#14【炎天無比】<< 攻守両刀 >>
俺が基礎として固めてきたじっちゃんの教え。
それは、徹底された後手からの攻め。
言うなれば、反撃を主体とした戦闘スタイル。
初動ではあまり動かず、可能な限り相手から攻撃を行わせる。
自身は攻撃を一切せず、守りにのみ転じる。
そうする事で、華園昇也の戦い方という情報を与えない状況を作り上げる。
どの戦いにおいても情報というのは不可欠であり、欠いた方から不利になっていく。
相手が狡猾ではない動物であっても、特性や性質を何も知らないならば、無闇矢鱈に突っ込む事は無謀そのもの。
それも、相手が人間になったというのなら、より高度な情報戦を肉体戦闘の真上で繰り広げなければならない。
そして、この情報戦の中で最上位といっても過言ではない事項に「相手の癖」を理解する項目がある。
これは要するに、相手の基本的な動きの基盤となっている物を理解して、回避や抑えなどの精度を高めていく為のものである。
癖というものは一朝一夕では変えられない、普遍に近しい明確な弱点である、とじっちゃんが教えてくれた。
だからこそ、早期段階での理解努力が俺に身についている。
また、相手の癖というものを理解する上で肉体だけに刻んではいけないという教えもある。
刻むなら、肉体と目と耳、全てを余念なく使えという教えだ。
どれかが欠けた時点で情報の集積速度も精度もガクッと落ちてしまう。
そしてだからこそ、常に全体に意識を張り巡らさせていないといけない。
赫糸の拳を避けながら自身の身体を赫糸の元へとねじ込み、作り出した、ほぼ密着した状態。
身体を捻り込むと同時に引き込んだ左腕。
力み、充填される満ち満ちていく威力。
「ぅ"ぐっ…」
振り抜いた左拳。
打ち付けた腹ど真ん中。
貫通する強い衝撃に、赫糸は少し身体を曲げた。
転じた攻め。
攻めもまた、重要な情報収集。
肌感で掴んだ動きに経験と試行実績を持たせ、より精度の高い情報へと昇華させる。
赫糸に攻撃を当てると同刻。
振り込む、俺の右腕。
それはしかし、赫糸の小さくも大きな後方へのステップで避けられてしまう。
その影を追いかけ、だけれど後手に回る動きを意識して戦う。
後手に回る動きというものはそう簡単ではない。
後手でいる、という事は相手に戦いの主導権を握らせ続けるという事。その上で反撃を狙うには、相手の攻撃の中にある明確な隙をつく必要がある。
しかし、主導権がある以上戦闘における将来像の構築が早いのは相手であり、その構築が上手い相手ほど自身の隙を上手く扱ってくる。
さきの赫糸の連撃からその上手さは伺えた。
と、なれば後手に回る俺に必要になってくることは、如何に自分にとって好ましい攻撃を誘発できるか、になる。
また、それを誘発させる一環での攻撃で反撃をくらわないのは重要事項だ。
戦闘において、自身が握る流れやリズムというのは、自身が好ましいと思える盤面を作り上げるのに不可欠な要素。
反撃をされてしまえばそれが断たれてしまう。
再度それらを掴み直すまでは、意識的にする後手ではなく、本当の意味での後手の中で戦いが強いられる事になる。
それは明確な不利な要素であり、だからこそ避けなければならない重要事項な訳だ。
有利な後手の構築。
熟慮の上、適切な攻撃箇所を思考して試運する。
攻められた分の距離を取り戻すように、噴水の円形を辿りながら押し返す欧撃の嵐波。
その中で築きあがり始めた知見。
赫糸凛夏という人間は、存外丁寧な人間なのかも知れないという人間像。
そう思わされる程に、ずっと落ち着いた攻防だった。
冷静に見極めているのだろう。
さっきまでよく当たっていた拳が躱され始めている。
冷静さがあるという評価を担保するのは、グゥーッと強く伸ばした隙のある攻撃にすら食いつかない姿勢。
貪欲ではなく、確実に攻めを奪いにきている動き。
普段の素行から、激情的で、荒々しい戦い方をするのかと思っていたのだが……意外だ。
だからこそ単調とは言えない戦闘。
簡単ではない、一筋縄では行かない相手。
赫糸自身が強いと自負するだけあって、その自負を下支えしているものがしっかりしていた。
拳を幾度と捻り出して。
落ち着いた動きで躱わされて。
拳を激しく振るわれて。
最低限の動きで避け弾き、躱わして。
その躱わした体に畳み掛けるように捻り出された、さっきまでの速度とは比べ物にならない速さをまとう強烈な一撃。
それをスパンと手の甲で思いっきり弾き、赫糸の胴元に入り込む。
その時。
動いた赫糸。
ついにきた、この戦いで初めて見る脚技。
膝打ち。
胴元へと入り込む勢いと、身体にかかる推進力。
前のめりになる体に向けられる、赫糸の右太ももと膝の皿。
身長の低い俺と、俺より身長の高い赫糸。
それが、膝が着弾するまでの速度を、同じ身長の相手を想定した場合よりも明確に早いものにしていた。
だが、予測し得なかった行動じゃない。
素早く踏ん張りを効かせ後方へスウェーする。
その動きを目で追った赫糸は左脚で強く地面を弾き、飛び出でた。
来飛肉薄の飛び膝蹴り。
力強い跳躍は更なる加速を生み出している。
しかし、蹴り技において地面と接地していない体勢のものは総じてあまり強くない。
何故なら、踏ん張りが効かない上に。
「ぁ"ぅっ"…」
そこに自由がないからだ。
瞬時に体を動かし、跳躍の軸となっていた左脚を肩に乗せて力一杯地面に叩き放つ。
同時にその場を離脱する。
相手だって反撃を行わないわけじゃない。
特にこうした明確な反撃を受けた時に攻撃を仕掛けてこないとは言えない。
基本俺が攻めるのは後手を取れている状態の時。
深追いは控えている。
赫糸は打ち付けられながらも離れていく俺に焦点を合わせたまま受身をとり、地面に叩きつけた手を軸に回転しながら起き上がる。
そうしてお互い静止して、見つめ合う。
恐らくこの場において、赫糸も油断や侮りを思考に挟んでいないだろう。
ショッキングピンクの真剣な眼差しと、小刻みに動かす手指。強烈な威圧感が俺の体に滲みこんでくる。
一歩。
俺から踏み出したその一歩。
それを鬼の首を取りに来た桃太郎の如き勇ましさで追いかけてくる赫糸。
けれど、その俺の一歩は誘い込むための一歩だ。
すぐさま後方に飛び、赫糸が構築していた攻撃までの流れ、そのリズムにノイズを差し込む。
赫糸もこれを想定していない訳ではないのだろう。
しかし1人の人間が1回の行動で取れる選択は一つだけ。
算段をつけて飛び込んできた以上、その勢いは取捨選択した時点での行動範囲以上にはなり得ない。
つまり、次の手に移行する時に何かしらの溜めや静止が生じる。
それが大きいか小さいかは次の手次第。
そして、次に選択した赫糸の行動は。
更なる加速。
ダンッと踏みつけられた地面。
抉れ、吹き飛ぶ石礫。
土を踏み抜いたそのひと踏みで体にかかっていた前進する勢いを完全に殺し、脚を曲げていく。
傾く身体。
直線的にかち合う瞳孔。
距離にして大人の大股5歩分。
弾け飛んだ石はまだ地面につかない。
目に見える世界の中では、まだゆっくりと落下している。
そこに肉薄する。
俺の身体。
赫糸の元へと力強く飛び込んで、切迫させた衝突寸前の距離。下から振り込む、赫糸の顔面に溺れやんとする俺の拳。
それが強烈を持ってして顔面を穿つ。
そう、思った次の瞬間。
振り抜いた俺の腕を赫糸は掴んだ。
刹那、真上へ跳んだ。
重力と風圧に炙られながら登り行く高さは悠に噴水2つの高さを超えている。
高まった高度。
花壇より外側の景色がよく見えたと同時に一転する景色。
「っ"ぬぁ"ぁあああ!!!!」
急速落下する身体。
一弾指の間もない速度。
けれど対応できない速さではない。
衝突と同時に素早く受け身を取り、バシュッと姿勢を低めに滑るように回避しながら相手との位置を確認する。
その時にはもう、赫糸が目の前にいた。
「っ!?」
息を、呑んだ。
それと同じくして、理解した。
戦う事に迷いがあった時。
あの時に振るわれた拳。
あれは、俺のことを割と真面目に殺そうとしていたものだったのだと。
でも、そんな経験があったからわかる。
肉体的にだけだが刻まれているこの速度。
振り込まれた空気を爆ぜさせた赫糸の一撃。
それを皮切りに浴びせられる、格段と勢いと力強さが増した拳の乱舞。
時折り織り交ぜられる、変則的な速度の脚からの攻撃。
視覚的に上下の激しい相手。
目の前を見ておけばいいなんて相手ではない。
それに、異変がある。
さっきまで動きに繋がりがあったのに、段々と肉体的にみても強引な動きになり始めている。
ムキになり始めたのか。
そう思ったが、目を凝らしてみれば違った。
明らかに増している肉体のキレ。
展開図を組み立てるかのような、考え込まれた動き。
冷静に状況を見ているショッキングピンクの瞳。
変則的で、けれど安定している力強い攻撃。
間違いなく明らかな赫糸の手札の一つ。
本領の一部分だった。
(それにしてもこいつ、すっごい掴み技を狙いにくるじゃん)
それもこれも俺が赫糸を投げ捨ててから起きている流れ。
腕や肩、脚、衣服すらも掴まれないように攻撃を弾いたりしているのだが、諦めずに赫糸は手を伸ばしてくる。
実際は冷静じゃないのか。
ただ執念深いだけか。
分からない。
普段の素行のせいで判別がつかない。
フェイントに上乗せされたフェイント。
そこからくる、可動域が人間的ではない、鞭をしならせているかのような強い攻撃。
腰が壊れてもおかしくない動きを平然と繰り返す赫糸に翻弄されていれば、そんな戸惑いの隙を狙って掴みかかってくる。
(一旦大きく距離をとろう)
そう思い飛び退くが、その勢い以上の速さで飛び込んできた赫糸。
その果敢に攻める姿は獰猛そのものだった。
そして。
俺はついに掴まれてしまった。
さっきは上に跳び上がって投げ捨てられた。
だが、今は違う。
「っ"ぐっ、ぁ"がっ"…」
幾度となく反転と移動を繰り返す、色が混ざり合って映る世界。
全身くまなくと襲いくる衝撃。
乱暴に地面へ打ち続けられる身体。
恨みを晴らすが如く余念なく、執拗に叩きつけられ、花壇の壁にも噴水にも叩きつけられ、一帯が破壊されていく中でも一向に赫糸は掴んで離さない。
むしろ勢いが増している。
そして再び壁へ打ち付けられようとした時、俺は両足を着地させた。
(これ以上は赫糸の自由にさせるべきじゃない)
バキッと亀裂が爆ぜた、花壇の壁面。
(ここからは情報の緻密さは取らない。肉体戦だ)
同時に、強烈な甘い香りが俺を中心に吹き荒れた。




