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ディスコードルミナス  作者: RCAS
嵐の前の平穏
33/71

寄子たちの会合1

 ついにやってきた軍議の日。

 この決定により今後の戦略が決まる重要な日だ。

 昨日、余裕のあるうちに市場で必要なものを購入してここに来た。新しいメイド服に俺の気分は少し高揚している。やはり仕事着は無くてはならない物だ。やる気というものが違うぜ。

 というわけで、若干のおめかしすらしている俺だが、セシリアはさらに気合が入っている。そこまで金はかけていないようだが、いつもよりも清楚さと貴族らしさマシマシのお嬢さま形態で、実に華がある。

 

 あまりにも暇だからそんなことを考えていたが、頭を切り替え軍議をしている会議室を見る。

 部屋の扉は固く閉ざされている。あそこに入れるのは爵位をもった真の意味での貴族と、その嫡子だけだ。

 今待機しているこの大広間ではそれぞれの家の者たちで固まり、軍議が終わるのを皆で待っている。各家の家族や家臣たちだな。それは俺とセシリアも同じだ。

 

 エリックは大丈夫だろうか? 不安はあるが今は信じるしかない。

 とはいえ軍議と言っても基本的な計画は策定済みで、あとは寄子の意見を取り入れての修正くらいだと言うから話がこじれることはないはずだ。

 だが時折、会議室の中から声が漏れ聞こえてくる。その声には、穏やかさの中にどこか熱のようなものが感じられた。喧々囂々とした騒ぎではないが、白熱した議論が交わされているのだろう。

 

「皆静かに待機していますが、他家との交流はしなくてもいいんですか?」


 ふと湧いた疑問。手もち無沙汰もありセシリアに訊いてみた。


「当主の許可がないと社交は始まらないわ。家臣が勝手に他家の者と話すなんて統制を欠くもの。だから今は家中の者たちで纏まっているしかないわね」

「そういうものですか」


 貴族社会だからこうもなるか。身分の差を甘くみてはいけないのはファルクラムの時にも分かってたけど、まだまだ実感が足りない。注意しないと。

 他家の者たちを見れば色々な人がいるわけだが、その中でも特に目を引く集団があった。

 紋章の刻まれた胸甲や手甲を着用している女騎士だ。アニメか何かから出てきたかのような姿に視線が思わず張り付いている。

 武器の携帯は剣までなら許可されていて、俺も剣を帯びてはいるけど、胸甲まで着込んでいるとは……気合が違うな。

 

「あの女騎士の集団が気になるのね? あれはエリザベス様が指揮している騎士団よ。見ての通り女の騎士や兵士だけで構成されているの。聞いた話だと使用人すら全て女で統一している徹底ぶりとか」


 そんなのいるんだ……。

 いくらヴァリエンタ帝国が女騎士を擁するとはいえ、使えるのかよ、そんな集団?


「はぁ、それでエリザベス様とは?」

「ヴェリウス辺境伯閣下のご息女よ。その魔法の才は帝国魔法院にも認められるほどで、もしエリザベス様が平民だったら強制的に中央行きだったって話みたいね。今では領地内にいる魔法を使える女を探して自らの騎士にしているの。噂ではかなりの魔法の練度ではあるみたい。ただ実戦はまだだから、実力は未知数と言ったところかしら」


 女だけの騎士団なんてまるでゲームの世界の話だ。魔法の存在によって様々な制度が変わるのも当然と言えば当然か。

 そう納得していると会議室の扉が開く。

 寄子勢が次々と出てきて、最後に偉そうなおっさんと若い男。そしてエリックが退出してきた。

 あれがヴェリウス辺境伯だろう。渋いおっさんでまさに貴族という貫禄だ。


「ヴェリウス辺境伯閣下は分かるわね? そして隣にいるのが息子のガイウス様よ。統治を学ぶための予行演習として今はベルモンド子爵家の当主をしていらっしゃるわ」


 ガイウスというのは少し茶色の入った黒髪を肩口まで伸ばした男で、貴族らしく体も良く鍛えられているようだ。年齢は二十代半ばといった所か。その鋭い目と佇まいは、いかにもできる男という雰囲気がある。

 ヴェリウス辺境伯はガイウスと一言二言を話して、この大広間から退出していった。会合には参加しないようだな。

 そしてエリックが俺とセシリアの姿を認めると、こちらにやってきた。表情に異変はない。軍議に問題はなかったようだ。


「お兄様、軍議の方はいかがでした?」

「予想通り。その一言だな。積極的な攻撃を主張する家と消極的に守りを固めることを主張する家。それらを中立の立場のモラント子爵が諫めながらヴェリウス閣下が纏めるという形だ。俺が事前に聞いていた方針と大きな違いはない」

「武勇派と慎重派が言い合って、それを中立派が納める。いつもこんな感じなんだもの。平時でそうなら戦時でも変わらないわね」


 なんというか、やっぱり派閥があるのね。

 でもそんな派閥があるわりには軍議そのものが紛糾した気配はないよな。


「そんな派閥があるのなら揉めそうな気がしますが、そうでもないんですよね? 実際そのあたりはどうだったんですか?」

「俺もそれに対する懸念があったんだがな。中央から役人が来たとかでヴェリウス閣下の予定が狂って、それにつられて寄子勢の予定も狂ったんだ。だからまずはその役人の悪口大会さ。だがそのおかげで結束感が最初からあってそこまで軍議は揉めなかった。ファルクラムでカンディア補佐官殿がこぼしていた話だが、そのことだったようだぞ」


 ああ、なんかそういう話もあったな。政治がどうとかっていう。

 そして安定の中央の嫌われっぷりよ。それをいいように出汁に使うんだから、ヴェリウス閣下というのはなかなかに話を回すのが上手いようだ。


「揉めなかったなら良かったですよ。それとアリオン領の奪還の話は出たんですか?」


 軍議というならこの話はあるはずだ。俺たちにとっての一番の関心事だろう。

 

「アリオン領は現在ルミナシアの支配下に置かれているらしい。高地人傭兵団を使ってカンディア補佐官殿が情報を得たということだ。俺たちがファルクラムにたどり着いた時に、すぐさま偵察を依頼したようだな。補佐官殿との会見の場でその話を俺にしなかったのは情報の流出を嫌ったからとのことだ。俺たちのあの状況を思えば信用されなかったのも無理はない。余裕というものがなかったからな」


 めっちゃ有能補佐官やんけ。そりゃあ忙しくてエリックもすぐに会えなかったわけだよ。

 

「そしてその占領には不可解な点もある。ルミナシアの占領は屋敷が落ちた後ではなくアリオン家の騎士や農兵が集結してから行われたという。この際に一戦もせずに騎士や農兵は降伏したようだ。主君の死をもって降伏というのも分からんでもないが、それでも忠義を示すための言い訳に一戦交えるくらいは本来はするものだ。それはアリオン家の騎士ならなおさらと言える」


 エリックは難しい顔をしながら語った。

 近代的な軍隊じゃなく、名誉を非常に重視するこの世界では確かにおかしいかもしれない。

 だがその異変を起こせる存在を俺は知っている。あの黒いローブの男だ。


「勝手な予想ですけど、あの黒いローブの男の仲間でもいたんじゃないですか? 悪夢を見せるあの力やそれに類似する力があるなら使い方次第で色々とできそうです」

「それはあり得るな。あの力の前に忠義や戦意なんてものは全くの無意味と化す。それは実際に経験した俺だから分かるよ」


 ほんと、分からないことが多すぎる。

 でも、謎が謎を呼ぶ思考の迷路に入るのも良くはないな。ここは分かることだけを確認するのが一番だ。

 でもそうか。情報が手に入ったということは。


「カイルさんの仕事がなくなってしまいましたね。それに、残念ながら傭兵を雇うために渡したお金が無駄になるかもしれません」


 カイルは家臣としてエリックの役に立ちたいと思っているから、無駄金を使ったと知ったら落ち込むかもしれない。そこはちょっと心配だ。


「それは仕方ない。だが時間差で送る偵察にも価値はあるはず。完全な無駄にはならないさ。それにカイルにはアリオン家の人間としての視点がある。そう考えれば役立つ情報が手に入るかもしれない」


 エリックの言葉を聞いて少し安心した。そこまで気にしなくてもいいか。

 と、エリックと話していればガイウスが大広間の中央に出てきた。何かを言うようだな。


「父に代わりここからの仕切りは、このガイウス・ベインズ・ベルモンドが務めさせていただく! 諸君らには中央の傲慢な振る舞いに付き合わされ面倒をかけたと我々としても心苦しく思っている。その詫びというわけではないが、用意した料理は領内でも屈指の素材でもって作られたものだ。此度の戦は諸君らの働きに期待するところが大きい。それゆえに存分に食って飲んで英気を養ってくれ。以上だ!」


 そんなガイウスの堂々とした立ち振る舞いで会合が開始された。

 ヴェリウス辺境伯家の使用人たちが次々と料理を持ってきて中央の大きなテーブルに並べていく。見れば確かにどれも美味そうだ。

 しかし、ああいう演説ができるのはちょっと憧れちゃうね。俺みたいな小心者には難しいよ。


「さて、これからがセシリアにとっては本番だな。気合を入れろよ」

「分かったわ。しっかりと務めを果たします!」

「頼む。だがその前に腹ごしらえといこう。他家の者たちもまずは食事を優先するようだ。確かになかなか食えない豪華なものだからな。飯を食って満足した後なら話も弾むだろう」


 確かにあの飯をお預けされて外交ってのもなんか違うよな。

 ならここはアリオン家のメイドである俺の仕事ってわけだ!


「では俺が配膳をしますよ。どうやら他の家も使用人が動き回っているみたいですからね。二人は座って待っていてください」


 というわけでお仕事タイム!

 なんか久々な感じがするが、こういうのでいいんだよ、こういうので。俺にファンタジー世界で大冒険とか壮絶な戦いなんて似合わないぜ。

 エリックとセシリアの好きそうなものを集めて配膳をする。使用人である俺もご相伴に預かれるようだからこれも気合が入る一因だ。

 ジューシーに焼き上げられた肉や香ばしい香りのロースト肉とか、二人とも肉が好きだからもりもり持っていくぞ!

 勿論俺も好きだしね。この体になった利点の一つは油物でも腹を壊すことなく、難なく消化吸収できることだ。いやぁ、若い体って最高だな!

 というわけで配膳が終わりお食事タイムだ。うん美味い!


「なんというか、慣れてるわね。こういう自由に食事を持ってこれる宴会はそう経験できないもののはずだけど」


 セシリアの言うことは一理ある。アリオン家ではこんなこと一度もやってないからな。


「俺のいた国なら誰だってしたことありますよ。慣れてるのも当然ですね」

「ニホンだったか? 随分と進んだ文明だという話は聞いていたが、民の全てがこれを経験しているというのも凄いものだな」

「聞いた時は本気で信じることはできなかったけど、やっぱり本当なのかもね。その違う世界ってやつ」


 あー、そうか。こういう身近な仕草と常識の違いで実感として分かるってことだな。なら自然に過ごしていればちゃんと信じて貰えるかもしれない。

 それにエリックの言葉からも日本は豊かだったんだなってのが再確認できる。

 まあ、その中でも格差は生まれるから人間てのは難しいんだけどね。

 

「この世界だっていずれはそうなります。それにしてもこうして席について食事をするんですね。立食形式かと思ってました」


 気になったのはそこだ。こういうパーティーって基本立食形式だと思ってたのに、ほとんどがこうして席について食事をしているんだ。俺の中の貴族のパーティー像とは違いがある。


「中央ならそうするらしいが、この辺境はルミナ教徒が多いからな。ルミナ教では食事は席についてゆっくりとすることを推奨されている」

「そうなんですか? となるとアリオン家もその影響があるから立食はなかったんですね」


 訓練の休憩時だって皆でお行儀よく席について食べてたからな。あの荒々しい従騎士もそこだけはきちんとしていた。

 

「そうね。家族の中だとルミナ教徒は私くらいだけど、使用人たちは半分くらいがルミナ教徒だったわ。それもあってアリオン家もルミナ教に倣った形ね」


 宗教的なものがこういうところにも出るのね。でも食事は宗教でも基本と言えば基本か。いただきますもある意味で宗教的だ。

 

「なにか理由があったりするんですか。戒律とか?」

「ルミナ教には厳しい戒律はないのよ。あるのは日々の心構えとかそういうのが基本よ。このゆっくり食事を取るのだって聖女ルミナシアがいつもそうしていたからってのが理由だしね。日々を生きる糧に感謝しましょう。つまりはそういうことね」


 今思えば地域の習慣からくるストレスとは無縁だったな。それもルミナ教のおかげか。

 敵国の宗教だとはいえ、日本人としても親和性があって実に良い。俺もルミナ教徒になるか? なんてな。


「さて、場は良いように温まったようだ。そろそろ行こう。まずは武勇派への挨拶だな」

「ええ、心構えは十分よ。といってもこの様子ならそれほど気を張らなくても良さそうね」

「俺は付いていくだけでいいんですよね? なら問題ないですよ」


 食事が終わり、この会合の本番がやってきた。

 俺にできることはほとんどないだろうけど、出来る限りのサポートをしよう。

 それがアリオン家の侍女である俺の仕事だ。

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