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追放された人質聖女なのに、隣国で待っていたのは子犬系王子様との恋でした  作者: 海空里和
第二章

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21.デート②

「それは?」


 エアロンに乗り込み、空高く上がったところでフレヤは鞄から麻袋を取り出した。


「魔物が嫌うハーブよ。アウドーラのは質が良いから、改良を重ねてみたの。聖力もこめやすいし」


 袋の口を開けてノアに見せる。


「これをどうしようかずっと考えていたんだけど、こうやってエアロンの上から振り蒔いて街を覆えないかなって」

「それがうまくいけば、竜騎士団が国中に蒔けますね!?」


 フレヤの意図を理解し、興奮したノアにフレヤが頷く。


 フレヤたちを乗せたエアロンは、王都の真ん中で滞空している。


 右側を見れば竜騎士団がある王城も見える。


(お願い!)


 フレヤはハーブを両手で袋からすくい上げると、眼下に散らしていった。


 エアロンが王都の上をぐるぐると飛び回ってくれて、まんべんなく蒔けた。


 あとは効果を示すだけだ。


(……どうやって示すんだろう?)


 結界を作ることばかり考えていたけど、王都よりも先に魔物が多く出現する地で試せば良かったかもしれない。


(まあ、竜騎士団に持って行ってもらえばいいかしら?)


 とりあえず、王が鎮座するこの王都は優先すべきだろう。


「お疲れ様でした」


 ごちゃごちゃ考えていると、麻袋を支えてくれていたノアが労ってくれた。


(嬉しい……)


 イシュダルディアで労いの言葉を聞いたのはいつだろう。


 竜騎士の人たちは当然のように温かい言葉をくれる。


「いつまでもここにいたいなあ……」


 思わず口からこぼれた願望を、ノアがこの空の旅のことだと思ったらしい。


「ゆっくり飛んで帰りましょう」


 エアロンが嬉しそうにぴゅいと鼻を鳴らす。


 子犬のような笑顔を向けていたノアの表情は、年上らしい「男の人」で。フレヤは急に恥ずかしくなって顔を背けた。


 遠くにはイシュダルディアとの国境である渓谷が見える。

 輝くオレンジの光が空一体を同じ色に染め上げ、その美しさにフレヤは感嘆した。


「綺麗……」


 憧れだった竜に乗って、こんな景色が見られるなんて。

 数週間まえの自分では信じられない光景だ。


「こんな光景も忘れていたんだな」


 ノアはフレヤの隣に移動すると、遠い目をして呟いた。


 ノアも籠とはいえ、竜に乗るのが久しぶりなのだ。それがどんなに大きなことかとフレヤは改めて思った。


「……聞いていいですか?」


 ノアが視線を向けたので、フレヤも顔だけ横に向ける。


「フレヤさんはどうして魔物や竜の研究をしようと思ったんですか?」


 真剣なアイスブルーの瞳に、ちゃんと答えなければいけない気持ちになった。


(ノアにならいいかな)


 今の彼なら、フレヤのことをバカにはしないし、ちゃんと聞いてくれるだろう。

 そう思って、大切にしまっていた思い出をゆっくりと言葉にする。


「実は私、幼いころは国境沿いの辺境領に住んでいてね。薬草を採りに谷から落ちたところを竜に乗った男の子に助けてもらったの」

「……え?」


 ノアが目を大きく見開いた。


 イシュダルディアの人間とアウドーラの人間が国境の境目で接触していたなんて、王族の彼にとったら信じられないことだろう。


 フレヤは穏やかに微笑むと、話を続けた。


「そのとき、その男の子の竜が怪我をしていてね。治してあげられなかったのが悔しかったの。男の子のことはあんまり覚えていないんだけどね、その竜が青い瞳をしていて、すごく綺麗だって印象だけは心に強く残っていて……ノア?」


 目を見開いたまま固まるノアに声をかければ、ハッと意識がフレヤに戻る。


(やっぱり驚くよね)


「そう……だったんですね……。だからその竜のために?」


 ぎこちなく話すノアは、動揺しているようだった。当たり前だ。竜はアウドーラの神なのだから、イシュダルディアの人間が近づいただけでも大事なのだろう。


「それでね……ノアは知らない? 青い目をした竜と、その竜に乗る男の子……」


 ノアには聞けないと思っていたが、今ならその好機なのではと思い、聞いてみる。


「……知らないですね……すみません、お役に立てなくて」

「ううん! いいの。そっか、ノアも知らないんじゃ、あの子は竜騎士にならなかったのかなあ」


 ノアならもしかして知っているんじゃないかという期待はすぐに砕け散った。


 残念そうに溜息をつけば、ノアの表情が固まったままなのに気づく。


(あ……ノアは竜騎士になりたくてもなれなかったのに、この話はまずかったわ)


 エアロンがぴゅうう~と寂しそうに鳴くのが聞こえる。


(ごめんね、あなたのご主人の傷をえぐるような話をして)


 ぐりんとノアに顔を向け、必死に伝える。


「ノア、私の話なんて忘れてね! ごめんね?」

「……いえ。気を遣わせたみたいですね、こちらこそすみません。あ、ほら夕日が沈んでいきますよ」


 ノアはいつもの子犬の笑顔を作ると、谷のほうを指さした。


「わ! ほんとだ」


 その美しさにフレヤはしばらく目を奪われた。笑顔を作ったノアの表情がすぐ横で崩れていることなど気づかずに。



 フレヤの話を聞いて、すぐに自分だとわかった。


(立派な竜騎士になると誓った女の子……)


 すべて蓋をして生きてきた。


 まさかこんな形で思い出すことになるなんて。


 ノアは自身の口を覆い、固まった。


 フレヤはノアがその男の子だと気づいていないようだ。

 現在のエアロンの瞳が鉄紺なので、結びつかないようだ。


 エアロンは戦場で飛ばなくなってから、綺麗な澄んだ青の瞳を濁った鉄紺色に変えていった。竜医師にも原因はわからないが、身体に異常はないと言われた。


 エアロンが元気なら良いと思いつつも、自分が原因なのではと負い目もあった。


 でも今は、瞳の色が変わっていて良かったと思っている自分がいた。


(あのときの男の子が僕だと知ったら、フレヤさんはがっかりするだろうか)


 夕日を見て輝かせているフレヤの瞳を曇らせたくない。ノアはそう思って、本当のことが言えなかった。


(フレヤさんは、僕との約束をずっと覚えてくれていて……そして果たしてくれた)


 それなのに僕はどうだろう。


 そう思うと泣きそうになった。


(こんな僕がフレヤさんの隣にいてもいいのだろうか)


 沈んでいく夕日に目を奪われるフレヤがただただ美しくて、ノアはぐっと拳を握りしめた。

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