20.デート
この国には、竜の降りられる場所が何ヵ所もある。
竜広場と呼ばれる場所にエアロンを待機させ、二人は街の入口へと足を踏み入れた。
「うわあ!」
賑わう街にフレヤは目を瞠る。
イシュダルディアでは個々の店が区画ごとに整然と並ぶだけだったが、アウドーラでは露店が多く立ち並んでいる。
行きかう人の多さに酔いそうだ。
「ノア、あれ何!?」
近くの露店から香ばしい匂いがして、フレヤは指を指した。
初めての場所に好奇心旺盛なフレヤははしゃいでいる。
そんなフレヤにくすりと笑いながらノアが答える。
「ああ、クラーケン焼きですね」
「魔物を食べるの!?」
「甘辛いたれとコリコリした触感がクセになりますよ」
「へえ~」
鞄からノートを取り出し、さっそくメモをする。
「味も知りたいな……わっ」
混雑する人ごみの中で、男性とぶつかりそうになってノアに肩を抱かれた。
「ありがと」
「フレヤさん、今日はドレスなんだから危ないですよ」
そして肩を抱かれたまま、フレヤはクラーケン焼きの店の前まで行った。
ノアは二人分のクラーケン焼きを購入すると、一つをフレヤに手渡す。
「ありがとう……んっ! 美味しい!」
かぶりついたクラーケン焼きは、じゅわっと旨味が口に広がり、噛むほどに素材の甘さも感じられる。
「うわあ、うわあ!」
興奮したフレヤはノートにペンを走らせていく。
「それは……」
覗き込んだノアの目が丸くなったのを見て、フレヤは口を尖らせた。
「く、クラーケン焼きの絵だけど……下手で悪かったわね」
片手は塞がっているし……と言い訳を並べながらノートに目を落とす。
三角を描いただけの絵に、フレヤ自身も下手だと思う。
「フレヤさんがわかればいいんですよね」
言おうとしたことをノアに笑顔で言われてしまった。
「う、うん」
「他にも見て回りましょう!」
ノアはフレヤの手を満面の笑みで引いた。
どうやらはしゃいでいるのはノアもらしい。
(本当に子犬みたい)
ノアはずっと騎士団にこもっていて、外に出ていなかったとエミリアに聞いた。
うん、楽しもう。そう決めたフレヤはノアに呼びかける。
「あっちも行ってみたい!」
「はい! 行きましょう!」
それからフレヤはノアに街を案内してもらった。
フレヤがメモをとるたびにノアが肩を抱いて歩いてくれるものだから、フレヤの心臓はドキドキしっぱなしだった。
「アウドーラは魔道具を生活に取り入れているけど、結界装置はないのね」
街の噴水広場まで来ると、二人はベンチに腰をおろして休憩することにした。
アウドーラ産の果実を使った果実水をノアが手渡してくれ、フレヤはそれを口に含んだ。
酸味と甘みのバランスが絶妙で美味しい。自然豊かなアウドーラは農業も盛んで、美味しいものが豊富らしい。
「結界装置? 魔道具はほとんど輸入に頼っていますからね。我が国は魔石が取れても、技術はイシュダルディアには敵いません」
「そっか。イシュダルディアは魔石が枯渇しかけているから……」
それで両国間の貿易が成り立っていたはずなのに。魔石の無駄遣いでもっとと欲を出したのはイシュダルディアの王家だ。
苦い気持ちを押し込め、ノアに結界装置のことを説明する。
フレヤがアウドーラに来たとき、結界は魔石ではなくハーブを使うと説明した。しかし魔石で装置を構築したイシュダルディアは、それで国全体を結界で覆うことができるのだ。
「アウドーラには聖女が存在しないから、まさかそんなものが存在するなんて。全部聖女の力だと思っていました」
聖女がいない国では装置だけあっても仕方ない。フレヤが王に求められていることはそういうことなのだと思う。しかしフレヤ一人ではこのアウドーラを結界で覆うことは不可能だ。
(力を示せなかったらどうなるんだろう)
らしくもなく、急に怖くなった。
そう思うのは、今の生活を手放したくないからだろう。
「だからイシュダルディアは血眼で攻めてきたんですね」
俯いたフレヤの頭上からノアの声が降ってきたが、顔をあげられなかった。
「ごめん……」
自分は敵国の人質なのだ。しかも、一方的に戦争を仕掛けた。
フレヤが起こしたことではないが、イシュダルディアの人間なのだと現実を突きつけられた気になった。
「どうしてフレヤさんが謝るんですか?」
「えっ?」
ノアから意外な言葉が出てきて、思わず顔を上げた。
アイスブルーの瞳は優しくフレヤを見つめている。
「フレヤさんも戦争の被害者でしょう? 僕思うんです。戦争は嫌いだけど、今回は良かったなって」
「え?」
ノアはいつからこんなにも優しい目でフレヤを見つめるようになったのだろう。
胸元をぎゅっと握りしめた右手をノアに取られ、そっと両手で包まれる。
「聖女として来てくれたのがフレヤさんで良かった」
ノアの心からの言葉に、笑顔に、胸の奥から熱いものがこみ上げる。
「私もこの国に来られて良かった……。今、すごく楽しいもの!」
泣いてしまいそうな気持ちを笑顔に変えて、ノアの手を握り返した。
「……フレヤさんって変わってますよね」
「ええ?」
「そこが可愛いですけど」
眉を吊り上げたフレヤはすぐに赤くなる。ノアが上目遣いでにんまり笑う。
「じゃあ、もっと楽しみましょう!」
「わわ!」
ベンチから立ち上がり、ノアが手を引く。
フレヤはノアに連れられ、再び街を回った。
日が傾くまで遊びまわった二人は、最後に騎士団で必要な備品を買い込んでからエアロンへと戻って来た。
(またエアロンに乗って帰るのよね)
荷物を詰め込むノアを待ちながらエアロンを見上げる。
(そうだ!)
「お待たせしました、帰りましょうか。……フレヤさん?」
名案を思い付いたフレヤは、エアロンを見上げたままノアに告げた。
「お願いがあるの。もう少し付き合ってくれる?」
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