#4【ホログラマー】
「あー、そっか……」
男の子は少し表情を暗くした。
「ご、ごめんね。僕なんかのためについてきてくれて……。ありがとう」
「え、な、なんで謝るんですか! 俺の方が悪いですって! いやほんとすみません!!」
「いやいや、僕が悪いんだ。人を助けようとして慌てて気絶して、それに逆に助けられて、面目なさすぎるよ」
すごく、彼は落ち込んでいた。
惨めな自分を見つめる様子を見て、俺はそんなことないのにと悲しくなった。
「あ、君呼吸は……大丈夫そうだね」
「はっ、はい! それはもう、泡吹く人初めて見て、なんか、はい! 助かりました!」
「あー、はは。あれだね、自分よりも慌ててる人を見てると落ち着いちゃう現象ね。あるある」
優しく笑う男の子。
そういやこの人敬語じゃないのに嫌な気がしないな。なんでだろう。
「そうだ、君新入生だったね」
ふと、男の子はそう言った。
何も俺の情報を開示していないのに見透かされた事柄。
「え、なんでわかるんですか!?」
至極真剣に驚く俺を見て彼は笑った。
「…いやぁ、心の声を読んだとかじゃなくて、普通に8時30分あたりで集合かかってるの、新入生と僕みたいな生徒会委員だけだから」
(生徒会委員……?)
「あと道を知らなそうだった」
「あ、いやほんと道に関しては…ほんとなんというか、お恥ずかしい」
あっちこっちに目をそらして頬をかく俺をどこか微笑ましく見守る男の子。
そんな彼は俺の耳やポケットをみると「……ホログラマー、なくしたの?」と心配そうに聞いてきた。
ホログラマーの有無。
聞き覚えのある不思議そうな質問。
「ホログラマー、ってのが、よく…わからないです」
「おーそんな人がこの時代にいるもんなんだ」
どこか物珍しいものを見る目。
少し好奇心にあふれている。
「俺……ずっと森の奥で暮らしてたもので」
「え! 森の奥!? 野生児ってこと!!?」
「……野生児…?」
「あ、ごめ、失礼だったね。…森で暮らすってなにか、うん。どちらかといえば訳アリか」
「…訳アリ?」
「いや! えっと、んーごめん。僕、時々こう、なんというかあるんだ、気が利かない言葉で話しちゃうみたいなの。免罪符にしたいわけじゃないんだけど、えっと自分でも何とかしたいんだけど、うんええとそのーー」
「ーーそんな深く考えなくていいですよ」
俺は、たじろぐ男の子に言った。
「ほかの人はわからないですけど、気にならないです。どっちかというと、あなたはあれです」
「あれ?」
「まっすぐ。……思ったことをちゃんと話してくれそうで、いい人って感じがします」
そういうと、男の子は俺から焦点をずらし、重ねていた親指を見つめた。
伝わってくる、少しの笑顔、安堵感。
「……君と似たことを言ってくれた人がいるんだ。その人とてもいい人なんだよね」
「そう、なんですか」
「うん。まぁそれで、だから、重ねて評価するってわけじゃ無いけど、なんというか君の本質がとても視えた気がする」
「は、はぁ」
「あ、名前伝えるの忘れてた。総合戦闘課2年驕田宗司、です。よろしく」
オレンジ色の明るい髪色、短すぎない髪型を揺らし、優しい笑みを浮かべて驕田くんは男の子にしては小さな手を俺に伸ばした。
俺はそれに応えるように強く掌を握る。
「よろしくお願いします! 俺は華園昇也です!」
「華園くんか。よろしくね」
「はい!」
俺はちゃんと意思疎通を交わすことに成功している。
名前も教えあって、手も握っている。
この人に嫌悪感もわかないし、きっとこれはもう友達だ。
そんな気持がふくれ上がって、どこか期待に満ちたようなキラキラした目を向けているのがよくわかる。
けれどその目力をどうやら別の意味と受け取ったのだろう。驕田くんの様子はどこか少し後ろ向きで。
「まぁ…こ、こんな先輩だけどね、頼ってね。力になるから」
「はい!」
「ぁー…うん、多分ね。ぁ……いや、力になれる…! はず……なれるように努め…んー。み、みんながなんとかしてくれるかも?」
なんというか、尻すぼみな声色。
話す言葉も覇気がなく、とてつもなく弱々しい。
自信の限りを抽出し、破壊された自尊心のカスだけを飲み込まされているような感覚。
「だから頼ってみてもよかったりよくなかったり、いや頼ってほしくないわけじゃなくてーー」
「ーー驕田くん、自信無さすぎませんか」
「……すぅ…」
「あ、なんかごめんなさい」
「い、いやごめん、これはほんと僕の悪いところなんだ……」
強く心に傷を負った表情の驕田くん。
不安な気持ちになり歩み寄るが本当に自分の問題だから気にしないでと首を横に振るう。
「そう、ですか…」
今日初めて会った人だけど、とても話しやすいしいい人って感じする。
それに対して赤髪の高飛車女。
あいつはなんなんだ。
思い返すと強烈な嫌悪感が胸を叩いてくる。
「さぁ、僕はもう大丈夫。学園に行こうか」
「え、もういいんですか」
「うん」
足を外に出し、脱がされた靴に足を通す。
綺麗な靴だ。
新品って感じじゃないのは確かだけど、店頭に置かれていたら新品だと思えてしまうくらいには形も綺麗で汚れが一切ない。
「驕田くんて綺麗好きなんですか?」
「え、なんで?」
「靴が、綺麗だから」
そんな僕の言葉に、またもや興味深そうな目を向けてくる。
「鋭いね……。まぁそうだね、綺麗好きだよ。とはいってもただのお気に入りってのもあるんだけどね」
「そうなんですね」
立ち上がり、エレベーターを降りていく。
出会いはじめ。
初対面との人との会話は定型的なやりとりが多分にあり、かなり話題を広げやすい。のは確かなんだろうけど、浮き上がった話題を上手く返せずーー
「そっか」
「そうなんですよ」
「……」
「……」
ーーと言った風にそのまま終わらせることがお互いに多く、しまいには口を開かなくなった俺たちの間には質量のある何かが静かに重くのしかかっていた。
気持ちのいい沈黙ではない。
「あ……めっちゃいいにおいする」
そんな時だった。
「…あー……。もうそんな時間か」
驕田くんはそういいながら腕に巻いてるものに目をやった。けれどはたから見たら、何も映らない液晶に目を向けて次は虚空を見つめている変な人。
「驕田くん」
「んー?」
「ホログラマーって、それですか」
「あー…そっか。ホログラマーがわからないって言ってたね。えっとね、そう。これがホログラマー。ただ、ホログラマーには種類があるんだ。これはそのうちの一つ」
液晶がよく見えるように腕を傾けて見せてくれる驕田くんになるほどと相槌を打つ。
「それでホログラマーってのは、まぁ、どこからでも見えて使えるスマホ……スマホってわかる」
「あ、ちょっとわかります!」
スマホに関してはちょっとわかる。
使ってるところを見たことがあるのを覚えている。
そんな俺の言葉に、またもや不思議そうにし、探求心強まった顔で驕田くんは俺を見た。
「華園くんの知らないのラインを知りたくなったよ」
「知らないを知りたい……」
「今度お茶でもしよう、奢るよ。…あ、お茶ってのは世俗用語というか、あれなんだ。まぁおいしいものでも食べようってこと」
「なるほど、わかりました!」
深くうなずく俺をみてどこか安心した顔をする驕田くん。
そうしてすぐ、驕田くんは足を止めて俺の方に振り返ると。
「やっぱり…今度って言ったけどさ、良い匂いのするところいってみようか、今日のお礼に奢るよ」
指差した、いい匂いのするお店。
この匂いにありつけると聞いてお腹はさっそくと厚かましく唸り声を上げてきた。
卑しい自分が恥ずかしい、けどそれでもいいや!!
「やった! これがお茶をするってやつですね!」
「そうだね」
しかし、そう。
俺たちには問題が一つある。
「でも学園に行かないと…」
これである。
だが、そんな俺の不安な面影を、彼はーー
「んー、いやもう遅刻なのは変わらないからさ、何だったら遅刻しきっちゃえばいいと思うんだ」
ーーさっと拭い去ってしまった。
「おおお!!! 流石です驕田くん!」
「いやぁ、それほどでもぉ」
駅から数分徒歩で進んだいい匂いのするお店。
学園自体は、学園前と名を売ってる駅から10分先にあるという。
いや学園前じゃ無いじゃないか! と言う意見に関しては俺を含め、入学生だったり、オープンスクールでくる人の殆どが突っ込んでしまうらしい。
どうやらこの問題は開発工事でのミスが原因なんだと言う。困ったものだ。
まぁでも、そんなミスがあったからこの信号機を渡った先のお店に来れたわけなんだけど。
「しかし、思いのほか行列が」
「遠目で見るよりも多く感じるね、近いと」
「ですね」
「…んー、折角だしホログラマーの話の続きなんだけど、ここにいる人が耳につけてるやつもホログラマーなんだよ」
「へぇ……。いやまぁイヤホンにしては片っぽだけだしごついなぁとは思いましたけど……いろんなのがあるんですね」
「そうなんだよ。でも明確な違いがあって、用途とか好みで変わるんだ」
【ホログラマー1型】
○初期のホログラマーの次世代機種。
○大きめのサイコロのようなもので、起動させるとそのサイコロからホログラム液晶が出現。
○持ち運びやすい。
○ものによっては体育館一面くらいの大きさまで拡大できる。
○表や裏がないから見る角度も自由。
○主に教員や無差別広告、フェス等の会場の看板代わりに用いられる。
【ホログラマー2型】
○耳につける型だね。
○専用の眼鏡とコンタクト、それらを連携させるデバイスがある。
○指で空気をなぞると画面が低遅延で反応する。
○機能が1型よりも多くて、個人使用向き。スマホに近いかな。
「2型は一般人がよく使うね。というかチップが嫌な人はこれって感じ」
「チップ?」
【ホログラマーα型】
○特殊なチップを埋めた人が使えるデバイス。
○起動の合図
・設定a 解除腕時計型の液晶に目を向けること。
・設定b 指で液晶を指定回数触る事。
○能力者に多い。
「あとはさっき話した通りで、どこを向いていても目に画面が映る。脳信号をもとに操作してるから完全無遅延。二段階認証……パソコンで言うダブルクリックで操作が進むから誤作動はほぼないよ」
驕田さんはその他にも、目を瞑っていても扱えるから楽だとか、利便性について深く教えてくれた。
そんな熱弁する彼であったが、社会的にはそのあるふぁがた? というものの普及率が低いのだと嘆いてもいた。
どうやらそのチップを身体に組み込む為の費用が高額だったり、チップには定期メンテナンスが欠かせないのだが、その際も高額な費用を払わなければならなかったり。
「結局世の中は金なんだよねぇ……あ、回ってきたよー順番」
「来ましたね!」
そんな勉強になる話を聞いていればあっと言う間だった。
この腹の音も漸く納めどきというものだ。
「すっごく楽しみです!!!」
ーーーーー
「それでぇ? 悠々とお茶会に勤しんでぇ…? 案外話してたら盛り上がってー? 満喫してから来たから大幅遅刻したと……?」
「「はい」」
「なんなんだ貴様らは」
「「はい、すみません」」
とても、とても深いため息を吐き、大きくごつい手を顔に当てる先生。
相川先生と、驕田くんは呼んでいた。
「もう先生あきれちゃって言葉が横柄になっちゃったよ、自分でもびっくりだよ」
「「すみません」」
「新入生の君も大概なんだよ。8時30分集合で9時40分に来るなんて。…でもね、驕田。俺はお前に一番失望してるんだ」
「はい…」
「2年とはいえ新入生の先輩だ。シャキッとせんでどうするー」
「すみません……」
あ、驕田くんの顔すっごい落ち込んでる。
冷静に考えて、遅刻したら遅刻しきっちゃえとかなに馬鹿なこと考えてるんだ僕はみたいな顔してる。
ここは、お礼のお礼に助け舟を出すべきだな!
「あ、あの!」
「…なんだ」
「驕田くんは悪くないんです。俺が、まず道に迷ったのが悪いわけで、お店には俺自身が行ってみた過ぎて押し負けたわけで、だから……いやごめんなさい驕田くんが悪いです」
「ええぇ……」
「でも、俺も悪いです。冷静さを欠きました。驕田くんとのお茶会、全く後悔はしていませんが反省してます。怒るなら一緒に」
「華園くん……」
そんな俺の言葉にやけに感動した様子の驕田くんは、口元を塞ぎながら嗚咽をこぼした。
「泣くな驕田みっともない。後輩に…それも新入生に、それもほぼ初対面の子にフォロ-されているという事実を重く受け止めろ。ったく。生徒会員とはいえ何かと意識に欠けてるなお前は」
「すみません、とても、強く、本当に反省しています」
「……。…まぁ、反省してるならいい。華園に免じて罰則はなしだ。ただ、お前がいない分しわ寄せをくらってる生徒会員がいるのも確かだ。みんなに謝って急いで作業に取り掛かれ」
「は、はい…!」
相川先生の言葉に驕田くんは頭を下げて、走りながら出て行くーーところを「走るな驕田」と一喝して相川先生は見送った。
(えっとじゃあ、俺も驕田くんの背を追いかける感じで…お暇でいいのかな)
2人だけの空間、ちょっと気まずい
「華園」
「あ、はい!」
「君には入学式の段取りの説明がある。だから残ってくれ」
「わかり、ました」
「けど先生もしないといけないことがあるから、サクッと話す。ちゃんと覚えてくれ」
そういわれて、一瞬能力を使いそうになったがじっちゃんの言いつけが頭によぎる。
相当なことがない限り、能力で記憶をしないこと。
少なくともこれは急ぎで覚える必要はあるが、この相当な事は命に直結するレベルの場合と言われている。
だから…まだ使わない。
(集中して耳を傾けるんだ)