18.お誘い
「引退した竜? 俺は騎士団の中でも新参者だから見たことはないけど」
「そう……」
午前の仕事を終えたフレヤは、竜舎にやって来てキリと話をしていた。
「ユリウス様とかノア様に聞いたらどうだ? 二人は幼い頃から騎士団にいるみたいだし」
「うん……」
ユリウスに尋ねたらあれこれ聞かれそうで嫌だし、竜騎士を諦めたノアには何となく聞きにくい。だからこそキリに聞いたわけだが。
「竜は絶滅危惧種なわけだけど、保護されてここにいるのが全部なの?」
「絶滅危惧種ってなんだ? 竜は神で、国で保護される存在とは聞いてるけど」
「そっか……」
ここでも文化の違いですれ違う。
(でもそうよね、希少な存在だから野良では存在しないわよね)
じゃあ、あの竜はどこに行ってしまったのだろうか。
「引退した竜がのんびり暮らす場所は用意されてるらしいぞ」
「それだ!!」
「それだ??」
「あ、ごめん、何でもない」
キリへ前のめりになってしまった。笑ってごまかすと、キリは興味がないのかすぐに仕事へと戻る。
「それより、このハーブの配合どうすんの?」
「あっ、それは人間には効くけど、竜には毒になるの。似てるけど、こっちを入れるのよ」
「ふーん、これはフレヤさんが管理したほうが良さそうだね」
キリとは飼育係だけあって、よく話すようになった。同い年ということもあり、口調も砕けて接してくれるため話しやすかった。
「フレヤさーん、ハーブやら薬草やら持ってきたよー!」
竜舎に二人の騎士がやって来て、フレヤに声をかけた。
「わあ! ありがとう!」
袋を抱えた騎士たちの元へ駆け寄る。
「すごい! 良質なものをありがとう!」
笑顔でお礼を伝えれば、騎士たちは顔を赤くしてはにかむ。
薬や結界に使うハーブや薬草は、竜騎士が定期的に採取しているらしい。穀物は農村から買い付けているが、こんな良質なものが自生しているのだから、さすが自然豊かな国だと思う。
「俺たち、いつも通りのことしてるだけだし、フレヤさんのオーダーもついでだから」
「それでもいつもありがとう! とっても助かるわ!」
イシュタルディアではそれらのすべてを一人でやってきたのだ。
助けてくれる人が、協力してくれる人がいるありがたさ。おまけに大好きな竜に囲まれている。
(ここは天国だわ!)
フレヤの顔も自然とにこにこしてしまう。
「フレヤさん、また欲しいものがあったら取ってくるよ!」
「フレヤさん! これ、小屋まで俺が運ぶよ!」
「そんなことまでやらなくていいのに」
「いいんだ、俺たちがやりたいだけだから」
「そう?」
初期とは比べものにならないくらい好意的な騎士たちに、フレヤは嬉しくて人質だということを忘れてしまいそうだった。
★
「デートに誘いな」
「は!?」
竜舎に顔を出したエミリアは、フレヤと騎士たちが話す様子を見てノアに言った。
「フレヤのこと、気になってんだろ?」
「なんだよ急に」
腕で顔を隠し、ノアはちらりとフレヤのほうを見た。
先ほどまではキリと仲良さげに話していたフレヤだが、今度は騎士たちと楽しそうに笑い合っている。
「騎士団員の多くはあんたの恋を温かく見守ってるけどね、鈍い奴らは仲が良いなくらいにしか思ってないよ」
「んな!? ななな!?」
顔を赤らめるノアに、エミリアが嘆息する。
「気づかれてないと思ってたのか? それよりももたもたしてると、フレヤの初デート持ってかれるぞ」
「はっ!?」
「フレヤは幼い頃から聖女をやってるんだ。仕事と研究ばかりで、そういうことは経験がないらしいぞ」
くいっとエミリアが親指を指した先では、まさに今、フレヤが騎士から誘われそうになっているところだった。
「フレヤさん、あの、もしよかったら今度……」
「フレヤさん!!」
急いで駆けつけ、手を取れたらどんなにかっこいいだろう。
ノアは自身の右足を叩きつけ、気づけば叫んでいた。
「ノア……?」
フレヤだけではなく、騎士二人も驚いてこちらに視線を向けていた。
皆が呆然としている間につかつかと距離を詰める。
「ノア!?」
ノアはフレヤの手を取ると、竜舎を出た。
ぽかんとする騎士たちにエミリアが笑い飛ばして言った。
「残念だったな。人の恋路を邪魔するやつは竜に蹴られてなんとやら、だな!」
「まじか……」
「王弟のノアが相手じゃ、俺たちに勝ち目はないな」
笑うエミリアの前で、騎士たちはがっくりと肩を落とした。
「ノア? どうしたの? サボっててごめんってば」
「ちがっ……」
フレヤはノアが怒っていると思ったらしい。
自分が怖い顔をしていると気づいたノアは、立ち止まってフレヤへ向き直る。
竜舎の裏手ならば邪魔が入ることはない。意を決して口を開く。
「あの、その、明日、一緒に街へ行きませんか! ……エアロンと一緒に」
恥ずかしくなり、余計な一言を付け足してしまった。これではデートのお誘いだと思ってもらえないかもしれない。
「買い出し? 付き合うわ!」
案の定フレヤは誤解したようで、目を輝かせて続ける。
「エアロンは物資を運ぶ竜だと言ってたもんね! エアロンとは途中まで歩いて行くの?」
わくわくと研究モードに突入したフレヤは、ノートを片手にノアを見ている。
そんなフレヤを見て、否定するのは諦めた。それよりもフレヤをもっと喜ばせてあげたいと思ったのだ。
(彼女の、この綺麗な瞳を見るのは好きだ)
キラキラ輝くフレヤの瞳がもっと輝くのを確信して、ノアは口の端を上げた。
「いえ。俺たちもエアロンに乗っていきます」
そう告げたフレヤの顔は、期待どおり頬を紅潮させ、瞳を潤ませた。
(可愛いな)
フレヤの表情に満足しながらも、ノアは胸の奥に宿る熱情がなんなのか自覚せずにはいられなかった。




