プロローグ
この痛みはどんな意味があるのか?
一歩一歩、足を踏みしめるたびに痛みが全身に走る。
特に痛いのは胃の部分だ。腹にくらったこの一撃のおかげでこれでもかというくらい吐瀉物をぶちまけた。
胃液の酸っぱさが口には残るし、強烈な内臓への衝撃による痛みと気持ちの悪さが今もある。
広大な平原は夕陽に赤く染まっていた。俺たちが目指す街は影も形も見えはしない。
本当のところは地に体を投げ出して休みたい。そんな強烈な欲求が俺を誘惑する。
しかしそれはできない。まだこの歩みを止めることはできない。少なくとも俺の前を行く二人の男が止まるまでは。
エリックとカイル。アリオン男爵家の嫡男とその部下だ。胸部を負傷したカイルをエリックが肩を貸しながらゆっくりとだが前に進む。
エリックの背中は夕陽を受けて大きく見えた。その歩みに迷いはない。肩を貸す腕は震えているはずなのに、その痛みを表に出すことはない。
カイルを支えるエリックにも痛みはあるはずだ。しかしその歩みは揺るぎなく、彼の両足は自分自身に課した責務を果たすために決して止まることはないだろう。
そしてそれは俺も同じだ。背中に感じる重みとこの暖かさ……その主は俺を救ってくれた女の子。俺が守るべき存在。この世界での恩人から託された想いもある。
そうだ。俺はこの子を。セシリアを守らなければならない。
俺を助けるために彼女は『力』を使った。それがどんな『力』なのかそれはまだ分からない。
だがその『力』を使ったがために気を失い、俺に背負われている。
そうだ。この子だけは俺が守るんだ。それは自分自身に課した義務に他ならない。
たとえこの体が華奢な女の体であっても。たとえ戦う事を知らなかった日本人であったとしてもだ。
そうだ。この世界で生きると決めた。なら決してこの歩みを止めてはならない。
俯いていた顔を上げ前を向く。そして足に力をこめ、歩みを進める。この広大な平原の先にある目的地を目指してひたすら歩く。
全身にまた痛みが走る。 そこで再度俺は自問する。この痛みにどんな意味があるのか……?
決まってる! この痛みは覚悟の証だ。戦いの末に負った傷と怪我。それこそが俺の決意の証だ!
それを自覚すると心が奮い立った。体の奥底から力が漲るのを感じる。痛みと気持ちの悪さが吹き飛んだ。
この背中に感じる重みと暖かさ。この温もりを守るためならば……俺はなんだってやってやる!
この世界に来て色々な事があった。様々な想いを知った。それを思い返しながら俺は思う。
たとえ体が女になってしまったのだとしても。この覚悟と決意がある限り……俺は男であることを止めはしない。