#16【炎天無比】<< 手探りの攻防 >>
その場から大きく飛び退き息を飲む。
大破の音で完全に何かを悟った赫糸は、腰を据えたままその場で佇んだ。
パラパラと落ちる木の破片。
ベンチを形作っていた3本の鉄のパイプが、カランカランと重なる様に音を立てて転がり寝入る。
赫糸の視界に映っていないものなのだけれど、明確にそれを赫糸は感じ取っているのだろう。
(通用、しないのか、まさか)
この技はじっちゃんを除いて誰にでも通用する大技だと、思っていた。
すくなくとも、動物達には効果覿面だった。
それはこの甘い匂いによって実体の匂いを嗅ぎ分けられなかったり、本物と同じ質感の幻影を前にしていたからというのは理解している。
(それとも、人間には効きづらい、のか……いや、じっちゃんは言ってた。全然通用する能力だって。才能だって)
じっちゃんの言葉を信じられないほど、じっちゃんは適当なことを言う人間ではなかったし、喜ばせるために嘘を吐くような人間ではなかった。
だからこそ、信じているその言葉。
なら、きっと、これもそうだ。
(なんの、能力なんだ)
幻惑を知覚する能力? そんな限定的な能力があるのだろうか。それに、あいつは一度幻影を攻撃している。
俺を見ながら、だけど。
じゃあつまり、視覚的な判別では……ない。
(直感に近いなにか……?)
考えるほどに頭に熱が絡みつく。
けど、こういう時の対処もちゃんとある。
それは単純明快基礎の基礎。
(後手を演じながら情報を割るだけ!!)
幻惑を解くと同時に走り込みながら掴んだ鉄のパイプ。
芯まで詰まっているかのようなしっかりとした重量感を豪快に振り上げて、赫糸の肩を狙って振り抜き落とす。
その一連の間、呼吸1つと半分。
ガインッと甲高く吠える鉄パイプ。
小刻みな振動が手元に残る。
(攻撃が外れても問題ないっ)
俺が1人と半分ほどあるリーチを保ちながら的確に振り回す。
そんな長物の攻撃に、赫糸は臆せず突っ込んできた。
流石としか言えない勇猛さだ。
だが、考えなしにではない。
長物は、特にこれくらい長いとなるとリーチという点で有利を取れるが、その範囲の内側となると優位性は減衰していき、手元まで近寄られれば無手の時よりも不利になる。
だから赫糸の狙いは正しかった。
だが、正しいからと言ってその対処がないわけじゃない。
持ち手を変えてリーチを変化させる。
棍のように中央をもちかえ、間合いを奪い取りながら攻撃を弾き飛ばし、隙のあった体を突き上げ盤面有利を継戦する。
そうして幾度と繰り返す、接近と離脱の攻防。
一向に攻め入れていないのだけれど、だからこそだろうか。
赫糸の猛進に躊躇いも緩みも諦めも、なにもない。
(怖いって感情死んでるのかよこいつっ)
横に力強く凪ぐ一閃。
赫糸がそれをしゃがんで躱わしたと同時に、即座に打ち込んだ拳。
穿たれた俺の手の首周り。
深く残るような鈍い痛みが走るが、手でギュッと更に握り掴んで鉄パイプから手を離さない。
リーチの優位が取りにくい領域に侵入された事に慌てず冷静に。
何手か攻防を挟んでから身を引きつつ、短くしたリーチを最大リーチへ。
再度整えられた盤面に、絶えず攻め込む赫糸。
そんな苛烈な戦闘スタイルにも適応し始め、臨機応変に打ち込みつつ明確な隙に睨みを効かす俺。
激しく移動を繰り広げる中で雑踏踏みする足捌きに蹴散らされ、バキリバキリと爆ぜる散らばっていた木の破片。
踏まれて音を上げるのは木だけじゃない。
鉄パイプもだ。
赫糸の力強い一歩にガンッと押しつぶされた鉄パイプの先端。
赫糸が転ぶ事はなかったが、そのショッキングピンクの目で地面を一瞥すると、先の潰れた鉄パイプの反対側に足先を当て、クルッと回転させて手に取った。
回転したパイプが生み出す、乱反射する太陽光に目が焼かれる。
(一部でも視界不良なら一旦状態を立て直す)
遠い距離。
地面に足が擦れるほどの低空かつ勢い強く後方に飛ぶ。その中で、瞬きをしながら目に収めた光景。
パイプの中央をダンッと踏み抜いて、地面に叩きつけると同時に真っ二つに折れた鉄パイプ。
そのうちの一本を手に取ると、赫糸は先端をダンダンダンッと乱暴に踏みつけて、歪だけれども鋭利な先の尖った鉄パイプを作り出した。
もはや鉄の槍そのもの。
淀みも無駄もなかった一連の鍛造工程は、2呼吸以内の妙技。
そして好機と攻めくる赫糸の猛撃。
「っ…!」
切先のない俺の攻撃と、それがある赫糸の攻撃とでは危険性も躱わすべき動きも変わってくる。
蜂の巣を描く赫糸が繰り出す突きの連撃。
それを拳のような接地する直前ではなく、腕一歩分早い距離で、側面を狙って、思っている以上に強い力で弾き飛ばす。
そうして必死に突き刺されまいと弾き続け、負けじと長物で殴打を振り翳すのだけれども、それは逆に、赫糸が望んでいる突きを当てやすい状態になってしまっていた。
振りかぶったり回したりする攻撃と、後ろに引いて刺す攻撃とでは、始まりから終わりまでに要する時間に大幅な差が生まれていた。
ビュウビュウと這い回る蛇のように振り回し、棍の全体から鳴り響かせる風切り音色。
その、パイプが描く変幻自在の畝りや、強烈な恐怖心を仰いでくる音すら赫糸凛夏という女はものともせず、龍が舞うように華麗に躱わしながら肉薄してくる。
間合いの駆け引きの激化。
一手想定とズレると一気に崩される、目を閉じることすら許されない連撃演舞。
そして、その時、違えてしまった。
弾くべき箇所を。
「くそ"っ!!」
爪が甘かったわけじゃない。
1分以上もの乱撃の中で蓄積された、赫糸がもつ肉体に関する能力からくる対応のしにくさ。
人間離れした異様な挙動への生半可な対応は、遅れた分の修正を掛ける間も無く大きな隙に変化してしまった。
その隙を、赫糸が逃すはずがない。
すかさず肉薄した赫糸が一閃。
嵐をまとわせながら突き出した俺の心臓を貫いた一撃。
「ちっ…」
それは、俺の幻影だった。
その影に赫糸が踊らされた瞬間に大きく飛び退き、改めて臨戦体制をとる。
そんな赫糸の、見据える先。
「そこに居るんでしょ」と強く語りかけてくる無言の威圧。
それを前に俺の顔は自然と引き攣っていた。
(じっちゃんに居場所を当てられるのとはなにか、全然違う。なにこの心底気持ちの悪い感覚。なんなの、この、俺を見るなと強く思う気持ち。なんらかの能力であってもバレたくないって、そうやって知覚を拒むこの忌避感はなんなの!)
それはきっと、恐怖という感情、なんだろう。
この強い恐怖心を再起させたのは、当て続けられる明確な殺意からなのか。
直感的に自分より強い相手だと認識ているからなのか。
このヒリついた、負ければ本当の殺し合いが始まってしまうという崖を彷彿とさせる状況からなのか。
わからない。
わからないから、混乱する。
混乱したから、集中力がプツンと一瞬だけ途切れた。
瞬間。
予備動作なく放たれた鉄の槍。
豪速で迫る鉄槍は、けれど避けられないほどじゃない。
だから無理なく身体を逸らした。
刹那。
熱波が頬を撫でた。
そしてこの目に収まったのは、俺の横を過ぎ去っていこうとしていた鉄槍を掴みとり、こちらを頭より上から見下ろしている赫糸の姿。
(っ速さの引き出しが多いなぁあ!!!)
それにほんとなんなんだあの動きは。
空中だと言うのに変幻自在に体勢を立て直して、今や投擲をする構え方で俺を捉えている。
肉体に関する能力が歪な動きを可能にしているんだろうが、それにしたって直進に伴う勢いを空中で殺せるものなのか。
静止して見える世界を前に、肌に照りつく熱波と共に思考を巡らせる。
そして1呼吸に全く見たない、瞬きのような時間の後、世界が動き出す。
(…肉体強化3式)
俺の能力は想像した物の力の効果を得る能力。
それをじっちゃんの指導のもと応用、拡大解釈の末体系化し、なんとか見につけた力の造形。
俺の体の強さを安定的に根底から引き上げるこれは、全部で10式。
1式上昇するごとに力が増す。
今のところ他の想像とは併用できないが、森の中で一番鍛え上げた効果であり、常に頼り、使い続けてきた力。
そして使い慣れているからこそ、体も目も早さに追いついていける。
体の使い方も十全に理解している。
この身体を持ってして、どの程度の距離ならば一瞬で移動できるのかもわかりきっている。
放たれた鉄槍。
繋がった、首皮一枚。その隙間。
地面に深々と突き刺さったそれは、赤熱し、蒸気を発し、甲高い音を唸らせていた。
その周囲。
噴水よりも空高く跳ね上がっている瓦礫のカケラ。
それが落下し始めた頃。
超速で回避した俺を追って、赫糸は超加速した。
直線的な加速は、強風を引き連れてやってくる。
(どんな攻撃を仕掛けてくるっ)
可能な限りを予測した上で、今赫糸の判断の元優先されている攻撃の軌道に目を凝らし、さらに無際限に枝分かれする未来を思考する。
(ギリギリのとこで躱わして、小刻みに足捌きをとって避け切る)
そんな算段は。
見事に外れた。
回避は間に合った。
まだ、余裕があった。
けど、俺の隣を過ぎ去ったと思ったのも束の間だった。
赫糸の進行方向へと向ける頭。
翻した身。
その先に、赫糸の姿はなかった。
その代わりと吹き荒れた強烈な熱波。
高速で振り向く先、映った。
赤髪と白い太陽の眩しげなコントラスト。
その背に担ぐ、爆ぜる陽炎。
棚びく線の太い幾重もの焔。
(…これは素じゃ受け止められないやつだ)
それを悟れないほど経験が浅いわけでも、死への恐怖が鈍い訳でもない。
生命が鳴らす、ズドンと重たい大きな警鐘。
赫糸を中心に巻き上がった灼熱。
音の波が生まれない程の、間もない瞬間。
それは、ついに動いてしまった。
スパンッと強烈な破裂する音が耳に届くよりも早く、その焔を纏った拳は俺の腹を突き刺した。
腹を食い破らんとする鈍重鉄塊の爆炎闘拳。
この身を貫ぬく衝撃波。
チカチカと激しく点滅する景色。
全身を襲う、強く酷い体の軋み。
制御できない勢いのまま、俺は仮想戦闘施設の手前にある宿泊施設へ激突した。




