カーマ村のセーヌさん
辺境にあるカーマ村に住むセーヌという女性は名の知れた冒険者だ。
事実、ここら一帯で彼女に敵う冒険者はそうはいない。
そして何より、彼女の名を高めている理由がある。
「私は昔、勇者と戦った事がある」
事実だった。
ほんの十年程前に恐怖で世界を支配していた魔王が勇者によって撃ち滅ぼされた。
そんな勇者とセーヌは戦ったことがあるのだ。
「勇者はどんな相手だった?」
人々が問うとセーヌは答える。
「私より四つも年下でまだまだ子供みたいな顔していたのにさ、今まで戦った誰よりも強かった!」
人々が盛り上がる中、けらけらと笑いながらセーヌは言葉を付け加える。
「勇者に負けたこと。それは私にとって最大の屈辱であり、そして最大の誇りさ!」
歓声があがる。
勇者に対してではない。
勇者に敗北しながらも、こうも穏やかに振る舞えるセーヌに対してだ。
さて。
セーヌが家に帰ると彼女の年下の旦那がちくりと言う。
「『勇者と戦った』か。物は言いようだな」
「何さ? 嘘はついていないじゃん」
セーヌがそう言うと旦那は苦笑いをする。
「喧嘩を仕掛けて、たった一撃で返り討ちにされるのを戦いと言うのかい?」
旦那としてはそれなりに棘のある言葉のつもりだった。
しかし、セーヌはカラッとした笑いを浮かべて答えた。
「何度も教えたでしょ? 噛ませ犬ってのはある程度の実力がないと意味がないもんなの」
事実だった。
実力者のセーヌが些細なことで因縁をつけて殴りかかり、そんな彼女を一撃で返り討ちにした故に無名だった勇者は一気に話題となり、王を始めとした多くの人々から支援を受けられるようになって、最終的には魔王を倒すことが出来たのだから。
「噛ませ犬であることを誇ることが出来るなんて、広い世界でも君だけだろうな」
四つも年下の旦那にセーヌはケラケラ笑って答えた。
「あなたの……勇者の噛ませ犬なんてこれ以上ない栄誉じゃない?」
その笑顔を見てセーヌの旦那は。
世界を救った後に雲隠れした勇者は自分が何故彼女に惚れたのを心穏やかに思い出していた。