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ディスコードルミナス  作者: RCAS
モラント領にて

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ミリーへの叱咤

 ヴィクターの病室を出て、次はミリーのいる病室に向かう。

 こっちは個室でなく相部屋だ。エリザベス騎士団の女の子たちでまとめられている。


「ミリーのところへ行くけど、ヴァルガはどうだ? 治療をしていたことは知られているはずだし、女の子たちもそれほど気にしないとは思うけど」

「そんな薄い関係で見舞いになんて行く必要はあるか? つーわけで俺は帰る。じゃあな」


 そういってヴァルガは去って行った。

 一応声をかけただけだ。同じ立場なら俺も断るだろう。

 気にせずミリーのいる病室を探す。病室を覗き見しながら廊下を歩いて……見つけた。

 ベッドで横になるミリーと、そばには椅子に座ったアンナがいる。


「ミリー! 怪我の具合はどうだ?」


 声を出しながら病室に入る。

 脇腹に矢じりが刺さると言う重症だ。治療が終わったとはいえ体を動かすのは辛いだろう。


「リーナさん……はい、私は大丈夫、大丈夫です……」


 声に力がない。その弱々しさは、同室のエリザベス騎士団の子たちから漂う沈んだ雰囲気とも重なる。

 この子たちは怪我を負い、仲間には死者が出ているからな。元気なんて出ようはずもないか……。

 ミリーのベッドへ歩み寄り、アンナの顔を見る。困ったような、諦めにも似た笑みを浮かべていた。


「命に別状はないけど、治療には時間がかかるって。それにリアやヘレナのことが……ね」


 アンナがそう言うと、ミリーの表情が一気に曇る。

 アンナは騎士家出身の人間だ。心構えからして平民とは違う。

 しかしミリーは酒場の娘……訓練を積み、実戦経験があるとはいえ、親しい仲間の死を簡単に受け入れることは難しいのだろう。


「エリザベス様に見出されてから……ずっと一緒に訓練して、戦ってきたんです。リア、ヘレナ……どうして死んじゃったの? どうして私だけが生き残ったの? そんな考えばかりが浮かんでくるんです……」

「ミリー……」


 アンナにはかける言葉が見つからないようだった。

 もう何度も慰めているだろう。だけど、うまく届いていないということだ。

 そんな彼女に俺の言葉が通じるか? 意味があるのか?

 分からない……でも、一緒に戦った戦友に対して、何も言わないだなんて、そんなことはできない。


「教えてほしいか? ミリーが生き残った意味を。リアとヘレナが死んでしまった理由を知りたいか?」

「そんなのがあるんですか? 知っているなら……教えてください。リーナさん」


 これから言うことはある意味で彼女を突き放すような言葉になる。

 優しく慰めるのではなく、現実をそのまま突き付ける言葉だ。

 でもそれで良い。この先の彼女がどういう選択をするにしても、知っていたほうがいい概念だ。


「運……言ってしまえばそれだけだ。または確率とも言う」

「運? 運が悪かったから死んだんですか? 確率ってなんですか?」


 ミリーの顔に困惑が浮かぶ。

 そうか、確率が分からないか。酒場の娘じゃ教養のレベルが足りないのも仕方ない。

 でも確率というのは重要な概念だ。運と似通ってはいるけど、運命というような、ある意味で超常の存在が介在するかのようなものとは違う冷徹な論理がある。

 ポケットから小さなコインを取り出し、指先で弾いた。

 くるくると宙を舞って、手の甲に落ちる。

 

「コインの裏表を当てる賭けがあるだろう? これは……表だな。これ何度か繰り返す。見ていてくれ」


 コインを十回弾いてみせる。表が六回、裏が四回だ。


「確率とはこれだ。表が少し多いが、千回も続けるとほぼ誤差なく半々になる。それは分かるよな?」

「……はい。でもそれは当然では?」


 いったい何を言い出すんだ? そんな表情だが反応は悪くない。

 話を続けよう。


「戦場でもそれは同じだ。実力が足りなかったから死ぬ? 違うな。生存者の全員が、戦死者より強いなんて事態が起きることなんてない」


 俺の言葉にミリーはゆっくりと頷いた。

 当たり前の事実だが。それを理解できているなら話は早い。


「なら死の理由ってのはなんだ? それは運が足りないからだ。では運とはなんだ? ……これだ! 確率こそが運の正体。俺たちの生死を決めるのは、この確率なんだ」

「確率……」

「そうだ。力があればこの確率に抗うことができる。でも全てじゃない。どこかで必ず確率に押しつぶされる時が来る。俺が何故生きているのか? それは運が良かったからだ! 何度も死ぬような目にあって、それでも抗い続けた。だけど最後にものを言うのは確率だ! 確率によって俺たちは生かされているんだ!」


 ヴァルガに殺されそうになった時、セシリアが聖女の力を使ったことで俺は助かった。これはなんだ? ……運だろうな。

 河川港でスヴェルノヴァと戦い劣勢になった。あの時はヴァルガの参戦で助かった。これも運だ。

 レイウォル丘陵の撤退戦はどうだ? すべての力を使い果たして、敵にあえて身を投げ出すという選択をせざるえなかった。それで助かったのは運が良かったからだ!

 まだあるぞ。あげていけばきりがない。

 力を尽くして戦ったのは間違いない。本気にならなければその時点で死んでいた。

 だけど俺はたまたま生き残った……それだけなんだ。


「どうだ? 嫌な世界だろ? 人の頑張りなんてこんなもんさ。だけど頑張って鍛錬を続けるのは、確率を少しでも引き寄せるための努力なんだ」

「……ヴェナリス神の逸話みたいですね」

 

 俺の言葉を聞いたミリーがポツリと呟いた。

 

「ヴェナリス神?」


 神の名前のようだが……知らないな。


「ヴェナリス神は運命の神様。その姿は男とも女とも言われてる。戦場で生き残る人はヴェナリス神に気に入られた人間で、どんな窮地からでも生還できる……そういう逸話があるの」


 アンナが説明してくれる。

 なるほどね。まさに運命の神にぴったりだ。

 信仰深い世界ならではの、不条理を受け入れるのに必要な神様というわけだ。


「ということは、俺たちはヴェナリス神に気に入られたから生き残ったってことだな。ミリーはこれについてどう思う?」

「えっ! どうって……神様に認められたのなら名誉なことなんじゃ……」

「名誉? 確かにな。でも逆に言うぞ? それならリアやヘレナは名誉がなかったのか? 神に好かれなかったから生き残れなかったのか?」

「うっ……それはっ!」


 ミリーの顔に怒気が宿る。

 そうさ。超常の神様が俺たちの運命を操作しているだって?

 そんなの……クソ食らえだ!


「ふざけるな! 会ったこともない神様に俺たちの生き死にを決められてたまるかよ! リアとヘレナは戦った。義務を果たしたんだ。そこに神様なんて関係ない。その名誉を疑うことは絶対に許さない!」

「リーナさん……」

「エリック隊の死んだみんなは……確率の揺らぎに巻き込まれて死んだ。ただそれだけだ」


 現実は残酷だ。

 日常生活にしても死が潜んでいる。食中毒、交通事故、階段からの転落……通り魔に襲われるなんてレアケースもある。

 そんな確率が支配する世界の中に俺たちはいる。

 その観点から言えば戦争ってのは特別な何かじゃない。ただ死の確率が高いってだけだ。


「俺たちも同じさ。個々人の未来がどうなるかなんて誰も分からないからな。だからこの戦争が終わるまで……ただ確率に抗い続ける。それしかできないんだ」

「そんなの……辛すぎますよ。もし確率に殺されると言うのなら、私たちは何を信じて戦えばいいんですか!」


 ミリーの慟哭が病室に響く。

 その声は俺とミリー、アンナだけじゃない。この病室にいる全員が聞いているだろう。

 今から出す答えによって、彼女たちの戦意を挫くことになりかねない。

 ……それでも!


「死んでしまった者たちの想いを背負って生きるんだ! 死んだ者たちは生き残った俺たちに使命を託して死んでいった。もし確率に殺されるのだとしても……また生き残った者たちに託すんだ。この残酷な世界で戦い続けるにはそれしかない。人は意思を他者に託すことができる。その意味を考えて生きるんだよ!」

「……」


 しん……と、病室に静寂が満ちる。

 普段は煩いほど賑やかなアンナでさえ、目を丸くして俺を見ていた。

 こういうことを言うようなタイプじゃないからな。でも、これが今の俺の精いっぱいだ。

 生死が確率によって決まるような現代戦を知っている俺だからこそ言えることだった。


「後はミリーが自分で考えるんだ。俺はもう行くよ。傷口の糸を抜いて貰わないといけないからな」

「分かった……ミリーには私がついてるよ」


 アンナはまだ病室に残るようだ。

 俺の言ったことをどう受け取るかはミリー次第。自分で考えなければならないからだ。

 だからアンナが傍にいることには意味がある。二人で話し合ってもらえばそれでいい。

 

「頼む……ミリーが何を選ぼうと責めはしない。だけどその選択を後悔しないように……決めてくれ」


 そう言って、俺は病室をあとにした。

 アンナとの雑談で、騎士団を辞める子がたまにいると聞いた。現実の厳しさに耐えきれず、去る者が出るのは当然だろう。

 エリザベス騎士団としても無理に引き留めはせず、脱退は許されると言う。戦意喪失でもそれは同じのようだ。

 だからミリーがそれを選んでもおかしくないし、厳しく言ったのもこの程度で心が折れるなら止めたほうが良いと思ったからだ。

 

 でもミリーの目は沈んではいたが、死んでいなかった。それなら慰めるよりも、あえて厳しいことを言うほうがいいはずだ。

 だから必ず立ち直ってくれる。あまりに希望的観測だが……そう信じたい。




 糸を抜いてもらうために受付の女の子に事情を話して、しばし待つ。

 やがて名前を呼ばれ処置室に向かうと、そこは薬用と思われるハーブやアルコールの香りで満たされていた。

 金創医は豊かな髭を蓄えたおじさん……のように見えたが、肌の色つやからすると思ったよりは若そうだ。

 威厳を出すための髭かな? 見るからに若造というよりは、髭が生えているほうが見た目に説得力がある。


「糸を抜くと聞いている。患部を見せてくれ」

「はい、ここです。……どうですか?」


 上着を脱ぎ、肩を見せる。

 患部は、ほぼ一体化していて違和感もほとんどない。とはいえ、ぶっとい糸だ。抜くのは面倒そうだ。


「ふむ……経過は良好そうだな。酒で洗い流すから、ちょっと染みるよ。大丈夫か?」

「縫う時は大の男に押さえつけられての処置でした。そのような痛みがないようなら、なんとか」

「そこまでは痛くはないさ。では試しに少しだけやってみて、問題なければそのまま続けるとしよう」


 処置用のベッドにうつ伏せになり、処置が始まる。

 軽くかけられたアルコールがしみるが、これはそれほど辛くはない。

 そして糸と肉が引っ張れるような感覚があった。

 鋏で糸の一部を切り取り、器具を使って癒着している部分を抜いていくようだ。


「ぐっ! ……くぅ」

「一部が取れた。どうだい? 我慢できるならこのまま続けるが?」


 糸が抜けた穴にアルコールが流し込まれる。

 これは辛い、肉を割るような鋭い痛みもある。それに肉を引っ張られる感覚も不快としか言えない。

 しかし泣き叫ぶほどじゃない。なんとか耐えることができる。


「そのまま続けてください……なんとか大丈夫そうです」

「それなら続けよう。行くぞ」

 

 そうして糸を抜く痛みと不快感に耐える。

 嫌なのは痛みの中に痒みも時に混じること。痛みだけならともかくこれは結構きつい。

 だがなんとか耐えて、糸が全部抜き終わる。

 違和感がなくなっていたとはいえ、遺物が体から消えることによる解放感というものは思いのほか大きい。

 これで治療が終わりか……怪我を負ってひと月も経っていないけど、直って良かった。


「よく耐えたね。後は化膿せずに糸を通していた穴が埋まればそれで完治だ。包帯を巻いて数日を見よう」

「分かりました。ありがとうございました」

 

 これで治療は終わりかな?

 あれだけ度数の高いアルコールをぶち込んで洗浄したんだ。無理さえしなければ化膿することはないだろう。

 あと残る予定は魔想具の修理。これについてはまた明日。ヴィクターから紹介されている鍛冶屋に行ってみるか。

 今日はエリック達は帰ってくる予定だけど、会議はどうなっただろうか?

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