#15【炎天無比】<< 能力の行使 >>
俺が持つ能力は1つだけだが、効果は明確に3つにわけられる。
(…押し込まれた、太くて強いバネ)
そのうちの一つ。
想像できうる範囲の力を再現した身体能力を付与する能力。
あくまで類似的な効果を身体から放つのであって、体がそれに変質する訳ではない。
バネになれと思ったからと言って、脚だ体だ首だかがビヨンビヨン揺れる動く事になる訳ではない。
刹那、パンっと張り上がる太もも。
圧縮し、凝集されていく筋肉繊維。
身体の中でミチミチと音を立てて束になり、連なりあう幾つもの細い筋肉の筋達。
太く、強靭な一本へと変貌するそれらが織りなす筋肉の様相は、分厚く、鈍重。
ブレーキを失った脈が送り出す、今にも沸騰しそうなまでの熱を帯びた血液。
緩急が一切ない、街中の雑踏のように永遠と音を立て続ける心臓の音。
口の中に熱気が舞い込んでくる。
そんな、呼吸を少しも挟めない時間で変化した、熱量を多分に含んだ太い俺の脚部。
その様相。
亀裂から破壊へと移り変わった花壇の外壁。
俺の一変した様相含めて目視した赫糸が俺から手を離そうとするが、その離した腕すらバシッと握り掴み。
それは、放たれる。
「っ"ぁ"っ…」
爆ぜた石道。
キュッという空気の足りない小さな喉の音。
赫糸の口から零れ落ちた多量の空気。
空中にその音色が漂う頃には、局所的な台風が唸りを上げて駆け走っていた。
瞬く間に景色を変えた視点。
噴水は見えるがとても遠い場所。
戦闘施設の広場よりも前にある、大道路。
敷き詰められた石の道に背中から打ち付けられた赫糸を襲う衝撃は、その体躯を大きく跳ね上がらせていた。
(このまま畳み掛ける)
唸り舞い踊る髪の毛と、制御を失っている赫糸の四肢。
ぐでっと伸びた腕に手をかける。
ーー次の瞬間。
制御不能なんて知らないといった自由な体使い。
グリンっと力強く、空中で高速で捻られた身体。
掴み返された俺の腕。
赫糸の腕は、さっきの柔肌残る肉感のあった様子とは様相を画して変化していた。
(……間違いなく能力だな…)
ギュッと絞り切られた筋肉質な細い腕。
血管が皮膚に張り付いていると表現した方がいいのだろう、幾重もの青筋が駆けている。
それを認識してすぐだった。
俺は地面へ叩きつけられていた。
少し呆気に取られてしまっていた。
ただ、それだけだ。
対応できない動きではなかった。
そこから繰り広げる、掴み掴まれ、投げ投げられ。殴り殴られ、蹴り蹴られ。
呼吸する間もなく駆け引きを連ね続けさせられる、文字通り休む暇なんて微塵とない攻防。
服を引っ張る、脚を引っ張る。
無数と浴びる搦手に、ついに体勢を崩した俺の顔面へ蹴りを入れてくる赫糸。
それを受け流し、唸り声を轟かせながら撃ち放つ俺の拳。
轟々音々が響きわたる、平行線的攻防。
体力が、夏の鉄棒に乗せられた氷のように溶かされていく。
(この戦いにおける勝利条件は身体の欠損っ、それか降参っ)
できるなら、降参する方向性にもっていきたい。
そのためには、降参せざるを得ない状態を強制させる必要がある。
つまり、赫糸の「四肢全て」に重大な負傷を負わせなければならないという事。
それを狙って攻撃をするのだけれども、妙に有利が掴みにくくなっていく赫糸の戦い方に俺は翻弄されていた。
(このままじゃ拉致が開かないっ)
小さな挙動で大きく飛び退く、その中で見渡す景色。
ぐるーっと見渡して、そして近くにあった鉄製のゴミ箱の元へと走り、手に取って。
ーー投げつける。
稲妻の如き勢いで赫糸へと飛来する鉄の塊。
それをダンッと、蚊を払うかのように容易く跳ね除ける赫糸。
衝撃により深く凹んだ、丸かった鉄の胴体。
地面と衝突すると同時に外れたフタの部分。
ゴロッとゴミの山がこぼれ落ちる頃には、俺はベンチを一呼吸で集め切り、縦横無尽に赫糸へ投げつけていた。
赫糸の視界を多い尽くすベンチの壁。
それをなんなくと蹴散らしていく赫糸を見て、ベンチの両端をギュッと握り持ち、構える。
俺はここで一つ、赫糸凛夏という女に期待をしていた。
あの獰猛で、勇猛果敢。
猪突猛進的で恐れ知らずに攻め入るあの有志。
ならば。
(このベンチの雨の中、飛び込んできてくれるんじゃないかって思ってたんだよね!!)
上がった口角。
ベンチの隙間越しに虎視眈々と据えていたのであろう、鋭い焦点。
煌めくショッキングピンクの眼光。
飛来するベンチの合間を残像で縫い合わせながら肉薄した赫糸。
そこに広がる強烈な匂い。
一体に漂っている甘い香り。
その異変を感じ取りつつも、迷いなく抉り取る勢いで蹴り抜いた脚先は、驚嘆する俺の顔面に激突した。
ーーしかし。
捉えたはずなのに手応えなく大きく空振った赫糸。
足に貫かれた俺は平然と立っていた。
それは俺の能力による物だった。
俺の能力の2つ目の効果。
幻惑。
元々は範囲が狭く、質の悪い虚像を作ることしかできなかった。けれど10年の鍛錬を積んで築き上げた質の高さは実体と同等。
影も、造形も、それこそこの仮想空間と同じ精度で相手に見せつけることができる。
そしてまだ、じっちゃんは高みを目指せるといっていた。限界はまだ先にある。
そんな完璧に近い偽物の世界を見せているというのに。
赫糸はこちらを覗き込んでいた。
そこに俺は投影していない。
そのつもりだ。
そのはずだ。
幻惑をかけるとなった時、必ず脳内で物や景色、影、世界の全てを設計する事から始まる。
つまりは全てを想定し、確認した上での投影。
描いていない物が存在するはずがない。
それが揺らぐはずが、ない。
相手から見て透明人間になっているはずの、赫糸を待ち構えていた俺が振り下ろしたベンチは、何かを頼りに虚空を蹴り上げた赫糸によって大破した。
地面に叩きつけられ、弾け、全ての残骸が空へと舞い上がる。
それを前に、強く。
「っ……」
歯噛みする。




