#22【炎天無比】<< イタイノイタイノトンデイケ >>
『昇也、大丈夫かっ』
その声には、どこか聞き覚えがあった。
とても懐かしい、愛おしい声。大好きだった人の声。
けれどもう、忘れてしまっていた声。
『あーこりゃ思いっきりやっちゃったなぁ……あぁ泣くな泣くな、痛いんだろうけど泣いたらもっと痛くなるぞー』
優しいその声は、忘れるべきではないものなのは今にして理解した。
『泣くんじゃない。拒むんだ』
幼いあの日の俺に取っては難しい言葉。
けれど、意味は伝わっていた言葉。
『痛いの痛いの飛んでけー、痛いの痛いのとんでけー痛いの痛いの飛んでけー』
心に残る、その、言葉。
「…………ぇ…………ぇ…………ぇ」
なにも、見えない。
なにも、聞こえない。
でも感じる。
向かわなければならない場所。
(痛いの痛いの飛んでけー)
口ずさむ、その言葉。
羅列するその表現。
俺が持ち得る語彙をそれひとつに変換し、唱え続けるはその一節のみ。
「…………ぇ…………ぇ…………ぇ」
「な、なによそれ、なんなの、なんで……っはぁ!?」
何も聞こえない。
何も感じない。
でも全然苦しくない。
(痛いの痛いの飛んでけー)
全くもって痛くない。
「ちっ、この匂い的にもまたあの変なやつでしょ! ……ほら、いるじゃない。なんなのよほんと諦めの悪いっ」
流石、父さんの言葉だ。
痛みがなくなった。
この脚でも立てそうだ。
「いい加減死になさいよっ…!!」
父さんとも死別して、時間も経って、忘れちゃっていたけど、そうだ。
『おっ、立てるか昇也。よし、じゃあバイキンともバイバイするために傷口を洗うぞー』
父さんの声はこんなのだ。
それによく色んなことを教えてくれた。
わかりやすい時もあれば、ちんぷんかんぷんな言葉な時もあったけど、今思い返せばよくわかる。
それにいつも笑顔で優しくて、ずっと寄り添ってくれてて、そんな父さんのことが、俺は、大好きだった。
「はぁ? え、うそ、なにそれ、こっちが本物じゃないの」
「…………ぇ…………ぇ…………ぇ」
「でも、いや、なんで終わらな…いや能力にしたってなによそれ、なんで炭化してるのに動こうと思えるの、なんで灰を撒き散らしながら歩いてこれるの」
痛くない。
真っ暗で、何も見えない。
でも行かなくてはならない場所はわかる。
「なっ、なんとか、なんとか言いなさいよ! ……っ"…っぬ"ぁ"あ!」
あっ。
一瞬、場所が遠のいた。
でも、まだ届く。
「…………ぇ…………ぇ…………ぇ」
手を伸ばせば、届く。
手を伸ばせば届く。
届くんだ。
だったら伸ばせ。
手を伸ばせ。
伸ばせ伸ばせ伸ばせ伸ばせ。
それが、俺が今しなくちゃならない事なんだから。
「効いて、ない……いや、や、痩せ我慢ね、大したもの"っ"…」
そうして伸ばした手の先には、硬くて大きな壁が立ちはだかっていた。それを前にして、茫然自失と立ち尽くす俺に父さんの声が響いてきた。
『昇也、頑張ってる道の途中には壁が絶対出てくるんだ。壁ってのはなどんなときでも高い物なんだけど、それは更に頑張ったら飛び越えられるし壊す事ができる。もちろん大変でしんどい事だけど、やり切ったら更に強くなれるし…それに、すっきりするぞ。だから、頑張れ、昇也。お前はやればできる子だ』
そうだ。
俺はやればできる子だ。
頑張れば、できる。
じゃあ、やり切るんだ。
なにを……?
この目の前に立ちはだかるーー
「……ぇ………ぇ」
ーー壁を壊す事を。
「……なんで、前よりも力が強いの、その身体でっ、インチキじゃないっ」
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
伸ばせ。
伸ばせ。
力を出せ。
「ぁ"っぐ……なんでよ!!」
もっと。
「ぅ"っ…」
もっと。
「…ち"っ、うざったい!!!」
あっ。
あっ。
壁が、壁が、遠のいていく。
まだ、ヒビもできてないのに。
まだ、よじ登れてないのに。
いやだ。
だめだ。
遠のくな。
やめろ。
戻ってこい。
『昇也、壁は追いついてこそだ。追いつけないならまだその時じゃない。その時が来るまで休むんだ』
その父さんの言葉を前に俺は、必死に走り進める足を止め、振り上げていた拳をスッと下げた。
「ーー開門!!!!」
そして、俺の道先を示していた光のような感覚が消え去ると同じくして、意識がプツリと途絶えてしまった。




