23.作戦①
「ノア!!」
いつもは結界用のハーブを作成している時間なので、竜舎にフレヤが来ることはない。
安心しきっていたノアは、突撃してきたフレヤを見て驚いた。
「あのね、ユリウス様が婚約するって聞いた!?」
まだよそよそしいノアは、フレヤから距離を取ろうとする。
しかしフレヤは気にすることなく、距離を詰めてまくし立てた。
「おかしいと思わない!? ユリウス様はエミリアを特別に思っているはずなのに! なんで婚約?」
竜房の柵まで追い詰められたノアは、逃げるのを諦めて答えた。
「兄上はずっと縁談を断ってきたけど、今回は観念するみたいです」
ノアは早朝訓練のときに、兄本人から聞かされていた。だからこれは噂ではなく確定事項だ。
「でも、エミリアもユリウス様が好きなのよ? 二人は想いあっているのだから、何とかしたいじゃない!」
ノアの口ぶりからそう察したフレヤの表情は焦っている。必死に訴えるフレヤを見ていられず、ノアは視線を泳がせる。
「兄上が決めたことなら僕は……」
そのまま下を向こうとすると、ノアはフレヤの両手で頬を挟みこまれ、上を向かされた。
「二人とも素直になっていないだけなのよ! そんなの悲しいじゃない! 私はエミリアが大好きだから幸せになって欲しいの! ノアは違うの!?」
フレヤのまっすぐな瞳がノアを捉える。
(ああ、この人は……)
どうしてこんなにも一生懸命になれるのだろう。何をするにも全力で一生懸命なフレヤが眩しくて、目を細める。
「僕も兄上とエミリアには幸せになってもらいたいと思っていますけど……」
そう言った瞬間、フレヤが満面の笑顔になった。
「……!」
大きく跳ねた心臓のせいで呼吸が止まってしまったようだ。
「じゃあ、協力して!」
フレヤがノアの手を取る。
あのデートの日から顔を合わせづらくて、彼女の隣にいるのが相応しくないと思い、避けてしまっていた。
しかしフレヤはそんなノアの躊躇など吹っ飛ばして、今、目の前にいる。
フレヤはいつだってノアの中に入って来て、熱い魂を揺さぶり起こしてくるのだ。
「……はい」
それが困ったような嬉しいような。いや、嬉しいのだ。ノアは眉尻を下げて笑うと、まっすぐに答えた。
☆☆☆
「ねえ、沈黙なんですけど?」
「僕に言われても……」
翌日、ノアとフレヤはお茶会と称してユリウスとエミリアを呼びつけた。
二人だけで話し合う時間が必要だろうと、わざと遅刻している。
お茶会はノアの王族権限を使い、王宮内にある庭園のガゼボを借りて準備した。
ここならば騎士の邪魔は入らないし、二人は正装で来る。仕事は切り離して話せると思った。なのに。
「なんでユリウス様も黙ってるのよ! いつもはリードするくせに!」
さきほどから隣でやきもきしているフレヤにノアは苦笑した。
二人は、ガゼボを囲むようにしてある生垣の間から覗き見をしていた。
声はイシュタルディア産の魔道具で拾える。対になった魔道具はテーブルの下に仕込んであり、もう一つはフレヤが手にしている。それなのにさきほどから二人の会話は聞こえてこない。
用意されたお茶に口を付け、二人は目を合わそうともしない。
「……なんだか最近のノアみたい」
「え!?」
フレヤの呟きにぎょっとすると、にかっと笑みを返される。
「避けてたでしょ? 私のこと。嫌われたかなーって……。でも協力してくれてありがとうね」
「き、嫌ってなんか!」
思わず否定すれば、フレヤの頬が緩む。
「そ? 良かった」
(僕は……フレヤさんに心配をかけて、何をやっているんだ!)
安堵するフレヤの表情に、ノアは自分を責めた。
「フレヤさん、僕は――」
「しっ!」
言いかけたところでフレヤに制される。
魔道具が二人の声を拾って、機械音を立てていた。
じっと聞き入ると、エミリアの声が聞こえてきた。
『ユリウス様……婚約、おめでとうございます!』
「エミリア!?」
ぎょっとしたフレヤが生垣からガゼボを覗き込む。ノアも目線をやると、二人はようやく視線を合わせていた。
『エミリアは本当に私が結婚しても良いと思っているの?』
『可愛くて女らしくて……後ろで支えてくれるような方を妻に迎えたほうがユリウス様のためになると思います!』
「ちょっと!?」
遠回しなユリウスと素直になれないエミリアの言葉が飛び交い、フレヤは頭を抱えた。
せっかくセッティングしたのに、これでは自分たちが間に入ったほうが良かったかもしれないな、とノアは思った。
『そっか。エミリアがそう言うなら、そうなんだろうね』
ユリウスはそう言うと、立ち上がる。
『じゃあ、婚約の準備があるから行くよ。ノアたちにすまないと伝えておいてくれ』
『はい』
わざわざ言わなくていいことを伝えてユリウスはその場を後にした。
残されたエミリアを見るも、遠くて表情はわからない。
「どうしてこじれるの? これじゃあエミリアを傷付けただけじゃない」
泣きそうなフレヤに、ノアは微笑んでみせた。
「こうなったら、荒療治をしましょう」
「え?」
目をぱちくりさせるフレヤの耳に、ノアは口を近付けて囁く。
「大丈夫です。今の兄上の表情でわかりました」
「いつも通りじゃなかった??」
ぽかんとするフレヤに笑う。
兄であるユリウスの機微は、ずっと見てきたからこそわかる。他人にはわかりづらいかもしれない。エミリアでさえも。
ノアは今の短いやり取りで確信した。
「兄上は、エミリアに婚約を止めて欲しいと願っています」




