#6【オリエンテーション】(1)
「えー、本日よりこの1-10クラスの担任となりました橋田章陽です。よろしくお願いします」
背の高い男性教師。
髪の横をザクっと刈り上げた七三分けの髪型。
髪の毛にベタっとした雰囲気はなく、どちらかといえば毛束や流れを意識しているオシャレな様相を見せていた。
身にまとう服は黒みがかった紺のスーツで、シワもない。細身の体も相まって清潔感が凄まじい。
赤い無地のネクタイ、目には黒縁のメガネ。
インテリ感がとても強く、見た目と雰囲気がシャキッとしているせいか、話を聞いていると段々と説き伏せられているような感覚に陥る。
印象というのは不思議なものだ。
「まぁ入学初日。進める講義はありませんが、みなさんには事前に知っておいてほしい事があります。それが、今年1年間の段取りです。……事前に登録してもらった学園のクラス共有アプリから1-10を選択。年次予定表を掲示しているのでダウンロードしてください」
そうした指示に従いみんなホログラマーを起動して操作をし始めた。ただ、そうした中で何もせず前を向く俺の姿というのは浮いていた。
「どうしたの? ホログラマーは?」
いち早く準備を終えて余裕があるのだろう、左隣に座る灰色のミディアムボブの女の子が俺の肩を軽くたたきながらそう声をかける。
「あーいやぁ、それが…ホログラマー自体持ってなくて……」
そういうと女の子は少し唸った。
「そうなんだ……。じゃあメモとか資料のこととか分からないね」
「うん……。まぁでも貸し出し用のホログラマーがあるみたいで届けに来てくれるらしいんだよね」
「あ、じゃあもう少しの辛抱か」
「うん」
「んー…でもそれ届くまでよくわかんないだろうし……」
すると、女の子は自身の大きめのカバンを漁り、中からホログラマー1型を取り出した。
「はいこれ。データは同期してるし私の操作が親だから君が……えっと名前聞いて良い?」
「良いよ全然。名前は華園昇也、です」
「おっけーありがと。…えっとね。華園君が好きなようには使えないけど確認程度に使ってよ」
そう言いながら手に渡されるホログラマー1型。とても硬く、少しずっしりとした重みがある。
「いいの? まじで?」
「うん、まじでぇ」
「神ですか」
「うむ、あいむごっど」
「はへぇ…ありがたやぁ」
「世のため人のため、良き事をするというのは…いやぁ心が清らかになるのぉ」
「話を始めます。静かにしてください」
眼鏡をくいっと上に上げ、姿勢を正す橋田先生。
にしても、先生は助けの手を差し伸べてくれないものなのか。ホログラマーを持ってきてくれる先生…相川先生が、一応クラス担任に連絡しとくとは言ってくれていたが、傍観の姿勢は崩さないといった風だった。
「まず、現状君達はこれから4年間を共にする仲間です。長い間クラスメイトと一緒になる、と言う経験はもうすでに多くしていると思いますが、ここでの生活は更に拍車がかかります。つまるところ、今までが比にならない程に協力する必要があります」
ただ、橋田先生は真っ先に「一応」と言葉を付け加えた。
「クラスメンバーを再編成するクラスシャッフルがありますが、これは一種の機能で緊急処置です。基本あり得ない事を念頭に置いていただきたい。なので、仲の良いクラスメイトと離れてしまう。問題のある生徒が突然クラスに加わってくる。なんてことは危惧しなくて良いです、思う存分仲を深めてください」
次に「年次の進行を細かく説明します」と言いながら右手を腰に手を置いた。
「今月から3ヶ月。4月〜6月は主に座学を中心に授業を行います。そしてこの3ヶ月では今後必要になる知識を必要以上に覚えてもらいます」
その言葉の雰囲気を察して大体の人が嫌な顔や声を噴出させた。
そんな各々の様相に橋田先生は面と向かって口を走らせる。
「意義を問うならば、単純明快。これから教える情報に意味がないものがないからです。間違いなく、そう、必ず君たちの人生に生きてくる」
必ずです、ともう一度念を押すように言った。
「まず君たちは能力者です。それは今までの人生でよーく教えてこられたと思います。色々な法律や注意事項、緊急対応、そう言う話をほんとに口すっぱく聞かされ能力に気を遣いながら生活してきた人がほとんどだと思います」
ーーしかし。
「これからは能力を行使する者として扱われるようになります。その際に今までなんとなくで覚えていた情報のまま生きていく、というのは非能力者や社会、ひいてはみんな自身がとんでも無い被害者になり得る可能性をはらんでいます。と言いますかその可能性は大いにあります」
ーーそれに。
「能力者が処刑されるまでの流れは非能力者と比べて判断が早い。小さなミスが死に目に繋がっている社会があなた方が住まう世界なのです」
ーー言うなれば。
「これから学ばされることは全て命綱を担っているということです。そしてその中のどれであっても緩めてはいけない」
ーーだから。
「学ぶ事全てのうちに何か既知のものがあったとしても『もう知っている』で片付けず、改めて理解を深めていただきたい」
ーーと、いうことで。
「勉強をとても頑張っていただくこととなります。また、先生たちは君たちへの協力を惜しみません。わからないこと、気になる事、知りたい事、気づいた事、ただ雑談したいでも構いません。全てにおいて教師や施設を頼ってください」
先生の文言を聞き終えて出る不満は周囲からはあまり感じ取れなかった。
「そしてーー」
そんな中で先生は言った。
「ーーその協力の一環として、1-10クラスでは、2週間に一度小テストを行います。落第点は70点未満」
そう告げた橋田先生の言葉は、このクラスにいる50人全員の動揺を顕にさせた。
ざわめく空気。
ささやきあう言葉。
「まぁ確かに高得点です。小テストと言えども7割は中々嫌な話ですよね。けれど、一度想像してほしい」
少し熱を帯び始めた声色。
「石や岩、木で覆われた崖の傍を苦しみながら歩きたいか。石がまばらに散ってるだけの真っ平らな道を歩きたいか」
橋田先生はその熱に気づいてか、メガネをクイっと上げると少し声を落ち着かせた。
「まぁしょうもない例え話はやめましょう。とにかく、危ない橋より安全な歩行者道です。歩行者道を歩きましょう」
ふぅと、少し息を吐く橋田先生に。
「……あの、先生」
「…一ノ瀬、くんですね。なんでしょうか」
一ノ瀬と呼ばれたのは窓際最後列に座る金髪の青年だ。
「落第時のペナルティーは何なのでしょうか」
その質問に先生は嬉しそうに頷き、全体に届く声で告げた。
「ペナルティは少し重めに設定してあります」
「重め、ですか」
「はい。まず。このテストが合格できないと放課後に補習がある」
その答えに動揺はない。
予定調和だといわんばかりの静寂。
重さと言うには軽すぎる言葉だから、みんな身構える。そして、身構えたものの、次の言葉にみんな顔をしかめて唸らずにはいられなかった。
「そして、1人でも落第者がいれば全員補修。この2つ」
ただ、と先生は言葉を打ち付けてから続けた。
「ただ、クラス全員と言うわけではない。このクラスの座席位置を基準に後ほどグループ分けをします。1グループ5人。なので全10組。落第時の対象はこのグループメンバーに含まれている生徒だけ。そこに加えて、補修後のテストにて要求する合格点数は8.5割とします」
「はぁ!? いや流石に横暴だろ先生!!」
「そ、そうだそうだ!」
うしろで叫ぶ山田。
それに呼応して各人不満を前に押し出していく。
しかし先生の面構えは変わらない。
「これからの学校生活、知識力の他に周囲との協力が不可欠になってきます。個々人の努力で100点を出せる人もいるでしょう。しかし、0点しか出せない人もいないわけではない。その時の平均値は50だが、その評価としての50点は正しい数値ではない。最終的なしわ寄せは、それ以上何もできない100点のできる人に向かう」
先生は周囲を見渡しながら言う。
「そうした積み重ねはいずれチームの破綻を招く。例え仲の良いもの同士でもです。…だから、グループを分け、そこでみんなで50点以上を出す訓練をしてもらうんです」
ーーそして。
「この座学の中で慣れた頃になるでしょう3ヶ月目。7月から実技訓練を始めます。形態としては午前が座学、午後が実技という形ですね」
先生は続けて言う。
「この実技開始、7月末には一度模擬仮想戦闘を執り行います。君たちのチームワークと、座学の知識。実技訓練で鍛えなければならない弱点などを一度洗い出すためです。体育が苦手な生徒には辛い話ではありますが、良い機会だと捉えておいてほしいです」
先生は少し息継ぎをした。
「まぁあれですね、まとめてバーっと話すのも疲れますね。一旦休憩です」