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ディスコードルミナス  作者: RCAS
モラント領にて

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幕間2 ミリーの覚悟

 リーナが去った後、病室は沈黙に支配されていた。

 直接の話を聞いたミリーとアンナだけではない。同室の少女たち全てが口を閉じ、考えこんでいる。


「……リーナの言った通り、選ぶのはミリーだよ」


 アンナの声がそっと沈黙を破る。

 

「アンナ隊長……」


 椅子に腰かけたままのアンナが、優しく諭すようにミリーに目を向けた。

 ミリーも迷うような表情でアンナを見つめていた。

 自分で選ばなければならない……流されるように今に至る自分の人生に突如として現れた選択の時。

 戸惑いによってうまく思考が回らない中で、アンナが呟いた。


「とは言っても、リーナの話を聞いたら私も怖くなってきたんだけどね。確率に殺される……そういうことを考えたことはなかったよ」

「……私もです。どれだけ強くても、能力があっても駄目な時は駄目……リーナさんはそんな戦いを続けてきたんですね」


 アンナは困った顔で心情を語るが、それをミリーは共感とともに受け入れていた。

 リーナの語る戦場の真実。それは戦友が死に、自分が生き残った理由を端的に表していたからだ。

 

(強い者が生き残り、弱ければ死ぬ……そう教わって来た。でも……リーナさんの言う通りかもしれない)


 ミリーはリアやヘレナといった戦友たちに劣等感を抱いていた。

 魔法の威力ではリアに敵わず、精度や持続力ではヘレナに劣っている。

 自衛のための体術や剣術は、騎士団の中で一番下手だと自覚していた。

 だからこそ、魔法だけは誰にも負けないようにと必死に努力してきた。しかし特筆するべき能力というものを持つことはできなかった。


 ――私は皆より劣っている。だから頑張らないと。

 

 みんなの役に立ちたい。評価されたい。そのような感情も当然あったが、努力を続ける一番の理由は生き残るためだ。

 戦場に出るならば弱さは死につながる。真っ先に死ぬのは弱い自分……そのようなミリーの予想と、現実は違った。

 自分よりも優れるはずのリアとヘレナが先に死んでしまったのだ。


「私も少し聞いただけなんけど、リーナの実戦経験ってかなり過酷でね。高地人傭兵と戦ったって話は前に聞いているよね?」

「はい。みんなで凄いってお話をしましたよね……それほど時間が経っていないのに、懐かしく感じます」

「……そうだね。それにレイウォル丘陵の戦いでは魔法だけじゃなく近接戦もしているし、夜の撤退戦でも死を覚悟したって言ってたよ」


 アンナはリーナの戦いを一つ一つ思い返し、そのたびに指を折って数えていく。

 それは酒の席での雑談であったが、アンナは確かに記憶していた。

 ミリーはアンナの折られていく指の数が十を超えたの見たが、それはどこか現実感がなかった。

 リーナの実力は知っているつもりだった。実戦では大いに頼りになる少しだけ年上の少女。

 しかし改めて確認するとそこには恐るべき事実が存在する。自分と歳もそう変わらないのに、歴戦と称することのできるような実戦を何度も経験しているのだ。


「小さな戦いまで全部数えると、こんなものかな。なんというか、密度が違うよね。何度も死にそうな目にあっているみたい」

「そんなに戦っていたなんて……。リーナさんが強いのは知っていますが、それでも限度がありますよ」

「リーナもそれは自覚してるみたい。だから自分は運の良さだけは自信があるってさ。鍛錬で身に付けた実力はあるけど、結局はその能力があるから戦場に身を投じるはめになっている。それを考えれば努力することが生き残ることにつながるか、微妙なとこだって苦笑いしてたよ」


 アンナは苦笑しながらそれを語るが、ミリーは笑うことができなかった。

 なぜそれほどの戦いに遭遇して生き残ることができるのか? ヴェナリス神に愛されているどころではない。まるで執着されているようだと思った。


(でも、そうか……それがリーナさんの言う確率なんだ。コインが連続で表になっただけ。その偶然がたまたま続いているからリーナさんは生きている)

 

 体にかかる布をミリーは握りしめ、目を閉じる。

 そしてリーナがコインを指で打ち上げる様子を頭の中で思い返し続けた。

 その様子をアンナはじっと見ている。彼女はミリーに対して強要や強制はしない。ただ見守るだけであった。

 わずかな時間が過ぎる。しかしそれは長くも感じられる時間だった。

 ミリーが静かに目を開き、まっすぐアンナを見つめて問いかける。


「アンナ隊長は何故戦うんですか? 生きるためなら、戦場に出る必要はないはずです。私と違って学や教養があるのなら、勤め先を選べるのに……なんでですか?」


 ミリーの言葉を聞いたアンナは、腕を組んでわずかに考えるふりをする。

 そう、それはふりだった。答えは最初から決まっているのだ。


「色々とあるよね。お金とか、大儀とか、契約とか色々さ。でも一番は仲間が戦っているから」

「……仲間」

「そう。仲間がいるから。エリザベス様には感謝しているし、騎士団のみんなを放ってはおけないし、なによりも……リーナがいる。私よりも年下の女の子があれだけ戦っているのに、自分だけ逃げられないでしょ?」


 アンナの表情は晴れやかだった。そこに一点の曇りもないようだとミリーには思えた。

 それによって自身の迷いが少しずつ晴れていくような、解けていくような感覚があった。

 だからこそ、軽口が言葉をついて出た。


「リーナさんが好きだからじゃないですか? アンナ隊長の好みに見えますよ?」

「あは! ばれたか! そうそう、私の好みの女の子を死なせるわけにはいかないでしょ!」


 アンナのおどけるような仕草に、ミリーの顔に笑みが宿る。

 

(そっか。それでいいんだ。皆がいるから戦う。大切な人がいるから逃げ出さない。そして――)


「死んじゃったリアやヘレナの分も戦う。そういうことですね。二人の本心は分からない。けど……」

「まあね。そうじゃないと顔向けできないでしょ? 逃げ出しても怒らないとは思うけどさ、二人とも仲間たちを大切にしていたし、みんなで仲良くしてたよね? なら守りたいよ。私たちの居場所を……ね」

「はい。それは……私も同意見です」


 先ほどまでの沈んだ心の中にあった澱み。

 それが流されていくような感覚がミリーを包んだ。

 まだ全てに納得できたわけではないが、しかしそれでいいはずだ。

 リーナの言っていた、託された思いを引き継ぐこと。

 それを忘れさえしなければ、これから胸を張って戦い、生きることができるはずだから。


 一人の少女が今ここで立ち直った。前を向くことを選択した。

 ……いや、そうではない。この病室にいるすべての少女たちの胸の内に、新たに宿るものが確かにある。

 誰もが同じ選択をするわけではないだろう。しかし希望は確実に存在しているのだ。

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