幕間1 酒盛り
というわけで保管庫にやってきた。
基本は広い倉庫であり、入り口近くにカウンターが設えてある。そこで物品の受け渡しをする。
この倉庫は単なる物置じゃない。軍の財政や会計もしっかり回していて、必要なものは支給品としてもらえるし、商店から卸された商品も買える。要は軍の公式売店といった感じだ。
しかも、モラント家やその御用商人もガッツリ関わっているらしい。商魂逞しいにも程がある。交易で儲けてる家の底力か……いやはや抜け目がない。
倉庫の中はなかなかの賑わいだ。兵たちが思い思いに品定めをしているし、見慣れない顔もちらほら。おそらくヴェリウス辺境伯家の重騎兵や騎士連中だろう。
「お酒が欲しいんだけど何があるの!?」
アンナが年配の輜重兵に声をかける。彼は手を止め、俺たちの方へやってきた。
「くそ安い酒と、そこそこ安い酒と、くそ高い酒があるな。勧めるなら、そこそこ安いエールかシードルだ」
「高い酒ってのは何が置いてあるの?」
「ワインとウイスキーだ。瓶入りで入れ物からして高価だからな。軽歩兵のひと月の俸給が吹っ飛ぶぞ」
高! おいおいマジかよ……。
そんな金持ってないぞ。ウイスキー好きなのに、買えたもんじゃない。
「ウイスキーは分かるけど、ワインはなんでそんな高いの? 前はもっと安かったよ」
「ここらで飲まれるワインのほとんどがノヴァリス産だ。戦争になっちまって輸入されるはずだったものが全部パーさ。だから値が上がっちまったんだな」
敵国からの輸入品かよ。……そりゃあ高くなるのも当然だ。
「えー、残念だなぁ。じゃあ、エールとシードルを樽で一つずつ。あとコップも。はいお金」
「あいよ」
アンナは迷いなく注文し、おじさんは店の奥へと消えていった。
しかし樽買い? ミニ樽みたいなものでもあるのかな?
「そんな即決でいいのか?」
「いいのいいの! 安酒なんてどうせ大した味じゃないんだからさ。酔えれば良いでしょ!」
「いや……俺は酒の味を楽しみたいんだが……」
これが若さか……俺にはもう大学生の時のようなノリは無理だぜ。
だからこそ良い酒が飲みたかったんだが、残念だ。
「そうは言っても高すぎじゃん。リーナはお金の余裕はあるの?」
「ない! アリオン家にそんな余裕があると思うか?」
「……そんなこと言われたら悲しくなるから止めてよ。私の実家の主家なんだからさ」
アンナが微妙な顔をして俺を見るが、無い物はない。
エリックやセシリアでさえ浪費なんてできないのに、使用人の俺に金が回ってくるはずがないだろう。
「それなら下賜された短剣あったよね。あれ売れば? 別に売ってもいいんでしょ?」
「そうだが、そっちは別の用途に使う予定があるんだ。魔想具がぶっ壊れたからな。その修理や改造の代金として考えている」
ヴェリウス辺境伯から下賜された短剣とその鞘だ。鞘を売り払い短剣は改造する。
撤退戦の野営の時にヴィクターのお見舞いがてらに相談していたのだ。「それならモラント家専属の鍛冶屋を紹介してやる。腕はいいからお前の要望にも応えられるだろう」ということで紹介状を書いたもらったのだ。
「それなら仕方ないか。武器は何よりも大事だもんね」
「そういうことだ。おっ、あれが樽か。小さいもんだな」
イメージ通りの、コルクで栓をしたクラシックなミニ酒樽だ。
日本にいた時には少し憧れを抱いていたものだ。
「ほらよ。これで良いな? コップはこれだ。そこそこ重いから気を付けろよ」
「ありがと! これでも私たちって力があるほうだから大丈夫だよ。はい、リーナ」
カウンターに置かれたコップをポケットに入れて、酒樽を両手で持つ。
確かに結構重い。しっかりした作りの樽だ。これは非力な女ならきついだろうな。
酒樽を持って保管庫から出る。それで、どこで飲むつもりだ?
「宿舎に戻るんだよな? アリオン家か? それともエリザベス騎士団のほうか?」
「エリック様たちは休むんだから騒がしくできないし、それに私の宿舎に持っていったら集られちゃうよ!」
「ならどうするんだ?」
「ヴァルガさんとこでいいじゃん。今日は宿舎で酒でも飲んでるって言ってたでしょ?」
長い夜を過ごした後。三人で仲良く目を覚まして、後片付けをしていた時のことだ。
女は堪能したから今日は酒を飲む……確かにそんなことを言っていた。
「一人酒が好きかもしれない。その場合は断られるかもしれないぞ」
「それなら広場に行ってエリック隊と交流すればいいんじゃない? 自前で酒を用意すればリーナがお酌をするって言えばみんなノってくるよ」
「それも悪くないか。俺の仕事が増えるわけだが、隊の結束が強まるなら良いことだ」
プランが決まり、まずはヴァルガの宿舎へ。
そしてノックをして声をかけると、すぐにヴァルガが出てきた。
「やっほーヴァルガさん! お酒持ってきたから一緒に飲まない?」
「アンナ。……それにリーナも一緒か。いいだろう、入れ」
あっさりと了承。
宿舎に入り、テーブルの上に酒樽を置く。
ヴァルガは部屋の隅にある箱を開けて、そこから酒瓶を取り出した。
「お前たちが来たのなら開けてもいいか。そこそこ値の張る上等品だ」
「うぇ! ウイスキーじゃん! ワインもあるし……しかもノヴァリス産の高級品! どうしたのこれ!」
アンナが大げさと言ってもいい位に驚いているが、実際に高価だからそうもなるか。
「ヴィクターの奴が気を回してな。モラント家からだとよ。それだけ俺という戦力を当てにして逃げられたくないという証拠だとも言える。言葉で逃げないと言っても信用できるもんじゃない。だから褒美をくれてやるってな」
「ヴィクター様はヴァルガにそんな疑いの目を向ける人間じゃないと思うけど?」
「普段はそうなんだろうが、今のヴィクターは全身打撲と一部骨折の重傷だ。いくらあいつでも心が弱くなることもあるだろう」
「それは……確かに」
今ヴァルガに抜けられたら大問題であるのは確かだ。遊撃戦力としてヴァルガは有用過ぎる。
そして治療中のヴィクターはヴァルガを監督することができない。それならしょうがないのかな。
「ヴァルガさんってそこまで頼りにされる傭兵なんだね。私とは格が違うなぁ」
「まあな。自慢じゃないが戦果だけならエリック隊でも随一だろう。だが、戦術的な有用さで言うならリーナも相当なものだが」
「ん? 俺か? 確かにそうかもな」
自覚はある。なにせヴェリウス辺境伯から恩賞を貰うくらいだからな。
とはいえそれを自慢してイキリ散らす気にはなれない。そのほとんどが俺ではなくリーナの肉体に由来する能力だからだ。
「リーナもすごいよね。お金は全然持ってないけど」
「ほっとけ! アリオン家の人間なんだから、そう簡単に他家から金や物をもらえないの! 分かってるだろ?」
封建制度の軍隊だから、こうなるのもしょうがない。
あの短剣にしたって推薦があったうえで、寄り親であるヴェリウス辺境伯だからこそ下賜ができたって代物だ。
それを考慮せずに金や物を俺に与えるとなれば、それは引き抜きとかそういうことだろ? 下手したら家同士の外交問題になっちまうよ。
「拗ねないでよ。それだけ活躍していればそのうちお金には困らなくなるよ。それで、お話しも良いけど早く飲まない?」
「おう! どんどん飲め! 裸の付き合いをした仲だし、特別だ」
「それじゃあお言葉に甘えるか。さっそくウイスキーをいただくよ。実は一番これが飲みたかったんだ」
ということで酒盛りが始まった。
コップにウイスキーを入れてまずは舐めるように飲むが……。
「まあ、こんなもんか」
バーボンやジャパニーズウイスキーのような甘さを感じるウイスキーが好きだったから、そこまで美味いとは感じない。
スコッチなどとも比べてみるが、ピート香をあまり感じないし、熟成が浅いのか樽から移る木の香りもいまいちな気がする。
評論家のような正確な論評はできないが……言うなれば発展途上品といったところか。
「えー? おいしいけどなあ。リーナって、もしかしてお子ちゃま舌?」
「だよな。結構いけるぜ、このウイスキー」
アンナとヴァルガは絶賛してるけど、それはきっと美味い酒をまだ知らないからだ。
うーむ……現代日本の生活の質の高さをまたしても自覚する。
昔の王侯貴族を超えるようなレベルの食事を現在の庶民がしているというのは、よく聞く話だ。
「ウイスキーの美味さってのは色々あるわけだが、何が重要かと言うとだな――」
ということで蘊蓄を若者に披露するおじさんムーブをしてみた。
職場で新入社員に対して飲み会でしていたようなことの再現だ。
はっきりいって迷惑なだけだろうが、久々に靖彦としての人生を思い出すのでこれはこれで面白い。
「――つまり、洗練されていないんだ。カラメルのような香りを付けるには樽を焦がす必要がある……ってなんだその顔は?」
気持ちよく語っていた俺を、ヴァルガとアンナがあきれたような顔で見つめている。
「お前、博識なのは分かったけどな、酒の席で説教じみた講釈はやめとけ」
「そうだよ。せっかくのお酒に文句付けるなんて楽しくないよ」
……正論だ! 俺のおじさんムーブはこの世界でも受け入れてはもらえなかった。
「はいはい、分かりました。でも、こういう話が口から出てくるほどには楽しんでいるんだけどな。それにまずいわけじゃないよ。十分美味いさ」
くっそまずい格安ウイスキーと比べたらこっちの方が断然美味いからな。
雑味も多いが、良く味わえばアルコールのキツさの奥に、素材の甘味や旨味がしっかりあるのが分かる。
やはり天然物と合成したような酒の間にはとても深い溝があるんだろう。
「あはは! リーナが楽しめてるならいいか! いつもは見れないリーナの素顔を見れたって考えれば、悪くないよね」
「酒を楽しんでいるのならいいさ。次はワインでも開けるか。こっちはどうかな?」
アンナもヴァルガも楽しんでいるようで何より。
なんだかんだで酒宴は進む。……となれば当然のように酒飲み合戦へと発展していくのだが。
「も、もう無理……きつい……」
「ぐ、まだ……だ。まけねぇ……ぞ!」
アンナは真っ赤な顔でテーブルに突っ伏し、ヴァルガにはまだ余裕が見られるものの、限界が近いように思える。
そんな二人とは裏腹に――。
「あきらめろよ。どう考えても俺の勝ちだ」
リーナの体は性能が良い。それはこれまでの労働や戦いから分かっていたことだ。
そしてそれはアルコール耐性も高かった。
アルコール分解能と言うんだったか? 結構な量を飲んだのにほろ酔い程度。まさにザルだな。
「なんの……これしき。……ふぅ。飲んだぞ! 次はお前の番だ!」
「分かったよ。……うん、このワインも結構いけるな」
まだまだ飲める。底が見えない。
しかし、これだけ飲めるというのは素晴らしい!
俺は酔うよりも酒の味を楽しみたい派だった。だけど翌日の二日酔い地獄が怖くてセーブするしかなかったわけだが……今なら制限なく飲むことができる!
「ぬ、ぬぅ……」
ヴァルガはコップを手にしたまま、そこから一歩も進まない。アンナはテーブルに顔を伏せ微動だにしない。
こんな状況にどうしようかなと思っていると、窓から差す光加減からそろそろ夕食の支度をしないといけないことを思い出す。
「アリオン家での仕事がある。飯作りに戻らないといけない。それが終わったらまた戻ってくるから、休んでてくれよ」
うなり続けながらコップを睨むヴァルガと、「……うん」とだけ返事をしてテーブルから動かないアンナを置いてヴァルガの宿舎を後にする。
そしてアリオン家での仕事を片付け、戻って来たのだが――。
「……」
「……」
そこには二つの屍が存在した。
命を失ったわけではない。意識はなんとか保っている。しかしそれは屍だった。
「気持ち悪いよぉ……」
「うぉ、は、吐く……」
アンナとヴァルガは完全に酔いの先にある地獄へと片足を踏み入れていた。
これは俺にも責任がある。煽ったわけじゃないが、二人を気にせずに飲み続けたのは良くなかったな。
「仕方ない。ほら、吐くなら外に行くぞ。肩を貸してやるから」
「うぷっ! 助けて……くれ……リーナ……」
「大丈夫だ。見捨てないから。水も調達してこないとだな、これは」
まずはヴァルガを吐かせて、そのあとアンナの確認だ。
やれやれ。酒は飲んでも飲まれるな。これは二人にお説教だな。




