30.この国で生きる覚悟
二人の結婚式は厳かに執り行われた。
ノアの祝福(?)に最初は集中できないでいたが、徐々に幸せそうなエミリアに引き込まれた。
涙を目に溜め、こぼすものかと踏ん張るフレヤに、ノアがそっと手袋で拭ってくれるものだから、また恥ずかしさがこみ上げた。
「それでは誓いのキスを」
ユリウスがエミリアのベールを上げる。
気づけば、肩がぶつかりそうなくらいの距離にノアがいる。
ユリウスとエミリアの唇が重なり、場内は歓声で湧いた。
「!」
手袋をはずしたノアは、その手をフレヤのものと絡めた。
フレヤは身体をこわばらせたが、手を払いのけはしなかった。
二人は無言のまま、ただ手を繋いで二人の式を見守っていた。
「おめでとうございます!」
式が終わり、外に出て来たユリウスとエミリアを参列者が両脇で道を作って出迎える。
空からは騎士たちが竜に乗って花びらをふらせていた。
ちなみにこの演出は、フレヤが結界を空からまいたことから着想を得たようだ。
ひらひらと舞う花が雪のようだと参列者から感嘆がもれる。
(雪ってこんな感じなんだ)
空を見上げ、花びらを目で追う。
イシュダルディアは温暖な気候のため、冬でも雪は降らない。フレヤは雪を見たことがなかった。
「竜のご加護を次なる若人たちに」
神父が何やら発した言葉をぼんやり聞いていると、エミリアの呼びかけにハッとする。
「フレヤ!」
フレヤの顔面めがけて飛んで来た花束を、隣にいたノアが片手で受け止めてくれた。
まだ手を繋いだままだったことに今さら気づいた。
ノアは手を離す気はないらしく、もう片方の手に花束を渡してくれた。
「ありがと」
にっこり笑うノアの後ろからエミリアが顔を出す。
「次はあんたたちの番ね」
「??」
「あ、そうか。アウドーラでは――」
「あとはノアが説明しなさい」
意味がわからず首を傾げるフレヤにエミリアが説明しようとするも、意味ありげに微笑んだユリウスが彼女を連れていってしまった。
周りの参列者からは花束を受け取ったフレヤに視線がじろじろと注がれる。
「あの方、ノア様と……」
「誰なの?」
この国の貴族たちが見知らぬフレヤを見定めるように見ている。
「フレヤさん、こっち」
ノアはフレヤを守るように人気のない場所へと手を引いて歩いた。
聖堂の裏手まで回ると、誰もいなかった。途中見回りの騎士と会ったが、ノアを見ると会釈して持ち場を離れていった。
こういうとき、ノアは王族なんだと気づかされてしまう。
「あの、フレヤさん……」
立ち止まったノアがフレヤの手を離し、振り返る。
「あの、アウドーラでは花嫁から花束を受け取ると、竜の祝福で次はその女性が結婚すると伝えられています」
「けっ!?」
エミリアの、次はあんたたちの番という意味を理解して赤面する。
いきなり結婚とは、飛躍しすぎじゃないだろうか。
「あの、フレヤさん……」
ノアが意を決したようにフレヤを見据える。
「僕、フレヤさんに伝えたいことがあります」
アイスシルバーの瞳には熱が宿り、その真剣な表情からフレヤも察した。
「僕、フレヤさんのことが――」
「待って」
告白しようとしたノアをフレヤが制する。
不安な表情を浮かべたノアに、フレヤはきっぱりと告げた。
「私にはやらなきゃいけないことがある。それが終わったら、私もノアに言いたいことがある。だから、それまで待って」
ノアは目を大きく見開くと、唇を緩ませた。
「はい。待ってます」
ノアの返事を聞いたフレヤは、その足ですぐに国王の元へと向かった。
「やあ、竜騎士団とはうまくやっているみたいだね」
式に参列していた国王は、馬車に乗り込むところだった。
フレヤを見つけるなり、引き連れていた騎士たちを手で払い、近くに招いた。そのまま馬車へと促され、国王と二人きりになる。馬車の周りは騎士たちで守りを固められており、落ち着かない。
そわそわするフレヤに国王が先に話を切り出した。
「フレヤ嬢、アウドーラの国民にならないか?」
「……まだ力を示せておりませんが」
突飛な提案に言葉を失いそうになりながらも答える。
「君は多くのことを示してくれたよ」
ぽかんとするフレヤに、国王は微笑を浮かべて説明する。
「まず、竜は我が国の守り神だ。その竜に認められた時点で君は合格だった」
竜騎士団に連れていかれたあの日のことだろうか。
思考が追い付かないまま、話の続きを聞く。
「そして結界については、君が研究してきた知識を惜しみなく使い、空から散布してくれたのだろう? ノアから聞いたよ。そのおかげで最近、魔物は辺境の地にしか現れない」
「ノアが……」
いつの間に国王に話してくれていたんだろう。
その心づかいが嬉しい。
「兄としても君にお礼を言いたい。ユリウスはやっと結婚したし、ノアは見違えるほど明るくなった」
少し砕けた笑みで国王がフレヤを見る。
「私は何も」
「ユリウスから君のおかげだと聞いている」
「ユリウス様が?」
思わぬところから援護射撃が入っており、目を瞬く。
「結界よりも大きな功績だ」
驚くフレヤに国王はいたずらっぽく笑った。
「それで? 君は祖国を捨てて我が国のために働く意思はあるか?」
「はい」
「即答だな」
くっと笑みを浮かべた国王はユリウスと似ている。さすが兄弟といったところか。そのおかげでフレヤの緊張もほぐれてきた。
「元より捨てられた身です。それに私は竜が好きで、騎士団のみんなのことも大好きになってしまったので離れたくありません」
「そのようだね」
くつくつと笑う国王は、ユリウスそのものだ。この笑いには、きっとフレヤが抱くノアへの気持ちもお見通しなのだろう。
「~っ、それで陛下にお話があります」
「魔石のことか?」
「はい。竜は魔物から吸った瘴気を時間をかけて体内で魔石に変えていました。貴国の魔石が潤っているのは、竜による起因が大きいかと」
口角を上げたままの国王は、フレヤを見据えると不敵に微笑んだ。
「そして、君の聖女の力と合わさると時間が短縮されると?」
「そうです。イシュダルディアは魔石を奪うのに躍起になっていました。このことが知られたら……」
「君はイシュダルディアに狙われるな」
国王は口角を下げると、顎に手をやった。
「アウドーラの資源になる前の、竜の体内から魔石を取り出せるとなると、イシュダルディアは目の色を変えて君を取り返そうとするだろうな」
今さら連れ戻されるなんてごめんだ。
フレヤはぐっと胸の前で拳を作ると、国王に訴えた。
「ですから、この情報を知るのはごくわずかに絞って欲しいのです」
国王に願い出るからには、相応の対価を示さないといけないだろう。
威厳のあるアイスシルバーの瞳に負けないよう、フレヤは続けた。
「私の能力で取り出した魔石には竜の加護が付与されています。それで結界装置を作ればいいと思います!」
「結界装置?」
国王が提案に食いつき、よしと思う。
実際、フレヤがソアラから取り出した魔石は、通常のものより魔力があふれていた。あれを使えば、強固な結界装置が作れると思ったのだ。
問題はその技術者がアウドーラで見つかるかだが。
「竜の加護が付与された魔石か」
国王は言い回しが気に入ったようだ。ふふっと口元が緩む。
竜を守り神として崇拝するこの国の王には響くと思った。
実際、それが加護なのかはわからないが、普通の魔石とは違うのだ。あながち間違ってはいないだろう。
「私が散布したハーブは、一時しのぎにしかなりません。効果が薄れ、いたちごっこになるのでは、今の竜騎士団の現状と変わりません。しかし装置は違います。聖力をそこに留めて国中に散布します。」
「聖女がいなくとも結界を維持できるというわけか」
「はい。もちろん定期的に聖力をこめた結界ハーブを注がなければいけませんが、ハーブの調合も結界への補充も聖女じゃなくともできます。もちろん聖力は聖女である私が注ぎます」
結界を常駐化できる提案とは別に、自分もしっかり売り込む。
聖女がお払い箱になっては意味がない。
「……君はそこまでも知識を持っていながら、なぜ人質に出されたんだ?」
自分の有用性はしっかりアピールできたらしい。
フレヤはにっこりと笑って答えた。
「魔物の研究は汚らわしいそうなので」
国王は目を丸くすると、にやりと笑った。
「なるほど。我が国は魔物の始祖と語られる竜を神とする国。君もこの国ならのびのびと研究をしていけるだろう」
「それは……この国で生きていっても良いということでしょうか?」
頷いた国王に、フレヤは後ろ手でガッツポーズをした。
人質としての危うい立場ではなく、この国の国民として庇護されれば安心だ。
そしてなにより、ノアと生きていける。
「しかし君は祖国に家族を残してきてはいないのか? なんならアウドーラに呼び寄せて……」
フレヤは国王の心遣いに感謝しながら答えた。
「両親とは幼い頃に死別していて、私はずっと神殿で暮らしていました」
「そうか、すまない」
「いえ、だから未練なんてありません。私は、竜騎士団にいられる今が幸せですから」
何も言わず優しく微笑んだ国王の表情が、ノアと重なった。
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