白夜の中のわざわい 前編
初めましての方、はじめまして!
よろしくお願いします。
『白夜の中のわざわい』の前後編の前編です。
2025.10.20前中後編に変更しました。
妙に赤い太陽が、砂の山と向こうへ消える。
それでやっと町を出て、いくらか暑さがやわらいだ、砂の道なき道をラクダに乗って旅立った。
細かい砂が口の中をざらつかせ、ラクダは足をとられるような砂の道を、俺、ペシアと、新しい相棒となったスケーイトは、ただひたすら北へと進んでいた。
――もしかすると、セロテの砂漠を相棒について、迷っていただけかもしれない。
「禍には、いつ着くんだ?」
「…………」
「おい! スケーイトの旦那!」
「あ……、すまない考え事をしていた」
「禍には、いつ着くんだ? と、聞いたんだ」
「それは……わからない。だが、神はこちらだと、指示している。あ、そうか、神というのは……」
「いや、いい俺も神を信仰している」
「たが、お前は信じてないだろう?」
「……わかるのか?」
「わかる」
「念のため、教会には内緒にしてくれ」
「わかった」
彼は短く返事をした。
魔術師であるが、若い分、お柔軟さがあるのかもしれない。
俺たちはその後も、時折吹く、砂を含んだ風の中を無言で進んだ。
先頭を行くスケーイトは、若く、黒いローブを身に付け、漆黒の髪をなびかせている。
そしてやけに背が高く、細い。
動けば、不幸を撒き散らすと言われる、魔術師の末裔の1人。
そして俺は、彼の役に立たないボディーガードだった。
そして……ただ、魔術師の後について進むだけの旅だったが、どうやら目的地へ付いたようだ。
目の前には、蜃気楼の様な空間があり、酷く空間が歪んでいる。
「旦那、どうする? って待て勝手に行くな!! スケーイト! スケーイト!」
俺の声が虚しく響く。
それを断ち切る様に、慌てて空間の裂け目の中へと飛び込んだ!
そしてふたたび黒い背中を見つけ、安堵を覚えた。
そしてすぐ、相棒であり、守るべき存在のスケーイトの不用心さに、腹立ち紛れに言葉をぶつけた。
「何、やっているんだ!? 馬鹿魔術師が! 勝手に行くな! 対策を練らせろ!」
「ここが目的地で、中の様子も知れないのに、どうする気なのだ?」
「俺が先に行く。お前死んでた場合、俺はいい事はないが、逆だとお前は助かる」
「同じ人、1人の命じゃないか」
「いや、違うね。そうは思って、俺たちの教会は作られてはいない。それより行くぞ。長居して、閉じ込められるのはごめんだ」
辺りを見回せば、空間の中の、異変は始まっていた。
いや、入って来たからそう感じただけで、いつから、ここがおかしくなっちまったのか、それはわかったものじゃなかった。
ここではぼんやりとした、昼の景色が広がっていた。
しかし太陽は無く。
――月の位置は、先程と変わっていない。
入った途端から肌にピリピリと来て、危険を知らせる。
それが、ひっきりなしに続いて……、これはちょっと状態は悪いほうかもな。
「あそこだ」
若い魔術師が指差した場所には、建物が立ち並び、人まで歩いてやがる。
「これはまずいな……」
「何が、まずいんだ?」
「まぁ……いろいろとね」
「知ってるよ。魔物だろ? お前は肝心なことでも、もったいぶるとこなんか、死んだ爺さんとそっくりだよ。長生きするよ、全く」
しかし案外、本当は、繊細だったのかスケーイトは黙り込んだ。
若い分、スケーイトには気を使うかもしれない。
心配なのか、苛立ちなのかが、胸のつかえの様に取れない。
「おい、どうした?」
「魔術師の義務で、死んだのか?」
――珍しいぼーっとしていると思えば、こいつも死が怖いのか?
基本、何を考えているかわからんが、こいつもけつの青いガキか。
「死ぬのは困るな。許嫁がいるんだ」
「好きなのか? …………って、不思議そうな顔をするな! もう、いいから行くぞ」
新しい相棒との理解はまだ、難しいようだ。
そもそも、黒魔術師は上達するほど違う世界を見だす。
アイツの若い今、その思考から置いていかれると、こいつは人間的に拙くなりそうであるし、俺は仕事の面で拙くなりそうでやっかいだ。
村の近くまで来ると、ラクダから降りる。
何時間ぶりの体の自由に、逆に体はギシギシと悲鳴をあげている。
教会から出てからは、3日だ。
今回も随分遠い場所へ来る場所へなってしまった。
干しレンガで作られた家々は、やけに狭い路地で、分け隔てられて、今まで通った町並みとそう変わったものではないようだ。
「まず、教会へ行くか」
「そうだね、あるなら行って見た方がいい」
そう言って勝手知ったるって様子で、スケーイトは進んでいく。
「それにしても寝て、起きてそのまま出たから、少し小腹が空いてきているんだが」
「料理屋はやってるみたいだよ」
「ここで食事をとって、ここから出られるのか?」
「東方の話?」
「まぁ……」
「消化するから平気じゃない?」
「そんなもんかね?」
「諸行無常、諦めが肝心かもね」
「それは魔術師ジョークってやつか?」
「えっ? あぁ……思ったことを言っただけど、とりあえず教会へついたよ」
玄関の上を見ると、馴染みの独特のシンボルマークがついていた。
うちの教会は歴史だけは古く、創設者の魔術師に対する執着のように変化を許さない。
教会から、時間経過のながれについて、推し量ることは難しかった。
俺は教会の扉を開けると、やっとそれになれた、スケーイトが前へ進み出て入っていく。
ヴァージンロードの道で立っていると、彼は一番、前のベンチに座る。
そして信心深く祈っている。
そして長い祈りを終えると教会の、『人を導く者』に、近寄って話しかけている。
今の教会の制服とは、色合いが多少違う気もするが、それしかわからない。
スケーイトの他には、信者はおらず、導く者は熱心に話を聞いてくれている様だが、だめだなあれは……。
戻って来た。「駄目だ、彼は同じ神を信仰してはいる。だが、我々の事を知らず。流れ着いた信心深い者が引き継いでいるようだ。経典も覚え書きの部分があるから、定義が少し変わっているだろう。嘆かわしいが、この地ではそれだけで立派だと言うべきなのか?」
「さいですか」
「ただ、現在の『偉大な人を導く者』は、誰か知っているか? と、尋ねたら、額縁で飾られている状態でしか、見た事のない人物の名をあげてきた」
「歴代の偉大なる導く者の名前を、全て、憶えてるのか!?」
「人々の中の神に対する、心の向け方を考える時間があるんだよ。受けてない?」
「俺は、その頃、おもちゃの解体と再構築を競ってたからな……」
「あぁ……、なら、僕は君の分も神に祈るよ」
スケーイトは、その眉を八の字にし、俺を見ている。
まだ、そこは浅い。爺さんとは違う。
俺の罪を受け入れ、持って行くと言った。あの頭を撫でる、大きな手を持つ爺さんとは……。
しかしやり難いな。魔術師だから、思考が似てるのか? 俺の弱いところに触れて来る。
はぁ……仕事だ。思い出を懐かしんでいる暇はなかった。
「神に祈って貰うことはともかく、今日寝るところを探そう。夜も明ければ、日中は熱さで死ぬかもしれん」
「その事についても聞いてきた。どうやら、夜になることはないが、同じく太陽もあがらないらしい」
「こんなあやふやな天候がずっと続くのか? うんざりだな……」
「そうらしい。ところで、ペシアは、『白夜の街』の伝説を覚えているか?」
「さあね、知らん」
「君たちには、教会は本当に何も教えてないのかい? むしろ信仰が必要なのは君たちの方なのに」
スケーイトの黒い瞳は、悲しみを帯びているように見える。
――生粋の純粋培養の魔術師が、ここまでやりずらいとは……。
「俺たちのような子どもは多くいる。教会もただ食わせて、育てるだけやってばいいほど、世界は平和ではないだけだ」
「だが、教会は教義は伝えるべきだ。そして、それについて考える時間を取るべきだ。それ以上に優先させることない!」
「俺が教会の本質的な教義を、遂行した結果だ。それ以上言うな。面倒くさい」
そう言うと、スケーイトはやっと黙った。
「それで『白夜の街』とは? 黒魔術師の仕事は魔物の力をそぐことだろ? 俺がそれを補助しさせすれば、俺が教義を覚えずとも、誰かが俺を神様のもとへ送ってくださる。だから俺は仕事を遂行したいんだ」
「すまなかった……。だが、神の教えは生きるのに大事な話なのだ。仕事の無い時にでも、たまには気を抜いて聞くといい」
「いつかな、平和になったらな」
「それでいい……、私もその時は、いろいろ協力しょう」
まぁ、そんな時は、教会の汚点の俺達はいろいろやばいけどな。
今するべき話ではない。
「白夜の街は、魔物が太陽を吸い込んでしまっている。だから白夜が晴れないと書かれていた」
「まぁ、比喩なんだろうが、外に上がっている太陽について、どう解釈してたんだろうな? 筆者は」
「まぁ、書いたのは魔術師だし、攻略方法として考えるべきかな?」
「お前はこの時代だし、まんがか、SNSで公開しろよ。毎回、変な例え話しは面倒くさいわ」
「ここのはもう2人が挑んでいるから、ここの脱出方法と攻略手順も進み、最後の仕掛けも教義の中に書いてあるし、そらで言えるから安心してくれ」
そう言うと、また村を勝手気ままに歩き出した。
――無視か? それともSNSを知らないのか?
「おい、スケーイト。一応、人通りがあるんだから、勝手に行くな」
スケーイトの肩を掴まえて、振り返らせようとした時、俺が女とぶつかった。
そして砂漠の民の女? が、スケーイトを助け起こし、俺は健気に一人で立つと……。
その時に、一冊の古めかしい本が、落ちているのを見つけた。
全体的に、白く、表紙に凸凹とした、浮彫加工がされている以外になにも書かれていない。
中も確認すると、同様だった。
「あっ」
あっ? 気づくと赤い髪と月のピアスの記憶だけ残し、女はどんどん村の北だろう方角へと、進んで行ってしまった。追いかけたが、狭い路地の中の角で、魔法の様に消えてしまった。
「あの女、本を落としていったが、何者だ? 突然現れたぞ」
「ペシア、本の中身見た?」
「むろん見た。が、白紙だ。 罠か、魔術師の伝言のどっちだ?」
「ちょっと貸して、仕掛け絵本のような秘密が、隠されているかもしれない?」
スケーイトは、差し出された本を、パラパラとめくる。
多くの地図が、以前からあったようにぺらぺらと、顔をのぞかせていく。
「何かおかしい、その本を貸せ」
だが……、魅入られたように、目の前の黒魔術師は本を離さない。
「この本はさっき話した、この村を出る手順について書かれているんだよ。この地図の、太陽のマークは怪物を表している。出る順番は、確認しておいた方がいいから私が、この本を預かるよ」
「スケーイトお前は、本に触れた途端様子がおかしくなったぞ、その本を渡すんだ」
そう言う俺を、スケーイトは逆に俺を落ち着かせる様に、軽く肩を叩く。
「本は、ただの本だよ。解読が出来るのは私だけだから、出来るだけ済ませておく」
段取りは、スケーイトしか理解できない。
実際、俺が本を受け取っても宝の持ち腐れだ。
魔物であれば、拳銃では殺せないから、俺の無駄死で、出るには本に触れる必要がある。
そう考えると任せるしかなかった。
そして腹が最高に減る時間になり、村の飲食店へ入る。
薄く伸ばしたパンと、何でもぶち込むスープ、材料は何なのか?
考えていては生きられない。
そしてハッピーなことに、それなりにうまかった。
もっとガツンと、肉料理を食べたいがな。昨日、何も獲れなかったらしく、仕方ない。料金を店の親父に払い店を出る。コインに目を丸くしていたが、こだわりはないらしい。
その後も、スケーイトが干しレンガの家々と、砂漠の砂の舞う村を無言で、先頭をきって進んでいく。順番があるのか、女の後を追う事はなかった。
彼の残す足跡が、点々と続き、その上を歩いて行く。
やはり付き従うのみで、魔物を発見するのにも、俺の力は必要なかった。
そして今は、彼は村のはしから出ようとしている。
割れた干しレンガを、ピョンピョン跳び越えて、砂漠の山を越えて行く。
魔力もなく、少し遅れて歩く。いつもなら俺に手ぐらい貸しそうだが、それもない。
いつしか俺はスケーイトを警戒して、俺は彼から一定の距離をとる様になっていた。
◇
そして辿り着いた先の小さな洞穴に、魔物は確かに居た。
スケーイトが、ゴォ――! ゴォ――! と、燃え盛る火柱で、魔物を追い立てる。
が、肝心のトドメの場面で、うぅ……と、彼は声を出し座り込んだ。
「おい!? どうしたスケーイト! 俺に魔物を任すな、死にたいのか!?」
しかし魔物には効果のないだろう、俺の二丁拳銃。その中と装填出来るだけのすべて弾丸を撃ち込むことで、どうやら虫の息だったらしい魔物をなんとか死に至らしめた。
本当に、九死に一生ってやつだった。
魔物の屍の塵カスとなるのを眺め、もう生き返りそうにないことを確認する。
そしてやっと相棒のスケーイトの様子を確かめると、指が紫へ変色している。
その先には、あの本がしっかり握り締められていた。しかし先程の戦いの最中、そんな状況はなかった……。
……一体、何が起こっているんだ? そう珍しく俺が思い悩むなか、スケーイトが苦悶の表情を浮かべ、目をいまだ閉じている。
そしてスケーイトが、握りしめている本へ目をやる。
それに触れても、古い本に有りがち、繊維のざらざらとした感触しか感じない。
問題ない。
そう考え、スケーイトの指先から力任せに、その本を奪い取る。
恨みがましい目、1日前は想像が出来なかったそんな目で、彼はこちらを見た。
「ほら、さっさと背中に乗れ」
そう言って、スケーイトを乗せると、熱を帯びたような熱さが、こちらに伝わってくる。
――短時間で、人間をここまで狂わせる、この本の禍々しさは何だ?
村へ戻る間も、この状態を改善出来る方法を考えはするが、専門家の魔術師がこうなってしまっては解決方法も見つからない。
しかし、魔術師が残した可能性のある本を、焼き捨てれば終わる。
って簡単な話ではないだろ。頭を悩ますばかりで、やはり何も進まない……。
村に戻るが、本と彼を一緒に寝かせるわけにはいかない。
宿の部屋を2つ借り、スケーイトをベッドに寝かせた。
そして彼、自身が作った薬を、聞ききながら飲ませると、やっと寝た。
全ては、本のせいなのか、狂った道筋を正すための一端を担っているのかも、わからないまま、黒魔術師には意味がないだろうが、一応わからない場所に本は隠しはした。
つづく
見ていただきありがとうございます。
またどこかで!




