#3【救急搬送】
遠ざかっていく赤髪の女。
出会った時点で感じていたが、強者の風格がある。
その背からだけでも伝わってくる、強そうだと言う本能的感覚。
そしてその背はみるからに体幹がしっかりしていて綺麗だ。
もしかしたら、学園で敵になるかもしれない相手。
(一瞥するだけでわかる強そうなやつだったり、優しさを持ち合わせない性格の捻れたやつが学園にはうじゃうじゃいるのかな)
全く、じっちゃんも変なとこに送り込んでくれたもんだ。
(ほんとに、まったく…)
けどね、そんなことを思う暇はないんですよね。
「ああもう俺のせいですみませんすみませんすみすみますみません!!!!!」
「キュウキュウキュウキュウ、キュウキュウロボが右折します」
何処か聞きなじみのある救急車の音。
それを鳴らしながらどんどん近づいて来る車輪の音と機械の音声。
それはあっという間に俺の前に到着すると首を360度回転させ始めた。
液晶に映る絵文字のような棒線で模られた顔と目が合う。
「ど、どうも」
「キュウキュウキュウキュウ」
ロボットは患者を見つけると車輪を体内に格納させ、次の瞬間には鉄の足をギュンっと生えさせた。
足の骨となっている、膨らんだり萎んだりしているポンプなようなもの。そこにいくつもの細いチューブが綺麗に絡み合っていた。
足が生えたかと思えば車のように横に広かったロボットは縦にも大きくなっていた。
それこそ人型のような形状だ。
「え、すご」
そして繰り広げられるトストスと軽やかな足運び。
重量感の感じないロボット。
高さは俺よりも高い。
俺が十分に首をあげる必要があるくらいには高い。
ある程度近い距離からなら太陽が隠れるくらいには高い。
「……容体確認…。異状なし。簡易病棟に搬送します」
そんな声が聞こえると次はお腹の部分が開き、ばふんっと、毛布がはじける音とともに車輪付きの担架が飛び出してきた。
サイズは全体的にゆとりがある感じだ。
「て、手伝いましょうか」
機械だから伝わるかわかんない、けど俺のせいだから俺も何とかしたい。
そんな思いでかけた言葉。
ロボットは一瞬の硬直の末。
「ではこの担架に乗せてください」
「は、はい!!」
手伝っていいみたいだ。
よし、頑張ろう。
昔、滝の麓で俺は力なく空を見上げていた。
『あ、ぁ……』
せせら騒ぐ滝水の豪快な唸り声。
でも時間が過ぎるほどに、その音は段々と聞こえなくなっていく。
そういや痛みも感じなくなっていて、体が冷えていく感覚すらわからなくなっていった経験をしたあの日。
じっちゃんはそんな瀕死の俺を助けてくれた。
『ぅ……ぅ…』
『ぉー痛いか。ならこれはどうだ』
痛みは、ないんだ。
でも苦しさが酷くて、だからただひたすらにうめき声を上げていた。
うすらボケた視界に映るのは、悪路そのもの。
木々や草に埋もれながら突き進んで行った道のり。
その最中だというのにじっちゃんは俺の持ち運び方を雑に変えていった。
風車の持ち方された時。
不安定な運ばれ方。
そう言う場合、普通担ぐ人の首に手を回す必要があったのだが、感覚もなくて動かないから無理なわけで、俺はそのままじっちゃんの手からずり落ちて地面に身体を強打した。
肩に両足を乗せた、それこそ稲を担ぐような持ち方をされた時。
臓物も骨も地面へと引っ張られていく感覚、とても息の詰まる苦しさ。
加えてじっちゃんの身長が高く、当時の俺の身長が低いこともあってケツが後頭部にあたってた。
なんか、木みたいに硬かった……。
その他にも色々。
色々と試行錯誤された思い出。
そしてある時から俺は記憶を失った。
多分、体が死を受けいけ入れる本当に一歩手前だったんだろう。
まぁなんにしても、持ち方一つで苦しみの感じ方が変わることを俺は身をもって知っていた。
だから、なるべく苦しさを感じられ無い持ち方も心得ている。
頭の持ち方、体重を受け止めるような抱き抱え方、膝裏ではなくお尻に近いところでかかえるもちかた。その他色々と調整しながら担架にそっと、か弱い体を乗せ置き切る。
「ご協力感謝します。ご同行しますか」
「あ、はい! お願いします!」
「では乗ってください」
途端、ロボットの体が変形し、瞬く間に担架の空間が増設され、なにより人型から車型へと変化していた。
「おぉ…」
「急いでください」
「ぁっ、す、はい」
急いで乗り込む寝台の隣にある掘り炬燵のように足を突っ込む形の座席。
お尻の下にあるクッションはとても柔らかい。
すぐそばにあるシートベルトの装着を促され、急いで装着する。
「シートベルト確認。忘れ物はありませんか?」
「…えぇっと……はい!」
「では、バブルシートを展開します」
そうしてすぐ、道路を走る車の音や雑踏がヤケに聞こえにくくなった。
天井をよくみると、ところどころ虹色に反射している時がある。
(これがバブルシートというものなのかな。どんな感触なんだろ……)
そう思い指を伸ばそうと思ったが余計なことはやめておこうと膝の上に手をパンっと叩きおく。
「発進します」
鳴り響く救急のサイレン。
動き出したロボットの速度は結構早い。
それもあってかものの3分で目的地に着いたらしい。
「降りてください」
「はい」
その案内が聞こえた頃には周囲の音の閉鎖感や、時折見えていた虹色の反射はなくなっていた。
それから病棟へと入ってすぐエレベーターに乗り、3階へ移動したところにあったベッドに男の子を移したところでロボットはどこかへ行ってしまった。
俺は少しあたふたしつつも、近くにあった看護用の椅子をひっぱって着座する。
「はぁ」
見上げる先、壁掛け時計がある。時刻は8時36分。
今日は入学式の日。
晴れ舞台。
入学式が始まるのは10時からだけど、段取りとかあるから8時30分に集合だった。
(やっちまったなぁ)
背を曲げ膝に肘を立て、頬杖をする。
どうしたものかと考えるが、結局俺にとってこの人に謝るのが最優先。
ほっていくのは絶対したくない。
まぁ、それにそもそも学園への行き道全然わかんないし。
というかこの人、服装的に学園生だ。
多分学園への行き方も知っているはず。起きてもらったら一緒に登校すればいい。
うん。棚から牡丹餅というやつだ。何も焦る必要はない。むしろこれは幸運だ。
「……ぁ…」
運ばれた人の容体は深刻ではないらしい。
だから心配するほどでは無い。
ただ、ここからの時間どう時間をつぶそうか。
「あ……君は…」
そう考えていた矢先。
かけられていた白い布団をまくりながらその人は起き上がった。