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ディスコードルミナス  作者: RCAS
嵐の前の平穏
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プロローグ

 ルミナシア聖王国の中心にそびえる大聖堂。

 その荘厳な柱は天上の神々を模した彫刻が施され、見る者に畏敬の念を抱かせる。

 上部に設えた彩色ガラス越しの複雑な色彩の光が、静謐な空間を満たし、複雑な模様が刻まれた床を照らしていた。

 そのような大聖堂の中にあって、一人の乙女が静寂の中で祭壇に向かって手を組んでいる。

 アリシア・ルミナシア。現在ルミナシア聖王国で聖女と呼ばれる存在。この栗色の髪の乙女は微動だにせずに、祈りを天に捧げていた。

 

「また祈っているのかアリシア」


 背後から低く落ち着いた声が響く。アリシアが振り返ると、そこにはオルダリス王家の王太子であるアンドレアス・オルダリスが立っていた。

 金髪碧眼の美丈夫であり、その風貌は王族が持つ雰囲気というものを過不足なく纏わせている。


「ええ……私にはこうして祈ることしかできないのですから」


 その声は静かだったが幾ばくかの重さがあった。

 アリシアは祭壇に向き直り、祈りを再開する。それこそが彼女ができる唯一のことであった。

 

「大開晴の儀……今年は無理だろう。アリシアが聖女として覚醒することなく二十歳を迎えた。聖女継承の歴史に、この年齢までに覚醒をしなかった事実は存在しない」


 アンドレアスの顔には何の感情も浮かんでいないようだった。ただ事実を淡々と述べるだけである。


「……可能性は潰えた。故に延期の予定だが実質的には中止だ。できるだけ混乱が起きないように王宮では議論を重ねている」


 その言葉にアリシアの表情が曇った。祈るために組まれた手がかすかに震える。


「母上が無理をしてでも祈りをここまで紡いでくれた……しかしそれも無駄に終わりました。結局私は聖女になれなかった」


 アリシアの声には、抑えきれない悲哀が滲んでいた。

 大開晴の儀。曇る空を聖女の力にて晴天へと変える神聖な儀式。

 それは聖女の力がいまだ健在であると、自国のみならず各国に知らしめるための物であった。

 

「一昨年に大開晴の儀を執り行えなかったことはまだ誤魔化すことができた。昨年のイルミナ様の命を賭した献身のおかげだ。今年の儀が執り行われないのは……大問題、それだけの言葉で済むものではない。こうも近い内に二度も儀式が行われないなど、聖王国の歴史にはなかった……もう、誤魔化せなくなる」


 アンドレアスは聖女をイメージして作られた色彩ガラスを見上げた。

 そこから大聖堂内に差す光は本来なら厳かで神聖さを感じることができるものであったが、今この瞬間は単なる色つきの光にしかアンドレアスには見えなかった。


「アリシア……私たちは、この国を守る責務を背負っている。だが、今のままではこの国は滅びに向かうのは明白だ。聖女の力に頼り過ぎたツケを今支払っている。しかも、大量の利子をつけてだ……」


 アリシアは祈りを止めてアンドレアスに体を向ける。その顔には更なる苦悶と疑問が満ちていた。


「……私が聖女の力を継げなかった。それ以外にも何かあるというのですか?」

「ヴァリエンタ帝国に聖女の力が渡った可能性が高いと、エリシャ機関から報告があった。セシリア・アリオン。ヴァリエンタ辺境の男爵家の令嬢だよ。彼女が聖女の力を使った証拠が見つかった。まだ確定であるとは言えないようだが……それでもまず間違いないとのことだ」


 その言葉にアリシアの藍色の瞳が鋭く光った。


「それは、本当ですか?」

「ああ。今更になって調査が進んだのは下級機関員の怠慢らしいが、それはこの際どうでもいい。エゼルシオンはセシリア・アリオンが聖女である可能性を認めた後、我らに諮ることなく動いた。ヴァリエンタとの緊張に乗じ、拙速でも確認が必要と判断したのだろう。その判断は正しかった。それだけの話だ」


 アンドレアスは心底不愉快だというような顔をして一歩前に進み、アリシアの目を見据えながら続けた。


「彼らはヴェリウス辺境伯領での活動を再開させるつもりだ。ノヴァリス辺境伯には、王家からも取り計らってほしい……と来た。これではどちらが上か分からんな。皮肉なものだ。たかだが諜報機関に我ら王家が使われるとはな。しかし、真の聖女は我らが必ず確保しなければならない。それはアリシア、君が一番よく分かっているはずだ」


 アリシアの心はざわめき、言いようのない気持ち悪さが臓腑を蠢くような感覚を覚えた。


「真の聖女……」


 自分は現聖女とされながら、聖女としての力を発現できなかった。その事実が、いつも彼女の胸に重くのしかかっている。


「ヴァリエンタ帝国にその力を渡してはならない。もし、彼らが聖女の力を利用すれば、外征派が勢力を増しこのオルドミニア全土を戦火に巻き込むことになる。奴らの事だ。『神に選ばれたのはヴァリエンタ帝国だ。我らこそがオルディア帝国の後継にしてオルドミニアの支配者だ!』。それくらいは平気で言うだろう。そして『ルミナシアは神に見捨てられた!』ともな」


 アンドレアスはそれだけ言って目を瞑る。

 そして手を胸に沿え、しばしの沈黙の後にゆっくりと目を見開きこう言った。

 

「だからこそエリシャ機関は動いているし、オルダリス王家も彼らに無制限活動の許可を出した」


 その目には明確な意志と覚悟が込められていた。

 アンドレアスはルミナシア聖王国の未来を見据え、どんな犠牲があろうとも一切省みることなく、国是のために目的を果たすつもりであった。


「……聖女ルミナシアの願いは、恒久的な平和です」


 アリシアはアンドレアスの言葉を受け止めながら呟くが、しかしその声はむなしく大聖堂に響くだけであった。


「そうだ。しかし、その平和を実現するためには多くの犠牲が必要となるだろう。すでにその段階まで事態は動いてしまった」


 アンドレアスは歩み寄り、アリシアの肩に手を置いた。


「君に聖女の力がないのなら、せめてその願いを果たす使命を背負ってくれ。君の聖女の称号は、ただの称号にしか過ぎない。しかしそれはイルミナ様が守り、残してくれた我らの遺産だ。それを有効に使うことこそイルミナ様への贐になる」


 その一言が、アリシアの心に深く刻まれた。

 力がなくとも、使命は果たせる。そう信じることが、今のアリシアにできる唯一の選択だった。

 アリシアは再び祭壇を見つめ、静かに心に誓いを立てた。


「聖女ルミナシアの願いを、私が必ず果たしてみせます。それが、ルミナシアの名を受け継ぐ者の使命なのだから」


 その決意の言葉は小さくとも大聖堂内を震わせるように響きわたる。

 煌めく極彩色の光がアリシアを厳かに照らし、まさに聖女という風貌を思わせる美しさを彼女に与えていた。

 しかし、それだけである。

 聖女と呼ばれる乙女が持つものは、その聖女を思わせる姿と、聖女という称号の二つだけなのだから。

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