刹那
ヴィクター班の臨時指揮官として指示を出しながらも、様々な日々の雑務をこなしていた。
空いた時間を見つけては鍛冶場に通い、魔想具の試作を進める。そんな日々が数日続いている。
セシリアとも、最近は別々に過ごすことが増えた。
今の彼女は『聖女の力』の検証にかかりきりで、そのために魔法部隊を率いるエリザベスのもとに通っているのだ。
力の運用方法はまだ模索段階だが、その潜在的な威力は戦術魔法をも凌ぐ可能性がある。ならば、攻撃魔法の基礎を学ぶには高位魔導士であるエリザベスに師事するのが最適というわけだ。
もちろん、宿舎では一緒に過ごせるし、送り迎えもしているから寂しさはない。
けれど、軍の再編が着実に進んでいく現実を肌で感じていた。
兵たちの生活の基盤は完全に兵営へ移り、その対応や雑務となかなかに忙しい。
そんな中、今日は肩の怪我の経過観察のため、治療院に足を運んでいた。
「これだけの傷を負ってひと月もせずに完治とは……稀有な体を持っているようだね」
そう呟くように言うのは糸を抜いてくれた金創医だ。
やはり驚くべきことなんだろうな。
「それでは訓練に参加しても良いでしょうか?」
「問題ないよ。好きにしたまえ」
診察が終わり、受付の女の子にもこのことを話したら笑顔で送り出してくれる。
「そうなんですか? 頑張ってくださいね」
うーむ……やはり可愛い。マジで好みだ。
しかし女にうつつを抜かしている場合ではない、後ろ髪を引かれる中で治療院を後にする。
忘れ去った青春を思い出しながらも兵営に到着し、模擬戦への参加をエリックに伝える。
「今日は魔法無しでの立ち合いの予定だが……それならカイルと試合をしてみろ。今日はヴィクターもいるから、批評を受けるにはちょうどいいだろう」
「あっ、本当ですね」
エリックが視線を向ける練兵場の一角――東屋のような休憩スペースみたいなところ――にヴィクターがいた。
病衣で添え木と包帯を巻きつけた痛々しい姿だけど、人の手を借りれば外出する程度には回復したようだ。
いや、それだけじゃない。フランもいるし、それに彼らに似た男の子がいるけど、あれは?
「モラント家とは別に、家族での打ち合わせも終わったと言っていた。ヴェリウス軍の視察も兼ねて、ローワン様が顔を出すことになったという訳だ。フランチェスカ嬢は二人の付き添いだな」
「そうでしたか……彼がローワン様。子爵位を継ぐと伺っていますが、見た目だけなら俺と同年代でしょうか? あの若さで領地を背負うのは並大抵のことではありませんね」
遠目だが分かるその若さ。
中学生か、それとも高校生になりたてという程度の年齢……それで子爵様というのも、大変だろう。
「モラント家には世話になりっぱなしだ。借りを作り過ぎるのも問題があるから、できることがあればアリオン家としても彼を支える方針であることを覚えておいてくれ」
エリックの声音はいつになく硬い。
こんな時でも、いや、こんな時だからこそ貸し借りの精算は重要だ。
貰いっぱなしというのは、健全な関係ではないからな。
「分かりました。そのつもりでいます。でも……彼らに見られながら戦うのか。緊張しますよ」
「何を言う。リーナの剣は戦士として誇っていいくらいには上達しているさ。自信を持て」
主にそこまで言われて卑下することはできないか。
とはいえ不安もある。
「エリック様がそう仰るなら頑張ります。でも、レイウォル丘陵からは剣よりも魔法が主な戦闘手段だったので、腕が落ちていないか心配です」
「それを確かめるための模擬戦でもある。稽古着は用意しているだろう? まずは着替えてこい」
エリックに促され、兵舎へと足を向ける。
アリオン家に割り当てられた部屋で稽古着に袖を通す。
稽古着を着て訓練をするのはグレン先生に剣を教わっていた時以来か……。
胸の奥に、懐かしさと少しの緊張が混ざる。
着替えを終えて練兵場に戻ると、ちょうど一戦終わったところだった。
埃が舞い、剣戟の余韻がまだ空気に残っていた。
その中央、エリックのそばには木剣を握るカイルの姿があった。
「ちょうどいい。カイルの準備もできている」
「リーナさんとは初めてだね? 実は、ずっと手合わせしたいと思っていたんだ。いい機会だ。本気でやろうじゃないか」
楽しそうに笑うカイルだけど、その目は笑っていない。
つまりそれだけ真剣。マジでやるってことか。
「カイル、リーナの腕は並の剣士を超えている。粗削りだが、華奢な体でも戦える術を身につけたのは確かだ。知っているな?」
「はい。レイウォル丘陵の戦いでも何度か目にしていますよ。特に機を見る術を磨いていると感じています」
そうなのか? そんな意識はなく、必死に戦っていただけだ。
しかし外部からの意見を取り入れることは重要だ。エリックだけでなくヴィクターやフランもいるんだから、アドバイスを貰うにはもってこいだな。
「俺の見立てではリーナの剣ではカイルの防御を抜くことは難しいだろう。しかしだからこそやり合う意味がある。二人とも、思い切りやってみろ」
「はい!」
エリックの声が練兵場に響き、模擬戦が開始された。審判は当然エリックが務める。
木剣を持ってカイルと対峙するが、確かにこれには隙がない。
両手持ちでの下段の構え。どこから打ちかかっても止めることのできる防御の型だ。
威圧感はそれほどじゃないけど、逆にそれが恐ろしくも感じる。
「……行きます!」
地面を蹴っていっきに踏み込む。
ここは受けを考えずに攻める。前に出るんだ!
これまでの戦いで分かったことだけど、俺に受けは向いていない。
女の体では当然の如く膂力がない。故に鍔迫り合いにでもなったら圧倒的に不利だし、剛剣を受けきるだけの技量もないからだ。
森の中での戦いを思い出す。スヴェルノヴァのような技量よりも力で押し切るタイプなら、まだ俺の受けは機能した。
けど、剣の腕を磨いているカイルに同じ手段が通じるとは思わないほうがいい。
「むっ! やるじゃないか!」
探りの一撃を放つ。
刺突に近い軽い打ち込み、ジャブのような剣撃で間合いを探る。
だが、あっさりと弾かれた。
そしてカイルの反撃が振り下ろされるが、木剣の風切り音が耳に届きながらも、なんとか後方へ跳ぶ。
距離を取った瞬間、背に流れる冷や汗を感じた。確かにこれを抜くことは容易じゃない。
ならば!
「ここからが本番ですよ!」
心のスイッチをいれて極限の集中に入り込む。
呼吸が遠ざかり、音が消えていく。
視界がわずかに滲み、色彩が消えていく世界。
全てがスローだ。カイルの肩のわずかな動き、足の重心の移り、剣を振るための起こりの全部が見える。
意識して体から無駄な動きを省き、力の伝達を意識し、針の穴を通すことを意識する一撃を放つ。
だがそれでも――。
「あまいぞ! その程度か!」
甲高い音と共に木剣が弾かれて、同時に極限の集中が解除される。
この攻撃でもカイルには届かなかった。
流れような完璧な防御だ。その洗練された動きの前ではいかに極限の集中があろうと簡単に抜くことはできない。
むしろ攻撃の瞬間。一番の隙を見透かされて反撃をされそうになる。
カイルの剣が小手を掠りヒヤリとする。これが当たっていたら終わっていた!
「くっ!」
このままじゃ勝てない!
くそっ……やはり剣術の鍛錬を積み重ねた相手には無理なのか? 俺の剣は通じないのか?
じりじりと押し返され、気が付けば攻守が逆転した。
カイルが攻めに転じて、剣と剣がぶつかる音が耳を打つ。力で押し切る気か!
体勢が崩れかけ、思わず逃げ腰になる。極限の集中があっても力比べになったら意味がない!
駄目だ、焦るな! 思い出すんだ。今までの戦いを!
後ろに引くんじゃない! 前に出ろ! それが今日まで生き残れた戦いの秘訣。俺の戦い方のはずだ!
極限の集中。その奥、最奥に今、入り込んだ。
視界が狭まり、色が消え、そして音さえも耳に入らなくなる。
時間が間延びして、全てがゆっくりと動く認識の中。カイルに向かって前進する。
カイルの動きがさらに良く見え、自分の体の制御を緻密に行える全能感がある。だけどこの力は長くは続かない。限界がすぐそばにあることが感覚として理解できる。
しかし長時間使用を続ける必要はない! 必要なのは一瞬だけ。前に出るための瞬間さえ分かればいい!
見えた! ここだ!
カイルの剣の振り下ろし。その打点が威力を持つ前こそが狙うべき瞬間だ!
「ぬっ! やるな!」
威力を持つ前に前進して受け、同時に態勢を崩しながらも極限の集中を解除する。
これだ! この戦い方こそがベストだ!
一瞬だけ極限の最奥に入る使い方。この方法なら何度でも攻撃の起点を潰すことができる。
あれほど脅威に感じていたカイルの剣撃。その全てを防ぎ、いなし、崩していく。
「そうか……これが……」
極限の集中。この力には制限時間があった。
最奥に入った時の空間の全てを把握するような全能感は確かに強力だけど、数秒程度の時間では持久戦を戦うことはできない。
しかしこれなら……小刻みに、必要な瞬間にだけ極限に入るこの能力の使い方なら持久戦にも対応することができる!
思い出した。グレン先生の言っていたこの力の名前、『刹那の心域』。
そうか! この力は刹那の時を見切ることが本質じゃないんだ。心の域でもって、刹那という一瞬を作り出し、攻防を見極めるのがこの力の本質だ!
名づけるなら『刹那』! そのまんまな名称だがそのシンプルさがふさわしい!
カイルとの剣戟の交錯を優位に進めていく。
攻めと受け。そのすべてが一体となった動きを意識して、技をつなげていく。
体幹から肩へ、そして指先までの力を流れるように連動させ、剣先に乗せる。
俺の攻撃をカイルは防ぐが、その防御にキレがなくなっているのを感じる。このまま攻め切る!
そうして積極的な攻めを行っていると、突如として守りから攻めへとカイルが転じてきた。
距離を測ることを軽視したかのような、上段から打ち出された木剣を『刹那』を使い前進して受け止めながら、体重移動を使い横方向への力を剣先に乗せる。
焦りが出たかカイル! これで剣と体の軸がぶれたぞ!
そのまま流れるようにカイルの肩口まで剣を振り下ろすその瞬間――。
「……ッ!」
強烈な衝撃が腹部を襲い、視界が急激に空転する。そして背中の強い衝撃が走った。
い、息が……腹を蹴られたのか? 気づけばすでに仰向けに転がっていた。
苦しさを我慢しながら体に鞭を打ってなんとか体を起こす。
視界には肩をさするカイルがその場に立っていた。
「この勝負引き分け! いい試合だったがお互い決定打を打てなかったのが問題だったな」
エリックがそう宣言すると、カイルが俺に向かって歩いてくる。
そして手を差し出した。
「立てるか? あまりに鋭い一撃だったから思ったより強く蹴ってしまったかもしれない」
「……う、……ふぅ、な、なんとか。……勝ったと思ったのにな」
カイルの手を取り立ち上がる。キツさはあるが体に問題はなさそうだ。
「想像よりもはるかに強かった。事前に何も知らなければやられていたのはこちらだろう」
「こちらこそ、カイルさんの強さが分かった気がします。崩しだけじゃ勝てませんね」
「そのあたりの検討はヴィクター様を交えて行おう。そのためにこの場に来てもらっているのだからな」
二人並んでヴィクターたちの元へ向かう。
負けてしまったけど、得るものの多い模擬戦だったし、清々しい気分だ。
俺たちに向けられる周囲の目は驚きと感心。そして対抗心といったところだろうか?
女である俺が剣を使ってもここまで戦えると示したこと。それがエリック隊の騎士や兵たちの心に火を灯したようだ。
自分だけでなく周囲に影響を及ぼせたというのなら、それだけでも意味があったと言えるだろう。




