中央貴族の暴言
三人を順番に呼び、リビングのテーブルに並んで座る。
自分の分も合わせてハーブティーを用意する。アリオン家でも飲んでいたお茶だ。落ち着くには良いはずだが、さてどうなる?
エリックがお茶で口を湿らせた後に、話が始まる。
ガイウス率いるヴェリウス勢と、援軍に来ているというヴァリエンタ帝国の中央貴族との会話だ。
最初は格式張った挨拶や、貴族らしい迂遠な言い回しが続いたらしい。けれど、会話が進むにつれ、その中央貴族からは露骨な侮蔑が滲み出し始めたという。
「『カステリスのような堅牢な都市が、我らを待つまでもなく陥落するとは情けないにもほどがある。平時は武勇を誇る辺境貴族どもの集まりだというのに、優位な籠城戦で少し攻撃された程度で城を捨てるとは怠慢の極み』……だったか?」
エリックが低く、噛みしめるように言葉を繰り返す。その表情がわずかに歪み、怒りを抑えきれていないのが分かる。
セシリアも、いつもの穏やかな顔には影が落ちていた。
カイルはアンナとの会話で多少落ち着いたのか、静かにうなずくだけだが、その無表情の裏にどんな思いが渦巻いているのか……俺には計り知れない。
「随分な物言いですね……何も知らないくせに」
思わず口をついて出た自分の声が、ほんの少し震えていた。
エリックが言うにはエリシャ機関のことは話していないらしい。中央と辺境貴族の間には信頼関係はない。だから話しても信じて貰えないからだという。
……それはそうだろう。現代で言うなら、敵が超能力を使ってきた! つまりはそういう類の話だ。いくら魔法がある世界でも精神干渉の存在は認知されていない。
頭がおかしいと思われれば建設的な話ができなくなる。だから軽々に話すことはしないと決めたという。
それならその物言いも理解はできる。しかしだからと言って納得できるはずはない。
「そんなふうに喧嘩を売るような言い方をされたが、ガイウス様もエリザベス様も、怒りをぐっと堪えて対話を続けていた。結果だけ見れば短期間で本拠を落とされたという事実、それ自体は否定できないし、無能の証拠だと指摘されれば、言い返せる言葉はない。戦争というのは、結果でしか評価されないものだからな」
……悔しいが、それは真実だろう。
どれだけ命を削っても、結果が伴わなければ評価されない。
それは敗戦国に生まれた人間として、骨身に染みていることだ。
「話が進むにつれ、あの中央貴族。アラン・マクレーグとかいう男は、さらにヴェリウス辺境伯閣下や我々に対して、侮辱ぎりぎりの発言を重ねてきた」
エリックは拳を握りしめ、その指先に力が入っているのが分かる。
セシリアは深く息を吐き、静かに話し始めた。
「『聖女の力』についても議題に上がって、実際に少しだけど光を出したわ。けれど、『ルミナシアの如き唯人を神の如く崇める軽輩の徒が信仰する力など、信じるに値しない』……だったかしら? 別に自分の力を誇示したいわけじゃないけど、見下される言われはないはずよ。それも頭にきたわね」
「宗教的にルミナシアを嫌う勢力の貴族なんでしょう。聖女ルミナシアを認めないとする古代宗教信奉者だとしたら、帝国東部貴族出身かもしれません。マクレーグ家といえば東部を本拠とする子爵家だったはずです」
カイルが淡々と補足する。
どんな貴族がいるか、その知識が俺には足りない。
今後を考えれば、貴族の勉強をしたほうがいいだろうな。
「子爵家の係累程度でガイウス様にそんな侮辱じみたことを言えるってことは、軍務貴族としての地位が高いんですか?」
アンナが首をかしげて尋ねると、エリックがすぐに答えた。
「統合大隊を率いる上級大隊長だ。それも帝国即応軍団所属となれば、その権威は伯爵家の係累に次ぐと考えてもいい。ガイウス様はまだ正式な辺境伯位を継承していない。今なら同格だと考えての言葉だろう」
統合大隊に上級大隊長ね。
現代的に考えれば諸兵科連合を組んだ独立混成大隊みたいなものだな。軽歩兵と長槍兵、そして重騎兵をまとめて指揮しているとなれば、地位が高いのも当然だ。
軍事的な格と封建社会独特の複雑な身分制度も絡んでくる故の格付けだろう。
……この世界の権力や権威ってのは本当に面倒くさい。理解するのは困難だ。
「ガイウス様は本気で剣を抜きかけたがなんとか耐えた。ラヴェル卿が必死になって止めていたよ。俺たちは敗軍ということもあり、立場が弱いからな」
エリックが言うと、セシリアがそれに続く。
「エリザベス様もヴェリウス辺境伯閣下の最後を揶揄する発言を聞いたときは、本当に魔法を発動しかけたの。あれは『熱火』だと思うけど、部屋が一瞬だけ熱くなったんだから」
「クラリッサ殿がとっさになって止めたから良かったが、あの静止がなければ魔法は確実にマクレーグに向かって行っただろうな」
言葉の端々から、その会議の空気がいかに張り詰めていたかが伝わってくる。
それほどひどい状況だったってことだ。
「……どんな暴言を吐かれたのか気になりますが……何とか踏みとどまれて良かったですね」
俺がそう言うと、エリックは苦い顔をして小さく頷いた。
「マクレーグとしても魔法には自信があるようだった。何がきても反射発動魔法で受け止めるつもりだったのだろう。そして攻撃を受けたと言うことを理由に発言権を大きく高める。そのような意図があったはずだ」
「辺境の魔導士風情に何ができる……節々からそのようなことを考えている気がしましたね。中央貴族らしく我々を見下しているんだ」
エリックの言葉をカイルが静かに補足する。
舐められている…………貴族としては看過できない問題だ。
二人から怒りが滲み出ているのは、当然のことだろう。
「それで、兄さんはどんなことを言われてそこまで怒ってるの? ……聞かないほうがいい気もするけど、流石に気になるよ」
アンナの疑問ももっともだ。
我々への侮辱ってのは、つまり俺たちのことだろ?
「それは……僕の口からは……」
カイルは言いよどむ。
だけど、エリックが少し黙ってから、思い切ったように口を開いた。
「今後の連携を考えれば話すべきではないが……この感情を俺たちだけで処理するには手に余る。そのままを口に出すのは憚られる内容だから要約しよう」
エリックは言葉を切り、ゆっくりと話し出した。
「ずいぶんと無駄死にが多い……森の中の戦いのことを奴はそう評した。辺境の騎士の力量ではそれが限界である……ともな」
無駄死に? アルフレッドさんたちアルディス家の騎士や、リアやヘレナが無駄死にだって?
怒りが腹の底からせり上がってくるような感覚がある中で、隣から低い声が聞こえてくる。
「……ふぅん? 無駄死にですか? 私たちの仲間が無駄死に? へぇ……」
アンナだった。
思わずその顔を見ると、普段のおどけた表情は影も形もなく、冷たい光が目に浮かんでいた。
「殺しても良かったんじゃないですか? そのマクレーグってやつ」
アンナの口からそんな物騒な言葉が出るなんて!?
その目つきは怒りを露わにしていたカイルと似ている。雰囲気がそっくりだ。
「アンナ。そうしたいのは山々だが、ガイウス様が耐えていたんだ。エリザベス様も最後は鉾を収めた……そういうことなんだ」
「でもさ、モラント家の館での会議なんだよ? こっちのほうが有利なはずだし、そんな侮辱を受けて何もしないのは貴族の沽券に関わるんじゃないの?」
冷静な物言いのカイルに対して、なおもアンナは食い下がる。
「侮辱とはいえ、発言そのものは事実を根拠にしている。言論として、こちらに一方的な分があるわけじゃない。エリック様が言っただろう? ぎりぎりだと」
「……無駄死になんて言われて黙っているのは恥なんじゃないの? 恥は雪がなきゃ! 貴族としてのメンツの問題だよ」
アンナは、懲罰を望み、カイルがそれを抑えている。
しかしカイルも本心では同じ思いだろう。だから殺意と言ったわけだしな……。
柔和な青年と明るく愉快な女。それが二人の印象だ。
しかし、心の奥には騎士家に生まれた矜持や、さらに言えば業のようなものを抱えているんだなと、今さらながらに感じた。
「二人とも止めなさい。済んだことよ」
セシリアが静かに制した。だがアンナはまだ納得できていない。
「セシリア様……セシリア様は、お怒りにならないんですか?」
セシリアが静止に入るが、アンナはまだ納得していないようだ。
そんなセシリアについて、エリックからその時の状況が知らされる。
「アンナ。セシリアは確かに怒っていたぞ。無駄死にという言葉を聞いた時には、その瞳が黄金色に光っていたからな」
「それって、『聖女の力』の……」
俺の疑問に対してエリックは首を縦に振った。
マジ? 本気であの光を放つ直前だったのか!?
「セシリア。エリック隊のことを悪く言われて、本気で怒っていたんだろう?」
セシリアはぎゅっと唇を結び、力強く頷いた。
「当たり前です! もし許可があれば、あの見下したような両目を頭ごと消し飛ばしていたわ!」
セシリアの語気の鋭さに、俺は引きつった笑みを浮かべていることを自覚する。
普段は穏やかな彼女ですら、そこまで怒るのだから、どれほど中央貴族に怒りを抱いていたか良く分かる。
「というわけだ二人とも。俺たちは今、気分が悪い。お前たちに話したことで多少は楽になったが、この感情を飲み込むには、少しばかり時間が必要だ……」
エリックがゆっくりと息を吐き出す。その表情にまだ苛立ちが残っているが、それより疲労の色が濃いだろう。
「エリック様とも相談したんだが、今日はもう各自部屋で休むことになっている。なので内向きの仕事はリーナに任せたい。と言っても夕食の支度くらいだが」
「昼食はもう済ませてきた、ってことですね?」
「ええ、会議のあとにモラント家で簡単な食事が出たの。本来はその予定じゃなかったけど、あまりにも会議が酷すぎたからね。ヴェリウス勢だけで気持ちを立て直す必要があったのよ」
ヴェリウス勢がさらに結束する理由を、そのマクレーグという男は与えてくれたわけだな。
……感謝することでは断じてないが。
「そして明日も会議があるのよ。そっちはヴェリウス勢だけの話し合いだけどね。議題は軍の再編成とモラント家の継承や軍備についてだったかしら?」
「軍の編成にはセシリアも組み込まれるからな。俺たち三人は再度モラント家の館に向かう必要がある。その間のエリック隊への命令は待機のままだ。兵たちの休養期間としてはちょうど良いという判断だ」
確かに会議をしている間は兵に仕事はない。
休養期間とするのが一番か。
「俺たちも明日に備えて休憩だ。今日の疲労だけじゃなく、撤退戦の疲労もまだ抜け切れていないしな。夕食の支度さえできるならリーナは自由行動でも良いと思っている。セシリアが許可を出すのなら、な」
「リーナに側にいてもらいたい気持ちはあるけど……使用人にも自由時間は必要よね。せっかくアンナを連れてきたんだから二人で遊びにいけば?」
昨日は十分に自由時間を満喫していたけど……それでも契約を果たしたという意味合いが強い。
隣のアンナを見る。その顔は先ほどの怒りは消えていたが、それでも気分は良くなさそうだ。
……気分転換が必要か。
しかし、遊ぶとは言っても何をするかだけど……それは外をぶらつきながら考えよう。
「分かりました。ならお言葉に甘えますよ。アンナもそれでいいよな?」
「うーん……まあいいか。それならリーナを借りますね」
ということで、二人で宿舎を出ることになった。
さて……どうしようか?
「アンナは何かしたいことあるか?」
「このムカつきを鎮めるためには……酒! 酒を飲もう! というかお酒を飲みたくて私は保管庫に向かってたんだよ!」
そういやそうだったな。
でも酒か。仕事に障りが出ない程度なら、俺も飲みたくなってきた。
「なら酒にするか。俺も飲みたい気分だよ」
「それなら保管庫に行こうか! 何が置いてあるかな?」
二人して保管庫へと足を進める。
ストレス解消の酒か。久々の酒を楽しく飲めるか心配はあるけど、まあ、たまにはいいだろう。




