#13【炎天無比】<< 動き出した戦い >>
合図が響き渡ると同時に、全方向に神経を尖らせて息を呑む。
(能力での記憶、解放)
途端広がる視野角と世界の解放感。
目に映る全ての情報が永遠に近い物量で脳内に流れ込む。
ギューっと脳みそが収縮し、続いてグワーっと膨張するような普通では感じられない感覚。
膨大な熱を噴出するが、平時とは違う脳みそ の状態が気絶を招く事はなかった。
むしろどんどんと鮮明になっていく頭の中。
常に情報が整理、圧縮されて空いていく、情報を収める空間域。
「………」
前回は先手必勝の勢いで飛び込んできた赫糸。
あの時の目にも止まらなかった速さは俺が呆けていたからなのか、赫糸の力からなのか。
それを確かめるにも下手に動かない。
何より、俺にはじっちゃんの教えがある。
『世の中には先手必勝という戦い方がある。戦いにおける一手目に、自身が持てる全てを出し切り畳み掛ける戦い方だ。しかし、あれは双方にリスクのある戦い方。相手の情報がない時に無闇矢鱈に使っていいものではない。だから、今から俺が教えていくのは汎用的な戦い方だ』
動きのない場面に痺れを切らした様子の赫糸が、噴水を中心に大きく弧を描きながら走り来る。
空気を唸らせる振りの大きい腕と、耳にしっかり届いてくるほどの力強い足音。
その速さは確かなもので、認識して呼吸を一回挟んだ頃にはもう目前だった。
けれど、あの急に現れるほどの速さではなかった。
予想するにあくまであれは俺が集中していなかったからであって、赫糸本来の力ではない。
と言うわけではないだろう。
目に映る赫糸の筋肉や表情はまだ緩い。
本気を出していないだけの可能性が十分にある。
いや、むしろそれを前提に据えて動きを見ていく必要がある。
差し迫った赫糸。
瞬時に振り上げた拳は、はたして本当に上から来るのか、それとも下から来るのか横に振り抜かれるのか。
注視する中で小さく上下した赫糸の体。
もう人一人分しかない距離。
歩幅は走り来た時よりも狭い。
腕を振るのはいつだ。
まだ拳は振り抜かれていない。
呼吸を吸い込み切る時間に満たない時間。
そこに挟まれた、タタっという軽快で小さなステップ。それを起点にスンっと消えたと勘違いしてしまうほどの、深いしゃがみ込み。
刹那、背面を取るように赫糸がスライドした。
(拳。右横、斜め下。骨盤側面か脇腹)
振り抜かれる拳の軌道予測。
働いた思考のままに軽く体を反らせ、赫糸を見下す。
赫糸の目線から思うに、想定通り。
となれば、この躱わされた攻撃の姿勢をすぐに整えてからもう一回来る。
その予想は的中。
高速で組み交わされる足捌き。
小さな挙動から発生する大きくも機敏な動き。
交わる瞳孔。
ショッキングピンクの目は、酷く冷静に俺を見つめている。
先手を選び攻撃を仕掛けたことを皮切りに、速度と手数を上げて赫糸は拳を突きつけてきた。
その動きは巧みで、まるで下流の川の流れのように淀みがなく、攻撃後の体勢や、体の反動を上手く使って次の攻撃を捻り出してきている。
無駄が限りなく削がれた、無理のない動き。
乱打の風圧を頬に浴びつつ、噴水を回るように下がりながら全てを弾くか躱わす。
(……大体わかってきた)
赫糸が攻めに転じて20秒も経っていないが、大枠は頭に入り込んだ。細やかな修正は随時していこう。
(ここからは攻守両刀だ)




