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ディスコードルミナス  作者: RCAS
モラント領にて

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再編成開始

 新たな魔想具を注文した日から、ヴェリウス軍の再編成が始まった。

 兵たちは宿舎から兵営に移動し、新たな部隊が編成されている。

 兵営に併設された練兵場は騎兵用と歩兵用に分かれていて、俺は歩兵用の第二練兵場にいた。人数の少ないヴィクター班にはちょうどいい広さだ。

 エリック隊は本隊とヴィクター率いる遊撃班の二つに大別されるが、ヴィクターは怪我で療養中。副隊長だったアルフレッドさんも戦死し、他の騎士たちも損耗が激しく未熟な者が多い。

 そんな中、書類仕事もでき、戦いで実績を上げ、ヴィクターとの個人的な縁も深いという理由で俺が臨時の指揮官に選ばれてしまった。

 使用人が代理指揮官というのも、義理と実力重視という戦国期の封建制度らしさがある。


「というわけで、俺が仕切ることになりました。ただのつなぎ役ですし、正直向いてませんが、そこんとこよろしくお願いします」

 

 広場の中央で胸を張り、声を張り上げる。

 自信満々にリーダーを演じるなんて無理だ。そんな器が俺にあるわけがない。

 日本人の社畜魂を持った俺には不可能。それなら正直に話した方がマシだろう。


「気にすんな! 頑張ってみろ!」

「リーナさんの実力を疑う人はいないですよ! 僕たちも支えますから!」

「嬢ちゃんの根性は皆知ってるぜ! 自信を持てよ!」


 明るい声援を受けて少しだけほっとした。それに弱音を吐いたのは本心だけど、打算もある。

 実力はあるが自信のない女の子をトップにする。それなら俺たちが支えてやろう! という空気になるだろうとカイルから提言があったのだ。

 これもリーナ・アリオンの遺産だろう。

 女だてらに部隊を指揮してヴェリウス軍を勝利に導いた伝説じみた功績。死後十数年も経っているのにその名声は衰えていない。

 ならばそれにあやかろうというわけだ。


「頑張ります! ……とは言いますが、ヴィクター様から編成案が上がっているので、その通りにするだけですね。では読み上げます。一班の班長は――」


 こうして順調に編成が進み、最低限の再編作業は完了した。

 しかし本格的な戦力を整えるには、さらなる人員補充が必要だ。そこが問題だった。

 ヴィクター班は遊撃を任務とした軽歩兵が主力のため、エリック隊本体以上に特殊な技能や柔軟な思考を求められる。

 そのため、本隊から単純に補充するよりも新規の人材を訓練して鍛え上げる方が効率的だと判断された。

 そこで白羽の矢が立ったのが、モラント領の猟師たちだ。


「斥候として志願した者は前へ出ろ! これから選抜試験を行う!」


 俺の号令で前に出たのは年若い男たちで、中には少年の姿もある。

 彼らの緊張した眼差しには決意の色が滲んでいる。

 メイド服姿の俺を見ても疑念や侮りは感じられない。事前にヴィクター班の騎士たちが俺の戦績や能力をしっかりと伝えていた効果だろう。

 彼らは森深くまで入り込み、狩猟で生計を立てる腕利きの猟師たちだ。剣術や体術の腕前に自信がある者が揃っている。

 なにせ魔法がある世界だから、技量を磨けば熊のような猛獣とも互角に戦えるのだ。

 それにヴァリエンタ帝国では内乱期の名残で平民が武器を所持することが一般化しており、日本の戦国期のように農民でさえ武具を持つ。それを活かさない手はないだろう。


「試験官はモラント家が雇う高地人傭兵、ヴァルガだ。ヴィクター様の兄弟子でもある。お前たちがどれだけ本気で斬りかかろうと傷一つ負わせることはできないから、胸を借りるつもりで全力で挑め!」


 俺の言葉に促されるようにヴァルガが前に出る。もっとも、最初から隣に立ってはいたが。

 横目で彼の様子を伺うと、案の定まったくやる気が感じられない。面倒そうな雰囲気を全身から漂わせながら、仕方なしに足を進めた。


「リーナ、約束は守れよ?」

「わかってる。その代わり、ちゃんと本気で仕事してくれよ?」


 本来ヴァルガのような傭兵は、兵士の訓練や試験官の仕事なんてしない。

 それを俺が体で報酬を支払うという条件で、しぶしぶ引き受けてもらったのだ。

 なんだかんだで俺も行為を楽しめている……ならもうホモでもいいや。割り切るのも重要だな、うん。

 

「それじゃ皆さん! 俺は昼食の支度があるので、後は自由行動です!」

「おう、わかったぜ!」

「美味い飯を頼むぞ!」


 本格的な訓練や戦力調整はヴィクターが復帰してからだ。なら今はこの程度の緩さでも構わないだろう。

 雑務は相変わらず俺の仕事だし、鍛冶屋にも顔を出さなきゃいけない。何だかんだ本当に忙しい!

 とはいえ、それは悪くない忙しさだ。戦時中だというのに、奇妙なほど充実しているとさえ感じていた。

 



「久々に料理をした気がするわ。まだカステリス陥落から一週間も経っていないというのに」

「あまりに濃密な時間でしたから仕方ないですよ。でも、楽しそうでしたね」

「大変ではあるけれど、いい気分転換になったわ。やっぱり料理をするのは楽しいわね」


 作った料理をバスケットに入れ、俺とセシリアは兵営へと向かう道を歩いていた。

 兵営の調理場の倉庫には、まだ本格的に食材が運び込まれていない。そのため、宿舎に併設された食堂の調理場で料理をしていたのだ。

 ヴィクター班はまだ編成段階にあるが、本隊ではすでに模擬戦を始めとした練兵が始まっている。

 今回は、それに参加する騎士や兵士たちの士気を高めるため、可愛い女の子お手製料理を届ける、という趣向だ。

 

 かなりの量を作ったので、バスケットもずっしりと重い。

 俺は両手に一つずつバスケットを抱え、セシリアも一つを両手で懸命に持っているが、辛そうな表情を浮かべている。

 まだ食堂に残りがあるから、あと一回は往復する必要がある。

 こうなったらセシリアには給仕だけに専念してもう方がいいかもしれない。


「ちょっと作り過ぎましたかね? 豚肉を自由に使って良いと言われたので、つい張り切ってトンカツを揚げましたが」

「そうかしら? むしろ足りるか心配なくらいだわ。でも、このトンカツサンドっていうのかしら? 手軽に食べられて美味しいのが良いわね」

「記憶にあるトンカツサンドはもっと美味しいですよ。俺の料理の腕じゃ、完全再現は難しいですね」


 一番の問題はソースだ。

 パッケージに野菜や果物が色々と書いてあったのは覚えているが、肝心の作り方が全く分からない。

 

「それってニホンでの話よね? 二人きりの時くらい、ヤスヒコとして話してもいいわよ。その方が私も嬉しいし」

「……そうか? なら、そうするよ。正直、この世界に来て一番の不満は飯なんだ。こっちの料理はどうしても見劣りするからな。日本の庶民が食べているものを、こちらの王侯貴族ですら味わえていないと思うと、改めてすごい世界だったと感じるよ」

「庶民がスーパー? っていう場所で気軽に肉を買えるんでしょう? 正直信じられないわね」

 

 技術の進歩は凄いぜ。

 それに数十年前の日本じゃステーキはご馳走扱いだったはず。

 でも安肉でいいなら今はファミレスで食えるからな。

 

「そこそこの質でよければ、毎日ステーキだって食えるからな。実際、一時期ハラミにハマって昼食に毎日食ってたこともあるし」

「本当に王侯貴族並みの食生活じゃない。アリオン家では絶対に無理よ」

「セシリアは肉が好きだったよな。できることなら日本に連れて行って、美味しいものをたくさん食べさせたいけど……そんなことは不可能だし、こうやって話題にするくらいしかできないのが残念だ」

「それは仕方ないわね。というか、あなたの話を妄想や戯言ではなく、本気で信じて会話に付き合ってあげる女の子なんて、私くらいでしょ? それについてはどう思う?」


 セシリアは自信たっぷりに、少し得意気な笑顔を向けてきた。

 最近は険しい表情ばかり見てきたが、やっぱりこういう顔のセシリアが一番魅力的だ。

 

「感謝してるよ。それに本当の意味で気を許せるのはセシリアだけ。靖彦として話せるって意味ではな」

「それは嬉しいけど……前に私を口説いてきた時があったわよね? 今は靖彦として会話しているのなら、その続きはないのかしら?」


 セシリアは冗談めかして尋ねてきたが、正直言って、今の彼女の立場を考えると簡単にはいかない。

 セシリアはヴェリウス軍の中でも『聖女の力』を持つ切り札と見なされ始めている。

 単なる貴族の令嬢という立場から徐々にシフトし始め、手が出しにくくなってしまった。


「今は色々と難しい状況だ。続きは、事態が落ち着いてからってことで……っと、そろそろ練兵場だな。リーナに戻るよ。ちょうど昼食にいい時間ですね」

「……誤魔化された気もするけど、まあいいわ。私は先にお兄様のところへ行ってるわね」


 セシリアと一旦別れ、ヴィクター班のもとに戻った。

 そこではまだヴァルガによる選抜試験が続いているらしく、俺が顔を出すと試験は一時中断され、ヴァルガがこちらに近づいてくる。


「予想よりも使えそうな奴らが多いな。未熟者もいるが、訓練次第では化けるかもしれん」

「それは朗報。そのまま試験と選抜を続けてくれ。あと、これが飯だ。トンカツサンドと玉ねぎの天ぷらで一人分だが、適当に分け合って食べてくれ。人数分はあるはずだ」

「おう。終わった奴から食わせりゃいいな。騎士連中の大半は本隊の模擬戦に参加しに行っちまったが、良かったのか?」

「問題ないよ。もともとそういう話だったからな。こっちに残ってくれてる騎士がいるだろ? 彼らと一緒に志願兵の面倒を見てやってくれ」

 

 ヴィクター班はこれで問題なし。

 食堂の厨房にはまだバスケットが置いてある。これを取りに戻り、今度はエリックたち本隊の方へ向かわないといけないな。


 再び食堂にバスケットを取りに戻り、本隊が練兵を行っている場所へ急ぐ。

 そこでは予想以上の人だかりができていた。全体の統括をエリックが担当し、カイルが模擬戦の審判役を務めている。

 剣術自慢の騎士や兵士たちが熱心に立ち合い、勝敗が決まればその内容を真剣に検討している。本格的な試合と言えるだろう。

 その様子を練兵場の入口付近で、セシリアがじっと見つめている。足元にバスケットを置き、何か思案しているような表情だ。


「セシリア様。追加を持ってきましたが……足りますかね?」

「それを考えていたところなの。全員分には少し足りないかもしれないわ。思ったより軽傷の兵たちが早く復帰して、この人数になったそうなのよ」


 それ自体はいいことだが、食事の量を見誤ったのは失敗だ。ならば――。


「エリック様に仕切ってもらうしかないですね。トンカツサンドと天ぷらを一人分にするのは難しいので、別々に渡す感じで対応してもらいましょう」

「そうね。……それにしても給仕の真似事も板についてきたわ。貴族令嬢として、これはどうなんでしょうね?」

「貴族の格式という意味では褒められないかもしれませんが、兵士の立場で言えばセシリア様みたいな美少女に給仕されたら嬉しいでしょう? 士気向上の観点から見れば、問題ないと思いますよ」


 実際セシリアは気さくに兵士たちにも話しかけるタイプだ。

 もちろん、勘違いするような連中はいないだろうが、セシリアに魅かれている兵士はきっと少なくない。

 

「リーナの方が人気があるんじゃないの?」

「いえ、五分五分じゃないですか? 目でセシリア様を追っている奴は結構いますよ」

「ふーん、そう? 一応喜んでおこうかしら。さて、それじゃ……お兄様! 食事を持って来ましたよ!」


 セシリアがエリックに向かって元気よく声をかけると、模擬戦を仕切っていた彼が振り返り、周囲に響き渡るほどの大きな声を張り上げた。


「一時休止! 飯の時間だ! セシリアとリーナが飯を持ってきたぞ!」


 エリックが張り上げた声に、兵士や騎士たちが一斉に目を輝かせてこちらを向く。

 実際、セシリアが声を掛けるまでもなく、ちらちらと期待の視線が向けられていた。

 用意した料理には自信があるが、それでも人数分に足りないのが少々心苦しい。


「エリック様。かなりの量を用意したつもりでしたが、この人数だとちょっと足りません。配分はそちらでお願いできますか?」

「む、そうか。ならば体を動かした者から優先で行こう」

「いいの? それだとお兄様が食べられないことになりそうだけど?」


 セシリアが少し驚いた表情で尋ねる。エリックの服装には乱れがない。つまり、彼自身は模擬戦で体を動かしていないのだろう。


「今はエリック隊に一体感を持たせることが最優先だ。それに、俺はいつでもお前たちが作った飯を食うことができる。一食我慢するだけで部隊の連帯感を高められるなら安いものだ」


 本来、貴族が兵士のために自分の食事を譲るなんてことは珍しいだろうが、この状況を考えれば決して悪い手ではない。模擬戦に参加した者を優先するのなら、不公平感もないはずだ。


「今日はトンカツサンドです。パンにトンカツを挟んだもので、セシリア様が玉ねぎの天ぷらを作りました。個人的には自信作なんですが、兵士優先とは……感服しましたよ」


 そう言ってバスケットの蓋を開け、中身をエリックに見せる。

 個人的にはもう一工夫欲しかったところだが、セシリアが美味しいと言ったのだから自信を持って提供できる。


「ト! トンカツだと! そ、それにセシリアの天ぷらか……!」


 珍しくエリックが動揺している。その端正な顔には、重大な決断を迫られた指揮官のような苦悩がはっきりと浮かんでいた。

 トンカツと玉ねぎの天ぷらはどちらもエリックの好物だ。ここで前言を撤回したとしても、誰も文句は言わないだろう。


「……いや、兵たちに配ろう。二人とも、ついてきてくれ」


 エリックは振り払うようにしてそう言った。

 その横顔には明確な責任感が滲み、背中からは指揮官としての覚悟が漂っている。

 俺の力で皆を引っ張っていくんだ。そんな決意が彼の姿に表れているようだった。

 それを見た俺とセシリアは顔を見合わせ、小さく頷いてからエリックの背中を見つめる。


「……後でお兄様だけの食事を作るほうがいいかしら?」

「そうですね。特別な労いをしても誰も文句は言わないでしょう」


 男として生まれたのなら、こんな漢の下で働きたい。

 そんな雰囲気を醸し出し始めたエリックに報いるのは当然のことだ。

 たかが食事ではある。しかしだからこそ、必要なことだと強く思うのだった。

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