死んだ。ヴェリウス辺境伯陣営はすでにそう判断しているんだ。

 そんなアルディス男爵であるが、この態度を見かねて側にいた男がたしなめに入る。


「兄上、いい加減にしてください。今は宴会中とはいえここは会合の場です。お酒も控えめにしていただけませんか? すまないエリック殿。会合が始まってから兄はこんな感じで」

「いえ、気にしておりませんよコール殿。俺としても父上のご友人であるロドリック様に、父の死をここまで悼んでもらえるのです。息子として悪い気はしません」


 エリックの言葉にコールはほっとした表情を浮かべる。

 アルディス男爵は父の死という言葉を聞くと、さらに表情が暗くなったようだった。

 

「兄上がこんな有様で申し訳ありません。ここからは私が代わります。カステリスにはアリオン家の者はエリック殿たちだけであり、軍勢も率いてはいない。しかし我らアルディス家は同じ武勇派の家としてアリオン家の味方をする所存。その旨をしかと覚えておいてほしい。アリオン領奪還の際には、必ずお力になる。そのようにわが家の方針を、兄上が決めたのだから」

「そのお言葉。心強く存じます。時が来たらば頼りにさせていただきます。では我らはこれにて」


 最後に皆で一礼する。

 そして次の挨拶に向かうべくその場を後にした。

 様々な家を巡るが、武勇派の家はアルディス家と似たような反応が多かった。エドワードさんは武勇派でも一目置かれる存在であったということだ。

 

 だが慎重派の家だとこうはいかない。

 トレヴァー男爵家とカステリオン男爵家、それにランディス男爵家へと挨拶に向かうが、お悔みの申し上げはされるがそれくらいで、挨拶もあっさりと終わる。

 そんな塩対応にも関わらず、エリックやセシリアは特に気にする様子もなく話を続けていた。

 

「なんか拍子抜けしました。仲の良くない派閥だと聞いていたので」

「今の俺たちは領地を落とされた貴族という立場だ。戦況次第で明日は我が身ともなればそう強い言葉を出すわけにはいかんということだろう。こちらにはセシリアもいるしな」


 セシリアを見れば自分の存在が役に立ったと少し嬉しそうだ。


「同情を誘うには女はやっぱり使えるわね。使用人もリーナの一人しかいないというのも良かったのかしら」


 にやりと笑いながらそんなことを言うセシリア。何気にたくましい性格をしている。

 でも確かに、他家は使用人の類はぞろぞろ……とまではいかないけど結構連れてきてるもんな。

 侍女一人だけというのはアリオン家くらいのものだ。

 

 そして、会合の中盤に差し掛かる頃、エリックは残る武勇派の家であるファルディン男爵家に挨拶をするべく、足を進める。

 ファルディン家は武勇派の中でも若き力として注目される存在らしい。なんでも当主はまだ二十代だと言うことだ。

 確かに若いねそれは。

 大広間の中ほどにいたエドモンド・ファルディンの風貌と立ち振る舞いはまさに熟練の戦士といった感じだ。貴族家の当主にはまるで見えない。

 筋肉モリモリマッチョマンで、それに比べればエリックは小柄と言える。

 いや、エリックもガチムチじゃないだけで結構身長は高い方なんだけどね。


「エリック! やっと来たか! アリオン家の当主代理殿を待ちくたびれたぞ!」


 エリックが近づくと、エドモンドは快活に声をかけてきた。その声には親しみが込められているが、どこか競争心も滲んでいるようだった。


「遅くなってすまない、エドモンド。今日は寄子勢全体との会話を優先していたものでな。それにお前なら俺が遅くなっても気分を害しはしないだろ?」

「まあな。俺も面倒だがあいさつ回りは真面目にやっているよ。それよりも、ひさしぶりだなセシリア嬢。二年振りといったところか? あの時はまだまだ子供の印象があったが、今は随分と大人びた印象を受ける。実に美しくなった」

「ごきげんようエドモンド様。たとえお世辞と言えども褒められるのは嬉しい限りですわ」

「ははは! 世辞ではないよ。それとそこにいるのが噂になっている、例の侍女だな。なんでも高地人傭兵と渡り合ったとか言う」


 エドモンドの視線が俺に向く。その目には好奇心がありありと浮かんでいた。

 いきなり俺に話題が飛んできた! えっと、どう対応すればいいの? というか噂って何?

 困った俺はエリックを見る。それに対してエリックは軽く頷いた。ここは任せろってことかな。


「侍女のリーナだ。見た目はただの少女に見えるかもしれないが、強い意志をもってアリオン家に仕えている。噂の出どころはガイウス様か? その噂は本当だ。俺たちがここまで来れたのもリーナの働きによるものが大きい。俺もセシリアも大いに頼りにしている」


 なんかめっちゃ褒められるけど、こういう場ならそんなものか?

 今は直立不動で姿勢を正す。


「お前の報告書はかなり細かく書かれていたとガイウス様は言っていたぞ。それにしてもずいぶんと褒めるな。いまのところただの侍女にしか見えん。普通と違うのは腰に差している剣くらいのものだ。しかしエリック。お前もついに色に目覚めたか」

「いや、待て。どういうことだ?」

「お前がその女を見る目に熱が籠っている。俺の妹を袖にした時の目とはずいぶん違うと思ってな。相手が侍女というのも、良く聞く話ではある」

「……お前相手にムキになって反論はしないさ。だがこの場では止めてもらいたいものだ。親交を温めるのも重要だが、それ以上に話すべきことがある」


 エリックはそう言って話の方向を変えたが、どう見ても話しを逸らしたようにしか見えないな。

 でもやはりか。エリックって俺のこと好きなんだよなぁ……。

 それでいて俺のお誘いを断るんだから、それもそれですごい漢だ。


「戦のことだな。もちろんファルディン家は積極的に攻めの姿勢を取るつもりだ。スヴィエト丘陵での戦いのような伝説を俺の手でもう一度……そんな野望もありはするが、我が領はアリオン領から近い。無論、ルミナシアがファルディン領に攻め込むことなど早々ないことは分かっているが、目先に邪魔な敵がいるのであれば排除しなければならない。だからエリック。お前への協力は惜しまんさ」


 エドモンドの言葉に、エリックの表情が柔らかくなる。だがその顔には若干複雑めいた感情があるようだった。


「その申し出、感謝する。しかしスヴィエト丘陵か……父上と母上の戦った誉ある戦だが、俺には重い名だ。特に母上の名誉を思えば……な」


 エリックの寂しげな表情。そしてセシリアも悲し気な雰囲気を漂わせている。

 エドワードさんも言っていたスヴィエト丘陵……ここにアリオン男爵夫人であるリーナ・アリオンが深く関わっているのか。

 エリックの発言に、エドモンドは一度真面目な顔をしてから、微笑んでエリックの肩に手を置いた。


「何を言う! あの戦は俺たち武勇派の誇りだ。いや、武勇派などではなくアリオン派と言い換えても良い。お前の父母はそれだけの働きをしたのだ。それを目標とするのも当然じゃないか。お前に複雑な感情があるのは分かるが、胸を張らねばそれこそリーナ・アリオンに顔向けできないのではないか?」

「……ああ、その通りだ。母上の働きは誰しもができることじゃない」

「リーナ・アリオンはこの俺が唯一尊敬する女性だ。息子であるお前がそんな辛気臭い顔をしている様では駄目だぞ」

 

 どうやら話は良い方向に進んだようだけど、やはりリーナ・アリオンという人物のことがどんどん気になってくる。

 戦う女性であったことは間違いないけど、いったいどんな戦果を挙げたんだ?


「リーナ・アリオンは一体何を成し遂げたのですか?」


 思わずそんなことが口からこぼれた。

 やべっ、っと思ったがもう遅い。

 貴族同士の会話に口を挟んだ以上、俺はそれだけの覚悟があると態度で示さねばならない。

 

「リーナという名前なのに知らんのか? 武勇派の家の者ならだれでも知っていることだ。直接の発言を許す。お前が知っているリーナ・アリオンのことを話してみろ。それで貴族の話を遮って質問までするという無礼は許してやる」


 横目でエリックとセシリアを見るが、お前なにしてんの!? といった顔だ。

 確かに俺はなにしているんだかな。でも気になるんだ。二人には聞きづらい話だから。


「寛大なお心に感謝します。では私の知っていることですが……エドワード様の奥方で、エリック様とセシリア様の母親であるということだけ。そしてアリオン男爵夫人がどれだけアリオン家で大きな存在であったか、それを感じることはあれど、詳しいことは何も知りません」


 意図して俺と私を使い分けるのは日本人の性質だが、この世界の言語とどうマッチしてるんだ? これは検証が必要だな。

 だが今重要なのはリーナ・アリオンについてだ。俺は何も知らない。アリオン家の皆はその話題に触れることはなかったからだ。

 いまこそ知っておく必要がある。リーナという名前を持っていた人のことを。


「……その口ぶりだとエリックたちは意図して話さなかったようだな。なら俺が教えてやる。リーナという名でアリオン家に仕えるのなら知っておくべきだ」

「エドモンド、それは……」

「この侍女はお気に入りなんだろ? どこの出身かは知らないが配慮して伝えていないのは分かる。だが、このような場に出てくる以上は知らないと逆にまずい。それだけの意味があるのだ。リーナ・アリオンという名にはな。では教えてやる。スヴィエト丘陵で何が起きたのか」


 エドモンドの語る話は淡々と事実を並べるだけのものだった。リーナ・アリオンの功績を讃えるために装飾した言葉など一つもない。

 しかしそれは無駄に飾り立てることなど不要という信念からくるものだと思う。

 その根拠にエドモンドの語り口は、話が進むごとにどんどんと熱を帯びていったからだ。


「そこで俺たちヴェリウス勢は圧倒的な不利に立たされた。戦力は軽歩兵の剣士と農兵が主力で、ヴェリウス辺境伯閣下の率いる重騎兵が少数。誰もが悲惨な敗北を覚悟した。だがそこでリーナ・アリオン自らが農兵を率いて、敵を丘の上から引きずり下ろすための囮になると言う。これには軍議も紛糾したがヴェリウス辺境伯閣下はそれを認め、農兵の指揮をリーナ・アリオンに委ねた。それがこの戦いの転換点だった」


 それからの話を要約するとこうなる。

 女でありながら兵の先頭に立つ。ルミナ教徒が多い地域であることから、ヴェリウス辺境伯旗下の農兵たちはリーナ・アリオンの行動が聖女を思い起こさせるものであり、大いに士気を上げる。

 敵のつり出しが成功し前線は膠着。その敵側面に待ち伏せをしていたエドワードさん率いる寄子勢が突撃を掛けた。

 だがまだ敵は崩れずに戦いは拮抗。数の上で不利になるヴェリウス辺境伯陣営であったが敵の隊列に間隙ができて、そこにヴェリウス辺境伯率いる重騎兵がさらなる伏兵として突撃。敵を瓦解させ勝利を得ることになった。

 最後には熱弁という形でエドモンドは話しきった。顔には汗すら浮かんでいる。

 

「リーナ・アリオンはこの戦いで命を落としている。だが、その命を賭して守った者たちがこの場に多くいるのだ。俺も初陣であの戦いに参加して命を救われた一人であると言える。分かったか?」


 エドモンドは笑みを浮かべ俺に諭すように言った。

 それに対して俺はゆっくりと頷いた。

 確かにこれは知っておかねばならないことだ。リーナという名前の重さを、エドモンドの態度から実感した。


「剣を持つからには、リーナの名を汚すなよ。エリック。俺も用があるからもう行くが、その侍女が大切ならもっと色々と教えてやるんだな。ではセシリア嬢もまた会おう。できれば次に会う時はアリオン家で酒盛りでもしたいものだ」


 そう言ってこの場をさるエドモンド・ファルディンの背中は、何かを俺に語り掛けているようだった。


「リーナという名前はありふれたものだから気にするな。お前はお前で、母上じゃない」


 隣に並ぶエリックはそう言うが、リーナ・アリオンは凄い人だったんだなと素直に思った。

 そこでふと湧いた疑問をエリックにぶつけてみる。


「ファルディン男爵は初陣がスヴィエト丘陵と言っていましたが、何歳の時なんですか?」

「その時のエドモンドは十一歳だったはずだ。初陣としてはずいぶんと厳しい戦いだな」


 ……やっぱりこの世界の貴族はすげぇよ。どんだけ覚悟ガンギマリなんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ