40.人質は終わり
王宮でユリウスと合流するころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
促され玉座の間に入ると、ルークが丁重にアウドーラの騎士たちに囲まれていた。
「魔物は結界を拒むはずだろう! なぜ野蛮な竜どもがまだこの国にいるんだ!」
「王子! 助けてもらっておいてその態度は……!」
ユリウスが入室するなりわめくルークに、フレヤは彼を窘めようとしてノアに制された。
フレヤはノアの背中に隠される。
「ちょっと、ノア?」
二人のやりとりに笑みを向けると、ユリウスが一歩前に出てルークに告げた。
「ルーク王太子殿下、こたびの我が国への計略、どう弁明なさるおつもりですか?」
「な!? 魔物に襲われていたのはこちらだぞ?」
「ほう? ではこの魔道具は何でしょう?」
ユリウスは壊れた魔道具をルークに掲げて見せた。
「なっ!? ど、どうしてそれを……」
ルークは狼狽したが、すぐに表情を変えて居直った。
「はっ、そんなものがどうした! 何かの証拠になると? それよりも貴様たちが先に許可なく我が国に立ち入ったのだから、侵略と思われても仕方ないのでは?」
「我が国の大切な民を誘拐したのはそちらですが」
「はっ! フレヤのことを言っているのか? こいつは人質として貴国に送ったが、|やった≪・・・≫つもりはないぞ?」
フレヤを物扱いするルークに、ノアが怖い顔で拳を握りしめている。殴りたいのをぐっとこらえているのがわかって、フレヤの怒りは消えていく。
でもフレヤが人質だけの存在なのは事実だ。いくらみんなが望んでくれたとして、アウドーラの国民になるのは簡単なことではない。
それがわかっているからこそ、フレヤは口を結んだ。
「正式な手続きは済んでおりますが?」
「は?」
(え?)
ユリウスが差し出した書類にルークが目を見開いている。
ぶるぶると震えて何も言えなくなったルークを見るに、あの書類にはフレヤが正式にアウドーラ国民として認められたことが記載されているのだろう。
(どういうこと? まさか、捏造?)
ここからではフレヤに書類の内容まで見えない。
ユリウスなら捏造くらいできそうだが、隣国の王家にそんなものを出すだろうか。フレヤが考え込んでいると、ルークが抑えきれずに叫んだ。
「先ほどから無礼だぞ! 俺はこの国の王太子、次期イシュダルディア国王だ! 侮辱罪で父上から貴国へ抗議してもらう! 我が国の聖女も好きにできると思うな!」
「ああ、お父上なら侵略罪で拘束させてもらいましたよ」
「は?」
目を点にするルークに、ユリウスがにっこりと微笑む。
「そういえばお伝えしておりませんでしたね。実は貴国の騎士を尋問したところ、今回の計画を話してくれましてね。監禁されていた魔道具師たちからも証言はとれています」
「んな!?」
「あなたの身柄も拘束させてもらいます」
囲んでいた騎士たちがルークを取り押さえる。
「くそ! 最初からわかっていたならこの茶番はなんだ!」
顔を上げて睨むルークに、ユリウスが冷ややかな表情で顔を近付ける。
「フレヤを安心させるためですよ。二度とあなたの手が及ばないということを証明するためのね」
「なんだと!?」
「フレヤはもう私の妹です。流刑地で彼女を傷付けた罪を贖ってもらいますよ」
ユリウスがルークに何と言ったのか、フレヤには聞こえなかった。
青い顔でユリウスを見上げたルークは、小さな声で「そんな」と呟いた。力なく膝を床につけたルークは、騎士に抱えられるようにして広間を退場していった。その様子を見て、フレヤはイシュダルディアから本当に解放されたのだと理解した。
「キリも捕らえました。彼はアウドーラで裁判にかけます」
ルークを見送っていたフレヤに、ユリウスが向き直る。
「うちの団員があなたを傷付けてすみませんでした。フレヤは正真正銘、アウドーラの民です。竜騎士団はあなたを守ります」
「私はみんなの信頼を失ってはいないんですね」
涙を滲ませたフレヤの手を、ノアが握りしめてくれたのがわかった。
本当にアウドーラへ帰って良いのだと実感する。
「ちょっとお! なんでわたしまで!」
チェルシーが叫びながらイシュダルディアの騎士たちに連れて来られた。
「あの偽物聖女は王族同様、流刑になるよ」
「そうですか……」
ユリウスの言葉にフレヤは目を伏せた。真面目にやってくれていれば、と嘆くのはフレヤの役目ではない。
チェルシーが連れられたあとに、さらに人が入ってくる。
「フレヤ! 大丈夫だった!?」
アンナが後ろから現れ、フレヤに駆け寄った。
「アンナさん! 逃げ遅れた人たちを受け入れてくれてありがとうございました」
「ばか! そんなのは当然でしょう!」
アンナと抱き合うと、懐かしい顔ぶれがさらに広間に入って来た。
「その当然のことをイシュダルディアは長いこと忘れていた気がします」
昔一緒に働いていた神官たちだ。魔道具師たちもいる。
「あなたが国のために働いていたのを知りながら、王族の暴虐に逆らえず、これまでお助けできずにすみませんでした」
「この国はアウドーラの属国になり、私たちが責任を持って守っていくので、どうかこれからもあなたのお力を貸してください」
一斉に頭を下げられ、フレヤが困惑していると、ユリウスが付け足した。
「イシュタルディアの魔道具技術は素晴らしい。結界装置がその最たるなんだろう? だからアウドーラに技術提供をしてもらう代わりに、こちらも聖女派遣という形でフレヤに協力を仰ぎたい。どうだろう?」
属国にすると言いながらも、交換条件でお互いの利になるように動いてくれるアウドーラはさすがだ。フレヤは笑みを作ると、ユリウスを見た。
「お任せください」
告げた瞬間、繋いだノアの手に力がこもるのがわかった。ユリウスは目を細めてフレヤに微笑んだ。
人質としての役目は終わりだ。次はアウドーラの民として貢献していくのだ。




