#5【入学式】
先生からの指導を終え、俺は急いでセレモニー用の大きな校舎へと足を向かわせる。
さっき教えてもらった段取り、それを反芻させ、忘れないように努めていると何やら見覚えのある光景を目の当たりにした。
まっすぐセレモニー会場に伸びる人の軌跡。
総勢500人弱いるらしいこの1年生の波。
そんな人海ひしめく最後尾に近い場所。
そこだけはこの一直線の流れを断ち切るような雰囲気があった。
その直感は実際正しくて、人はその人の周囲にだけは近づくまいと距離を空けている。
(あぁ、なるほどね)
俺はまだ背が低いから飛び跳ねないと上から景色を見渡せない。
何度か飛んでみるに全体の髪色が黒色以外にも水色や紫、緑、もちろん赤の髪色の人もそこそこいた。
でも、やっぱりあの異質な距離感を置かれた空間。
その中心にいる人の髪色は、目が焼けそうな程の真紅の輝きを放っている。
あれをみて誰だかわからないだとか、見間違うことはなくて、ただただ確信を持って今朝方出会った女だと首を縦に振れる。
遠く離れているはずなのに感じる暴君の気性と威圧感。
(あんな一目の置かれ方嫌だな。すっごい怖がられてる感じ……ああならないようにしよう)
あと、普通にあいつとあんまり関わりたくない。
付き合いを深める程に不快な思いする未来が見える。
少なくとも、現時点で不快な相手でもある。
あの女の気性が変わらない限りは俺には合わない人種。見るにしたって遠目以外考えられない。
そんな俺の思考が伝わったのか、雰囲気だけが俺をにらんできた感じを肌に強く感じた。
ちょっと足がすくむ。
正直俺は強い。
驕りそのものであるが、実績の上に成り立っている確信。疑う必要のない事実。
でも、それを基準に考えても近寄りがたい、それこそ畏怖に近い念が強まっている。
(いや、怯えてる暇ないだろそもそも。それよりもだ、席の座り方とか、拍手するタイミングとか覚えなきゃ)
記憶力はそうよくない。
じっちゃんに馬鹿って言われたし、実際自覚はある。
だから前までは記憶は能力頼りだった。
……そんなやり方を続けてきたということは、その癖っていうのは一朝一夕で治るものでもない。
(すっごく今、辛いです)
能力を使えないわけじゃ無い。
使っちゃいけないだけ。
ただ、その使用制限の拘束感がとてつもなくもどかしくて苦しい。
何度だって頭によぎるし使いそうになる。
(でも…)
その度に頭を振って通常の記憶力に意識を注ぐ。
そうして矯正に労力を費やしているとどうなるか。
「では、祝辞を学園長より賜りたくーー」
(あ、えっと確か今が拍手か!)
「ーー存じます」
と、同時に湿った掌が奏でる独奏拍手。
この大きな会場一帯に響き渡る酷く小さな、焦りを含む両手の響き。
俺は叩いてすぐに周りが無反応なことに気が付き手をすぐさま収めた。
けれど一瞬集中した視線の雨。
みんながみんなというわけではないが、俺にとっては初めての感覚で、この会場すべての人間の視線を負ったような重圧を感じていた。
とても、呼吸が浅くなる。
(落ち着けぇ、落ち着けぇ。もとより覚えられなかったら周りに合わせるって決めてただろ)
会場内に入場し、席に座るまでは良かった。
なんだったらそこまで出来たんだ。
後もできるはず。
できる。
頑張れ俺。
「………」
ひどく緊張、している。
いままでじっちゃんと二人で暮らしていた。
会うものと言えば動物とか虫位。
人の目に慣れていない俺には荷が重い。
それに当面の目標として友達も作らないといけない。
そのためには野生で生きてきた経験不足を補うために努力は不可欠で、あの女を反面教師にしたら、友好関係は顔合わせしてから早い段階で決まるという事がよくわかる。
それに生きてきた環境が違うと言うことは、何か常識の部分でズレが生じる可能性がかなり高い。
そこの問題意識は強く持っていて、下手を打たないかという心配が強い。
結果として、人の界隈に溶け込みたい、早く溶け込んで頑張らないといけない。
周りの目を気にして、周りの一挙手一投足に合わせないといけない。
ズレた行動はしてはいけない。
そんな脅迫的な思考が、今、俺を支配している恐怖心、その増長を煽っているんだろう。
「はぁ……」
「…緊張、しますよね」
そんな強い焦りと孤独感を意識しドツボに入り込もうとしていると、右隣に座る女の子がやさしく耳元に声をかけてくれた。
俺はそれに対して何か大袈裟な反応をとる余裕もなく、冷静に、女の子に目を合わせず前だけ見ながら「え、ええ。かなり」と言葉を返す。
俺の目に映るのは目の前に座る男の子の背中と背もたれだけだ。
そんな俺の返答に、女の子は少しおどけた言い方で言う。
「あなたの場合顔に文字が浮きでるくらい緊張してますもんね」
「え、えっ、ほんとですか。だ、誰かに書かれたのかな」
不意の指摘に慌ててまさぐる顔、拭った手にはインクはない。
その代わりくすくすと笑う右隣の女の子がいた。
長くふわふわとしたブラウンヘアーはそこまで長くない。顎あたりまで伸びた髪。
女の子は口元に指を当てて笑いながら言った。
「ふふ、面白いですね」
軽く揺れる長めのミディアムヘア。
彼女の笑いに他意や悪意は感じない。
純粋なほほえみ。
俺は笑われているわけではないということに安堵して、呼吸を整える。
「私、鎮静系の回復能力を持ってるんです。よかったら使わせてください」
そんな進言。
俺は特別断る理由を見つけられず、お願いする。
「じゃあジッとして呼吸整えてくださいね…」
小声でのやり取りは非常に耳に悪い。こしょばい。
後すごくお日様のようなにおいがする。
女の子はそんな俺の思考を読み取ることなく両手を握り「かけますね」と話しかけてくる。
途端、両手を起点にほのかに暖かいものが全身へと染みこんでくる感覚に襲われる。
優しい。
というよりかは根底にあるものすべてを根こそぎ流していくような感覚。
ちょっと怖い、と思ったけどもその怖さも、考え、感じたそばからただの言葉になっていく。
感情の震えや波が一直線に正されていく。
「どうですか? 少しは…落ち着きましたか?」
そんな問いに俺は深く頷いた。
「……はい、とても。なんだったら気分がいいです」
「それはよかった」
「いやぁありがとうございます、ほんとに。僕、死ぬほど緊張しててやばかったので」
「ふふ、助けられてよかったです」
善意1000割。
抱擁のようなやさしさ。
こういう優しい人には恩義を返せとじっちゃんが言っていた。そうして紡いで生まれる縁もあるだろうと。
「あの、今度お礼させてください」
「いやいや、そんな大したことしてないですから気にしないでください。私がしたかっただけで見返りはいらないんです」
「え」
(あっれぇ…なんかやんわりと断られてるぅ? こういうときどうしたらいいんだじっちゃん。え、ねぇじっちゃんまじめにどうしよう。え、ほんとにわからない。なんで教えてくれなかったのじっちゃん。えー、もうっちょ、え、どうしよう)
「そ、そんな深刻にならないでくださいよっ」
そんな心の中での阿鼻叫喚が顔に出ていたのか、女の子も少し慌てた様子で言った。
「……なんというか、礼には礼を、と教えられているもので、こういうときどうしたらいいのかわかんなくて」
誤解がないようにはぐらかさず話しておこう。
そう言う思いで全てを伝えると、女の子は一考して「んー、じゃあーお礼を持ち越してはどうですか?」と言ったら。
「持ち越す」
「はい、要は貸し一つです。私が困っていて助けてほしい時にお礼を返すって感じで……。まぁ尽くしてもらう側がこんな提案も変な話なんですけど」
と、少し頬をかいて目を背ける女の子。
どこか後ろめたさがあるのだろうか。
俺が恩義を感じて返さないといけないという考え方と同じくらい、見返りのない救いをしたい人なのかもしれない。
ならそういう時は尊重してあげるべきだったか、いやでも、んー。
でもとりあえず。
「あなた天才ですか」
「ぇぇ!? いや、ふ、普通です普通」
「そう、なんですか」
「はい」
「ほぇ……」
式典の内容なんて忘れ少しずつこの人と話してみたいという欲求に飲まれてきたころ。
そういえばと女の子に小声で声をかける。
「あの…お名前、聞いてなかったです」
「あ、確かに」
ハッとした様子の女の子は改めて居住まいを正して言った。
「私は西条翼です」
「さいじょうさん…俺は華園昇也です」
「はなぞのくんね」
「そうです。……なんか折角なので西条さんと一緒のクラスになりたいです」
「朝にクラス分けされてなかった、かな…」
「あぁ俺遅刻してきて、クラス分けまだ聞いてないんですよ」
「そうなんだ。……あ、そういえば欠席者が同じクラスにいましたし、それにここに座ってるってことは1-9ですよ。なので……はい。今年からよろしくお願いしますね」
「え、あっはいっ、よろしくですっ」
お、これはかなりいい展開なのでは?
友達関係に近づいている感触がある。
それくらい密な自己紹介。
なんだったら普通に自己紹介するよりもお互いの理解の深さが高いはず。
じゃあ後は毎日の学び場でコミュニケーションをとっていれば西条さんが初めての女の子の友達になる!!!
(って思ってた時期が俺にもありました)
「あ、あんなに自信満々に華園くんだっていったのに…全然…違った……」
「なんか、崖を上り切ったと思ったら突き落とされた感覚……」
「ご、ごめんなさい!!」
西条さんはそう少し声を張って頭を下げる。
猫のような眼、そのガラスのような透き通った綺麗な琥珀色の目に水玉がともる。
「い、いや別にそんな! 残念だなぁってだけで、それにほらクラス近いし! 話せなくなるわけじゃないから、よかったらまたお話しましょ」
落ち込み気味の西条さん。
励ましになるかは分からないがそういうと、少し浮かんでいた涙を拭って西条さんは頷いた。
「……じゃあまたお話しましょうねっ華園君!」
「もちろん」
その後各々のクラスに用事があるため軽く手を振りあい、お互い教室へ足を踏み入れていく。
もう大体の人が自分の席についており、俺のような人や旧友の仲の人なんかはまだ外で話している感じだった。
(俺の席は確か真ん中の列の前あたり……)
ダイス型のホログラマー、ホログラマー1型に投影されている名前と合致する席に着き、軽く周囲を見渡す。
周りは初対面の人同士なんだろうけどもうなにか縁のようなものが固まりつつある雰囲気だった。
間違いなく俺は初めにつかむべきだった流れをつかみ損ねていた。
原因は遅刻。
自業自得とはいえ。
(最悪だよ)
とんでもなく心細い。
なんというか、孤独感がひどい。
あー鎮静能力かけてくれないかな西条さん。もう俺苦しいよ。
「あーっ。君遅刻してきた上に拍手間違っちゃた人っしょ。1-9の席にいたからあっちなんだとおもってたけどこっちなんだ」
そんな時、その間違えようのない見覚えのある行動を指摘する声が後ろから届いてきた。
「え? あ、ああ。はい。恥ずかしい…話なんですけど」
振り向きながらそう言うと、声をかけてくれた男の子は意外そうな表情を浮かべていた。
「おー、なんか見た目にそぐわず。君口調固いな」
なんともずけずけと語りを入れてくるのは後ろの席の人。名前は……山田良平。
中肉中背と言った風貌。
髪の長さは普通って感じだけど髪色が緑だ。
「別に同い年なんだし敬語なんて外しちまえよ、俺は少なくとも気にしないし」
「は、はぁ」
「てかなんで遅刻したの」
体を机より前に突き出して興味ありげに問うてくる。
まぁでも、経緯くらいならいいかと思い伝えてみれば。
「え、なにそれ馬鹿じゃーん! あはは!!」
「おい馬鹿って言うな馬鹿って!」
「いやだって、いや、いやもう初めから馬鹿じゃん! なんで古き良き紙の地図使ってんの! それも手書き! そんでわざわざ書いてくれた地図の裏に地図の向きを示してくれてたのにそれを見ずに逆さのまま読んでたってあはは!」
後々気づいた事実。
地図は逆さで、地図の裏には「この文字を読みやすいように持ち、そのまま右にひっくりかえせ」と書いていた。それに気が付いたのは驕田くんだった。
「山田、お前さては性格悪いな」
「え? んーどうだろ、わかんない。まぁでも友達は何人かいるな。……おーい高貴ー」
そう山田が呼びかけた先には読書をする男の子。
髪色には黒色の中に束のような白色がまざっている。
いうなればメッシュというやつだった。
高貴とよばれた男の子は、少しめんどくさそうに本を閉じてこっちに歩いてきた。
「なんだよ、お前と距離近いと馬鹿が映るんだ要件をまとめろ」
「うっせーなぁ。てかお前の方が馬鹿だろ読んでた本さかさまだったぞー」
「そういう読み方の訓練だばーか」
「んな技能どこでつかえんだよ」
「しらねーよ。でも必要になってからじゃ遅いだろ」
確かに。
「必要になってからじゃ遅いってのはその通りだと思う」
と、俺はつぶやく。
そう。
例えば俺の記憶の訓練のように、前々からできていればセレモニーの時のような恥ずかしい思いしなくて済んでいたはずだった。
あ、でも西条さんと話せなくなっちゃうのかそうなると。だとしたらまぁ…いっか。
なんにしても、何かが起きてから対処するのではなく先手を打って何事にも対処できるようにしておく、と言うのはとても大事だと強く思う。
「だろー。ほれほれ華園くんの垢を煎じて飲め」
高貴くんは、その円らな瞳をじとーとさせながら俺のそばに立ちながら見下すように山田に向けて言った。
しかし、山田も負けじと訳が分からないといったジェスチャーをし、首を横に振る。
「んな迷信を真に受けてるのっばっかだなぁー」
「ちっげーよ! 皮肉だ!」
ふんすふんすとにらみ合う二人。
でもどこかいつものことのようで、不思議と喧嘩を止めないといけないという感覚はない。
むしろちょっとほほえましい。
「山田と……高貴…くんはーー」
「--ああ別に高貴でいいよ」
「あー、うんわかった。じゃあ高貴たちはーー」
「ーーじゃあ俺もー。俺は良平ねー」
「ごめんそんないっぱい覚えられないんだ」
「ドンマイ」
「っくそぉ、お前と言い昇也といいなんなんだ!」
嘆く山田の心の中。
ただ、そこに関しては誤解のないようにと記憶力が悪い話をする。
そんな俺のまじめな言い方。
覚えられないと言う反応はボケでも何でもなく事実であったと言う事に、山田は爆笑。
高貴は少しうなった。
「記憶はまぁ反復だからなぁ。確かに許容限界はあるし無理な時もあるけど、でもずっとその容量の中でとどまってたらこれからもそのままだと思うぞ。頑張って山田の名前も覚えてみたらどうだ」
そう、真剣な面持ちで話す高貴に、山田は少し首を横に振った。
「いやでも苦手なもんは苦手だ。それに努力してるって言ってんだし、そんな無理に追い込まなくてもよくね? 筋トレだっていきなりきついメニューは体に悪いけど、軽いものから慣らしていけば自ずとできるようになるわけだし」
「あー……。それもそうか」
山田の言葉に納得した様子の高貴は「すまん忘れてくれ」と少し申し訳なさそうに口を動かした。
…あれ、なんだこの二人。
いいやつか?
「……多分どっちも考え方としては間違ってなくて、使いどころなんだと思う。それになんかそう言う話聞いて漠然としてたものが鮮明になった気がする。どっちも参考にするよ」
「「おうよ」」
あー、この二人、根はいいやつだ。
性格がすこしめんどそうだけど。
…友達になりたいな。
「あ、先生来た。じゃあ戻る」
抱えていた本を脇に抱え直し、高貴はそう言って踵を返す。そんな背を見ながら山田は言う。
「……あれが俺の友達一号、子供のころからの仲なんだ。めんどくさいやつだけどいいやつだから仲良くしてあげて」
「めんどくささで言えばお前に軍配が上がると思う、心配するなら自分にしたらどうかな」
「なんか急に扱い雑くない?」
困惑する山田をはために、教壇に立つ先生に目を向ける。
展開していたダイス型のホログラマー1型。
それをいったん閉じて、先生は軽く咳払いをした。




