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ディスコードルミナス  作者: RCAS
モラント領にて

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覚悟と武器

 見舞いが終わったあとは、生活のための雑務をする。

 洗濯などの重労働はモラント家指定の業者に頼めばやってくれるが、全てを外注というわけにはいかない。

 掃除や食糧の管理。寝具を整えたりしていると、窓から差す光から夕方と言える時間帯になったのが分かった。

 それを自覚すると、程なくしてエリック達が帰ってきた。表情からして問題はなさそうだ。

 昨日と同じで部屋着に着替える手伝いをして、それからハーブティーを淹れる。

 リビングに集まり、会議の説明が始まる。


「概ね問題ない。まずはモラント家だ。家督の継承は三男のローワン殿と決まっていたが、それはガイウス様の立ち合いのもと行われ、名実ともにモラント子爵となられた。これからはローワン様とお呼びせねばなるまい」

「フラン……いえ、フランチェスカ様が実質的に家の差配をしているということでしたが、家督継承となれば役割は補佐に変わるということでしょうか?」

「その通りだ。とはいえ実質的にはフランチェスカ嬢の差配が続く。有力な家臣団はレイウォル丘陵で戦死しているし、留守を守っていた武官は街道封鎖のために最後の予備戦力の指揮をしている。内向きの仕事は残された騎士家の子女たちと文官。そして執事の老翁で、なんとか家を回しているというのが実態だ」


 エリックの淡々とした説明を聞きながら、現実の厳しさを改めて理解する。

 経験未熟な子供たちでモラント家を支えなければならない。

 暴言を吐いたマクレーグだったか? この現実を見透かしているからこそ強気なんだろう。


「モラント家に有力な戦力はなく、領地防衛のための兵力は枯渇していると言ってもいい。だがそのおかげでモラント家の兵営を我々ヴェリウス勢が使えるという訳だ。明日には兵営の受け入れ準備が整う手はずだから、僕たちはともかく、兵達は今の宿舎からそちらに移動となるだろうね」


 カイルが補足で説明をする。その声にはどこか重苦しいものが混じっていた。

 自領の兵がいないから兵営が空いているって……ひでぇ状況だな、それは。


「いくら寄親とその寄子の軍勢とはいえ、俺たちは他家の戦力集団ですよ。それを受け入れるというのもずいぶんと大胆な判断ですね」

「戦死したモラント子爵の遺言にそのことについて書かれていたそうだ。『此度の戦争は尋常のものにあらず。モラント家の全てを捧げようとも、意思を統一して事に当たらねばならない』。貴族としては捨て身もいいところだが……そこまでしないとルミナシアに対抗できないという判断だろう」


 貴族というのは本来、自家や自領が何よりも第一。たとえ味方であっても、真の意味では信用などできるものではない。

 しかしその常識すら捨て去り、戦争遂行を第一に考えなければならないということだろう。


「ルミナシアを撃退できれば、その功績としてモラント家の献身は計り知れない重みを持つことになる。それに報いなければヴェリウス辺境伯家の信用は地に落ちる。単なる手続きとしてではなく、ガイウス様が自ら主導して家督継承の儀を執り行ったのも、そのためだ。ヴェリウス辺境伯家は決して寄子を見捨てないという姿勢を示す必要がある。でないとエリック隊に所属する騎士や兵士たちがついてこない」


 エリックの説明は貴族家の生き残り戦略を冷静に語っていた。

 

「それは確かに。最終的な目的が領地奪還である以上、ガイウス様も手駒を失うことは軽々にできないということですね。そして寄子勢としても中央と交渉のできるガイウス様に頼らなければならない」


 ヴェリウス辺境伯家は事実だけ見るなら領地を失い残存兵力も少ない。

 しかし中央とのパイプという意味では寄子勢にない影響力がある。それも上級貴族の強みというものだろう。

 

「そうだ。実際に母方の実家経由で皇室に働きかけているようだしな。そしてルミナシアの攻撃がさらに勢いづき、このモラント領すら飲み込まれたのなら、その奪還はガイウス様を長としたヴェリウス軍により行う必要がある。中央貴族の力を借りるならまだしも任せきりにしたとなれば、戦後どのような要求を突きつけられるか分かったものではない」


 戦争がどう推移しようと一蓮托生……か。

 この状況を予測して遺言を残したモラント子爵は相当な切れ者だ。

 レイウォル丘陵での撤退戦の結末を前線陣地が陥落した時点で予見し、実行した手腕からもそれが分かる。


「モラント子爵……惜しい人を失った。それに尽きますね」

「ヴェリウス辺境伯閣下も信頼していた寄子勢のまとめ役だ。アリオン家も世話になっていたし、今更ながらにその偉大さに気づけたよ」


 部屋の空気が重くなるのが分かる。

 有能な将が死に、そして残された戦力は軍としては心許ない。損害が出ても補充が難しいというのもある。

 ……やはり厳しい。しかし戦いを放棄することはできない。

 なら何が必要なのか?

 

「だからこそヴェリウス軍再編にセシリア様を組み込むというわけですね。『聖女の力』が本物であると街道での戦いで示された。これを有効的に使い領地奪還を目指す」


 自然と皆の視線がセシリアに集まる。

 彼女は一瞬だけ目を伏せ、真剣な表情で俺を見つめ返した。


「ええ、その通りよ。正直に言えばどれだけの貢献ができるかは分からない。だけど、撤退戦で見せた力は領地奪還には絶対に必要であるというのが、会議の結論ね」


 一人の少女の力を当てにする……。

 軍事力として見れば個人に依存するのはリスクが高すぎるし、敵に集中的に狙われる危険もある。

 それでも得られるリターンを勘案すれば、使うしかないということだろう。


「力を積極的に使うとなれば、セシリア様は敵に狙われるようになるはずです。それは理解していますか?」

「……覚悟の上よ。そうでなければ私たちを守るために死んだ皆に顔向けできないわ」

「セシリア様……」


 セシリアが覚悟を決めたというのなら、何も言えないな。

 俺にできるのは、彼女を支えるということだけだ。


「確かに怖いけど、でも大丈夫。私のことを守ってくれる騎士様がいるもの。ねっ、リーナ?」


 そうだな、その通りだ。

 なんたって俺はセシリアの――。

 

「騎士ですから。当然です。どんなことがあっても必ずセシリア様をお守りしますよ」


 その言葉に、セシリアは少しだけ表情を緩めた。

 信頼されているんだろう。なら、その信頼を裏切らないための努力をするのみだ。


「それなら明日、守るための力を高めるために必要なことをしようと思います」

「力を高める? 鍛錬や訓練は兵営に移ってから行うことになっているが……」


 エリックが疑問を口にする。

 その口ぶりから単なる鍛錬ではないことは見抜いているようだ。


「魔想具です。前回の戦いで壊れてしまいましたからね。それを新調します」

「ヴィクターが鍛冶屋の紹介状を書いたと言っていたな。そのことか?」

「はい。明日はその鍛冶屋に行くことの了承をいただきたいのですが」

「いいだろう。行ってこい。兵たちの休養も今日で終わりだ。動くにはちょうどいい」


 こうして明日はモラント家所属の鍛冶屋に行くことになった。

 俺の想像を形にできる腕前だといいが、さてどうなる?

 

 


 翌日。

 エリックたちは兵と一緒に兵営に向かう中で、俺は領主館へとやってきた。

 鍛冶屋とは言うが、屋敷の中に併設されているようだ。実質モラント家の鍛冶とも言えるだろう。

 ヴィクターのサインが入った紹介状を門番に示し、領主館の堂々たる門をくぐる。

 そして少し離れた場所にある工房へと向かう。道すがら、遠くからは鉄槌を振るう鈍い音が響き、空気は焼けた鉄と煤の香りが漂っていた。

 

 工房の戸をくぐると、まず飛び込んできたのは熱気と職人たちの慌ただしい動き。

 油で黒光りする作業着、筋肉質な腕が繊細に動きながら武器の調整をしているのが見える。

 そんな迫力さえ感じる職人たちの目が一斉にこちらを向く。


「ヴィクター様から紹介状を預かっています。これを」


 近くにいる職人に手渡すと、彼は中身を確認する。

 字が読めるということは、それなりの教育が行き届いているということか。

 

「ぼっちゃんの妹弟子か。俺の手には負えんな。親方の元へ連れていく」


 好機の視線に晒されながらも、案内されながら工房内を歩く。メイド服を着た年若い女が工房に用があるなんて珍しいだろうな。

 案内された先にある部屋は扉が開け放たれ、そこから金属を叩くような音が聞こえてくる。

 部屋に入ればまずは炉の赤々とした火が目に留まる。揺らめく火は作業台に向かう大柄な男の横顔を照らしていた。

 その手には金槌が握られ、これから剣となるであろう赤熱した鉄の塊に無骨な音を刻んでいる。


「親方! ぼっちゃんの妹弟子っていう女が来ましたぜ!」

 

 案内をしてくれた青年に声を掛けられた男が顔をこちらに向け、ぎろりと睨んでくる。


「しばし待て。これが終わってからだ」

 

 おっかない工事現場の親父って感じな見た目だが、工房の主ともなればらしくもある。

 ヴィクターが紹介するくらいだ。腕は良いと思っていたけど……動きが洗練されているような気がする。

 動画で見た刀鍛冶を思い出す。しかし実物の迫力は凄い。鉄を打つ音が心に響き渡るかのようだ。

 水に熱した刀身を入れる焼き入れまでの工程を見ることになったが、それなりの時間とはいえ、退屈はしなかった。

 

「終わりだ。それでぼっちゃんの妹弟子とか言ったな。儂に何の用だ?」

「ほら、嬢ちゃん。ぼっちゃんの手紙を親方に見せな」

「はい、これです」


 俺から手紙を受け取った親方と呼ばれた男は、分厚い指先で器用に紙をめくり、端から端まで目を走らせる。

 そして手紙の下部まで目線が動いたあとに、目を俺に向けた。


「魔想具を作るとあるが、木工方に持っていく方がいいんじゃねえのか? 何故儂のところに来る?」


 アンナたちエリザベス騎士団の使っていた魔想具はどれも木製だ。

 親方の言い方からして基本的には木製なんだろう。

 しかし俺の欲するものはどうしても金属製でなくてはならない理由があった。


「説明します。それは弾を込める機関部が必要だからです」

「弾? それに機関部? どういうことだ?」


 魔想具にも色々と種類があるらしいが、このあたりで使われるものはアンナたちが持つライフル形状のものが多い。

 それにボルトハンドルと引き金を付けた物が自作した魔想具だった。

 しかし今回はそれ以上のものが欲しい。

 事前に絵を描いていたから、それを使って親方に説明する。

 重要なのは機関部だ。これに弾を五発の込められるようにしたい。

 木製のダミーカートリッジになるけど、イメージを強化するためにはその排莢機構が必要なのだ。


「この妙な機構がお前さんの魔法に必要というわけだな?」

「そうです。ほぼ自作なんですが、木製の物でも大きな効果がありました。それをさらに洗練させたいんです」

「ふーむ……こんな絵だけでは作るのは難しい。時間はあるのか? 説明を直接受けながら作るほうがやりやすい」

「必要ならそうします。そしてこれを見てください」


 ポケットから短剣を取り出し、そっと鞘から抜いて親方に差し出す。

 刃の根元には微かな歪みが残る。実戦で無理に力をかけてしまった跡だ。


「ほう? これはなかなかの業物の短剣だな。しかし根本から曲がったのか? 無理やり元に戻したようだが、剣として使うなら手直しが必要だな」

「ええ、修理が必要なら、どうせなら新しい用途に転用したいと思っています。この紙も見てください」


 二枚目の図面。そこには魔想具と組み合わせる銃剣のアイデアが描かれている。

 どうせ駄目になってしまった剣だからな。それをより良い使い道に変えてやろうというわけだ。


「短剣の根本を切り詰めてナイフにするんだな。それを魔想具に取り付けて簡易的な槍とするか……面白い発想だ」

「俺は軽歩兵として魔法を修めました。でも実戦では魔法を使っていることが多いんです。とはいえ近接戦闘をする機会も多いから、それに対応するための工夫としてこれを考えました」


 銃剣は俺の発明じゃないけど、そこは目をつぶろう。

 異世界物の定番のような展開だけど、今は切羽詰まり過ぎだからな。必要なものが手に入るほうが重要だ。


「いいだろう。面白そうな仕事だ。しかし金は払えるのか? いくらぼっちゃんの紹介があるとはいえタダってのはなしだ。モラント家にツケるのなら、そのための書類を持ってこい」

「代金の代わりとして、この鞘はどうでしょうか? 価値があると聞いてます」


 短剣が入っていた鞘を親方に渡す。

 金や銀の装飾の入った見るからに高価そうに思える代物だ。

 

「ふむ……少し足らんかな? 目利きに見せてみないと正確なところは分からんが、儂の目立てだとそうなる」

「えっ、駄目ですか? 困ったな……」


 やはり魔想具と銃剣のセットは欲張り過ぎか?

 絵には背負うためのスリングとかも書いてあるし、装弾クリップとかもあるからな。

 となればオプションとなるそれらを外して、値引き交渉するしかないか。

 そう考えていると、親方が口を開いた。


「だが、ぼっちゃんの手紙が正しいのなら、これからの戦いに必要な人材が嬢ちゃんだと書かれているな。となればここを守るためにも戦ってくれるんだろう?」

「そのつもりです。命令を出すのはヴェリウス軍となりますが、敵が来るなら出陣するのは確かだと思います」

「ならまけてやる。魔法を使えば百の敵にも勝るのが嬢ちゃんのようだからな。半信半疑だが、ぼっちゃんがそう評価するなら真実だろうよ」


 百の敵に勝る、か……そんなことが書かれていたとはね。

 とはいえ、戦い方次第だけどそういう局面もあるだろう。

 ヴィクターのお墨付きがあるんだ。ここは自信を持つべきだ。


「そうです。なので武器を俺に与えてください。その力が皆さんを守ることにつながるはずです!」

「おっしゃ! なら早速とりかかろう。そんな服を着ているようじゃ工房ではやっていけんぞ。まずは服を着替えてきな。そうしたら始めようじゃないか」


 こうして魔想具作りが開始された。日々の業務から時間を割いて工房に向かう。

 俺の仕事は雑用と指示だ。手伝いをしながらも、必要な説明をしていく。

 色々なやりとりがこの工房にはある。でも、不安と期待が入り混じる中で、言葉ではなく鉄を打つ音色は確かなものとして響いていた。

 いい武器が作れるはず。そんな予感が……確かに存在していた。

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