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(旧:幻惑のアレース)10年間森の中でじっちゃんに稽古をつけられたあと、友達を作ってこいと能力者の学園に入学させられた  作者: MRプロジェクト
<< 1章 2節 >>【炎天無比】

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#12【勝利条件の変更】

俺の眉間を完璧に捉えた赫糸の拳。

視界満帆に広がったその巨影。


闇が一瞬を支配したのも束の間。


瞬く間に目を覆いつくしたのは空の光だった。


「………」


音が聞こえなくなった世界を浮遊する体。

じっくり見える、雲が棚びく空の光景。


三原色に激しく点滅する視界。


そこに覆い被さってくる煌めく太陽。

思わず目を細めて歯を噛み合わせる。


(いつ、地面につくんだろ)


そんなことを考えていたら、いつの間にか景色が急加速していた。


それに気づくと同時に走る、後頭部への強い衝撃。


グワんと持ち上がった頭と、もう一度地面に打ち付けられる体。


その強い勢いはとどまることを知らず、勢いにされるがままに地面を転げる俺は、大きな花壇の足元にあるベンチに体を打ち付けていた。


(痛いな……ほんとうに)


能力の効果を身につけていない俺の体はそこまで強くはない。


遅れてやってくる鈍痛。


ギューっと眉間に皺が寄る。

が、その眉間あたりがひどく痛いから変に顔をくしゃっと出来ない。


痛みへの反応がまともにできないことに暫しの苛立ちを覚えながら壁に手をそわす。


そうして体を起こして立ちあがろうと顔を上げると、そこには赫糸が立っていた。


その目は冷たく、苛立ちを露わにしている。


「やる気なさそうね」


そんな言葉。


けれどそれは初めからわかってた事だろ。


「あぁ、ないよ。だからもう、やめよう。俺、無理だ、殺すのなんて」

「学園にいる以上どうせ7月になったらやるんだから今更よ。先行体験程度の話。…それにここは仮想世界。人を殺すことを目的とされている世界だから罪にも問われない。変な道徳心だとか倫理観は意味ないわよ」


そう、ペラペラペラペラ語ってくれる高尚な赫糸さん。


自分勝手な理由で人を連れてきた挙句、自分勝手な見解だけを述べるだけ。人の気持ちを考慮せず、配慮もない。他ではなく、ただただ己を中心に世界を見渡しているその根性。


非常に腹立たしい。


人の気持ちも知らないで さっさとしろ と催促してくるあの傲慢さが、すっごい、ムカついて、ムカついて、仕方ない。


腕に力がやたらとこもる。

ワナワナと芯から震えるこの気持ちはなんだろう。

頭に、血が昇ってきている。

鼻血が出そうなのだろうか。


そんな予想とは裏腹に、顔面の鈍痛なんて忘れているかの如く強く歪んでいく顔の内側。


俺はそこで、気がついた。


「お前……いい加減しろよ…」

「は? なに?」

「ふざけるのも大概にしろっつてんだよ!!!」


バッ! と勢いよく伸びた手は、赫糸の服の首元がグチャグチャになる力で掴んでいた。

そのまま力一杯に引き摺り込むと、赫糸が少し驚いた目をしていることに気がついた。


その目に返すのは恐らく、鋭く尖ってしまっている俺の目だ。


10センチ程度ある身長差。

それを覆すように合わせ合う顔。


「勝手に殺しあいをする事を決められて! 無理やりここに来させられた挙句!! 気持ちの整理の付かないままする殺しと、7月までに覚悟を決めてする殺しとじゃっ、訳がちげぇ"えだろ!!!!!!」


飛び出る怒声。

初めて出した声色に、俺は内心びっくりしていた。


荒い息。


それを前に赫糸はただ淡々と口にする。


「…たかがゲームの世界の話よ。データを壊すだけの話になんでそんなに怯えられるの」

「これが現実とかけ離れた世界なら別にいい! けど! 触り心地も! 痛みも! 本物じゃんかこれ!! ……俺にとっちゃ…変わらないんだよ、本物の殺しと……」


俺は知っている。

本物の殺しを。


そして本物の忌避感を、俺は知っている。


だからこそわかる。


この、現実とどこまでも近い世界での殺しは、現実での殺しとなんら変わらないんだってことを。


赫糸は多分、それを知らない。

理解できていない。

だから口軽くゲームだとほざける。


ゲームなら殺してもいい、という理論はあくまでそこに犯される命がないからだ。

倒す、殺すといった事を前提にしているコンピュータゲームとなんら変わらないという認識。


もっといえば、それらは偽りの殺しだから怖くないんだ。


そんな現実じゃないっていうバイアスが、仮想上とは言え、酷く似つかわしいこの世界であっても認知を歪ませているんだ。


そう考えれば、恐らくこいつとの意見は、少なくとも今日は、相容れないんだろう。



でも。



「価値観を、すり合わせようよ。俺は…いやなんだ。殺しは。どうしても。…ほ、ほら、お、お前だって嫌いな食べ物を食べたくないのに食べさせられるのは嫌だろ?」

「嫌いな食べ物なんてないわ。好き嫌いなんて贅沢舌のすること」

「っ……。あ、じゃあこうしよ! ゲーム終了条件を死ぬまでじゃなくて降参するまでって事にーー」

「ーー無理。それじゃあ本気になれないじゃないお互いに。それは私が求めてるものとは違う。私は今、体を鈍らせない為にも殺しをしたいの、本気で」


そうマジマジと見つめ返してくる真っ赤な瞳。


「イカれてる……ほんとに」


固い意思を前に幾ら気持ちをぶつけても、それが変わる事はない。それを察したら、自然と体から力が抜けていった。


赫糸の首元から手を離すと、赫糸はパンパンと服を叩いてシワを伸ばした。


(どう、したら…)


殺したくないという思いと、殺されたくないという思い。

痛めつけてしまうという恐怖と、痛めつけられてしまうという恐怖。


けれど、それをしなきゃこの戦いを終える事はできないという地獄さながらの板挟み。


抜け出すことのできない暗闇は、まるであの日の森とそっくりだった。



壊れてしまいそうだった。



だけど、そうだ。

今は、助けを求められる相手がいる。


「黒江さん! 黒江さん!! ゲーム設定の変更! 変更! できませんか!!!」

「は? ちょ、あんた!」


空に向かって掛け合った大きな声。

赫糸の仲裁なんてものともせず、口を大にして何度も叫ぶと返答がきた。


【大丈夫ですよ、少しお時間いただきますが】


その言葉を聞いて、俺の膨れ上がっていた余裕のない心は空気を吐き出し始めた。


「余計なことしないで! あんた痛覚レベルを変更して後悔させるわよ!」

「うるっさい!!! 変えてください! 俺!! 無理です!!」


懇願。

慈悲を求む、心の底からの思い。


頼み込む俺の声に、黒江さんは返答する。


「今朝!!!!!」


直前。


赫糸から張り上げた、喉が無くなってしまいそうなほどに大きな声。


「今朝、勝敗次第で命令するって言ったわよね」

「……ああ」

「その内容今決めたわ」


赫糸は不敵な笑みを浮かべて言った。


「負けたら、学園を退学してもらうわ」


と。


「……は?」

「能力者は学園を卒業しないと苦労するらしいから」

「…お、お前…おまえ、頭イカれてる。それ、同じ事言われるとも思わないのかよ」

「というかそのつもりよ。覚悟はある。それに私、強いし」


余裕綽々と言った雰囲気を放っている一方で、俺はただ呆気に取られるまま、見つめるしかない。


「殺す気出てきた?」


赫糸はそんな事を言ってきた。


(お前は俺を本気にさせるためだけにそんなことまで出来るのかよ…。イカれてる……)


そんな、イカれた人間が言ってきた敗北条件。

内容も恐ろしくイカれている。

でもこんなおかしな話、口約束でどうにかできる話じゃないはずだ。


「流石に口約束でそこまでできないよ」

「させるわ。実力行使するだけだから」


陽炎が、一瞬目の前を差した。


目の血管が見えてくる程に見つめ合う瞳。

そこに映る赫糸の意思は本気そのものだった。


あまりにも、本気でそうするつもりに見えるから、俺は狼狽えた。狼狽えて、助けを求めた。


「そんな横暴あっちゃならないだろ! く、黒江さん! そんなことできないですよね!!!」


学園とは書類などでつながった関係性。

とは言え、一生徒の簡単な意向だけで退学手続きが通るはずがない。通らないで欲しい。


そんな願いに縋る思いで語りかけた先にいる黒江さんは、はっきりと、言った。


【はい、出来ません。脅し等によって退学してしまうということがないように、能力による意向の真偽鑑定、本人との面談】


ーーそのほか諸々やります。


【ハンコや書いてもらう手続きも多いです。また、退学後の援助や仕事の斡旋も学園の仕事の一つです。ただ、退学時点での成績によって推薦できる仕事が変わってくるため、学園としても、特段成績不良ではない華園くんを簡単に退学にはさせられません】


そうして告げられた事細かで、間違いのない、学園のルールを徹底踏襲した反論に赫糸は舌打ちをした。


「…おい、おいほらみろ! ほらみろ!! 無理じゃんか! っ……殴んなよ、本気で怒るぞ」

「怒ればいいじゃない、返り討ちにしてあげるわ」


かなり不機嫌で、だから多分に含まれているドスの効いた低い声。

本気でこいつを殺したい、そう思い始めている顔を赫糸は浮かべていた。


そんな赫糸と俺との対峙。


話し合っている最中だが戦闘は現状始まってしまっている。明確に中断を言い渡されたわけじゃない。


だからどこから攻撃が飛んできてもおかしくない。

それを加味して睨みを解かず見つめ合う。


意見すら交わし合わないこう着状態。


それを見ていた黒江さんは言った。


【双方納得いってないご様子なので、僕から一つ提案させてください】


と。


【まず、一旦ゲーム終了条件を降参、および身体の欠損に変更します】


そう言った瞬間「いやよ!」と強く拒絶反応を示した赫糸だったが、その声に返されたのは宥めるような優しい声。


【最後まで聞いてください、赫糸さん。まだ話に続きがあります。あなたの意向を組んだ話です】


その言葉に赫糸はフンっと鼻息を吐くと、俺がぶつかった事で位置がガタガタになっているベンチに雑に座り込んだ。


【欠損についてです。具体的には腕や指、脚の切断、内臓の破裂、破壊です。ただし、骨折、それに伴う骨欠損などはこれに該当しません】


ーー……一時的な勝利条件の変更。


【これにより華園くんの意向は汲みました。では次は赫糸さんのものです】


黒江さんはゆっくりと、聞き取りやすいように口にする。


【この戦いで勝った方の主張を次の試合に反映しましょう。つまり、赫糸さんが勝てば生物上の死を条件にした戦闘を今日、または日を改めてもう一度する。華園くんが勝てば、このまま戦闘を終える、と言うものです】


ーーどうでしょうか。


【やはり華園くんの殺せない、という気持ちを汲む事は精神衛生上見過ごしていいものではありません。実際、7月以降の一年生のカリキュラムに殺しに関するものがあります。それほど学園としても重要視している要素です。華園くんの、覚悟をするには時間が短すぎるという見解は真っ当な意見です。赫糸さんが特別なだけですね】


そうして伝えたいことを終えた黒江さんは改めて問う。


【公平になった試合です。また、僕が責任を持って勝利条件を飲みこませます。どうでしょうか】


あのままどちらかの意向だけを反映していれば、間違いなくどっちかがとても不快な思いをしていた。


赫糸に至っては不快で済めばいいところか。


もし赫糸の方が反映されていたならば、俺は恐らく学園に強い不信感を抱くことになっていた。


そう考えると、この両端にある意見を成立させた提案は素晴らしくって、頷かない訳にはいかない話だった。


「そういうことなら構わないです! お前もこれでいいだろ」

「勝手に決めないで」

「強いんだろ? 勝てばいいだけの話じゃん、悩む事じゃないだろ」


俺はこれ以上ないこの提案の形で進めたくて仕方ない。だから赫糸を説得させようと、あいつがいっていた言葉を持ってきたのだが。


「…そうね、…そう。…その通り…ね」


かなり声が震えていて、俺を睨みつける目はとても威圧的だった。


「……ただ、一つ勝利後の条件に組み込ませて」


とはいえこの条件で構わない、そういう運びになるかと思った折り、赫糸がそんなことを言い始めた。


【どうぞ】


「痛覚レベル5にして頂戴」


【無理です】


「は!? なんでよ! しなさいよ! 私の意向はどうなってるの!!」


ヒステリックに怒り出した赫糸と相反するように、落ち着いた口調で話す黒江さん。


【あれは、あくまで攻撃を反射的に避ける意識を体得させるための補助的な機能であって、戦闘に反映していいものではないんです。今のレベル3は言うなれば現実に100%近い状態です。普通に痛いし苦しいです。十分です。】


そうして説明を終えると、渋々とではあったが赫糸は受け入れることにしたようだった。



こうして、俺たちの盤面はできあがった。



両者……片方は多少の不服を抱いているものの、概ね問題はないという状況。


「じゃあ、さっさと終わらせるわよ、こんな茶番」


組み合わせた指をパキパキと鳴らして歩み寄ってくる赫糸。その背後で激しく移ろう陽炎の波。


【あ、定位置に戻ってください。というかダメージだとかオブジェクト周りも戻しますね】


そんな声と共に俺が見ていた景色は、あっという間に噴水の前へと入れ替わっていた。

後ろを振り向けば、散乱していたベンチは元通り。


そこに、ベンチに座っていた赫糸の姿はない。


あいつがいるのは恐らくここにきた時と同じ場所。


この噴水を跨いだ先にある場所だ。


そんな異質な現象を前にして痛感する、ここは本当に仮想世界であるという事を。

あくまでここにいる俺は、偽物であるのだと。



【では、始めてください】



そして、開始の合図が響き渡った。

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